【完結】間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
533 / 1,566

どうか思い出して下さい

しおりを挟む
 バアルさんとの初めての外界での旅路は、あっという間に終着点を迎えた。

 少しずつ速度を緩めていき、バアルさんが止まる。高さを維持したまま浮かび続けている俺達の眼下には、黒い穴があった。

 ヒビ割れた大地に、命の気配がしない灰色の大地に、ぽかりと大口を開けた穴。底の見えない虚ろな闇からは、黒い霧が絶え間なくあふれている。

 まるで台風の目のようだ。穴を中心に渦巻いている。罪に穢れた魂を燃やす際に発せられるという穢れが、バアルさん達の魔力を、命を脅かしてしまう諸悪の根源が。

 ただ地面を這うように漂い、穴の中へと吸い込まれていく黒が、俺達を招いて狙ういくつもの腕のように見えてしまう。

 遥か上空から見下ろしているだけだってのに勝手に身体が縮こまってしまう。歯の根も合わないほどに全身が震えてしまう。なのに、何故か目を離すことが出来なくて。

「アオイ」

 穏やかな声が俺を呼んだ。温かい手のひらが俺の頬に添えられる。大きな手に優しく促され、向いた先には柔らかい笑顔が。

「バアルさん……」

 ああ、そうだ。俺には彼が居るのだ。彼さえ側に居てくれたら、彼が微笑みかけてくれたら、俺は。

「ありがとうございます……もう大丈夫です」

「承知致しました……また恐怖に飲まれそうになった際は、どうか思い出して下さい……私が側に居ることを、皆様の魔力と共にあることを」

 大きな手が俺の手を取り分厚い胸板へと導いていく。バアルさんが魔力の結晶をしまってくれているからだろうか。彼の逞しい胸元に触れた途端、皆さんの気配を感じたんだ。温かくて、心強い力を。

「はい、必ず」

 繋ぎ直した手を握り、頷き合った俺達はゆっくりと落ちていった。暗い暗い闇の中へと、深い深い穴の底を目指して。

 穢れが俺達を飲み込んでいく。視界が黒に塗り潰されていく。抱き締めてくれている彼すらもう見えない。

 寒い……痛い……服を着ているというのに直接肌に感じるような。いや、骨の髄まで染み込んでいくようだ。

 全身が苦痛を訴えてくる。その痛みは、まるで髪の毛ほどに細い針を至るところに、爪の間にまで刺されているような。だというのに声を上げることすら戸惑われた。だって、少し身じろぐだけで、息をするだけで痛いのだ。なのに叫ぶだなんて。

 そうして気がつけば、いつの間にかなくなっていた。分からなくなっていた。俺を抱き締めてくれている唯一の拠り所だった温もりも、繋いでいる手の感覚も、自分がちゃんと息をしているのかも。

 終わりの見えない寒さに、痛みに、心が軋んでいく。いっそのことと、馬鹿なことを考えてしまいそうになる。

 ……バアルさんは、いつもこんなに痛い思いをしていたのか……たった一人で、何度も……

 大好きな彼のことを思い浮かべたからだろう。少しだけ寒さが、痛みが和らいだ。

『どうか思い出して下さい……私が側に居ることを、皆様の魔力と共にあることを』

 そうだ……俺は一人ではないんだ。バアルさんが、皆さんがついていてくれるんだ。


 ……帰るんだ……皆さんのところにヨミ様と一緒に三人で、必ず帰るんだ……!


「……アオイ……よく戻ってきてくれましたね……」

「……バアルさん」

 光のない視界が薄闇程度に晴れたかと思えば、バアルさんが泣きそうな顔で微笑んでいた。良く頑張りましたねと、ずっと呼んでいたのですよと、温かい頬を寄せてくれる。

 どうやら、俺の心は穢れによって壊されかけていたらしい。そうはさせまいと、バアルさんは魔力の流れを繋げて呼びかけてくれていたのだと。

 まさか、魔力を奪われる以外にも恐ろしい力を持っているとは。ヨミ様は神様が連れて行ったらしいから、大丈夫だとは思うけれど。

「ありがとうございます……バアルさんのお陰で戻ってこれました。さっき言ってくれた言葉を、俺は一人じゃないってことを、思い出せたんです」

「左様でございましたか……お役に立てて何よりです……体調はいかがでしょうか?」

「ちょっと痛いですけど、さっきに比べたら全然。バアルさんは大丈夫ですか?」

 寒さの方はバアルさんのお陰で、しっかり俺を抱き締めてくれているお陰で、へっちゃらだし。

「私も大丈夫ですよ……この前も貴方様の笑顔を思い出した途端に魔力が湧いてきました。そして、今は貴方様が側に居てくれているのですから……こんなにも心強いことはございません」

「バアルさん……」

 穴の底はまだ見えない。周囲が黒一色だから、本当に落ちて行けているのかも分からない。でも、もう怖くはない。バアルさんと一緒なら。

 繋いだ手に力を込めて額を寄せ合った時、視界の外で白が輝いた。

 それは、まるで救いの手のようだった。俺達を飲み込んでいる黒を、穢れを、いくつもの帯状の光が切り裂いていく。俺達の元へと伸びてくる。

 ついに辿り着けた白い光が、身を寄せ合う俺達を優しく包みこんでいく。温かい……全身を蝕んでいた痛みが瞬く間に和らいでいく。

 そのまま俺達は、白い光の帯に優しく引き寄せられていった。そうして、いくばくもしない内だった。全く見える気配のなかった穴の底が、俺達の視界に映ったのは。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりました。 これからもどうぞよろしくお願い致します! 表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

黄金 
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻! だったら離婚したい! ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。 お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。 本編61話まで 番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。 ※細目キャラが好きなので書いてます。    多くの方に読んでいただき嬉しいです。  コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。    

処理中です...