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「出来るんですよ。私だから!!」
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街中での戦闘は、ギルドの定めた法律によって原則禁止されている。
だが自分の命が狙われている状況で、律儀にもルールを守り続ける馬鹿は果たして居るだろうか。
少なくともルピナス=ヘンゼリッタは、その馬鹿には含まれない。
「はああああ!!」
一気に距離を詰めたルピナスが、剣を胸の位置で薙ぎ払う。
その剣には、大量の魔力が込められていた。相手が生身の人間ならば、今ので確実に仕留められていただろう。
しかし今相手にしているのは、人間に限りなく近い姿をした意志を持つスライムだ。剣は水の様に柔らかい性質をしたボディに衝撃を全て吸収され、中心に届く前に、完全停止してしまった。
「(わかってはいたけど……やはり物理攻撃は効かねェみたいだな……!!)」
対峙した時点で、フォールンに物理攻撃は効かないと悟っていた。それに本人も言っていた。如何なる物理攻撃や魔法攻撃を無効化できる身体だと。
だが彼女は試さざるを得なかった。自分の攻撃が通用するか否かを。たとえ思っていた通りの結果になるとわかっていたとしてもだ。
それはルピナス=ヘンゼリッタという少女の、致命的な弱点と言えた。
「魔力が、減ってるだと……!?」
フォールンの体内に入っている剣に流した魔力が、みるみる内に減っている。どうやら彼女は、触れているモノの魔力を奪えるらしい。厄介だ。
「キミの魔力凄いね! 少し流し込まれただけで、全身が火照って仕方がない!! 噂には聞いていたけど、ここまでとは流石に思ってなかったよ!!」
興奮気味に叫びながら、距離を詰めてくる。ルピナスは剣から手を離し、後ろに下がった。オーダーメイドなので値段は結構したが、命には変えられない。大体無駄だとわかっていて突っ込んだ自分の所為なので、戒めとしては寧ろ丁度良いと思った。
剣はフォールンの身体に溶け出し、僅か数秒でその姿を確認出来なくなる。わかっていても、愛用の剣を失うというのは心に来た。
「そんな悲しい顔しないでよ。キミもすぐに、愛剣と一緒に溶かしてあげるからさぁ!!」
フォールンがこちらに近付いてくる。身体の一部を自在に伸ばす事は出来ないらしい。
物理攻撃が効かず、触れただけで魔力を持っていく相手と接近戦をするのは、遠回しな自殺行為だ。
そこでルピナスは第三階級の風属性魔法『ハイウィンド』を使って自身に強風を当て、後方へと吹き飛ばさせた。
部屋を飛び出し、光のない真っ暗な空間へと出る。それと同時に『ライトアップ』を消滅させた。
この環境は、恐らく相手にも不利に働く。魔物についてはあまり詳しくないが、スライムは夜目が効くという話は聞いた事が無かった。
ここは視界に頼らず、五感だけ戦うのが正解だろう。
「いやー、何も見えないね」
フォールンの声が聞こえてくる。その声量的に、彼女が何処にいるのあを大体把握出来た。
「『転送』」
向こうの耳に届かないくらいの小声で呟くと、右手に青色に輝く宝石が使われた指輪が現れた。
今付けている赤い指輪を外し、青い指輪を嵌める。
頭上に青い魔法陣が現れたかと思えば勢いよく足下まで落ち、消滅した。
魔法陣を潜った彼女の髪と瞳の色が、赤から濃い青へと変わる。遠距離武器の扱いに長けた状態──『無勢に多勢』だ。
「そこに居るんだね!」
展開した魔法陣の所為で場所がバレてしまった。ルピナスは急いで魔法陣を展開し、中から魔力銃を取り出すと、その場を離れた。
「ちぇ、外したかー」
直後、至近距離からフォールンの残念そうな声が聞こえてきた。あと少しでも遅れていたら、この声は喜びに変わっていた事だろう。
魔力銃は持ち主の魔力を圧縮し、弾として放つ武器だ。『世界統合現象』前には存在していなかったが、現象の影響でやって来てしまった別世界の人間によって作られた。
今しがた彼女が取り出した魔力銃は、ルピナスソードと同じ特注品だ。全体は黒がかった緑で染色されていて、銃身は市販の物と比べて長く、弾の速度と命中精度が高い。名付けて『ルピナストリガー』。
「(多分、これも駄目……)」
遠距離戦の準備は整ったが、相手に魔力弾が通用するとは思えない。魔法が吸収出来て、魔力の塊が出来ない道理は無いのだ。
けど、意味はある。少しでも長く時間を稼ぎ、その間に弱点を見つけ出す事は出来る。弱点の無い存在なんて、神でもない限りは有り得ないのだから。
逃げるという手段もあるにはある。しかし彼女に、その気はまるで無かった。
当然だ。彼女は自分よりも強い相手を見ると戦いたくてしょうがなくなる、重度の戦闘狂なのだから。
「(久方振りの苦戦……レベッカには悪いけど、正直楽しい……!!)」
口角が上がる。どうすれば勝てるのかを考えるのが、楽しくて仕方がない!
限界まで魔力を込め、フォールンが立っているであろう場所にトリガーを引く。青色の魔力弾が射出された。
「だからそんなの効かないって。悪足掻きはあまりオススメしないなぁ」
少し後に、フォールンの声が聞こえてきた。どうやら命中はしたらしい。案の定まったく効いていないようだが。
もう三発撃ち込む。それから横に飛んで場を離れた。
弾の飛んでくる位置で、こちらが今どの位置に居るのかは確実にバレている。これ以上居たら、手痛い反撃を受けるのは確実と言えた。
壁に激突するのに気を付けつつ位置をこまめに変えながら、フォールンが居るであろう方向に魔力弾を撃つ。
「痛くない……痛くないけど! 流石に腹立ってきたよ!」
フォールンは、ルピナスを捕らえられない事に苛立ちを募らせ始めていた。このまま冷静さを失ってくれれば、こちらのも勝ち目はある。
撃つ。移動する。撃つ。移動する。撃つ。移動する。それを何度も繰り返す。
ルピナスの魔力が減っていく反面、フォールンには雀の涙ほどのダメージすら通っていない。このまま続ければ、どちらが負けるのかは日の目を見るよりも明らかだ。
だから「その時」が来る前に、終わらせたかった。
けれど現実は思うようにいかない。「その時」が来るよりも前に、終わりが来た。
「ぐっ……!!」
突然、視界が明るくなった。思わず目を瞑ってしまう。
この空間の天井にある電灯が点いたのだ。スイッチを押したのは勿論、ルピナスが今敵対しているスライム女。
「隙だらけだよ!」
膠着状態にあったルピナスに、フォールンが一気に距離を詰める。そして右手で、首元を掴んできた。
「残念だったね。電気のスイッチが何処にあるかくらい、把握してたさ」
「(やられた……!!)」
暗闇状態が続くものだと思って、油断していた。これは完全に、自分の驕りによって生じた失敗だ。
フォールンの右腕を両手で掴んで、逃れようとする。だが掴んだ手は彼女の腕の中へと沈み、離れなくなった。まるで沼に嵌って動けなくなった足の様に。
「うっ……ぐっ……!!」
少しずつ、フォールンの胴体の方へと引き込まれていく。
何か対策をしなければ、遅かれ早かれ確実に、彼女の身体に飲み込まれてしまう。
「(考えろ……ルピナス=ヘンゼリッタ! 私に今、何が出来る……!!)」
普段なら、すぐにでも打開策を思いつく事だろう。だが驚くべき速度で魔力を奪われ、それによって生まれる脱力感が考える力を奪っているせいで、何も思いつかない。
「キミはもう逃げられないよ、残念ながらね」
勝ち誇ったかの様に、ニヤリと笑うフォールン。
「何か、最後に言い残したい事とかあるかい?」
髪と瞳の色が元に戻った。
意識が遠退く。気分だって悪くなってきた。
あと、数秒と保たない。
「やっ……た、しは……」
「うん? なんだって?」
「やっぱり私は……強い……‼︎」
そう言って、微笑を浮かべる。死ぬ一歩手前であるにも関わらず。
「は?」
間の抜けた声を、フォールンが口にした。
彼女の液体に近い身体が驚異的な速さで固まり、個体へと変化した。
「も、戻れない……!? どうして……!!」
ここに来て初めて、彼女が焦燥感を露わにした。この事態を、彼女は想定出来なかった様子だ。実に愉快だ。
「簡単な事ですよ……貴女のその身体が持つ性質を、変えた、だけです……」
「変えた!? そんな馬鹿な事が──」
「出来るんですよ。私だから!!」
彼女は自分の持つ魔力の性質を変える術を身に付けている。とは言え、他者の持つ性質を書き換えるなんて事は今まで一度だってやった事が無かった。
それでも成功した。成功させた。彼女の持つ実力と運が、結果を呼び起こしたのだ。
「ピンチは最大のチャンス、とは言ったものですね。お陰で私は、更に強くなれそうです……!!」
フォールンの身体が固体化したので、ルピナスは彼女から離れられなくなった。
だが、それでいい。
「《猛き炎よ・燃えよ・爆ぜよ・焼き尽くせ》!!」
第四階級の火属性魔法『エクスプロージョン』を発動。フォールンの体内で、小規模な爆発が巻き起こった。
「ごが……っ!!」
青い液体を口から吐き出すフォールン。物理攻撃と魔法を吸収する性質ではなくなったため、彼女は爆発の威力を直に受ける事となった。
繰り返しエクスプロージョンを発動させ、耐え難いダメージを与え続ける。残りの魔力を全て使い切るその前に、相手を無力化しなければ。
「やめ……て……これ以上、やったら……死ぬ……!」
「知ってますよ。今私は、貴女を殺すつもりでやっていますから」
どうにかして引き離そうとするが、身体が固体化されたせいでそれは叶わず、結果常時ゼロ距離で攻撃を受け続ける事になる。
やがて、身体に亀裂が走った。
「そん、な……こんな事って……!!」
それが、彼女の最後の言葉となった。
次に発動された爆発によって、フォールンの全身が爆散。原型を留めずに、身体の一部が辺りに散らばった。
自身の爆発の影響を受けて飛ばされたルピナスは、床の上に倒れたまま、手元に液体の入った小瓶を転送させた。魔力の回復速度が上がる『魔力回復薬』だ。こういう時のために用意しておいた物だ。
身体を起こし、回復薬を一気に飲み干す。
瓶を投げ捨てると、小気味の良い音を立てながら割れた。
「(とりあえず、勝てましたね……)」
息を吐く。安心したのもあったが、辛勝という結果に対する呆れの意味も込められていた。
自分はまだ未熟だ。今回の戦いで、それを改めて思い知らされた。
物理攻撃も魔法も通用しない相手に、どうする事も出来なかった。あの時性質変化を成功させていなければ、死んでいたのは間違いなくこちらだっただろう。
「やっぱり、まだまだ修行が足りませんね……」
彼女が目指す『最強』には、まだ程遠い。これからはもっと、自分に厳しくならないと。
「……!」
何か、嫌な予感がした。
散らばっていたフォールンの残骸が、一人でに動き始めた。一箇所へと集まってくっ付き、少しずつ大きくなっていく。
「(そんな、まさか……!?)」
やがてそれは、人間の少女の輪郭を持った。肉体は元の液体に戻り、ルピナスの「戦う前」の状態に戻っている。
ルピナスは油断していた。幾らスライムの再生力を持っているとはいえ、あれだけバラバラにされれば元通りになるのは不可能だと思っていた。
フォールンの持つ再生力がルピナスの想像を上回った。ただ、それだけの話だ。
彼女は右手で頭を抱え、せせら笑う。
「いやぁ、まさか肉体の性質を変えてくるとは思ってなかったよ。……ま、もう対策出来るけど」
ゴムの様に腕が伸び、ルピナスの首を掴んだ。少しずつ持ち上げ、両脚が浮かぶ。
「ぐっ……どうして……腕を……!!」
「誰も伸ばせないなんて言ってないよ。キミにはわからないかもしれないけど、強大な力を持ってるとさ、つい遊びたくなるんだよ。どれだけ手を抜いて相手を倒せるのか、試したくなるんだ」
「という事は……」
「手加減してたのさ。さっきの爆発を食らったお陰で、遊ぶ気は失せたけどね」
回復薬を使ったとは言え、魔力は残り僅か。性質を変化させる余裕も残っていない。
「(もう、駄目です…………)」
視界が暗転する。最後に目にしたのは、フォールンのしたり顔。
敗北を悔やみながら、ルピナスは意識を手放した。
だが自分の命が狙われている状況で、律儀にもルールを守り続ける馬鹿は果たして居るだろうか。
少なくともルピナス=ヘンゼリッタは、その馬鹿には含まれない。
「はああああ!!」
一気に距離を詰めたルピナスが、剣を胸の位置で薙ぎ払う。
その剣には、大量の魔力が込められていた。相手が生身の人間ならば、今ので確実に仕留められていただろう。
しかし今相手にしているのは、人間に限りなく近い姿をした意志を持つスライムだ。剣は水の様に柔らかい性質をしたボディに衝撃を全て吸収され、中心に届く前に、完全停止してしまった。
「(わかってはいたけど……やはり物理攻撃は効かねェみたいだな……!!)」
対峙した時点で、フォールンに物理攻撃は効かないと悟っていた。それに本人も言っていた。如何なる物理攻撃や魔法攻撃を無効化できる身体だと。
だが彼女は試さざるを得なかった。自分の攻撃が通用するか否かを。たとえ思っていた通りの結果になるとわかっていたとしてもだ。
それはルピナス=ヘンゼリッタという少女の、致命的な弱点と言えた。
「魔力が、減ってるだと……!?」
フォールンの体内に入っている剣に流した魔力が、みるみる内に減っている。どうやら彼女は、触れているモノの魔力を奪えるらしい。厄介だ。
「キミの魔力凄いね! 少し流し込まれただけで、全身が火照って仕方がない!! 噂には聞いていたけど、ここまでとは流石に思ってなかったよ!!」
興奮気味に叫びながら、距離を詰めてくる。ルピナスは剣から手を離し、後ろに下がった。オーダーメイドなので値段は結構したが、命には変えられない。大体無駄だとわかっていて突っ込んだ自分の所為なので、戒めとしては寧ろ丁度良いと思った。
剣はフォールンの身体に溶け出し、僅か数秒でその姿を確認出来なくなる。わかっていても、愛用の剣を失うというのは心に来た。
「そんな悲しい顔しないでよ。キミもすぐに、愛剣と一緒に溶かしてあげるからさぁ!!」
フォールンがこちらに近付いてくる。身体の一部を自在に伸ばす事は出来ないらしい。
物理攻撃が効かず、触れただけで魔力を持っていく相手と接近戦をするのは、遠回しな自殺行為だ。
そこでルピナスは第三階級の風属性魔法『ハイウィンド』を使って自身に強風を当て、後方へと吹き飛ばさせた。
部屋を飛び出し、光のない真っ暗な空間へと出る。それと同時に『ライトアップ』を消滅させた。
この環境は、恐らく相手にも不利に働く。魔物についてはあまり詳しくないが、スライムは夜目が効くという話は聞いた事が無かった。
ここは視界に頼らず、五感だけ戦うのが正解だろう。
「いやー、何も見えないね」
フォールンの声が聞こえてくる。その声量的に、彼女が何処にいるのあを大体把握出来た。
「『転送』」
向こうの耳に届かないくらいの小声で呟くと、右手に青色に輝く宝石が使われた指輪が現れた。
今付けている赤い指輪を外し、青い指輪を嵌める。
頭上に青い魔法陣が現れたかと思えば勢いよく足下まで落ち、消滅した。
魔法陣を潜った彼女の髪と瞳の色が、赤から濃い青へと変わる。遠距離武器の扱いに長けた状態──『無勢に多勢』だ。
「そこに居るんだね!」
展開した魔法陣の所為で場所がバレてしまった。ルピナスは急いで魔法陣を展開し、中から魔力銃を取り出すと、その場を離れた。
「ちぇ、外したかー」
直後、至近距離からフォールンの残念そうな声が聞こえてきた。あと少しでも遅れていたら、この声は喜びに変わっていた事だろう。
魔力銃は持ち主の魔力を圧縮し、弾として放つ武器だ。『世界統合現象』前には存在していなかったが、現象の影響でやって来てしまった別世界の人間によって作られた。
今しがた彼女が取り出した魔力銃は、ルピナスソードと同じ特注品だ。全体は黒がかった緑で染色されていて、銃身は市販の物と比べて長く、弾の速度と命中精度が高い。名付けて『ルピナストリガー』。
「(多分、これも駄目……)」
遠距離戦の準備は整ったが、相手に魔力弾が通用するとは思えない。魔法が吸収出来て、魔力の塊が出来ない道理は無いのだ。
けど、意味はある。少しでも長く時間を稼ぎ、その間に弱点を見つけ出す事は出来る。弱点の無い存在なんて、神でもない限りは有り得ないのだから。
逃げるという手段もあるにはある。しかし彼女に、その気はまるで無かった。
当然だ。彼女は自分よりも強い相手を見ると戦いたくてしょうがなくなる、重度の戦闘狂なのだから。
「(久方振りの苦戦……レベッカには悪いけど、正直楽しい……!!)」
口角が上がる。どうすれば勝てるのかを考えるのが、楽しくて仕方がない!
限界まで魔力を込め、フォールンが立っているであろう場所にトリガーを引く。青色の魔力弾が射出された。
「だからそんなの効かないって。悪足掻きはあまりオススメしないなぁ」
少し後に、フォールンの声が聞こえてきた。どうやら命中はしたらしい。案の定まったく効いていないようだが。
もう三発撃ち込む。それから横に飛んで場を離れた。
弾の飛んでくる位置で、こちらが今どの位置に居るのかは確実にバレている。これ以上居たら、手痛い反撃を受けるのは確実と言えた。
壁に激突するのに気を付けつつ位置をこまめに変えながら、フォールンが居るであろう方向に魔力弾を撃つ。
「痛くない……痛くないけど! 流石に腹立ってきたよ!」
フォールンは、ルピナスを捕らえられない事に苛立ちを募らせ始めていた。このまま冷静さを失ってくれれば、こちらのも勝ち目はある。
撃つ。移動する。撃つ。移動する。撃つ。移動する。それを何度も繰り返す。
ルピナスの魔力が減っていく反面、フォールンには雀の涙ほどのダメージすら通っていない。このまま続ければ、どちらが負けるのかは日の目を見るよりも明らかだ。
だから「その時」が来る前に、終わらせたかった。
けれど現実は思うようにいかない。「その時」が来るよりも前に、終わりが来た。
「ぐっ……!!」
突然、視界が明るくなった。思わず目を瞑ってしまう。
この空間の天井にある電灯が点いたのだ。スイッチを押したのは勿論、ルピナスが今敵対しているスライム女。
「隙だらけだよ!」
膠着状態にあったルピナスに、フォールンが一気に距離を詰める。そして右手で、首元を掴んできた。
「残念だったね。電気のスイッチが何処にあるかくらい、把握してたさ」
「(やられた……!!)」
暗闇状態が続くものだと思って、油断していた。これは完全に、自分の驕りによって生じた失敗だ。
フォールンの右腕を両手で掴んで、逃れようとする。だが掴んだ手は彼女の腕の中へと沈み、離れなくなった。まるで沼に嵌って動けなくなった足の様に。
「うっ……ぐっ……!!」
少しずつ、フォールンの胴体の方へと引き込まれていく。
何か対策をしなければ、遅かれ早かれ確実に、彼女の身体に飲み込まれてしまう。
「(考えろ……ルピナス=ヘンゼリッタ! 私に今、何が出来る……!!)」
普段なら、すぐにでも打開策を思いつく事だろう。だが驚くべき速度で魔力を奪われ、それによって生まれる脱力感が考える力を奪っているせいで、何も思いつかない。
「キミはもう逃げられないよ、残念ながらね」
勝ち誇ったかの様に、ニヤリと笑うフォールン。
「何か、最後に言い残したい事とかあるかい?」
髪と瞳の色が元に戻った。
意識が遠退く。気分だって悪くなってきた。
あと、数秒と保たない。
「やっ……た、しは……」
「うん? なんだって?」
「やっぱり私は……強い……‼︎」
そう言って、微笑を浮かべる。死ぬ一歩手前であるにも関わらず。
「は?」
間の抜けた声を、フォールンが口にした。
彼女の液体に近い身体が驚異的な速さで固まり、個体へと変化した。
「も、戻れない……!? どうして……!!」
ここに来て初めて、彼女が焦燥感を露わにした。この事態を、彼女は想定出来なかった様子だ。実に愉快だ。
「簡単な事ですよ……貴女のその身体が持つ性質を、変えた、だけです……」
「変えた!? そんな馬鹿な事が──」
「出来るんですよ。私だから!!」
彼女は自分の持つ魔力の性質を変える術を身に付けている。とは言え、他者の持つ性質を書き換えるなんて事は今まで一度だってやった事が無かった。
それでも成功した。成功させた。彼女の持つ実力と運が、結果を呼び起こしたのだ。
「ピンチは最大のチャンス、とは言ったものですね。お陰で私は、更に強くなれそうです……!!」
フォールンの身体が固体化したので、ルピナスは彼女から離れられなくなった。
だが、それでいい。
「《猛き炎よ・燃えよ・爆ぜよ・焼き尽くせ》!!」
第四階級の火属性魔法『エクスプロージョン』を発動。フォールンの体内で、小規模な爆発が巻き起こった。
「ごが……っ!!」
青い液体を口から吐き出すフォールン。物理攻撃と魔法を吸収する性質ではなくなったため、彼女は爆発の威力を直に受ける事となった。
繰り返しエクスプロージョンを発動させ、耐え難いダメージを与え続ける。残りの魔力を全て使い切るその前に、相手を無力化しなければ。
「やめ……て……これ以上、やったら……死ぬ……!」
「知ってますよ。今私は、貴女を殺すつもりでやっていますから」
どうにかして引き離そうとするが、身体が固体化されたせいでそれは叶わず、結果常時ゼロ距離で攻撃を受け続ける事になる。
やがて、身体に亀裂が走った。
「そん、な……こんな事って……!!」
それが、彼女の最後の言葉となった。
次に発動された爆発によって、フォールンの全身が爆散。原型を留めずに、身体の一部が辺りに散らばった。
自身の爆発の影響を受けて飛ばされたルピナスは、床の上に倒れたまま、手元に液体の入った小瓶を転送させた。魔力の回復速度が上がる『魔力回復薬』だ。こういう時のために用意しておいた物だ。
身体を起こし、回復薬を一気に飲み干す。
瓶を投げ捨てると、小気味の良い音を立てながら割れた。
「(とりあえず、勝てましたね……)」
息を吐く。安心したのもあったが、辛勝という結果に対する呆れの意味も込められていた。
自分はまだ未熟だ。今回の戦いで、それを改めて思い知らされた。
物理攻撃も魔法も通用しない相手に、どうする事も出来なかった。あの時性質変化を成功させていなければ、死んでいたのは間違いなくこちらだっただろう。
「やっぱり、まだまだ修行が足りませんね……」
彼女が目指す『最強』には、まだ程遠い。これからはもっと、自分に厳しくならないと。
「……!」
何か、嫌な予感がした。
散らばっていたフォールンの残骸が、一人でに動き始めた。一箇所へと集まってくっ付き、少しずつ大きくなっていく。
「(そんな、まさか……!?)」
やがてそれは、人間の少女の輪郭を持った。肉体は元の液体に戻り、ルピナスの「戦う前」の状態に戻っている。
ルピナスは油断していた。幾らスライムの再生力を持っているとはいえ、あれだけバラバラにされれば元通りになるのは不可能だと思っていた。
フォールンの持つ再生力がルピナスの想像を上回った。ただ、それだけの話だ。
彼女は右手で頭を抱え、せせら笑う。
「いやぁ、まさか肉体の性質を変えてくるとは思ってなかったよ。……ま、もう対策出来るけど」
ゴムの様に腕が伸び、ルピナスの首を掴んだ。少しずつ持ち上げ、両脚が浮かぶ。
「ぐっ……どうして……腕を……!!」
「誰も伸ばせないなんて言ってないよ。キミにはわからないかもしれないけど、強大な力を持ってるとさ、つい遊びたくなるんだよ。どれだけ手を抜いて相手を倒せるのか、試したくなるんだ」
「という事は……」
「手加減してたのさ。さっきの爆発を食らったお陰で、遊ぶ気は失せたけどね」
回復薬を使ったとは言え、魔力は残り僅か。性質を変化させる余裕も残っていない。
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