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第一章 少年は姫騎士と出逢う
第3話 ある冒険者の末路
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牧場を覆っていた雪が薄くなり、久々に土の地面がぽつぽつと見え始めた雪解けの季節のこと。
牧場主のモロゾフさんが珍しく僕を母家に招き入れた。
モロゾフさんとその奥さんは40をすでに回っているらしく、三人いた子供も皆自立していて二人で暮らしている。
だけどテーブルには僕の分と合わせて三人分の食事が用意されていた。
「よく働いてくれているからな。
せめてものねぎらいだ」
「生きのいい鶏を絞めたからお肉がいっぱいよ。
どんどん食べなさい」
ニコニコとした様子の二人に僕は声をうわずらせながら応える。
「あっ、ありがとうございます。
い、いただきます!」
セシリア以外の人と話すのは今でも緊張するし、うまく喋れない。
だけど、二人はそんな僕に温かい視線を注いでいた。
ちょっと不気味なくらいに。
別に今までも食事を抜かれたり、理不尽に怒られたりはしていないけれど主人と使用人の線引きはちゃんとしている人たちだった。
今日は優しすぎるというか、距離が近すぎるように感じた。
「もうすぐ、春になるが……本当に出て行くつもりかい?」
奥さんがにこやかな顔で僕に尋ねる。
「ええ。おかげで冬も越せたし、修行もできたから」
「そうか……アンタは働き者だし、悪さもしないから気に入ってるんだけどねえ」
奥さんが惜しむように言うと、モロゾフさんもうなづき言葉を重ねる。
「牛小屋の掃除、乳搾りはもちろん、お産の世話まで完璧にこなしてくれたもんなぁ。
働いたことないって言ってたけど嘘だろう?」
「いや……知識としてあったと言うか、本で読んだり……」
嘘である。
騎士の家の子なので良くも悪くも僕はお坊ちゃんである。
牧場の仕事なんて何一つ知らなかった。
それでもどうにかなったのはセシリアのお陰だ。
『こちとら家畜の世話は孤児院にいた頃に一通りやらされたもの。
何事も経験よね!』
と、彼女は僕の後ろで自慢げに語った。
彼女の姿は僕の瞳以外に映らず、その声は僕の耳にしか届かない。
モロゾフさんに拾ってもらった初日。
腰を痛めていた彼は歩くことすらままならず、道具と餌の場所だけを教えて僕に牛小屋の世話をぶん投げた。
途方にくれていた僕だったけれど、セシリアが身ぶり手ぶりを交えて牧場の仕事を教えてくれた。
あの時、失敗をしでかしたり何もできずにボーッとしていたら追い出されていたかもしれない。
モロゾフさんはあごひげを撫でて値踏みするような目で睨みつける。
「本……ね。
子供に本を読ませるくらいだから、そこそこ良い家に育ったんだろうな」
「えっ!? い、いえ……その」
僕がしどろもどろになると彼は大声で笑った。
「心配しなくても詮索しねえよ。
お前なりの事情があるんだろ。
そんなことよりも将来のことについて話さねえか?」
「将来? ですか?」
モロゾフさんは葡萄酒の入ったコップを飲み干して、一息入れて僕に向きあった。
「ま、要するにここでずっと働かねえかってことさ。
俺もいつまた腰をやるか分からねえし、そん時は母ちゃんだけじゃ手が足りないからな。
本腰入れてここの仕事を手伝うって言うなら待遇も幾らかマシなものにしてやるよ。
どうだ? ゆくゆくはここを譲ってやったっていい」
突然の提案に驚いた。
怒られたり、殴られたりしなかったから嫌われてはいないと思ったけれど、ここまで評価されてるとは思わなかった。
だけど、
「そう言ってもらえて……うれしい、です。
人に認めてもらえることって、初めてだから。
だけど、やっぱり、僕は旅立ちます」
「旅立つって、これからどうするんだ。
親もいない、後ろ盾もないガキなんて誰も雇ってくれないぞ。
これからどうやって食っていくんだ?」
モロゾフさんは脅かすようにして僕を引き止めようとする。
セシリアは『ハッキリ言ってあげなさい!』と命令する。
好意に応えられないことを申し訳なく思いながら口を開く。
「どこかの街で冒険者になろうと思っています。
ああいう仕事なら親がいなくても、後ろ盾がなくても大丈夫らしいですし————」
「冒険者!? 冒険者だとっ!?
お前……そんなヤクザな仕事をするためにここを出ていくつもりかっ!」
突然モロゾフさんは怒り出して机を拳で叩いた。
僕は怖くて竦んでしまったけれど、セシリアは……
『ハァアアアアアア!?
誰がヤクザですってぇ!?
牛飼いごときが何様のつもりよ!
ぶっ殺すわよ!!』
と張り合うように怒鳴り声を上げた。
怒鳴る二人に挟まれて、僕はどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
助け船を出してくれたのは奥さんだった。
「リスタ、ごめんなさいね。
この人は冒険者のこと、よく思っていないのよ。
ウチの長男が冒険者になりたいって言って、家を飛び出したまま、帰ってこれなかったから……」
奥さんの言葉を聞いて、さすがのセシリアも言葉を失った。
怒っていたモロゾフさんは少し冷静さを取り戻したのか、握り拳を机に置いて、ポツポツと語り始める。
「ロン…………うちのせがれはガキの頃から身体も大きくて暴れん坊だった。
友達を殴って泣かせたり、勢い余って物を壊したり本当に手のかかるガキだった。
それでも将来はここで俺と一緒に働いて、嫁さんもらって、ガキこさえて…………そうしてくれると思ってたのに、突然、冒険者になりたいとか言い出して喧嘩になった挙句、家を飛び出しやがった。
家を飛び出して三年。
帰ってきたのは遺品と冒険者ギルドの死亡報告だ。
バカな話だろう。
ちょっと喧嘩が強いだけでなんでもできる気になって、無駄死にしてしまったんだからな」
辛そうなモロゾフさんの顔を見て僕は言葉を失くしてしまう。
さすがのセシリアも歯切れ悪く「でも、そんな話ばかりじゃないし……」と呟くだけだった。
沈んだ雰囲気を無理矢理上げようと奥さんが声を張り上げた。
「まあ、そういうこともあるんだからさ。
将来の事はじっくりと考えた方がいいよ!
うちはいつまで居てくれても良いんだから!
そのまま居着いてくれても大歓迎! ねっ!」
僕はどう答えていいか分からず、だまって俯くしかなかった。
牧場主のモロゾフさんが珍しく僕を母家に招き入れた。
モロゾフさんとその奥さんは40をすでに回っているらしく、三人いた子供も皆自立していて二人で暮らしている。
だけどテーブルには僕の分と合わせて三人分の食事が用意されていた。
「よく働いてくれているからな。
せめてものねぎらいだ」
「生きのいい鶏を絞めたからお肉がいっぱいよ。
どんどん食べなさい」
ニコニコとした様子の二人に僕は声をうわずらせながら応える。
「あっ、ありがとうございます。
い、いただきます!」
セシリア以外の人と話すのは今でも緊張するし、うまく喋れない。
だけど、二人はそんな僕に温かい視線を注いでいた。
ちょっと不気味なくらいに。
別に今までも食事を抜かれたり、理不尽に怒られたりはしていないけれど主人と使用人の線引きはちゃんとしている人たちだった。
今日は優しすぎるというか、距離が近すぎるように感じた。
「もうすぐ、春になるが……本当に出て行くつもりかい?」
奥さんがにこやかな顔で僕に尋ねる。
「ええ。おかげで冬も越せたし、修行もできたから」
「そうか……アンタは働き者だし、悪さもしないから気に入ってるんだけどねえ」
奥さんが惜しむように言うと、モロゾフさんもうなづき言葉を重ねる。
「牛小屋の掃除、乳搾りはもちろん、お産の世話まで完璧にこなしてくれたもんなぁ。
働いたことないって言ってたけど嘘だろう?」
「いや……知識としてあったと言うか、本で読んだり……」
嘘である。
騎士の家の子なので良くも悪くも僕はお坊ちゃんである。
牧場の仕事なんて何一つ知らなかった。
それでもどうにかなったのはセシリアのお陰だ。
『こちとら家畜の世話は孤児院にいた頃に一通りやらされたもの。
何事も経験よね!』
と、彼女は僕の後ろで自慢げに語った。
彼女の姿は僕の瞳以外に映らず、その声は僕の耳にしか届かない。
モロゾフさんに拾ってもらった初日。
腰を痛めていた彼は歩くことすらままならず、道具と餌の場所だけを教えて僕に牛小屋の世話をぶん投げた。
途方にくれていた僕だったけれど、セシリアが身ぶり手ぶりを交えて牧場の仕事を教えてくれた。
あの時、失敗をしでかしたり何もできずにボーッとしていたら追い出されていたかもしれない。
モロゾフさんはあごひげを撫でて値踏みするような目で睨みつける。
「本……ね。
子供に本を読ませるくらいだから、そこそこ良い家に育ったんだろうな」
「えっ!? い、いえ……その」
僕がしどろもどろになると彼は大声で笑った。
「心配しなくても詮索しねえよ。
お前なりの事情があるんだろ。
そんなことよりも将来のことについて話さねえか?」
「将来? ですか?」
モロゾフさんは葡萄酒の入ったコップを飲み干して、一息入れて僕に向きあった。
「ま、要するにここでずっと働かねえかってことさ。
俺もいつまた腰をやるか分からねえし、そん時は母ちゃんだけじゃ手が足りないからな。
本腰入れてここの仕事を手伝うって言うなら待遇も幾らかマシなものにしてやるよ。
どうだ? ゆくゆくはここを譲ってやったっていい」
突然の提案に驚いた。
怒られたり、殴られたりしなかったから嫌われてはいないと思ったけれど、ここまで評価されてるとは思わなかった。
だけど、
「そう言ってもらえて……うれしい、です。
人に認めてもらえることって、初めてだから。
だけど、やっぱり、僕は旅立ちます」
「旅立つって、これからどうするんだ。
親もいない、後ろ盾もないガキなんて誰も雇ってくれないぞ。
これからどうやって食っていくんだ?」
モロゾフさんは脅かすようにして僕を引き止めようとする。
セシリアは『ハッキリ言ってあげなさい!』と命令する。
好意に応えられないことを申し訳なく思いながら口を開く。
「どこかの街で冒険者になろうと思っています。
ああいう仕事なら親がいなくても、後ろ盾がなくても大丈夫らしいですし————」
「冒険者!? 冒険者だとっ!?
お前……そんなヤクザな仕事をするためにここを出ていくつもりかっ!」
突然モロゾフさんは怒り出して机を拳で叩いた。
僕は怖くて竦んでしまったけれど、セシリアは……
『ハァアアアアアア!?
誰がヤクザですってぇ!?
牛飼いごときが何様のつもりよ!
ぶっ殺すわよ!!』
と張り合うように怒鳴り声を上げた。
怒鳴る二人に挟まれて、僕はどうしたらいいのかわからなくなってしまう。
助け船を出してくれたのは奥さんだった。
「リスタ、ごめんなさいね。
この人は冒険者のこと、よく思っていないのよ。
ウチの長男が冒険者になりたいって言って、家を飛び出したまま、帰ってこれなかったから……」
奥さんの言葉を聞いて、さすがのセシリアも言葉を失った。
怒っていたモロゾフさんは少し冷静さを取り戻したのか、握り拳を机に置いて、ポツポツと語り始める。
「ロン…………うちのせがれはガキの頃から身体も大きくて暴れん坊だった。
友達を殴って泣かせたり、勢い余って物を壊したり本当に手のかかるガキだった。
それでも将来はここで俺と一緒に働いて、嫁さんもらって、ガキこさえて…………そうしてくれると思ってたのに、突然、冒険者になりたいとか言い出して喧嘩になった挙句、家を飛び出しやがった。
家を飛び出して三年。
帰ってきたのは遺品と冒険者ギルドの死亡報告だ。
バカな話だろう。
ちょっと喧嘩が強いだけでなんでもできる気になって、無駄死にしてしまったんだからな」
辛そうなモロゾフさんの顔を見て僕は言葉を失くしてしまう。
さすがのセシリアも歯切れ悪く「でも、そんな話ばかりじゃないし……」と呟くだけだった。
沈んだ雰囲気を無理矢理上げようと奥さんが声を張り上げた。
「まあ、そういうこともあるんだからさ。
将来の事はじっくりと考えた方がいいよ!
うちはいつまで居てくれても良いんだから!
そのまま居着いてくれても大歓迎! ねっ!」
僕はどう答えていいか分からず、だまって俯くしかなかった。
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