549 / 1,566
【番外編】また、お休みを言い合えるまで4
しおりを挟む
ああ、そうか……眠いのか。信じたくはなかったけれど、認めたくはないけれど。俺の意識を泥濘みの底へと力づくで引っ張ろうとしているそれは、確かに。
明るかったざわめきが、暗い不安に侵食されていく。俺の手を握り締めたバアルさんの手が冷たい。氷のようだ。
「……アオイ……誠、なのですか……?」
「……大丈夫、ですよ……これくらいなら……我慢、出来ますから……」
そう言うより他はなかった。言い張って、手を握り返して、微笑むことしか。
見てしまったのだから。血の気の引いた彼の顔を、今にも涙がこぼれ落ちそうな眼差しを。
「いや……我慢してはならぬぞ、アオイ殿」
冷静な声で俺を戒めたのはヨミ様だった。
真直ぐに見つめてくる赤い瞳には、俺の虚勢なんてとっくに見透かされてしまっているのだろう。ゆっくりと言い聞かせるように話し始める。
「……身体が睡眠を求めておるということは、まだ完全に回復しきっていない証拠である。名残惜しいが……部屋に戻ってゆっくり休むといい」
「そうじゃのう……バアルもアオイ殿と一緒に休みなさい。この十日間、ずっとまともに眠っておらんかったじゃろ? ……バアル?」
バアルさんは黙って俯いたままだ。サタン様から背中を優しく叩かれているのに、微動だにしない。
腕の中に居る俺は、彼の顔色を窺おうとして。
「……です」
「……バアルさん?」
「嫌ですっ……やっと、やっと目覚めてくれたばかりなのですよ? まだ、ほんの少ししか、お話も出来ておりませんのに……っ」
始まりは、消え入りそうな声だった。けれども、すぐに捲し立てるように彼は嘆いた。頭の上から、悲痛な叫びと一緒に熱い雫が落ちてくる。
「……バアル」
名前を呼ぶしか出来なかった。本来ならば、俺が彼の不安を拭うべきだろうに、迷ってしまっていた。
だって、眠くて堪らないんだ。こんなにも彼が悲しんでいるってのに、息が出来ないくらい胸が切なく軋んでいるってのに。
めいいっぱい自分の手の甲に爪を立てても、溺れかけている意識が浮上することはない。力の限り唇を噛み締めても無意味だった。現状を保つだけで精一杯だったんだ。
また勢いの強くなった熱が、絶望に打ちひしがれた声と共に降ってくる。
「……今度は、何時なのでしょうか? 何時まで……私は……待てば宜しいので? もし、また十日も眠ってしまわれたら……私は……私は……っ」
「しっかりせぬか!」
止めてくれたのは、またしても。
「貴殿はアオイ殿の夫であろう? 貴殿が斯様な有り様では、アオイ殿が安心して身体を休められぬではないか!」
ヨミ様が、バアルさんの肩を掴んで訴える。
バアルさんは何かを言おうとしていた。けれども俺を見て、慌てたように俺の口元に、手の甲に触れた。
「ああ……アオイ……申し訳ございません……私が至らぬばかりに……私は大丈夫です、大丈夫ですから、どうかお止め下さい……御身を傷つけてまで、堪らえようとなさらないで……」
明るかったざわめきが、暗い不安に侵食されていく。俺の手を握り締めたバアルさんの手が冷たい。氷のようだ。
「……アオイ……誠、なのですか……?」
「……大丈夫、ですよ……これくらいなら……我慢、出来ますから……」
そう言うより他はなかった。言い張って、手を握り返して、微笑むことしか。
見てしまったのだから。血の気の引いた彼の顔を、今にも涙がこぼれ落ちそうな眼差しを。
「いや……我慢してはならぬぞ、アオイ殿」
冷静な声で俺を戒めたのはヨミ様だった。
真直ぐに見つめてくる赤い瞳には、俺の虚勢なんてとっくに見透かされてしまっているのだろう。ゆっくりと言い聞かせるように話し始める。
「……身体が睡眠を求めておるということは、まだ完全に回復しきっていない証拠である。名残惜しいが……部屋に戻ってゆっくり休むといい」
「そうじゃのう……バアルもアオイ殿と一緒に休みなさい。この十日間、ずっとまともに眠っておらんかったじゃろ? ……バアル?」
バアルさんは黙って俯いたままだ。サタン様から背中を優しく叩かれているのに、微動だにしない。
腕の中に居る俺は、彼の顔色を窺おうとして。
「……です」
「……バアルさん?」
「嫌ですっ……やっと、やっと目覚めてくれたばかりなのですよ? まだ、ほんの少ししか、お話も出来ておりませんのに……っ」
始まりは、消え入りそうな声だった。けれども、すぐに捲し立てるように彼は嘆いた。頭の上から、悲痛な叫びと一緒に熱い雫が落ちてくる。
「……バアル」
名前を呼ぶしか出来なかった。本来ならば、俺が彼の不安を拭うべきだろうに、迷ってしまっていた。
だって、眠くて堪らないんだ。こんなにも彼が悲しんでいるってのに、息が出来ないくらい胸が切なく軋んでいるってのに。
めいいっぱい自分の手の甲に爪を立てても、溺れかけている意識が浮上することはない。力の限り唇を噛み締めても無意味だった。現状を保つだけで精一杯だったんだ。
また勢いの強くなった熱が、絶望に打ちひしがれた声と共に降ってくる。
「……今度は、何時なのでしょうか? 何時まで……私は……待てば宜しいので? もし、また十日も眠ってしまわれたら……私は……私は……っ」
「しっかりせぬか!」
止めてくれたのは、またしても。
「貴殿はアオイ殿の夫であろう? 貴殿が斯様な有り様では、アオイ殿が安心して身体を休められぬではないか!」
ヨミ様が、バアルさんの肩を掴んで訴える。
バアルさんは何かを言おうとしていた。けれども俺を見て、慌てたように俺の口元に、手の甲に触れた。
「ああ……アオイ……申し訳ございません……私が至らぬばかりに……私は大丈夫です、大丈夫ですから、どうかお止め下さい……御身を傷つけてまで、堪らえようとなさらないで……」
71
あなたにおすすめの小説
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
愛され少年と嫌われ少年
透
BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。
顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。
元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。
【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】
※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。
篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。
2026/01/09 加筆修正終了
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる