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第九話 ジルベールの付け火
ジルベールの付け火②
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赤色の巨塔————ウォールマン新聞社の社屋は赤煉瓦作りの九階建ての建物だ。
王都の土地は限られており、一つの会社が持てる土地の面積は制限されている。
故に建物は高層化が進むのだが、奴の会社は特に目立って高い。
一部100オルタそこそこの新聞でどうやって利益を産み出しているのかは知らないが随分と羽振りは良くみえる。
正面玄関には体格の良い守衛の兵士————いや、平民に雇われているのなら用心棒と言ったほうが正しいな。
用心棒がふたり、刺股を地面に突き立てるように持って立っている。
ズカズカと歩いてくる私に気づいた彼らは踵を浮かし警戒を強めた。
「ジャスティンはいるか?」
「答える必要はない」
にべもなく拒絶された。
まあ当然か。
ラフな格好をして剣を腰に下げた男が社長の名を出すのだから。
「余が、国王ジルベールが面会を希望しているのだ。
すぐに伝えよ」
シルバスタンの柄に彫られた王家の紋章を見せつけて言う。
だが、彼らは聞く耳を持たず鼻で笑う。
「お前みたいな奴はしょっちゅう来る。
国王陛下ならば豪奢な服を着て、家来を引き連れて訪れるだろう。
少しは似せておけよ!」
そう言って、用心棒は足で押し出すように私の腹に蹴りを打ち込んだ……が、
「うおっ!!」
蹴りを入れた男の方が後ろにのけぞって尻餅をついてしまう。
「テメェ!! なんの真似だ!?」
片割れの男がそう言って刺股を構える。
私はただ踏ん張って耐えていただけだ、と反論する前に槍のように刺股を突き出してくる。
しかし鈍い一撃など恐れるに足りない。
棘の付いていない棒の部分を引っ捕まえると動きはあっさりと止まった。
どうやら彼らと私には遥かな膂力の差がある。
門番に配置した戦力がこの程度。
ならば力づくで押し切れる。
「先制攻撃に過剰防衛。
お前たちが王宮の守衛であれば大悪人として新聞に書かれているところなのに……
身内には甘いものだな」
「まさか……貴様!? 本当に————」
「ジャスティンに伝えよ。
『貴様の望んでやまなかった邪悪で凶暴な王がやって来た』と」
腰からシルバスタンを抜き放ち、刺股を叩き割る。
用心棒たちは慌てふためいて建物の中に逃げ込んでいった。
それを追うように私も建物の中に入る。
ウォールマン新聞社のエントランスは非常に現代的で洒落た造りだった。
柱は極力少なく、壁や調度品はモノクロームな色合いに統一されている。
従業者なのか来客なのか分からんが2、30人はいる。
いつも通りの日常を送っている、と言う顔で。
そんなところに取り乱した用心棒たちと殺気立ち剣を持っていた男が乱入してくれば当然、パニックが巻き起こる。
逃げ惑う彼らを叱責するように私は声を張り上げる。
「聞け! 我が名は聖オルタンシア王国王ジルベール!!
王室専用剣シルバスタンに彫られた紋章がその証!!」
シルバスタンを掲げ、辺りを見渡す。
言葉を聞かず逃げる者もいれば、驚愕の表情で私を見つめる者もいる。
まあ、どうでもいい。
「長らくウォールマン新聞社は社会の公器としての分を弁えず、事実無根の捏造記事や特定の相手の名を毀損し不利益を与える偏向報道を続けてきた!!
先日に至っては無辜の民が集う修道院に対して暴動を煽動するような記事を書き!
私の、大切な…………」
言葉を紡ぐほどに思い出されるこれまでのマスコミの悪業。
はらわたが煮え繰り返り破壊衝動に突き動かされそうになる。
強く歯ぎしりをして怒りを押し殺し、言葉を続ける。
「……臣下臣民を傷つけた!!
もはや一切の猶予はない!!
ジャスティン・ウォールマン!!
責任者として余の前に平伏し、全ての罪を告白せよ!!!
誤った記事を訂正し傷つけた者たちへの賠償を行え!!
そして、先日市井にばら撒いた女の裸の写真を回収し、元となるフィルムも破棄せよ!!」
そう言ってシルバスタンを床に突き刺した。
爆ぜる音とともに突き立てられた大理石は陥没し、広範囲にひび割れが広がった。
その様子を見て周囲の人々は息を呑んだ。
まさか国王にこのような圧力をかけられるとは思っていなかったのだろう。
凍ったように固まる人々の中にただ一人、コソコソと這いつくばりながら逃げようとする男がいた。
一足跳びにその者に近づき、首根っこを掴んで拘束した。
「貴様、ここの社員か!?」
「ヒィィィィィィっ!!
ハイ!! あ、いや、無関係ですぅ!!」
慌てふためく男……というより少年か?
仕立てのいい服に身を包んでいるが顔立ちが幼い。
癖の強い赤い髪が綺麗に刈りそろえられていることも余計に彼の経験の浅さを感じさせる。
「おい、写真の現像はどこでやっている!?」
「な……なんのことですか?
げんぞーって」
とぼけた顔をした少年の頬を手の甲で叩いた。
さらに胸ぐらを掴んで壁に押し付け怒鳴りつける。
「しらばっくれるな!!
散々レプラの写真を焼き増ししているだろう!!
今すぐ案内しろ!!
殺されたくなかったらな!!」
写真の現像……教皇庁からの帰り道。
馬車に同乗していたシウネが写真にまつわるありとあらゆる情報を語り聞かせてくれた。
カメラで撮影した像はフィルムに記録され、そこから印画紙に顕現させるには現像という工程が必要になる。
それには暗く密閉された空間が必要。
しかも売って配るほど大量に行うとなればかなりの敷地が必要になるはず。
新聞に貼り付け販売することをあのスピードで行ったのであれば、写真の現像場所は新聞社内にあると考えるのが自然だ。
「わ、わかりましたよぉ!
だから痛いことはしないでくださいよぉ……陛下ぁ」
涙声で訴えかける少年。
苛立ちを覚えながらも彼の胸ぐらから手を離した。
少年が私を案内したのは地下だった。
短い階段を降りた先には分厚い金属製の扉があって、その向こうに現像のための部屋があった。
赤いガラスで作られたランプが部屋を真っ赤に照らしており、そこには多くの従業員たちが駅の中から紙を並べたり、取り出したり……
「あっ……」
ある従業員の手元に、レプラの写真があった。
何も隠されていない秘部まで露わになった裸の写真が。
しかもやつは、あろうことかマジマジと見て下卑た口元を緩ませている。
「痴れ者がっ!!」
瞬時に距離を詰めて頬を殴り飛ばした。
奴が派手な音を立てて床を転がると一瞬のうちに混乱は広がり、ざわめきで部屋が埋め尽くされる。
よくよく見てみればレプラの写真だけでなく、他の女の裸の写真も混ざっている。
これで裏付けは取れた。
「なぁ……どうしてここにロイヤルベッドに貼られていた写真があるんだ?
これではまるでウォールマン新聞社は低俗な記事を世に出す際にはロイヤルベッドの名前を使っているように見えるぞ」
嬲るように少年に詰め寄る。
すると彼は怯え切った目で、
「そ、そのとおりですぅ!!
ウォールマン新聞は老若男女誰に読ませる新聞であるために性的な内容は載せていません!
スラッパーのような頭の悪い連中にも読ませるには下世話なネタが必要だったんです!」
と許しを乞うように白状した。
だが、媚びで冷めるほど私の怒りはぬるくない。
「その下世話なネタを信じ込んでしまった連中のせいでどれだけの人が犠牲になったか、知っているか?
婚約を破棄されたり、店が立ち行かなくなったり、誘惑されるようになったり…………
貴様はもし自分の母親や妻のことが悪く書かれて国中の人間に伝わったらどう思う?
裸を晒されゲスな妄想で汚されたらどう思う?
関わった人間全員を殺し尽くしてやりたいとは思わないか?」
「お、お許しください!! 陛下あああ!!
二度とこのようなことは致しません!!」
少年は床に平伏し叫ぶように謝り続けた。
これ以上コイツに何を言っても意味はあるまい。
それよりも、だ。
既に現像されている写真やフィルム……とりあえずこれらを処分しよう。
手っ取り早く、それでいて派手に。
「この部屋から何も持ち出すな。
反した場合、容赦なく頭にこの剣を振り下ろす」
私はそう言って、部屋の壁側に設置された棚に置かれているフィルムや印画紙、現像に使う水溶液に近づいた。
シウネに話を聞いておいてよかった。
私は化学分野には疎いがそれでも理解できるよう彼女は写真にまつわる知識を語り聞かせてくれた。
たとえば、フィルムは可燃性であり、現像液は気化すれば引火生のガスを発生させる…………
すまんな、シウネ。
そなたが授けてくれた知識を私は悪虐に利用しようとしている。
学者としての良心が痛むことだろう。
嫌って、石をぶつけてくれて構わんからな。
シルバスタンを鞘に収め、腰に溜めるようにして構える。
この剣の刃を覆う銀は特殊な銀である。
通常はひたすらに硬い金属であるが、摩擦により削れた銀粉は火薬さながらに燃焼反応を巻き起こす。
それはすなわち————
「ハアアアアアッ!!」
鞘を削るように刃を走らせ、抜き放つ。
すると刃を覆う銀が太陽のように煌々と輝き、焔を巻き起こしそれを纏った。
従業員どもは突然の火災に慌てふためく。
私はそんな彼らの恐怖を煽るように剣を振りかざし焔を大きくしていく。
「な、何をなさるんですかぁぁあああ!!?」
「決まっているだろう。
燃やし尽くすのさ。
元を絶たねば複製は終わらない。
その写真はこの世にあってはならぬものだ!!」
叫び、荷物の置かれた棚を斬りつけた。
両断されたフィルムや印画紙は切断面から勢いよく燃えて、現像液もたちまち引火し、灯油の如き勢いで燃え広がる。
「うわあああああっ!!
火事だっ!! 逃げろおおっ!!」
パニックを起こした従業員たちが大慌てで扉に向かって逃げていく。
まあ良い。
案内役は一人でいいからな。
「ギャアアアアアアアアっ!!
な゛ん゛でぇ゛ぇええええええええ!!!
僕だけ逃してくれないの゛おおおおおお!!」
再び少年の襟首を掴んだ。
「若造のような見てくれだが、貴様それなりの地位の者だろう。
すれ違う者たちが皆、頭を下げていた。
お前は当然のように頭を下げなかったがな」
「そ、それは陛下に対してでは」
「おいおい国王に対して会釈程度の礼で済ませるなど不敬が過ぎるだろう。
私の顔を知っている者は少ないんだ」
もし、シウネが計画どおり私の舞姿の写真を国中にばら撒いていたのなら少しは違っただろうが。
「ジャスティンの元にたどり着くまで、私は貴様を利用する。
同情を買えると思うなよ……
ウォールマン新聞社の社員で高い地位にあるということは、私達を踏みにじることを生業にして良い思いをしているという証なのだからなあっ!!!」
焔を撒き散らし、部屋の中のありとあらゆるものを切り刻んでいく。
炎は倍々に膨れ上がっていき、すぐに部屋全体を埋め尽くし始めた。
頃合いだ、と思って扉に向かおうとすると扉は固く閉ざされていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!
アイツらぁっ!! ぼぐがごごにいるごどわ゛っがっでるのにぃぃぃぃぃ!!!」
少年は汚い声を上げて涙をボロボロ流して喚き散らしている。
どうやら人望は無いようだ。同類だな。
剣を構えて呼吸を整える。
肺に送り込む空気が熱く曇ったものになってきている。
長くは保たない。
「いまさら剣一本で何ができるっていうんだよおおおおっっ!!
バカあああああっ!!
この扉は鋼鉄製で壺いっぱいの火薬で爆発させてもびくともしな————」
「せやああああああっ!!」
私はシルバスタンを振り下ろす。
扉の蝶番の部分を狙って。
バキィン! と音を立てて蝶番は壊れた。
そして全身を捻り渾身の一撃で扉を叩く。
大きな鐘を鳴らしたかのような爆発的な金属音が響き、扉は前に倒れた。
外の空気が流れ込んだことで背後の炎が膨れ上がる。
その手につかまらないよう少年をぶら下げながら走り出す。
「う、うそぉでしょおおおお!?
あんたバケモンですか!? 陛下あっ!?」
「無礼な奴だ。
私がどの程度の腕を持っているかくらい掴んでおけ」
階段を一気に跳び上り、エントランスに戻ってきた。
従業員たちが大慌てで建物の外に逃げ出している。
上の階からも降りてきているようだが、その中にジャスティンの姿はない。
「なあ。さっき『剣一本で何ができる。バカ』と私を罵ったな?」
「……言ってませんヨ」
キョトンとした顔で目を逸らす少年。
パチン、と頬を張った後、顎を掴んで語りかける。
「この剣一本で新聞社を焼き、マスコミを殺す。
もう、お前たちの思いどおりにはさせない」
「ジャスティンはまだ中にいるんだな?」
「た、多分……小火騒ぎ程度で慌てる人じゃないし、社長室には凄腕の護衛をつけていますから。
正直、陛下が一人で殴り込んできたくらいでは動じないかと」
「それはとことん都合がいいな」
少年を連れて階段を昇り、各階に火を次々とつけていく。
過去に発刊された新聞、記事の原稿、取材資料などなど……ウォールマン新聞のありとあらゆる仕事を燃やしていく。
紙切ればかりだからよく燃える。
しかしこんな紙切れ一つで民の思想や感情が弄ばれた。
安全な場所で何の責任も持たず他者の人生を振り回し、蹂躙し、それを社会正義などとのたまってきた奴らに……そのツケを今、支払わせている。
人を傷つければ、傷つけ返される。
物を奪えば、奪い返される。
嘘で騙せば、心を閉ざされる。
私はウォールマン新聞社を焼き尽くす。
建物だけではない。
奴らが積み重ねた罪を白日の元に晒し、二度と民に信じてもらえないようにする。
そして啓蒙するのだ。
真実とは他人に与えられるものではなく、自ら探究し熟考して得るものでなければならないと。
六階まで炎で焼き尽くし、階段に戻ると登り階段の中腹に軽量鎧をつけた護衛らしき男が二人立っていた。
「ようやく尾に火がついていることに気づいたか。
にもかかわらず社長は引き篭もったまま出てこないとは貴様らも苦労するな」
嘲るように言うが、男たちは眉一つ動かさずに鉄製の短槍を構えた。
民間における刃物類の武装は禁じられており、槍も例外ではない。
それを私の前でチラつかせるあたり、向こうも覚悟を決めているということか。
「ジャスティン……文字通り私に刃を向けたな。
良かった。これで心ゆくまで叩き潰せるというものだ!!」
私は案内役の少年を投げ捨て、護衛たちに飛びかかる。
不遜な態度を取るだけあって体捌きはなかなかのモノだ。
私の斬撃を受けるのは難しいと判断し、避けてやり過ごす。
奴らを追っているうちに7階の広間に出てしまった。
パーティでも開くための場所なのか、円卓が何卓か置かれている以外は特に物のないだだっ広い部屋だ。
ようやく自分達の武器が活かせると言わんばかりに二人の護衛が反撃を開始する。
予備動作なしに最短距離を貫こうとする突き技が私の腹に向かって放たれる。
当然、私は剣で弾く。
腕力では私の方が上だ。
一度弾けば体勢を崩せるので連撃はされない。
相手は二人いるため、一気にたたみかけるわけにはいかないがジワリジワリと押し込んでいく。
勝てる! と確信する直前、背中に冷たいものが走り、反射的に前方に飛んだ。
ブシュン! と鋭い風切り音が背後で唸った。
着地と同時に振り返ると私の身体があった場所を槍で貫いている別の男がいた。
避けられるとは思っていなかったらしく、驚きが顔に滲み出ている。
だが、これで3対1。
連携を取られれば防戦は免れずジリ貧だろう。
「ならば……こっちも本気でいかないとな」
鞘に剣を納め極端に前傾姿勢を取る。
こちらの構えを見て護衛たちは互いの距離を広げて攻撃を受ける構えを見せた。
誰か一人を攻め立てる瞬間を狙って残り二人が背後側面から仕留めに来るつもりだな…………やれるものなら、やってみろ!
地面を蹴り、最速で正面の男を剣の間合いに入れた。
鞘を刃に押し付けながら抜剣するとシルバスタンが煌めき燃える。
剣筋は炎の尾を引き、私を護るように取り囲んだ。
「うわっ!!」
突然出現した炎に虚をつかれ、敵は怯んだ。
その一瞬で十分だった。
「ハアアアアアッ!!!」
燃え盛るシルバスタンの一撃は砲撃にも匹敵する。
護ろうとする槍を弾き飛ばし、軽量鎧を粉砕してなお、屈強な戦士を気絶せしめる破壊力があるということだ。
渾身の一閃を繰り返すこと三度。
衝突するごとに巻き上がる炎が大きくなり、三人目を壁に向かって吹き飛ばした時には業火が剣を覆っていた。
炎を散らすため、虚空に弧を描きながら剣を走らせると、花吹雪のように舞い落ちる火の粉が空間を赤く彩っていく。
自らが作り出した幻想的な光景の只中にいると勝利の高揚感と策が見事にハマった快感に酔いしれたくなる。
だが、まだだ。
私は成し遂げていない。
障害を一つ取り除いただけだ。
火が小さくなった刀身を無理やり鞘に納め鎮火し、階段に戻る。
案内役の————名前くらい聞いておくべきだったか。あの少年はもういない。
だが、迷うことなく最上階に進む。
立ち塞がるものはいなかった。
最上階には如何にも、といった感じの大仰しい観音開きの扉だけがあった。
この先にジャスティンはいるのだろうか。
既に逃げ出したかもしれないし、もしかしたら罠を張って待ち構えているかもしれない。
呼吸を整えろ。
怒りは爆発させるべき瞬間まで必死で押さえ込まなければならない。
勝利条件を間違えるな。
奴を殺して終わるような話ならとうの昔に終わっている。
やらねばならんのは新聞に、マスコミの報道に絶対の信憑性などないということを国民に知らしめることだ。
そのためには奴に今までの偏向報道を認めさせなければならない。
一方的に情報を発信できる立場ということを利用して民心を支配しようとした。
そのことを知れば国民は今までのようには操られなくなるはずだ。
たとえ私が廃位され、ダールトンが王位に就こうとも、ジャスティンが生き延び、同じことを繰り返そうとも……民は過ちを繰り返さない!!
もはや願いだった。
分かっている。
民のことを思うならばもっとやり方はあった筈だ。
それをできなかったのは自分の怒りの解消を優先したせいだ。
だが、それでもこの怒りの終着点はできる限り正義に殉じたものであるべきなのだ。
怒りに突き動かされたのも私ならば、今日の日まで耐え続けて王国を守り続けたのも私なのだから。
「————————」
私はそう呟いて、社長室の扉をシルバスタンで叩き壊した。
王都の土地は限られており、一つの会社が持てる土地の面積は制限されている。
故に建物は高層化が進むのだが、奴の会社は特に目立って高い。
一部100オルタそこそこの新聞でどうやって利益を産み出しているのかは知らないが随分と羽振りは良くみえる。
正面玄関には体格の良い守衛の兵士————いや、平民に雇われているのなら用心棒と言ったほうが正しいな。
用心棒がふたり、刺股を地面に突き立てるように持って立っている。
ズカズカと歩いてくる私に気づいた彼らは踵を浮かし警戒を強めた。
「ジャスティンはいるか?」
「答える必要はない」
にべもなく拒絶された。
まあ当然か。
ラフな格好をして剣を腰に下げた男が社長の名を出すのだから。
「余が、国王ジルベールが面会を希望しているのだ。
すぐに伝えよ」
シルバスタンの柄に彫られた王家の紋章を見せつけて言う。
だが、彼らは聞く耳を持たず鼻で笑う。
「お前みたいな奴はしょっちゅう来る。
国王陛下ならば豪奢な服を着て、家来を引き連れて訪れるだろう。
少しは似せておけよ!」
そう言って、用心棒は足で押し出すように私の腹に蹴りを打ち込んだ……が、
「うおっ!!」
蹴りを入れた男の方が後ろにのけぞって尻餅をついてしまう。
「テメェ!! なんの真似だ!?」
片割れの男がそう言って刺股を構える。
私はただ踏ん張って耐えていただけだ、と反論する前に槍のように刺股を突き出してくる。
しかし鈍い一撃など恐れるに足りない。
棘の付いていない棒の部分を引っ捕まえると動きはあっさりと止まった。
どうやら彼らと私には遥かな膂力の差がある。
門番に配置した戦力がこの程度。
ならば力づくで押し切れる。
「先制攻撃に過剰防衛。
お前たちが王宮の守衛であれば大悪人として新聞に書かれているところなのに……
身内には甘いものだな」
「まさか……貴様!? 本当に————」
「ジャスティンに伝えよ。
『貴様の望んでやまなかった邪悪で凶暴な王がやって来た』と」
腰からシルバスタンを抜き放ち、刺股を叩き割る。
用心棒たちは慌てふためいて建物の中に逃げ込んでいった。
それを追うように私も建物の中に入る。
ウォールマン新聞社のエントランスは非常に現代的で洒落た造りだった。
柱は極力少なく、壁や調度品はモノクロームな色合いに統一されている。
従業者なのか来客なのか分からんが2、30人はいる。
いつも通りの日常を送っている、と言う顔で。
そんなところに取り乱した用心棒たちと殺気立ち剣を持っていた男が乱入してくれば当然、パニックが巻き起こる。
逃げ惑う彼らを叱責するように私は声を張り上げる。
「聞け! 我が名は聖オルタンシア王国王ジルベール!!
王室専用剣シルバスタンに彫られた紋章がその証!!」
シルバスタンを掲げ、辺りを見渡す。
言葉を聞かず逃げる者もいれば、驚愕の表情で私を見つめる者もいる。
まあ、どうでもいい。
「長らくウォールマン新聞社は社会の公器としての分を弁えず、事実無根の捏造記事や特定の相手の名を毀損し不利益を与える偏向報道を続けてきた!!
先日に至っては無辜の民が集う修道院に対して暴動を煽動するような記事を書き!
私の、大切な…………」
言葉を紡ぐほどに思い出されるこれまでのマスコミの悪業。
はらわたが煮え繰り返り破壊衝動に突き動かされそうになる。
強く歯ぎしりをして怒りを押し殺し、言葉を続ける。
「……臣下臣民を傷つけた!!
もはや一切の猶予はない!!
ジャスティン・ウォールマン!!
責任者として余の前に平伏し、全ての罪を告白せよ!!!
誤った記事を訂正し傷つけた者たちへの賠償を行え!!
そして、先日市井にばら撒いた女の裸の写真を回収し、元となるフィルムも破棄せよ!!」
そう言ってシルバスタンを床に突き刺した。
爆ぜる音とともに突き立てられた大理石は陥没し、広範囲にひび割れが広がった。
その様子を見て周囲の人々は息を呑んだ。
まさか国王にこのような圧力をかけられるとは思っていなかったのだろう。
凍ったように固まる人々の中にただ一人、コソコソと這いつくばりながら逃げようとする男がいた。
一足跳びにその者に近づき、首根っこを掴んで拘束した。
「貴様、ここの社員か!?」
「ヒィィィィィィっ!!
ハイ!! あ、いや、無関係ですぅ!!」
慌てふためく男……というより少年か?
仕立てのいい服に身を包んでいるが顔立ちが幼い。
癖の強い赤い髪が綺麗に刈りそろえられていることも余計に彼の経験の浅さを感じさせる。
「おい、写真の現像はどこでやっている!?」
「な……なんのことですか?
げんぞーって」
とぼけた顔をした少年の頬を手の甲で叩いた。
さらに胸ぐらを掴んで壁に押し付け怒鳴りつける。
「しらばっくれるな!!
散々レプラの写真を焼き増ししているだろう!!
今すぐ案内しろ!!
殺されたくなかったらな!!」
写真の現像……教皇庁からの帰り道。
馬車に同乗していたシウネが写真にまつわるありとあらゆる情報を語り聞かせてくれた。
カメラで撮影した像はフィルムに記録され、そこから印画紙に顕現させるには現像という工程が必要になる。
それには暗く密閉された空間が必要。
しかも売って配るほど大量に行うとなればかなりの敷地が必要になるはず。
新聞に貼り付け販売することをあのスピードで行ったのであれば、写真の現像場所は新聞社内にあると考えるのが自然だ。
「わ、わかりましたよぉ!
だから痛いことはしないでくださいよぉ……陛下ぁ」
涙声で訴えかける少年。
苛立ちを覚えながらも彼の胸ぐらから手を離した。
少年が私を案内したのは地下だった。
短い階段を降りた先には分厚い金属製の扉があって、その向こうに現像のための部屋があった。
赤いガラスで作られたランプが部屋を真っ赤に照らしており、そこには多くの従業員たちが駅の中から紙を並べたり、取り出したり……
「あっ……」
ある従業員の手元に、レプラの写真があった。
何も隠されていない秘部まで露わになった裸の写真が。
しかもやつは、あろうことかマジマジと見て下卑た口元を緩ませている。
「痴れ者がっ!!」
瞬時に距離を詰めて頬を殴り飛ばした。
奴が派手な音を立てて床を転がると一瞬のうちに混乱は広がり、ざわめきで部屋が埋め尽くされる。
よくよく見てみればレプラの写真だけでなく、他の女の裸の写真も混ざっている。
これで裏付けは取れた。
「なぁ……どうしてここにロイヤルベッドに貼られていた写真があるんだ?
これではまるでウォールマン新聞社は低俗な記事を世に出す際にはロイヤルベッドの名前を使っているように見えるぞ」
嬲るように少年に詰め寄る。
すると彼は怯え切った目で、
「そ、そのとおりですぅ!!
ウォールマン新聞は老若男女誰に読ませる新聞であるために性的な内容は載せていません!
スラッパーのような頭の悪い連中にも読ませるには下世話なネタが必要だったんです!」
と許しを乞うように白状した。
だが、媚びで冷めるほど私の怒りはぬるくない。
「その下世話なネタを信じ込んでしまった連中のせいでどれだけの人が犠牲になったか、知っているか?
婚約を破棄されたり、店が立ち行かなくなったり、誘惑されるようになったり…………
貴様はもし自分の母親や妻のことが悪く書かれて国中の人間に伝わったらどう思う?
裸を晒されゲスな妄想で汚されたらどう思う?
関わった人間全員を殺し尽くしてやりたいとは思わないか?」
「お、お許しください!! 陛下あああ!!
二度とこのようなことは致しません!!」
少年は床に平伏し叫ぶように謝り続けた。
これ以上コイツに何を言っても意味はあるまい。
それよりも、だ。
既に現像されている写真やフィルム……とりあえずこれらを処分しよう。
手っ取り早く、それでいて派手に。
「この部屋から何も持ち出すな。
反した場合、容赦なく頭にこの剣を振り下ろす」
私はそう言って、部屋の壁側に設置された棚に置かれているフィルムや印画紙、現像に使う水溶液に近づいた。
シウネに話を聞いておいてよかった。
私は化学分野には疎いがそれでも理解できるよう彼女は写真にまつわる知識を語り聞かせてくれた。
たとえば、フィルムは可燃性であり、現像液は気化すれば引火生のガスを発生させる…………
すまんな、シウネ。
そなたが授けてくれた知識を私は悪虐に利用しようとしている。
学者としての良心が痛むことだろう。
嫌って、石をぶつけてくれて構わんからな。
シルバスタンを鞘に収め、腰に溜めるようにして構える。
この剣の刃を覆う銀は特殊な銀である。
通常はひたすらに硬い金属であるが、摩擦により削れた銀粉は火薬さながらに燃焼反応を巻き起こす。
それはすなわち————
「ハアアアアアッ!!」
鞘を削るように刃を走らせ、抜き放つ。
すると刃を覆う銀が太陽のように煌々と輝き、焔を巻き起こしそれを纏った。
従業員どもは突然の火災に慌てふためく。
私はそんな彼らの恐怖を煽るように剣を振りかざし焔を大きくしていく。
「な、何をなさるんですかぁぁあああ!!?」
「決まっているだろう。
燃やし尽くすのさ。
元を絶たねば複製は終わらない。
その写真はこの世にあってはならぬものだ!!」
叫び、荷物の置かれた棚を斬りつけた。
両断されたフィルムや印画紙は切断面から勢いよく燃えて、現像液もたちまち引火し、灯油の如き勢いで燃え広がる。
「うわあああああっ!!
火事だっ!! 逃げろおおっ!!」
パニックを起こした従業員たちが大慌てで扉に向かって逃げていく。
まあ良い。
案内役は一人でいいからな。
「ギャアアアアアアアアっ!!
な゛ん゛でぇ゛ぇええええええええ!!!
僕だけ逃してくれないの゛おおおおおお!!」
再び少年の襟首を掴んだ。
「若造のような見てくれだが、貴様それなりの地位の者だろう。
すれ違う者たちが皆、頭を下げていた。
お前は当然のように頭を下げなかったがな」
「そ、それは陛下に対してでは」
「おいおい国王に対して会釈程度の礼で済ませるなど不敬が過ぎるだろう。
私の顔を知っている者は少ないんだ」
もし、シウネが計画どおり私の舞姿の写真を国中にばら撒いていたのなら少しは違っただろうが。
「ジャスティンの元にたどり着くまで、私は貴様を利用する。
同情を買えると思うなよ……
ウォールマン新聞社の社員で高い地位にあるということは、私達を踏みにじることを生業にして良い思いをしているという証なのだからなあっ!!!」
焔を撒き散らし、部屋の中のありとあらゆるものを切り刻んでいく。
炎は倍々に膨れ上がっていき、すぐに部屋全体を埋め尽くし始めた。
頃合いだ、と思って扉に向かおうとすると扉は固く閉ざされていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!
アイツらぁっ!! ぼぐがごごにいるごどわ゛っがっでるのにぃぃぃぃぃ!!!」
少年は汚い声を上げて涙をボロボロ流して喚き散らしている。
どうやら人望は無いようだ。同類だな。
剣を構えて呼吸を整える。
肺に送り込む空気が熱く曇ったものになってきている。
長くは保たない。
「いまさら剣一本で何ができるっていうんだよおおおおっっ!!
バカあああああっ!!
この扉は鋼鉄製で壺いっぱいの火薬で爆発させてもびくともしな————」
「せやああああああっ!!」
私はシルバスタンを振り下ろす。
扉の蝶番の部分を狙って。
バキィン! と音を立てて蝶番は壊れた。
そして全身を捻り渾身の一撃で扉を叩く。
大きな鐘を鳴らしたかのような爆発的な金属音が響き、扉は前に倒れた。
外の空気が流れ込んだことで背後の炎が膨れ上がる。
その手につかまらないよう少年をぶら下げながら走り出す。
「う、うそぉでしょおおおお!?
あんたバケモンですか!? 陛下あっ!?」
「無礼な奴だ。
私がどの程度の腕を持っているかくらい掴んでおけ」
階段を一気に跳び上り、エントランスに戻ってきた。
従業員たちが大慌てで建物の外に逃げ出している。
上の階からも降りてきているようだが、その中にジャスティンの姿はない。
「なあ。さっき『剣一本で何ができる。バカ』と私を罵ったな?」
「……言ってませんヨ」
キョトンとした顔で目を逸らす少年。
パチン、と頬を張った後、顎を掴んで語りかける。
「この剣一本で新聞社を焼き、マスコミを殺す。
もう、お前たちの思いどおりにはさせない」
「ジャスティンはまだ中にいるんだな?」
「た、多分……小火騒ぎ程度で慌てる人じゃないし、社長室には凄腕の護衛をつけていますから。
正直、陛下が一人で殴り込んできたくらいでは動じないかと」
「それはとことん都合がいいな」
少年を連れて階段を昇り、各階に火を次々とつけていく。
過去に発刊された新聞、記事の原稿、取材資料などなど……ウォールマン新聞のありとあらゆる仕事を燃やしていく。
紙切ればかりだからよく燃える。
しかしこんな紙切れ一つで民の思想や感情が弄ばれた。
安全な場所で何の責任も持たず他者の人生を振り回し、蹂躙し、それを社会正義などとのたまってきた奴らに……そのツケを今、支払わせている。
人を傷つければ、傷つけ返される。
物を奪えば、奪い返される。
嘘で騙せば、心を閉ざされる。
私はウォールマン新聞社を焼き尽くす。
建物だけではない。
奴らが積み重ねた罪を白日の元に晒し、二度と民に信じてもらえないようにする。
そして啓蒙するのだ。
真実とは他人に与えられるものではなく、自ら探究し熟考して得るものでなければならないと。
六階まで炎で焼き尽くし、階段に戻ると登り階段の中腹に軽量鎧をつけた護衛らしき男が二人立っていた。
「ようやく尾に火がついていることに気づいたか。
にもかかわらず社長は引き篭もったまま出てこないとは貴様らも苦労するな」
嘲るように言うが、男たちは眉一つ動かさずに鉄製の短槍を構えた。
民間における刃物類の武装は禁じられており、槍も例外ではない。
それを私の前でチラつかせるあたり、向こうも覚悟を決めているということか。
「ジャスティン……文字通り私に刃を向けたな。
良かった。これで心ゆくまで叩き潰せるというものだ!!」
私は案内役の少年を投げ捨て、護衛たちに飛びかかる。
不遜な態度を取るだけあって体捌きはなかなかのモノだ。
私の斬撃を受けるのは難しいと判断し、避けてやり過ごす。
奴らを追っているうちに7階の広間に出てしまった。
パーティでも開くための場所なのか、円卓が何卓か置かれている以外は特に物のないだだっ広い部屋だ。
ようやく自分達の武器が活かせると言わんばかりに二人の護衛が反撃を開始する。
予備動作なしに最短距離を貫こうとする突き技が私の腹に向かって放たれる。
当然、私は剣で弾く。
腕力では私の方が上だ。
一度弾けば体勢を崩せるので連撃はされない。
相手は二人いるため、一気にたたみかけるわけにはいかないがジワリジワリと押し込んでいく。
勝てる! と確信する直前、背中に冷たいものが走り、反射的に前方に飛んだ。
ブシュン! と鋭い風切り音が背後で唸った。
着地と同時に振り返ると私の身体があった場所を槍で貫いている別の男がいた。
避けられるとは思っていなかったらしく、驚きが顔に滲み出ている。
だが、これで3対1。
連携を取られれば防戦は免れずジリ貧だろう。
「ならば……こっちも本気でいかないとな」
鞘に剣を納め極端に前傾姿勢を取る。
こちらの構えを見て護衛たちは互いの距離を広げて攻撃を受ける構えを見せた。
誰か一人を攻め立てる瞬間を狙って残り二人が背後側面から仕留めに来るつもりだな…………やれるものなら、やってみろ!
地面を蹴り、最速で正面の男を剣の間合いに入れた。
鞘を刃に押し付けながら抜剣するとシルバスタンが煌めき燃える。
剣筋は炎の尾を引き、私を護るように取り囲んだ。
「うわっ!!」
突然出現した炎に虚をつかれ、敵は怯んだ。
その一瞬で十分だった。
「ハアアアアアッ!!!」
燃え盛るシルバスタンの一撃は砲撃にも匹敵する。
護ろうとする槍を弾き飛ばし、軽量鎧を粉砕してなお、屈強な戦士を気絶せしめる破壊力があるということだ。
渾身の一閃を繰り返すこと三度。
衝突するごとに巻き上がる炎が大きくなり、三人目を壁に向かって吹き飛ばした時には業火が剣を覆っていた。
炎を散らすため、虚空に弧を描きながら剣を走らせると、花吹雪のように舞い落ちる火の粉が空間を赤く彩っていく。
自らが作り出した幻想的な光景の只中にいると勝利の高揚感と策が見事にハマった快感に酔いしれたくなる。
だが、まだだ。
私は成し遂げていない。
障害を一つ取り除いただけだ。
火が小さくなった刀身を無理やり鞘に納め鎮火し、階段に戻る。
案内役の————名前くらい聞いておくべきだったか。あの少年はもういない。
だが、迷うことなく最上階に進む。
立ち塞がるものはいなかった。
最上階には如何にも、といった感じの大仰しい観音開きの扉だけがあった。
この先にジャスティンはいるのだろうか。
既に逃げ出したかもしれないし、もしかしたら罠を張って待ち構えているかもしれない。
呼吸を整えろ。
怒りは爆発させるべき瞬間まで必死で押さえ込まなければならない。
勝利条件を間違えるな。
奴を殺して終わるような話ならとうの昔に終わっている。
やらねばならんのは新聞に、マスコミの報道に絶対の信憑性などないということを国民に知らしめることだ。
そのためには奴に今までの偏向報道を認めさせなければならない。
一方的に情報を発信できる立場ということを利用して民心を支配しようとした。
そのことを知れば国民は今までのようには操られなくなるはずだ。
たとえ私が廃位され、ダールトンが王位に就こうとも、ジャスティンが生き延び、同じことを繰り返そうとも……民は過ちを繰り返さない!!
もはや願いだった。
分かっている。
民のことを思うならばもっとやり方はあった筈だ。
それをできなかったのは自分の怒りの解消を優先したせいだ。
だが、それでもこの怒りの終着点はできる限り正義に殉じたものであるべきなのだ。
怒りに突き動かされたのも私ならば、今日の日まで耐え続けて王国を守り続けたのも私なのだから。
「————————」
私はそう呟いて、社長室の扉をシルバスタンで叩き壊した。
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