世界の涙を拭う旅 〜霊が見える少年は伝説の英霊に弟子入りして英雄の道を歩む〜

五月雨きょうすけ

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第五章 家族の物語

最終話 旅の始まり、冒険の続き 

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 父さんが狸寝入りをし始めたのを見てアレク兄さんは呆れたように笑う。
 その表情はスッキリとしていた。

「なんだかここ二日くらいで今まで俺の足元にあったものが全部崩れ落ちた気分だよ。
 厳格だった父上はかなり際どいレベルで母上を追いかけ回していて、軟弱だと思っていた弟は英雄に鍛えられ世界を脅かす脅威と戦う力を身につけていた」
「僕はただ運が良かっただけだよ。
 霊を見る力と頑強な身体。
 この二つをたまたま持っていたから師匠たちに鍛えてもらえたわけで」
「謙遜しなくていい。
 英雄様に身体を振り回されて思い知った。
 俺は全然自分の身体を扱いこなせていない。
 自分で定めた限界よりもずっと先に本当の限界がある。
 お前を妬むのも羨むのもせめてそこに辿り着いてからにする。
 良い目標ができたよ」

 朗らかに笑みを浮かべるアレク兄さんにお節介ながら一言申すことにした。

「修行も大事だけど、兄さんにはもっとやるべきことがあるんじゃない?」
「ああ……そうだな。
 明日にでもイリアに求婚しようと思う。
 父上も嫁選びは好き勝手したんだ。
 俺がそうして悪い道理はない」

 僕は胸を撫で下ろした。
 セシリアもホッとした様子でパチパチと拍手を送っていた。

『うんうん。それでいい、それでいい。
 好きな人と一緒になるのが一番よ』

 そのことをアレク兄さんに伝えると少し寂しそうな顔をした。

「お前を羨んだりしないと言ったばかりだが、やはりお前が羨ましいよ。
 今でもお前は母さんに会えるんだから」
「母さん……っていう感じはあんまりしないんだよね。
 ほら、若い頃の母さんって僕の記憶にある母さんとあんまり似てないし。
 性格もなんか違うし」
「いいじゃないか。
 あの父上が我を無くすほどの美女なんだろう?」
「そういうこと言わないでよ。
 実の母親の見た目を査定するなんて気まずいが過ぎる」

 六年もの間、僕のそばにいてくれたセシリアを母さんだと見なすことは頭で理解できていても受け入れ難いものだった。
 母さん相手になら絶対知られたくない情報とかも掴まれているし。
 最悪なのはなまじ綺麗だから女性として意識してしまう瞬間がなくもなかったということだ。

「これからやりにくくなるなあ……」

 兄さんや母さんには気づかれないようにポツリとつぶやいた。



 その夜、僕は父さんと兄さんが眠りに落ちたことを確認して病院をこっそり抜け出した。
 イリアさんの家に立ち寄り、旅の荷物を拾い上げるとそのまま街を出る。
 空には黄色い満月が浮かんでいた。

『随分、突然の旅立ちね。
 もう少し一緒にいてあげないとお父さん悲しむんじゃない?』
「いい大人なんだから気持ちの整理は自分でつけるだろう。
 それにのんびり親交を暖めている状況じゃない。
 ジラントはイワークの身体ごと跡形もなく消し飛ばした。
 悪霊が見えない人たちにとってはランパード家の屋敷が半壊して、上司の騎士団長が失踪したという事実だけが残る。
 ザコルさんがある程度シナリオを書いてくれているから兄さんたちならうまくやってくれると思うけど」

 ザコルさんはアレク兄さんに憑依した際、事後の始末についても伝授してくれていた。
 ジラントは自分の自由にできる財力や軍事力を集めるため非合法なことを散々やらかしていたらしい。
 それらの証拠を白日の下に晒せば、謀反を企てていた騎士団長イワークが悪事がバレそうだったので失踪したと片付けられるだろう。
 後は父さんと兄さんの腹芸次第だ。

『がっかりだなあ。
 せっかく仲直りして家族一緒で暮らせるようになると思ったのに』

 と、ボヤくセシリア。
 呑気なものだ。
 セシリア……母さんがいるからそばにいられないと言うのに————

『いま、お母さんが邪魔だから一緒にいられないんだよ!
 とか思った?』

 僕はギクリとして表情が固まってしまった。
 一方、セシリアはニヤニヤと僕をからかうように笑う。

『引っかかったわね!
 ザコル直伝のカマかけはバカにできないでしょう!』

 やってしまった……
 僕は観念して考えを話すことにした。

「邪魔とかそういうのじゃないんだよ。
 ただ、僕たち家族にとって母さんは大きすぎる存在だったから。
 失って家族がバラバラになってしまうくらいに母さんに依存していた。
 一緒にいたら僕を通じて母さんと交流し続けるだろう。
 それはきっと良くないことだ。
 生者は生者の中で生きていかなければならない。
 兄さんはイリアさんと。
 父さんはニナと。
 大切な人がいるならそちらに目を向けていればいいんだ」

 寂しくないといえば嘘になる。
 だけど、僕はもう親の庇護が必要な子供じゃない。
 どこでだって生きていける。
 というより、持った力に対して責任を持つのであれば故郷で平和を謳歌するわけにはいかない。

『三英傑の修行をあなたが受けているころ、よく叱られたわ。
 早く子離れしろ、って。
 あの方々は私とリスタが親子であることをすぐに見抜いていたけれど、あなたにバレないよう計らってくださった』
「あの頃の僕に教えられても全部を受け止めきれなかったよ。
 もしくはセシリアに甘えて成長することも全部投げ出していた。
 どちらにせよジラントを倒せなかった。
 全部あの人たちの掌の上で転がされていたような気さえするよ」

 僕は苦笑するがセシリアは急に僕の前に立ち塞がって足を止めた。

『……リスタ。
 私のお願い聞いてくれる?』

 真っ直ぐ僕を見つめるセシリア。
 月明かりは世界を照らしても彼女を照らすことはない。
 それが彼女がこの世のものでないことを強く意識させる。

「なに? できそうなことならいいけれど」

 僕は警戒しながら彼女の言葉に耳を傾けた。

『私のことを、お母さんって呼んで』
「……えっ?」

 彼女は無垢な笑みを見せて言葉を繰り返す。

『お母さん、って呼んで。
 セシリアの名前で呼ばれるのも若返った感じがして嬉しかったけれどリスタにはそう呼んでほしいな』
「……兄さんにも言ったとおり、こっ恥ずかしいんだけど」

 父さんみたいに若い女に母性を求めて甘えるような趣味はないし。

『お願い! 一回でいいから!
 そうしてくれたら、満足するから!』

 手を合わせて懇願するセシリア。
 そんな彼女を見て僕は————

「いやだ」

 と答えた。

『そんなっ! ヒドイッ!
 お母さんの一生に一度のお願いを』
「泣き落とししようとしても引っかからないよ。
 あなたの心残りを晴らしてあげるつもりはない」

 僕がそう言うとセシリアはギクリとした顔を見せた。

「セシリアの正体を知ってから、幽霊になった理由を改めて考えてみたんだ。
 もちろん悪霊に狙われていた僕を救うためってのがあったとは思うけれど、だったら僕が強くなった時点で天に召されてもおかしくない。
 それ以外の何か別の心残りがあると考えると……」

 僕がじっと見つめるとセシリアは目を逸らしたがかまわず僕は語りかけた。

「せっかく再会したのに僕にお母さんと呼んでもらえない。
 それがあなたの心残りなんだろう」

 僕と母さんの別れはとても嫌なものだった。
 憑依されていたせいで記憶に残っていないが僕は母さんの想いを知らずに殺そうとしていた。
 母さんは自分の想いも告げられないまま死んでしまった。
 幽霊となって共に過ごす時間に恵まれたとはいえ、母さんの元来の人生は酷い幕切れをしてしまっている。
 セシリアはそれをやり直したいんだろう。
 ひだまりのように暖かく、夜明けの草原のように爽やかでしんみりとした親子の別れを求めている。
 だけど、それはダメだ。

『どうしてもダメ?』
「ダメだよ。
 僕はまだ母さんと別れるつもりはないから」
『えっ?』

 セシリアは戸惑ったような声を上げた。
 どうやら僕は薄情な息子に思われていたらしい。

『で、でも私がいなくなったら心置きなくお父さんやお兄ちゃんに会えるわよ』
「もう十分だ。
 男同士の関係なんて必要以上にベタベタするものじゃない。
 あと十年は会わなくても大丈夫」
『私がいたら騒がしいし口やかましいわよ』
「スルースキルは一級品だし、師匠に囲まれていた修行時代よりは遥かにマシ」
『恋人選びもうるさいわよ。
 ちゃんとあなたにふさわしい優しくて気立が良いけれど誇り高さもかね揃えた素敵な女の子じゃなきゃ』
「どうせどんな娘連れてきてもケチつけるだろ。
 いいよ、無視して目の前でイチャイチャしてやる。
 恥ずかしいところなんて見られなれてるしね」
『…………本当に、一緒にいていいの?』

 怯えた子供のように自信なさげな顔でセシリアは僕に尋ねる。
 だから僕は改めて彼女に告げる。

「一緒にいてください。
 あなたのせいで一人になるには寂しがりになり過ぎたんだ」

 死者とは二度と会えないという理の中で、誰もが別れの涙で頬を濡らしながら人生を歩んでいく。
 僕たちはその理からはみ出した。
 死者との別れを拒み受け入れないことは僕の死生観や価値観に歪みを与えるかもしれない。
 セシリアだって今、綺麗に消滅しておく方が良かったということもあり得る。
 これから何年セシリアが幽霊でいられるかはわからないけど、もしかすると僕の死に目にしてしまうかもしれない。
 そうなった場合、怨霊化だってあり得る。
 だから、セシリアは消えることが正しいと思っていたんだろう。
 呆れたように笑って僕に問いかけるセシリア。

『お母さんにまだ甘え足りないの?』
「セシリアのことをお母さん代わりにしたことなんてないし、これからも一生ないよ。
 僕にとってセシリアはセシリアだ。
 生きるために必要な知識と力を与えて、僕を導いてくれた偉大なる冒険者。
 だからあなたには恩を返したいんだ」
『恩を返すって……どうやって』

 僕は気分を思い切り上げて、彼女を誘った。

「一緒に旅に出よう。
 ケガを負って断念してしまったセシリアの冒険者生活のリベンジをするんだ。
 この世界には助けを求める人、悲しみに暮れる人、絶望に打ちひしがれる人で溢れている。
 そんな人たちを救って、その涙を拭うようなことをしていく旅だ。
 セシリアはこういうの、ワクワクしないか?」

 一瞬、キョトンとしたセシリアだったが、僕の意図を察したかのように何度かうなづいてその腕を僕の首に回した。

『するに決まってるじゃない!
 そういうのをしたくて私は冒険者になったし、あなたにも冒険者を進めたんだから!』

 僕の体にしがみつくように抱きついているセシリアの頭を撫でた。

 その時、はじめて僕はセシリアよりも背が高くなっていたことに気づいた。
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