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第一章 少年は姫騎士と出逢う

第5話 上級モンスター

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「なんとか……なっちゃった」

 飛び散ったゴブリンの死骸を茫然とした気分で眺めて呟く僕だったが、

『まだよ! どうも嫌な予感がする!』

 そう言ってセシリアは僕の腕を引き、牛小屋の外に出た。

 雲が晴れ、夜空には満月が浮かんでいた。
 満月はレモン色の光を地上に降らせ、うっすら残った雪原の白に光が反射していて明るかった。

 そのぼんやりとした光の中で、それは四本の脚でゆっくり近づいてきた。
 最初は自分の目を疑った。
 それは狼の姿をしているのにやたら大き過ぎるのだ。
 頭の高さが二メートル以上あるし、だったら体長は五メートル以上あるのではないだろうか?

 信じられないが、僕の目測は間違っていなかった。
 巨大な狼は息を大きく吸い込んで、轟音で吼えた。

「ヴァオオオオオオオオオオオオッッッ!!」

 突風を叩きつけるような攻撃的な声に思わず脚がすくむ。
 アレはなんだ……?
 僕はセシリアから情報をもらおうと振り向いた。
 すると、彼女は目を大きく見開いて震えていた。

『じ……冗談でしょう!?
 こんな人里の方までダイアウルフが来るなんて!!』
「ダイアウルフ?」
『アレはダメ! 戦闘態勢に入る前に逃げるの!』
「さっきと言ってること違くない!?」

 反論するとセシリアは僕の胸ぐらを掴んで早口で捲し立てる。

『今のあなたじゃどうしようもないって言ってるの!
 ダイアウルフは物凄く筋肉が分厚くて打撃の類の攻撃は通らない!
 戦闘用じゃない斧やナイフなんかじゃ歯が立たない!
 Aランクの冒険者でも一対一じゃ分が悪いくらい強力なモンスターなのよっ!』

 解説を聞いて興奮気味だった頭が急速に冷やされる。

 ゴブリンなんて単体では雑魚モンスターだ。
 どうしてそれを圧倒できたくらいで調子に乗れてしまったんだろう。

 汗をかいた肌に風が吹き付けるような悪寒が走る。
 だけど、

「でも、逃げたらモロゾフさんが!
 護るべき人を見殺しにして冒険者なんて名乗れないよ!」
『偉いっ! さすが私の————じゃなくて!
 ああっ! もうっ!
 頑固なところはお父さん譲り!?
 人生損するよ!』

 この先があればね!

 と反論する間も無く、ダイアウルフは猛烈な勢いで加速して飛びかかってきた。
 牛よりも遥かに大きな狼の突進は家をも一撃で吹き飛ばしそうな威力だ。
 それにナイフのように鋭利で巨大な牙……
 あの顎で食い付かれれば間違いなく死ぬ。

 闇雲に動いても無駄に体力を消耗して死が近づくだけ。
 生き残るためには観察に集中して活路を見出すしかない。

 と、じっくりとダイアウルフの姿や動きを目で追っていると、その左目が潰れているのが分かった。
 その時のものだろうか、顔の左半分を横断するように何かで斬りつけられたような痕が残っている。

「セシリア! 目が潰れているんだけど!」
『アレは……大剣の太刀筋ね!
 たしかに大剣ならコイツにも致命傷与えられるだろうけど、あんなもの牧場にあるはずが————』

『いや! ある!!』

 後方からロンの声がした。
 彼は自分の足元を指差している。

『俺が死んだ後、仲間が届けてくれた!
 そしてこれは————』

 彼の言葉を聞き終わる前に即座に駆け寄って、地面を強く蹴り上げた。
 土砂が高らかに舞い、それを追いかけるように鞘に入った大剣が宙に浮かんだ。
 僕はその柄を握る。
 自分の背丈と変わらない大きさの大剣に面食らうも、その重みに強く頼り甲斐を感じた。

『奴の眼球を奪った得物だ!
 これを使いこなせば奴に通用する!』

 身体をコマのように回転させ、その勢いで抜剣する。
 幅広の刃が月光を受けて白く煌めいた。


「セシリア! どうすればいい!?
 大剣の使い方を教えて!!」

 付け焼き刃でも彼女のアドバイスがあればなんとかなる気がする。
 行き場のなかった僕を救ってくれたセシリア。
 僕に仕事と鍛え方を教えてくれたセシリア。
 今回だってきっと————

『…………わかんない』


 …………へ?


『そ、そんな大きい剣使ったことないし!
 私は一般的な片手剣使いだし!
 仲間にも大剣使いはいなかったからどう構えてどんな技使うのかも知らないよ!』
「はあーーーーー!?
 大剣があればって言ってたじゃん!」
『本当にあるなんて思ってなかったもん!
 でも言霊ってあるじゃない!
 願いが半分くらい叶ってちょうどいい長さの剣が出て来ないかなあ、って期待してたの!』
「だんだんセシリアが信用できなくなってきたよ!」
『なんですってーーー!!』

 不毛な言い合いをしている僕らだが、はたから見れば僕が独りで騒いでるようにしか見えない。
 だからなのか? ダイアウルフが警戒して飛びかかって来ない。

『とりあえずそれでなんとかしなさい!
 大きくても剣なんだから!
 斬りつければなんとかなるわよ!』
「剣術を学ぶ意味!?」

 もうムチャクチャである。
 でも、やるしかない。
 幸い鍛えていた甲斐あって重くて腕が上がらないと言うことはない。
 どうにかこれで斬りつけて————

『違う! そうじゃねえ!
 重心は腰より下!
 脇を締めて柄を体に寄せろ!』

 ロンが叫んで構えを取った。
 僕は反射的に彼を真似るようにして構えを変える。
 すると、手に持っていた大きな荷物を背中に担いだかのように重さが分散し、窮屈さが消えた。

『そうだ! 腕の力で振ろうとするな!
 体を剣の一部だと思って、刃を振るうために全身を動かすんだ!
 大きく振れば、剣の重さが速度に変わって威力を発揮する!』

 単純に、そして的確に大剣の扱い方を指南してくれるロン。
 彼もこの剣を扱うために修行を繰り返したのだろう。
 それはきっと、冒険者になって護るために————


「ヴァオオオオオオオオオオオオッッッ!!」

 ダイアウルフが吠える。
 臆した自分に怒るように。
 その恥を濯がんとばかりに牙を剥き出しにして襲いかかる。

 だけど、動きは見える。

 大剣を腰に溜め、地を這うような前傾姿勢で駆け出した。
 四足歩行といえどダイアウルフの巨体は地面との間に隙間ができる。
 襲いくる牙と爪を潜り抜け、その隙間に滑り込むことに成功する。
 後は全身を剣として斬り上げるのみ!

「でやあああああああああっっっっ!!!」

 剣を大きく振るために身体を捻りながら跳ぶ。

 回転————回転だ。
 巨大な大剣を効果的に使うには遠心力によって剣先を加速させればいい。
 円を描くような軌道で放った回転斬りは大木のように太いダイアウルフの首を捉え、そのまま両断した。
 舞い上がる血飛沫から逃れるように満月の浮かぶ空に飛び上がった僕は自分の戦果を見下ろす。
 実感が湧かなかった。
 引きこもりで臆病者と詰られていた僕が初めての戦闘で巨大なダイアウルフを退治したなんて。
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