思い出の絵空事

べべ

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 中等学校3年目を迎えますと、周りは皆、自身の進路について頭を抱えます。私の日々は、毎日少しも変わりません。激しく勉学に励むことも、ありません。ただ、人に合わせ、天使のような笑顔と、死の間際のような優しさを振りまいています。全ての人間を標的にし、いつでも陥れることができるよう備え続けました。いつでも、彼ら彼女らが、何が好きで、どのようなものに興味があるのかに関心を向けます。私はいつでも彼らの信頼を得ることができます。ただ苦しいのです。私は確実に私でありますが、好きなものも嫌いなものもなく、非常に無機質で乾いた物体なわけです。
 早々に四季が過ぎ、あまりに早く卒業の時が来ました。厳密には何も覚えて居りません。一日という泡は簡単に弾け、今しがた消えたばかりなのに、形や大きさは覚えていないものなのです。それほどの価値の毎日を過ごし、このまま終わればいいとばかり考えていました。
 周りの人間は涙を流し、別れを告げています。朝田さんも例外ではありませんでした。彼女は涙こそ流していませんでしたが、別れに対し物悲しげな表情が伺えました。髪は綺麗に結っており、皆に付けられている、制服の胸に飾られる花は痺れるほど綺麗に感じました。彼女と過ごした時間は、信頼を得るには、あまりに十分過ぎました。普段こそ涙を流さない人間が、卒業のこの日はなぜか濁流の涙が伺えます。しかしながら、朝田さんの涙は見えません。理由は分かりませんし、もう知る必要もありませんでしょう。
 帰路が一緒であった為、彼女と会話を交わしました。私は、恐らくもう永遠に会うことはないでしょう、今後は徐々に、私はあなたを、あなたは私を忘れていくのです、と静かに伝えました。暫く、空虚で静かな時間が経つと、彼女は黙りこくって大粒の涙を流していました。私の言葉が刺々しく、心に突き刺さったようです。3年程度の時間が、私の言葉をとてつも無く堅固で、鋭い矛に仕立て上げたようです。感服いたしました。恐らく言葉が違えたら、彼女をまるで啼泣させることもできたでしょう。彼女は、私の顔は忘れるでしょうが、私の言葉はきっと心に突き刺さったまま暫くは生きることになるでしょう。
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