流刑王ジルベールは新聞を焼いた 〜マスコミの偏向報道に耐え続けた王。加熱する報道が越えてはならない一線を越えた日、史上最悪の弾圧が始まる〜

五月雨きょうすけ

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第七話 誰も私を止めるな

誰も私を止めるな②

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 サンク・レーベンの修道院において祈りや儀式を執り行う礼拝堂は特別に荘厳な建物である。
 華美さはないが大きさや堅牢さは貴族屋敷にも引けを取らない。
 だが、その中は竜巻でも起こったかのように調度品や神具の残骸が散らばり転げていた。
 その上をゴミ漁りのように屈みながら何かを拾い集めている者たちがいる。
 おそらくは残骸に取り付けられていた貴金属をかき集めているのだろう。

 そんなことはどうでもいい。

 ここには何度か来たことがある。
 暴徒が押し寄せて来た時に隠れるとしたら……地下墓所だろう。
 数多の聖人の亡骸が埋葬された地下墓所は厳重に隠されて、中から固く閉ざすこともできる。
 その事を教えてくれたのは、他でもないレプラだ。
 彼女は必ずそこにいる。

 地下墓所の入り口である隠し階段のある院長の寝室に走ったが、辿り着いた瞬間、私は舌打ちした。
 階段を隠していたベッドはひっくり返され、床板が剥がされていたことから階段は剥き出しだった。


 ドクン…………と心臓が鈍く震えた。


 大丈夫だ。
 レプラは強い。
 並の男達が束になってかかったくらいでは負けはしない。
 この地下墓所の中で叩きのめした男たちを山積みにして、その上でいつものように憮然とした顔で何事もなかったように座っているんだ。
 そうに決まってる。

 なんとか自分を安心させようと頭の中にレプラの姿を描きながら階段を駆け降りる。


 私は間違っていた。
 何があろうと彼女を手放してはならなかった。
 後のことを考えず、全ての権力を駆使して守るべきだった。
 それができなければバルトに言い出される前にシュバルツハイムに行かせるべきだった。
 たくさんの人間がマスコミによって貶められているのを見てきた。
 私を支持しているという理由だけで大罪人のように責め立てられた者も。

 私は守ろうとしなかった。
 嘘だらけの文字の羅列にいかほどの力があるというのかと軽んじていた。
 何故、民の幸せなどという曖昧なものに固執し、自分の周りの人々にもっと目を向けなかったのか。
 悔やんでも悔やみきれない。

 レプラを助け出したら、私は変わろう。
 王の職責ではなく、一人の人間としてそばにいてくれる人たちを慈しむことを優先しよう。

 階段の下に辿り着くと扉は半ば開いていた。
 不安を呑み込み勢いよく扉を開けた。
 すると、私の視界に飛び込んできたのは————


「…………………………………………………………………………ぅ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 喉から棘だらけの鉄の棒を引き抜くような痛みが走り、耳の奥をがひっくりがえるような感触があった。
 自分が発しているとは思えないほどの大きな声で咆哮していた。
 

 地下墓所の奥、私ならば一瞬で飛び込める位置にレプラはいた。

 両腕を鎖で縛られて、壁の出っ張りに吊るされていた。
 衣服は剥がれ、裸にされて、全身に鞭打ちの跡をつけられていた。
 頭部から血は流れ、彼女の金色の髪が血糊で黒く染まり、まぶたは閉じきっていた————


「————————」
「————! ————!?」
「————————————!!
 ————————!」


 周囲には男達がいる。
 私を見て何かを喋っているようだが、もはや言葉を聞き取る時間も惜しい。

 ダンッ! と地面を蹴ってレプラの元に跳ぶ。
 動線上に立っていた男たちは体当たりで弾き飛ばし、最短距離で駆け寄った。
 彼女の腕を吊るしている鎖は細く、荒い作りだ。

「フッ!! グゥガアアアアアアアア!!!」

 腕力に任せて鎖を引っ張ると、バキィン! と金属音がしてちぎれ、レプラの腕が解放される。
 立つこともできずに崩れ落ちそうになるレプラを抱き止める。

「レプラっ! レプラぁ……しっかりしてくれ…………」

 名前を呼ぶほどに目の奥から涙が溢れてくる。
 彼女は応えなかった。
 だけど、小さく息をしておりあらわになった胸部が上下していた。
 安堵が胸から落ちるようにして、全身に染み渡っていく。
 同時に、煮えたぎるような怒りに駆られた。
 先程までの後悔の念などどこかに霧散していた。


「…………殺す。
 殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……殺してやるぞおおっ!!
 貴様らアアアアアアアアッッ!!!」

 私は周囲の男たちに向かって吠えた。
 すると、何人かの男達が階段に向かって逃げ出した。
 追いかけて八つ裂きにしてやりたい!!
 だがレプラを置いてはおけない。
 歯痒いことにこの部屋に残っている奴らしか殺せない!!

 手前に二人、その後方に三人。
 出方を観察しようと連中に目を向けていると一人の男が鞭を手に取った。

「……シッ!!」

 息を吐くと同時に鞭の先がこちらに向かって飛んできた————疾いっ!!
 身体を屈めて辛うじて避けたが鞭の軌道は見えなかった。
 さらに別の男は手甲をつけた手で殴りかかってきた。
 こちらも洗練された動きをしている。

「貴様ら……スラッパーじゃないな!?」
「…………」

 私の質問に答えず無言で殴りかかってくる。
 その態度が彼らが素人でないことを物語っていた。


「シィィッ!! シッっ!!」

 軌道の読めない鞭打とまともに受ければ骨を砕かれる手甲の打撃が押し寄せてくる。
 武器さえあればいくらでも捌ききれるがこっちは丸腰だぞ!!
 卑怯者どもが!!

 回避動作を行いながら辺りを見渡す。
 武器になりそうなものは————あれだ!!

 肩から地面に倒れ込み、そのまま転がる。
 敵との距離を取りつつ地面に捨てていた鎖を手に取った。
 レプラを繋いでいた鎖……へばりついた血痕に再び怒りが炎にくべられる。

「ウオオオオオオォッ!!!」

 鎖を振りかぶって殴りかかってきた男の脳天に叩きつけた。
 高速で打ち下ろした鎖の一撃は男の突進を止めてのけぞらせた。
 さらに飛んできた鞭に鎖を絡めて攻撃を抑える。

「せやああああっ!!」

 飛び蹴りで鞭使いの男の腹部を突き刺した。
 勢いよく男は後方に吹き飛び、壁に叩きつけられた。
 苦痛に顔を歪めて、うめき声を上げているが、そんな程度ではこちらの溜飲は下がらない。
 さらに追撃を仕掛けようとした瞬間————

「女の方を殺れ!!」

 とうめいていた男が怒鳴った。
 反射的にレプラの元に駆け寄った。
 その行動は正解だった。

 ドッ! ドッ!

「か…………はあああっ……!!」

 左肩と二の腕に熱い痛みが走った。
 後ろに下がっていた男達からクロスボウの矢が放たれたのだ。
 小型の片手で撃てる威力の低いものだが、私の腕に刺さるには足りた。

 次の矢が間もなく飛んでくる。
 避ければレプラに当たる。
 満身創痍の彼女には矢傷一つが致命傷になりかねない!
 クソォっ!!

 覚悟を決めて彼女を抱えて敵に背中を向けた。
 その次の瞬間、


 シャラン————


 聞いたことのない音……いや音色が聴こえた。
 少なくともクロスボウの発射音ではない。
 そして、私の身体に痛みが増えていない。

 恐る恐ると振り向くと、私の目の前には頼もしい背中がそびえていた。

「ギリギリ間に合ったな。
 昼間の無礼はこれでチャラにしてくれ」

 亜麻色の長い髪をたなびかせて、彼女は————ディナリスは剣を構えて私を守るように立っていた。



 シャラン————シャラン————

 ディナリスの周囲で金属が擦り合わされるような音が鳴り、敵から放たれた矢や鞭が切断されて落ちていく。
 剣を持った手が微かにブレていることから飛んできた攻撃を捌いているのはたしかだが、太刀筋は全く見えない。
 絶対不可侵の結界が張られているかのようだった。

「【飛花落葉ひからくよう】————で、どうする? ジル様。
 殺すか? 見たところコイツらは本職だ。
 拷問かけたくらいじゃ何も吐きそうにないぞ」

 チラリと見返って私を見るディナリス。
 彼女に言われるまで、敵から情報を引き摺り出すことなんて思いつきもしなかった。
 ただ殺してやりたいとしか…………そうだな。

「手を切り落とせ」

 私の言葉に五人の男達は慄いた。
 ディナリスは眉一つ動かさずに、

「かしこまりぃ————【落花流水らっかりゅうすい】」

 軽い調子で剣を振るった。

 相変わらず太刀筋は見えなかった。
 が、次の瞬間、花が首ごともげるように5組10個の手首が地面に転がった。

「うわああああああああっ!! 腕がっ!?
 俺の腕が!!」

 悲鳴を上げ、手首からの出血を必死で押さえ込もうとする男達。
 武術を身につけ、このような荒事を生業にしている者だ。
 もうこれまでのようには生きていけない。
 失われた両腕の先を見るたびに今日のことを死ぬまで後悔し続けるだろう。

 …………いい気味だ。

「ご苦労。先に逃げた連中は?」
「さあな。私が剣を振るったのはここが最初だ」

 逃したか…………

 殺し損なった苛立ちもあるが、それ以上に嫌な予感がする。
 靴の中に小石が入りこんだような気分と言えばいいだろうか。

「ま、長居は無用だ。
 そちらの姫さまも治療が必要だしな」
「……ああ」

 そうだ。レプラは大怪我をしているんだ。
 医者に見せなくては……
 犯人連中を裁くことなど今は大事じゃない。

 熱に浮かされた頭を冷まし、上着をレプラに着せた。


 サンク・レーベン修道院から脱出した私たちは隠れるようにして王宮に戻った。
 私の寝室のベッドの上にレプラを寝かせる頃には太陽が真上に差し掛かっていた。
 呼びつけた宮廷医はレプラがここにいることに驚いてはいたが、すぐに治療に取り掛かってくれた。
 おかげで、意識を取り戻してはいないものもレプラは一命を取りとめ穏やかに寝息を立てている。


 ベッドに横たわるレプラを見つめ続ける私に気づかってか、ディナリスが話しかけてきた。

「生きていて良かったな。
 後遺症の心配もないらしいし…………ああ、それに手めにされなかったのも良かった。
 これで、なんとか領主殿に言い訳もできる」

 私を慰めようとしてくれているのだろうが、そんな言葉すら私は受け入れがたかった。
 傷だらけで裸で吊るされた彼女を目にした時、心が壊れるかと思うほどに苦しかった。
 あの時の私の感情を彼女は経験していないんだから。

「ジル様たちが教皇庁を出て間もなく、件の新聞記事が届けられてさ。
 中の記事とレプラの写真を見た領主殿が間髪入れずに私を救助に向かわせたのだよ。
 馬車ではなく早馬で駆け、馬が潰れてからは自らの脚で王都まで…………
 王都に入ったらすぐにジル様の乗っていた馬車を見つけたからさ声かけてみたんだ。
 そうしたらシウネからジル様が現場に直行したって聞いて、頭を抱えたよ。
 助ける相手が増えてしまった、ってね」

 ろくに相槌も打たない私に話しかけてくれるディナリスにかろうじて感謝の意を伝える。

「…………助けてくれて、ありがとう」
「ん。仕事のうちだ」

 そう言って彼女は私の頭をぐしゃぐしゃと髪を混ぜるように撫でてくれた。

「あなたは彼女のためならば、そんなに泣き苦しめるんだな。
 自分のことは我慢してしまうくせに」
「…………それが失敗だった。
 もっと我慢せずに自分が大切なものを優先すればよかった。
 私は完璧な王になどなれる器ではなかったのだから」

 彼女に甘えるように嘆きを吐き出した。

「完璧な王なんてどこの国にもいなかったさ。
 それでも世界は回ってるし、幸せに暮らしてる奴が大半だ」
「……そなたの言うとおりかもしれないな」

 ようやく、気持ちが少し軽くなった。
 だが、先の事を考えると気が重い。
 マスコミがついに民の暴動を誘発した。
 それにレプラを痛めつけた連中は間違いなく誰かに雇われていた本職(プロ)だった。
 故意的に仕組まれた完全な内乱扇動だ。
 いかに新聞大綱にて記事内容の自由が保証されていようと今度ばかりは言い逃れさせない。
 しかもロイヤルベッドではなく、ウォールマン新聞本誌でやってのけたのだ。
 ジャスティンを王国議会の場で追求できる。
 ……が、そうなれば奴は手負いの獣がごとく反抗してくるだろう。
 場合によっては多くの血が流れる結末になるかもしれない。
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