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第三章 新英雄の誕生

第10話 五年の間に手に入れたもの

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『アハハ! やったね!
 俺の異名の最弱無敗の英雄がいつのまにやら最弱が取れて収まり良くなってるじゃん!
 これであの二人に異名マウント取られなくて済む!』

 上機嫌で笑うザコルさん。
 別にベントラ師匠もナラ師匠も気にしていなかったと思うんだけどな。

『分かってねえなあ。
 そういうのは態度に出るんだよ。
 とりあえず、リスタ。
 これが終わったら、俺の伝説について最新情報調べてきなさい』

 …………ホントやりにくい。
 セシリアと違ってザコルさんは心の声まで聴こえてるみたいだからなあ。

 僕は内心でボヤきながら50匹目のトロルの首を落とした。

「これで半分、っと」

 地面に降り立ち、トロルの群れに目を向ける。

「セシリア。
 これはちょっと妙ってことだよね」

 僕が話しかけると彼女は僕の背後から応える。

『ありえないわね。
 少なくとも私が冒険者だった頃にはこんなトロルの大量発生はなかった』
「だとしたら、ナラ師匠が言ってた【災厄型スタンピード】って奴か」


 ナラ師匠は五年間に及ぶ僕の修行の中で、魔術と知識を担当していた。
 賢者の中の賢者と呼ばれた彼の知識はこの国の蔵書すべてを把握しているのではないかと思われるくらいに広く深かった。

 ナラ師匠曰く――

『モンスターの大量発生は大まかに分けて二つある。
 一つは自然繁殖によるもの、もう一つは人為的なものじゃ。
 前者はゴブリンやオークのような繁殖力の強いモンスターでのみ起きうるものじゃ。
 奴らは他種族をも孕ませるからな。
 ただこれは自然の摂理じゃが、繁殖力とその生命力は反比例する。
 故に前者の大量発生は余程のことでなければ無視できる。
 せいぜい小さな村が全滅するくらいじゃ』

 全然小さくないだろう、と言いたかったが、世界の存亡をかけて戦う英雄にとっては瑣末なことなのかもしれない。

『問題は後者じゃな。
 強力で知恵のある個体が小規模な群れをかき集めて大集団を作る組織型。
 魔法や薬物の類で人為的に個体数を増やす生産型。
 そして、世界のマナの乱れにより、モンスターの発生数が増えてしまう災厄型』
「モンスターって、繁殖能力を持たないモノはダンジョンで生まれるんでしたっけ」
『そのとおり。
 もっとも、ダンジョンといっても洞窟や地下遺跡だけではない。
 広義のダンジョンはあらゆるところにある。
 人の足が入らない廃墟、森、山岳、海、空さえもダンジョンの一種。
 魔法や現代人の使う魔術の源となるマナは人類に恩恵をもたらすと同時にモンスターの発生という苦難を課した。
 マナが増えても人間の魔力は上がらん。
 呼吸によって取り入れられるマナの量と体内で発生できるオドの量に変化はないからじゃ。
 しかし、モンスターの発生数はマナの増加量に対して指数関数的に増大する。
 それが先の災厄型スタンピード。
 これが同時多発的に発生するような事があれば……いや、近いうちに起こるだろう。
 でなければ――――』


「回想はここまで、っと。
 ナラ師匠の話は長いからね」

 僕は大剣を地面に突き刺し、両手を解放した。
 仲間の半数を失ってもトロルの群れは恐れを知らずこちらに向かってくる。

 このまま剣でも殲滅できるだろうけど……

「セシリア、ザコル。
 アレを使うから背後に下がって」

 僕の言葉に二人が慌てふためく。

『待て待て待てぇええええ!?
 明らかオーバーキルだろうがっ!?』
『そうよ! あなたの魔法は私たちにも効くんだから!』
「だから警告してるんだよ。
 今後、警告なしでぶっ放すこともあるんだから慣れてほしい」

 目の前の宙に指で魔法陣を描く。

 大気中のマナに直接触れて発現させるのが魔法。
 マナを体内に取り込み、オドを放出させ発現させるのが魔術。
 外的な力によって不思議な現象を発生させるという点で両者は似ているが、仕組みやそれに伴う威力や効率が異なる。
 現代……というより、300年前から魔法は廃れ、魔術を使う者ばかりになった。
 ナラ師匠が魔法にまつわる知識や技術を体系化し、後天的に習得可能な技術である魔術として生まれ変わらせたからだ。
 結果、魔法使いは先天的なものな上、100万に1人しか見つからなかったのに対し、魔術士が鍛錬によって100人に1人程度は育成できるようになったからだ。

 だが、僕が教えられたのは魔法。
 ナラ師匠は死後も魔法の研究と実験を続けていて、後天的な魔法習得を可能とした。
 魔術にする上で簡略化したり、規格統一するために失われた技が残っている魔法は魔術よりも威力や可変性に優れているからだ。

 日の目を見ることはなかったはずのナラ師匠の探求成果を僕は受け継ぎ、この世に放つ。

「魔法式構築完了――
 魔力を充填、封印解除」

 光で描かれた魔法陣がより強く輝き出す。
 同時に僕の脳裏に巨大な大砲のイメージが浮かぶ。
 人差し指を魔法陣に突きつけ、心の引金を弾く。

「くらえ――【解式砲撃上級魔法バルムンク】!!」

 雲間から差す陽光のように真っ直ぐな光の柱がトロルの群れの中心部に突き刺さり、大爆発を起こす。
 火柱が上がり、黒煙が上昇気流に乗って天高く舞い上がる。
 火山が噴火したかのような大爆発によって発生した地震と突風をザコルさんとセシリアは僕にしがみついてしのぐ。

『うべべべべべべべべ!!!』
『たすけてえええええっ!! リスタアアアアアア!!』

 飛ばされそうになるセシリアの腕を掴んで引き留める。
 僕が霊を見て、触れられるように、僕の魔法が起こす爆発や爆風の類も霊に干渉する。
 そして、威力と当たり具合によっては破壊するに至る。

 それはさておき、トロルたちだが……
 うん。ほとんど消し炭だ。
 威力も想定どおり。
 これでナラ師匠に胸を張って報告できる。
 初陣で魔法を使わなかったなんて言ったら拗ねるからな。あの人。

 と、僕が気を緩めているとセシリアに頭をポカリと殴られた。

『もう! 危ないでしょうがっ!
 実戦で試し撃ちなんてするんじゃないわよ!』

 五年間の修行を経て、僕とセシリアの戦闘力は逆転していた。
 もっとも力関係自体はあまり変わっていないけど。

「だって生き物に向けて使うのは初めてだったし。
 最大威力を見ておきたかったんだよ」

 僕の言い訳にザコルさんは口元を歪めた。

『単純な威力なら俺の時代のトップクラスの魔術師と張るレベルだな。
 十五のガキが至っていい境地じゃねえよ。
 しかも武芸はベントラ仕込み…………
 これで俺の頭脳や機転をも受け継いでいたなら歴代最強も夢じゃないんだけどなあ』
「受け継ぐも何も、アンタは何も教えてくれなかったじゃないか……」

 僕が恨めしげに睨みつけるとザコルさんは口先を尖らせて反論する。

『いっぱい教えてやったじゃないか。
 おっぱいの揉み方とかエロい女の見分け方とかひとり遊びの楽しみ方とか』
「全部猥談だろうがっ!
 ……ボソボソ(セシリアに取り憑かれている僕が性知識なんて知っても使い道ないだろ!)」

 無駄にムラムラするだけである。

 五年間の修行を経て、僕はベントラ師匠に鍛えられた武力とナラ師匠から授けられた魔法と知識。
 そして、ザコルさんの尽きぬ猥談によって芽生えた性欲を持って、僕は歴史の表舞台に立ったのだった。

 最後のは本当に余計なものを手に入れてしまったよ……
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