【完結】宿屋『ティファン』のお客様

N2O

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3 捕獲

この町に来て早数年、まだまだ若者気分だった俺もあっという間に三十路目前である。
歳を重ね、飲み過ぎ・食べ過ぎが翌日にひびくようになった気がするし、毎日自主鍛錬を続けても体力は落ちる一方だ。

伯父に勧められ新聞を読むようになったのは大正解だった。
おかげで仕事先や市場での世間話には困らない。
これが大人になるということなんだろう。
関心が内から外へ、大事な積み重ねだと今では思う。


買い溜めた山積みの新聞をバッサバッサと開き続け、ようやく見つけた目的の記事の日付を見ると半年以上前のもの。
デカデカと書かれた一面の見出し、本人を隠し撮りしたと思われる画角の写真。
まだじんじんと痛む耳たぶを押さえ、ため息まじりで項垂れたのは、ほんの数日前の深夜のことだ。


【 ついに国立アカデミー卒業!稀代の天才!注目の入隊先は一体────!? 】






今日は昼から小包の仕分け仕事で町に出ていた。
配達エリアごとに決められた棚があり、山積みになった小包を分けていくだけ。
極めて単純作業で難しい仕事ではないが配達エリアを間違えると賃金を減らされる。
俺を含めほとんど誰も喋らずに黙々と作業にあたり、気づけばもう夕方、早く帰って晩飯を作・・・・・・、いや、いいこと思いついた。
今日は飯屋に寄って帰ろう。
普段あまり作らないような、味の濃いものが食べたい。

いくつか店の候補をあげながら頭の中は飯のことでいっぱい。
ニヤけそうになるのを堪えながら踵を返した時だった。


「ッ、わ、悪ィ、っ?!」

「ちょっと一緒に来い。」

「・・・は!?お前何でっ・・・クソッ、離せっ!このっ、馬鹿力!」

「誰かと違って鍛えてるからな。」

「・・・あァ?」


振り返りざまに人とぶつかってしまい、俺の顔面が相手の体にめり込んだ。
反射的な謝罪を口にしてすぐに離れようとしたが、ぐんっと引き戻される感覚に最近覚えがあってゾッとする。
顔を上げるとやっぱりあの男が立っていて、さらにゾッとした。

こんな町中で騒ぎ立てたくはないが、お前、仮にもあの機動隊の隊員なんだろ?!
ただでさえ目立つんだから、せめて静かにしてくれ・・・ッ!


「つかお前このピアス外せ!気っ持ち悪い魔法かけやが」
「思ったより手続きに手こずってる。行くぞ。」

「答えになってな・・・待て待て待て!い、いきなり、ななな何の話をしてる・・・?!」

「いいから来い。あっちで話す。」

「っ、ちょ、ま・・・ッ!あっちって一体・・・クソッ!力強えなぁ!?」


--------------
▶︎どうする?
 ①逃げる
 ②逃げない
--------------

咄嗟に俺の脳裏には二択が浮かんだが、足の長さと腕力・脚力が違いすぎるため断腸の思いで②を選択。
包み込まれていた体を半回転、すぐに肩をガッチリ組まれ引き摺られるように前進する俺の体。
何度もチラ見して確認したが、この男、間違いなくあの新聞の見出しを飾っていた《稀代の天才》様だ。
新聞によるとあの難関国立アカデミーを首席で卒業したらしい・・・、本当か?
両耳にピアスバチバチ、隊服のシャツも着ず鍛錬用のインナーのみで上着は腰巻き。
服の乱れが素行不良そのもの。
機動隊の上官共は普段どういう指導をしてんだ?
いまここへ担当を呼び出して、指導内容を事細かに確認したいまであるんだが。

何度かの必死の踏ん張りも虚しく、ただ、ただ、こいつの思う壺。
こうなったらさっさと用件を済ませた方が効率がいい、と抵抗をやめ、肩に乗せられた腕をずり落とし距離をとって歩き始めると、男の口角が満足そうに一瞬だけ上がった。



────見慣れない、通り慣れない道が続き、途端に胸がざわつき始めた。
見えてきたのは、重厚感を漂わせ聳え立つ建物。
日もだいぶ暮れてきて辺りはすっかり暗くなったのに、この時間も併設された訓練場からは怒号に似た声が聞こえてくる。
隊員達の鍛錬に終わりはないらしい。

そういえばこの町に来てまだ間もない頃、絶対にここへは近づくまいとわざわざ場所を確認しに行ったことがあった。
随分と自意識過剰な行動だったとは思う。
故郷でもないこの広大な町リスドールで、何をそこまで気をやる必要があったんだか。
事実この数年、俺を知っている奴なんていなかった。
何とまあ恥ずかしい思い上がりである。

この町に来た日からほんの十分前まで、まさかこの石造りの門をくぐるなんて考えてもなかったし、出来ることなら今すぐにでも引き返して味の濃い夕飯を食いたい。

でも大丈夫、大丈夫だ、何の心配もいらない。
俺は宿屋ティファンの主人、"一般人"のテト。
いつも通り普通にしておけばいい。

を知る奴なんて、いるわけがないんだから。


足を踏み入れた《西部機動隊》基地、敷地内。
思った以上に広い敷地に唖然とする俺をよそに、敷地に入ってすぐ書類を抱えた一人の男を見つけた天才様はその人物の元へ俺の手を引いた。

胸のざわつきがさらに勢いを増し、頭の中でから逃げるシミュレーションを繰り返す。
残念なことに何度繰り返しても、うまくいきそうになかった。


「ほら、この通り本人連れてきた。判子押してくれ。」

「っ、ヨルドォ!お前は急に出て行ったかと思えばまたそんなだらしのない格好で外に・・・・・・」

「何。どうかした?」

「・・・」

「・・・やべ。副隊長が壊れた。」


鬼の形相で振り返った"副隊長"と呼ばれた人物。
スキンヘッドで目つきが悪く、筋骨隆々な体、そして頬に大きな切り傷があった。
山道で出会したら間違いなく"賊"だと、誰もが思うだろう。
これまで何人の子どもをその顔面で泣かしてきたのか、久しぶりに尋ねたくなった。

大量の書類を抱えていたのにも関わらず俺を見るなり体の力が抜け、その拍子で辺り一面に書類が散らばった。
近くに居合わせた隊員達が慌てて駆け寄り書類を拾い集めているが、スキンヘッド男は立ち尽くしたまま一向に動かない。

その男を前に隣の天才様はしばらく首を傾げていたが、突然合点がいったように深く頷いた。


「やっぱ副隊長も分かるだろ?こいつそれなりに魔法使えるぜ。」

「・・・は?!」

「俺の隊で鍛えたらきっと使い物になる。だから早く書類に、」
「い、い、いきなり何言って、ッ、ヒイッ!!ぐぅ~・・・っ、ゔっ、」

「・・・急に何、怖。副隊長ってそんな機敏に動け・・・つか離れろよ。こいつ俺のなんだけど。」

「・・・っ、おま、えのものになった覚えは・・・ぐえぇ・・・っ」


散らばった書類を気にも止めず────むしろ踏みながら(いいんか?)────俺に突進してきた男に、天才様は怪訝な目を向けた。
周囲にいた者達も戸惑いを隠せないのだろう。
残念ながら締め上げられているため、周囲に目をやる余裕はないがどよめく声があちらこちらから聞こえる。

天才様はスキンヘッド男と俺をどうにか引き離そうと試みる。
俺の体を横方向、縦方向へ。
加減なしに引っ張ってくれてはいるが、どうも相手は離れる気がないらしい。
ひたすら黙って俺の体を抱きしめ・・・、いや、ひょっとして・・・これは俺が逃げないように捕まえているだけなのでは・・・?!


「っ、ひ、ひさし、ぐっ、久しぶり・・・っ?!そろそろ離し・・・、ゔっ、な、な、内臓が!出る出る出る出る!出る!」

「・・・どの口が・・・ッ」

「っ、イ、イヴァン!!そのっ・・・この通り!俺、げん・・・ゔ、元気だっ、から!な?おい!離し・・・ぐっ、」

「・・・このっ・・・大馬鹿者・・・っ!」

「副隊長、いい加減離れないとこいつ落ちるぜ?」

「んぐうぅ・・・ッ」


────さすがは天才様、御名答。
締め続けられた俺は、情けないことに酸欠になった。

くらくらと回る視界。
天才様が初めて見せる戸惑いの顔。
そして涙を浮かべるスキンヘッド男は西部機動隊こちらの副隊長まで昇格したらしい、イヴァン・カーター。

情報量が多すぎてうっかり目を閉じてしまった俺は、これまた情けないことにそのまま気を失ったのである。




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