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5 譲渡
伯父は母と似てとても穏やかな性格だったが、正直最期まで何を考えているのか分からない人だった。
一度も会ったことのない甥が突然押しかけてきて、まさか第一声が「林檎食べる?」だとは誰も思わないし、背中の傷を目にしても詮索はせず薬を作ってくれたり塗るのを手伝ったりしてくれた。
伯父は母と十以上、歳が離れていることもあって随分と母を可愛がったらしい。
しかし両親、つまり俺の祖父と祖母にあたる人とはかなり折り合いが悪く、早くに家を出て行ったとのこと。
伯父は両親と疎遠になった後も母とは定期的に手紙のやりとりをしていて、俺は子どもの頃よく手紙を見せてもらった。
兼業画家である伯父からの手紙にはいつも小さな絵が同封されていた。
色の濃淡がハッキリとした絵が多く、穏やかな海の青、美味しそうな果実の黄や赤、思わず寝転がりたくなる草原の緑というように、見ていてとてもワクワクする作品ばかり。
俺は字が読めるようになる前から、伯父の手紙が大好きで楽しみで仕方なかった。
「いつか行ってみたいな」と病床の母が呟いていた伯父の暮らす、遠い西方の町。
まさか一人で訪れることになるとは夢にも思ってなかったが「どこか遠くへ」と考えた時に思い浮かんだ町がリスドールだった。
母が死んでから俺宛になった伯父の手紙を握りしめ、玄関扉に吊されたベルを恐る恐る鳴らしたのは今から約六年前。
軽快なベルの音、しばらくして出てきたのは白髪混じりの初老の男性。
名を名乗り「ここに置いて欲しい」と頭を下げ返事を待つ。
頭を撫でられ顔を上げると母や俺と同じ黒い瞳、困ったように微笑む顔なんか母そのもの。
そして伯父はよく知りもしない甥を家に迎え入れ、慣れた手つきで真っ赤な林檎を三つも剥いてくれた。
鮮やかな皮の色と裏腹にかなり酸っぱい林檎だったが、甘い紅茶とよく合って結果的に丸二つは俺が食べた気がする。
おかわりの紅茶を飲み干してカップを置くと伯父の骨張った手がゆっくり俺の頬に伸びてきた。
「がんばったんだね」
伯父は一言呟いて、俺が気付かないうちに流れ出た涙を静かに、そっと、拭ってくれた。
「これ洒落た形でいいよな。音もよく響くし。」
「っ!無闇矢鱈に引っ張んな!ベル紐が千切れる!」
「うっわ~~!内装もステキ!最高じゃん!何で客来ないの?!」
「ド僻地だからだろ。」
「ド正論だけど失礼。テトさんすみません。」
「ねえ、テトっち~?これどこ置けばいい~?重いんだけど~」
「・・・???」
朝市で買い込んだ大荷物を馬に引かせ、ようやくティファンに到着。
約半日ぶりの帰宅とは思えないほどのとんでもない疲労感だ。
とりあえず、とりあえず・・・ッ!朝飯食って一息ついてから荷物を運び入れよう。
段取りを決め、玄関扉の鍵を開け、中に入るまでの間にすでにこの有様である。
「・・・えーっと、ライラさん?」
「ライラでいいって最初に言ったっしょ~?敬語敬称全部無しでいいの。さん付けたいなら好きにしていいけど~、うち堅苦しいの無理~」
「・・・ライラ、それは飯食ってから二階に運ぶ。とりあえず端に置いてくれ。」
「うい~、オッケ~!」
「他の奴らはとりあえず手を洗ってこい。洗面はまっすぐ行って右、水瓶の水を使う、行け。」
揃いも揃って五人とも何かぶつくさ口にして洗面所へ消えていく。
そして爆発せず、静かに頭を抱えることができた俺を誰か褒めて欲しい。
一体・・・な・・・何だ、こいつらは・・・?!
最近の隊員ってのはこうも自由な奴ばかりなのか・・・?
それとも西部が異常・・・?北部はこんな緩くなかったぞ・・・?
いや、そんなこと言ってる場合じゃない・・・あれだ、あれ。
昨日夕飯も食べ損ねてるから思考が鈍って理解が追いつかんだけかもしれない。
とにかく今は、飯を食おう────・・・!
「食べたところで意味不明だったわ。お前らいつもこうなの?」
「何がだよ。」
「・・・・・・子沢山大家族な感じ?」
宿屋だからと言って、こいつらを客として歓迎しているわけではない。
もちろん機動隊から金は貰う────特別価格────が、俺たちは一応同じ小隊所属、つまりは同僚、これは歴とした集団生活だ。
働かざる者食うべからずをモットーに、食事作り、荷物の運搬、食器の片付け、寝具の用意、馬の餌やりetc、役割を決めようとしたまではいいが・・・これがなっかなか決まらない。
やれ、あっちがいいだの、こっちがいいだの。
終いには小隊長殿が「面倒くせえ」と口にしたもんだから、つま先を強めに踏んでおいた。
今のところ一番話が通じそうなのが、剣士のエイデン。
最終的にこのエイデンが役割を毎日ローテーションにすることを提案してくれて何とか場が収まった。
あとは順に、あの通信できる指輪の向こうでキレていた魔法使いドーナ、語尾をやたら伸ばして喋る弓使いライラ、なんか目が死んでる剣士ゼイン。
全部で五人の本当にこじんまりとした小隊で、魔法使い二人、剣士二人、弓使い一人の構成だ。
「よりによって何でお前が小隊長なの?」
「一番強いからに決まってんだろ。」
「・・・世も末だ。」
「さっきの洗面もそうだけどちゃんと井戸から水汲んでんだな。魔法使えばいいのに。」
「・・・・・・お前、俺の体調べたんならもう分かってんじゃないのか。」
食器の片付けと昼飯の仕込み、本日は俺と小隊長のヨルドが担当だ。
決め方もなかなかユニークで、ゼインの私物だというダーツで決めた。
一投一投大騒ぎの五人。
仲がいいのか、馬鹿なのか、もう突っ込むのも面倒くさいので俺は大人しく紅茶を啜った。
ヨルドはキッチンでもうるさい。
口はずっと動いているが、同時に手も動いているので文句は言わないでおく。
ヨルドが言うようにティファンでは裏の井戸から汲んだ水を桶や水瓶に溜め、生活用水として使う。
洗濯なんかは近くの川まで運んでまとめて洗い、食器は大体の汚れを事前に取ってあるからササっと濯げばいい。
それでもこの人数分の皿とコップを綺麗にするためには最低でも二回は井戸から水を汲む必要があるだろう。
それを手間だと呼ぶのは贅沢すぎる。
伯父はほんの少しだけ魔力があったが、魔法は一切使えなかった。
だからここは魔力や魔法に頼らない設計の家であり、ごく一般家庭と同じ条件で暮らしができる。
と言うより、魔法を使える人間の方が遥かに少ないのだからそれが普通で、今の俺の生活。
北部機動隊にいたころとは、随分違っているけども。
「背中をかなり抉られてたな。爪?それとも魔法?」
「・・・衝撃で記憶が飛んでる。だから恐らく爪で、としか返せない。奴らお得意の奇襲だ。予見できたのに油断した俺が悪い。」
「それでテトは死にかけたけど助かった。意識混濁の中、本能的に魔法で自己治癒力を高め続けたからだ。その結果、体がイカれて魔力をほとんど生成できなくなった。水を出す魔法の術式自体はそう難しいもんじゃねーけど魔力はそれなりに使う。術式が分かってても魔力が足りないのなら意味がない。」
「・・・・・・お前、本当にすげぇ奴じゃん。」
「はあ?今頃気づいたのかよ。」
ヨルドは喋りながらでも器用に包丁で芋の皮を剥いていく。
北部と同じように西部の宿舎でも食事当番は回ってくるんだろうから、そこで習得したのかもしれない。
野菜の皮を剥く魔法・・・なんて聞いたことはないが、あるのならぜひ使ってみたかった。
ヨルドが言うように、今の俺の体では使うことはできない魔法の部類だと思うが。
「お前が持ってたランタンは魔鉱石自体に魔力があったからな。それを利用して魔法をかければいい。」
「その節は親切にどうも。」
「つか、魔法使えんなら自分で直しとけよ・・・俺はなんて余計なことをしてしまっ」
「なあ、ここに魔法で水足して。」
「・・・はあ?」
「だから、水。もうなくなった。」
「・・・」
綺麗に剥かれた芋がごろごろ入る鍋を指差し、早くしろよの目を俺に向けるヨルド。
今の今まで俺の魔力の話をしていたはずなのにあれは一体何の時間だったのだろうか。
つか、お前が出せばよくねえ?
一旦、持っていた包丁と葉野菜を置き、右手をぎゅっと握れば準備完了。
鍋片手に仁王立ちの男のみぞおち目掛け、渾身の右打撃を打ち込みにかかる。
俺を舐めてもらっては困るぞ。
当時の北部機動隊はあのイヴァン直々に体術を叩き込まれるんだ。
自分より背が低い、筋肉がないからと舐めてたら痛い目見るからな────・・・と、息巻いたのに、本当情けない。
打撃を易々と止められたどころか、隠れて脛を狙った蹴りも防がれた。
おいお前、いつの間に鍋を置いたんだ。
後ろから羽交締めなんて聞いてない、手足が長すぎる、卑怯だぞ。
「見た目の割に攻撃的だよなぁ。」
「・・・こンの・・・馬鹿力・・・ッ!」
「・・・もしかして足りない、か・・・?加減が難しいな・・・」
「っ、おい!意味分かんねえこと言ってないで離せ!俺は謝んねーからな!話を聞かないお前が悪っ、んひぃっ!?」
「ひょっほひっほひへほ」
「ンなっ、何てぇええ??!つか、そこで喋っ、ひっ、しゃ、喋んっ、クソガキ!!」
「んー・・・これでもダメか?ならもうこっち向け。」
「むぐぅ??!」
お願いだ、誰か今すぐこいつの奇行を俺に分かるよう解説してほしい。
何故今、俺の首の付け根を、あ、甘噛みしたり、ななな舐めたりする必要があった?
しかもダメって何がだ、お前の頭か?かち割って中身見てやるから今すぐ差し出せ。
年上の頬を乱雑に掴んで潰すな、痕がつくとなかなか戻らない。
しかもいきなり首を後ろに回すからゴキって変な音がしただろ!
年上をもっと労われ!
「なあ、血ぃ飲むの抵抗ある?」
「?!ふぁふひひはっへふはほ!(あるに決まってるだろ!)」
「・・・ふ、はは。あんたやっぱおもしろいよなぁ。見てて全然飽きないわ。」
「ふぁ?!(ああ?!)」
「じゃあもうこうするのが手っ取り早い。噛み付くなよ。」
「んブうッ?!」
半回転状態の俺の首から上。
この至近距離で見下ろされるのもなかなか腹が立つが、四肢を固定する力が強すぎて全く身動きがとれない。
何一つ理解できないまま、ヨルドの綺麗な顔がぐんっと俺に近づく。
色素の薄い淡い瞳の色、そばかすがちらほら。
今日も両耳にはピアスがバチバ・・・、あれ?よく見るとピアスにも魔法が掛かってる。
こいつ本当にそういう偽装とか隠蔽とかいう技術が気持ち悪いぐらい巧みで上手い。
だから初対面のあの時だって、一般人に見えたから近づいたのに────────・・・!
「ん。やっぱ全然抵抗ないわ。俺テトの顔好きだし。」
「・・・っ、お、おまっ・・・?」
「で、どう?少しは馴染んだ?」
「・・・お、おまえっ・・・いま、お、俺に、キッ、キ、キスッ・・・?!」
「お、いいな。魔力循環してそ。ほら、水、水出せ。」
「~~~~~!」
────あの寒い吹雪の日、暖炉の前で腰を抜かした小さな俺へ。
目の前で弾けたそれは魔法を使うための"術式"で、お前は特別目がいいから無意識のうちにそれを真似て、発火が使えるようになったんだ。
そのうち魔法に慣れると、もうその術式は目の前には浮かんでこない。
頭の中で全部完結するようになる。
・・・だけど、だけどな。
慣れない魔法やまだ十分に見ていない魔法、あとは・・・久しぶりに使う魔法、とか。
そういう類の魔法を使うと、発火の時とは違う模様や文字が目の前で弾けることになる。
また驚いて腰を抜かさないよう、これからしっかり足腰を鍛えておくように。
そうでないと────────、今の俺のように魔法の威力に負けて吹っ飛ばされることになる。
「テトっち~~?!今なんかすっごい音したけ・・・・・・二人で何やってんの?」
「っ、こいつ!こいつマジで何?!俺に何した、って笑ってんじゃねえぞ、このクソガキがぁああ!!」
「最高!まっじで、あはははっ、最高に楽しい!テトもう一回!もう一回口貸せ!」
「~~~~~!貸すわけねえだろ!!このイカれ野郎ぉおお!!」
あちらこちらで水溜りができた床、無惨に転がる剥き芋たち。
俺の最大限の罵りは、ヨルドには全く効果がないようで、しばらく執拗に追っかけ回された後、エイデン達が押さえつけてくれた。
そして、この日の昼飯は俺の好きな芋と肉のソテーだったはずなのに、俺は怒りと混乱で何を食べたか、その前に何を作ったのか、全く覚えていないのである。
----------------
「あたしヨルドがあんなに笑ってんの初めて見たわ・・・」
「「「(こくこくこく)」」」
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一度も会ったことのない甥が突然押しかけてきて、まさか第一声が「林檎食べる?」だとは誰も思わないし、背中の傷を目にしても詮索はせず薬を作ってくれたり塗るのを手伝ったりしてくれた。
伯父は母と十以上、歳が離れていることもあって随分と母を可愛がったらしい。
しかし両親、つまり俺の祖父と祖母にあたる人とはかなり折り合いが悪く、早くに家を出て行ったとのこと。
伯父は両親と疎遠になった後も母とは定期的に手紙のやりとりをしていて、俺は子どもの頃よく手紙を見せてもらった。
兼業画家である伯父からの手紙にはいつも小さな絵が同封されていた。
色の濃淡がハッキリとした絵が多く、穏やかな海の青、美味しそうな果実の黄や赤、思わず寝転がりたくなる草原の緑というように、見ていてとてもワクワクする作品ばかり。
俺は字が読めるようになる前から、伯父の手紙が大好きで楽しみで仕方なかった。
「いつか行ってみたいな」と病床の母が呟いていた伯父の暮らす、遠い西方の町。
まさか一人で訪れることになるとは夢にも思ってなかったが「どこか遠くへ」と考えた時に思い浮かんだ町がリスドールだった。
母が死んでから俺宛になった伯父の手紙を握りしめ、玄関扉に吊されたベルを恐る恐る鳴らしたのは今から約六年前。
軽快なベルの音、しばらくして出てきたのは白髪混じりの初老の男性。
名を名乗り「ここに置いて欲しい」と頭を下げ返事を待つ。
頭を撫でられ顔を上げると母や俺と同じ黒い瞳、困ったように微笑む顔なんか母そのもの。
そして伯父はよく知りもしない甥を家に迎え入れ、慣れた手つきで真っ赤な林檎を三つも剥いてくれた。
鮮やかな皮の色と裏腹にかなり酸っぱい林檎だったが、甘い紅茶とよく合って結果的に丸二つは俺が食べた気がする。
おかわりの紅茶を飲み干してカップを置くと伯父の骨張った手がゆっくり俺の頬に伸びてきた。
「がんばったんだね」
伯父は一言呟いて、俺が気付かないうちに流れ出た涙を静かに、そっと、拭ってくれた。
「これ洒落た形でいいよな。音もよく響くし。」
「っ!無闇矢鱈に引っ張んな!ベル紐が千切れる!」
「うっわ~~!内装もステキ!最高じゃん!何で客来ないの?!」
「ド僻地だからだろ。」
「ド正論だけど失礼。テトさんすみません。」
「ねえ、テトっち~?これどこ置けばいい~?重いんだけど~」
「・・・???」
朝市で買い込んだ大荷物を馬に引かせ、ようやくティファンに到着。
約半日ぶりの帰宅とは思えないほどのとんでもない疲労感だ。
とりあえず、とりあえず・・・ッ!朝飯食って一息ついてから荷物を運び入れよう。
段取りを決め、玄関扉の鍵を開け、中に入るまでの間にすでにこの有様である。
「・・・えーっと、ライラさん?」
「ライラでいいって最初に言ったっしょ~?敬語敬称全部無しでいいの。さん付けたいなら好きにしていいけど~、うち堅苦しいの無理~」
「・・・ライラ、それは飯食ってから二階に運ぶ。とりあえず端に置いてくれ。」
「うい~、オッケ~!」
「他の奴らはとりあえず手を洗ってこい。洗面はまっすぐ行って右、水瓶の水を使う、行け。」
揃いも揃って五人とも何かぶつくさ口にして洗面所へ消えていく。
そして爆発せず、静かに頭を抱えることができた俺を誰か褒めて欲しい。
一体・・・な・・・何だ、こいつらは・・・?!
最近の隊員ってのはこうも自由な奴ばかりなのか・・・?
それとも西部が異常・・・?北部はこんな緩くなかったぞ・・・?
いや、そんなこと言ってる場合じゃない・・・あれだ、あれ。
昨日夕飯も食べ損ねてるから思考が鈍って理解が追いつかんだけかもしれない。
とにかく今は、飯を食おう────・・・!
「食べたところで意味不明だったわ。お前らいつもこうなの?」
「何がだよ。」
「・・・・・・子沢山大家族な感じ?」
宿屋だからと言って、こいつらを客として歓迎しているわけではない。
もちろん機動隊から金は貰う────特別価格────が、俺たちは一応同じ小隊所属、つまりは同僚、これは歴とした集団生活だ。
働かざる者食うべからずをモットーに、食事作り、荷物の運搬、食器の片付け、寝具の用意、馬の餌やりetc、役割を決めようとしたまではいいが・・・これがなっかなか決まらない。
やれ、あっちがいいだの、こっちがいいだの。
終いには小隊長殿が「面倒くせえ」と口にしたもんだから、つま先を強めに踏んでおいた。
今のところ一番話が通じそうなのが、剣士のエイデン。
最終的にこのエイデンが役割を毎日ローテーションにすることを提案してくれて何とか場が収まった。
あとは順に、あの通信できる指輪の向こうでキレていた魔法使いドーナ、語尾をやたら伸ばして喋る弓使いライラ、なんか目が死んでる剣士ゼイン。
全部で五人の本当にこじんまりとした小隊で、魔法使い二人、剣士二人、弓使い一人の構成だ。
「よりによって何でお前が小隊長なの?」
「一番強いからに決まってんだろ。」
「・・・世も末だ。」
「さっきの洗面もそうだけどちゃんと井戸から水汲んでんだな。魔法使えばいいのに。」
「・・・・・・お前、俺の体調べたんならもう分かってんじゃないのか。」
食器の片付けと昼飯の仕込み、本日は俺と小隊長のヨルドが担当だ。
決め方もなかなかユニークで、ゼインの私物だというダーツで決めた。
一投一投大騒ぎの五人。
仲がいいのか、馬鹿なのか、もう突っ込むのも面倒くさいので俺は大人しく紅茶を啜った。
ヨルドはキッチンでもうるさい。
口はずっと動いているが、同時に手も動いているので文句は言わないでおく。
ヨルドが言うようにティファンでは裏の井戸から汲んだ水を桶や水瓶に溜め、生活用水として使う。
洗濯なんかは近くの川まで運んでまとめて洗い、食器は大体の汚れを事前に取ってあるからササっと濯げばいい。
それでもこの人数分の皿とコップを綺麗にするためには最低でも二回は井戸から水を汲む必要があるだろう。
それを手間だと呼ぶのは贅沢すぎる。
伯父はほんの少しだけ魔力があったが、魔法は一切使えなかった。
だからここは魔力や魔法に頼らない設計の家であり、ごく一般家庭と同じ条件で暮らしができる。
と言うより、魔法を使える人間の方が遥かに少ないのだからそれが普通で、今の俺の生活。
北部機動隊にいたころとは、随分違っているけども。
「背中をかなり抉られてたな。爪?それとも魔法?」
「・・・衝撃で記憶が飛んでる。だから恐らく爪で、としか返せない。奴らお得意の奇襲だ。予見できたのに油断した俺が悪い。」
「それでテトは死にかけたけど助かった。意識混濁の中、本能的に魔法で自己治癒力を高め続けたからだ。その結果、体がイカれて魔力をほとんど生成できなくなった。水を出す魔法の術式自体はそう難しいもんじゃねーけど魔力はそれなりに使う。術式が分かってても魔力が足りないのなら意味がない。」
「・・・・・・お前、本当にすげぇ奴じゃん。」
「はあ?今頃気づいたのかよ。」
ヨルドは喋りながらでも器用に包丁で芋の皮を剥いていく。
北部と同じように西部の宿舎でも食事当番は回ってくるんだろうから、そこで習得したのかもしれない。
野菜の皮を剥く魔法・・・なんて聞いたことはないが、あるのならぜひ使ってみたかった。
ヨルドが言うように、今の俺の体では使うことはできない魔法の部類だと思うが。
「お前が持ってたランタンは魔鉱石自体に魔力があったからな。それを利用して魔法をかければいい。」
「その節は親切にどうも。」
「つか、魔法使えんなら自分で直しとけよ・・・俺はなんて余計なことをしてしまっ」
「なあ、ここに魔法で水足して。」
「・・・はあ?」
「だから、水。もうなくなった。」
「・・・」
綺麗に剥かれた芋がごろごろ入る鍋を指差し、早くしろよの目を俺に向けるヨルド。
今の今まで俺の魔力の話をしていたはずなのにあれは一体何の時間だったのだろうか。
つか、お前が出せばよくねえ?
一旦、持っていた包丁と葉野菜を置き、右手をぎゅっと握れば準備完了。
鍋片手に仁王立ちの男のみぞおち目掛け、渾身の右打撃を打ち込みにかかる。
俺を舐めてもらっては困るぞ。
当時の北部機動隊はあのイヴァン直々に体術を叩き込まれるんだ。
自分より背が低い、筋肉がないからと舐めてたら痛い目見るからな────・・・と、息巻いたのに、本当情けない。
打撃を易々と止められたどころか、隠れて脛を狙った蹴りも防がれた。
おいお前、いつの間に鍋を置いたんだ。
後ろから羽交締めなんて聞いてない、手足が長すぎる、卑怯だぞ。
「見た目の割に攻撃的だよなぁ。」
「・・・こンの・・・馬鹿力・・・ッ!」
「・・・もしかして足りない、か・・・?加減が難しいな・・・」
「っ、おい!意味分かんねえこと言ってないで離せ!俺は謝んねーからな!話を聞かないお前が悪っ、んひぃっ!?」
「ひょっほひっほひへほ」
「ンなっ、何てぇええ??!つか、そこで喋っ、ひっ、しゃ、喋んっ、クソガキ!!」
「んー・・・これでもダメか?ならもうこっち向け。」
「むぐぅ??!」
お願いだ、誰か今すぐこいつの奇行を俺に分かるよう解説してほしい。
何故今、俺の首の付け根を、あ、甘噛みしたり、ななな舐めたりする必要があった?
しかもダメって何がだ、お前の頭か?かち割って中身見てやるから今すぐ差し出せ。
年上の頬を乱雑に掴んで潰すな、痕がつくとなかなか戻らない。
しかもいきなり首を後ろに回すからゴキって変な音がしただろ!
年上をもっと労われ!
「なあ、血ぃ飲むの抵抗ある?」
「?!ふぁふひひはっへふはほ!(あるに決まってるだろ!)」
「・・・ふ、はは。あんたやっぱおもしろいよなぁ。見てて全然飽きないわ。」
「ふぁ?!(ああ?!)」
「じゃあもうこうするのが手っ取り早い。噛み付くなよ。」
「んブうッ?!」
半回転状態の俺の首から上。
この至近距離で見下ろされるのもなかなか腹が立つが、四肢を固定する力が強すぎて全く身動きがとれない。
何一つ理解できないまま、ヨルドの綺麗な顔がぐんっと俺に近づく。
色素の薄い淡い瞳の色、そばかすがちらほら。
今日も両耳にはピアスがバチバ・・・、あれ?よく見るとピアスにも魔法が掛かってる。
こいつ本当にそういう偽装とか隠蔽とかいう技術が気持ち悪いぐらい巧みで上手い。
だから初対面のあの時だって、一般人に見えたから近づいたのに────────・・・!
「ん。やっぱ全然抵抗ないわ。俺テトの顔好きだし。」
「・・・っ、お、おまっ・・・?」
「で、どう?少しは馴染んだ?」
「・・・お、おまえっ・・・いま、お、俺に、キッ、キ、キスッ・・・?!」
「お、いいな。魔力循環してそ。ほら、水、水出せ。」
「~~~~~!」
────あの寒い吹雪の日、暖炉の前で腰を抜かした小さな俺へ。
目の前で弾けたそれは魔法を使うための"術式"で、お前は特別目がいいから無意識のうちにそれを真似て、発火が使えるようになったんだ。
そのうち魔法に慣れると、もうその術式は目の前には浮かんでこない。
頭の中で全部完結するようになる。
・・・だけど、だけどな。
慣れない魔法やまだ十分に見ていない魔法、あとは・・・久しぶりに使う魔法、とか。
そういう類の魔法を使うと、発火の時とは違う模様や文字が目の前で弾けることになる。
また驚いて腰を抜かさないよう、これからしっかり足腰を鍛えておくように。
そうでないと────────、今の俺のように魔法の威力に負けて吹っ飛ばされることになる。
「テトっち~~?!今なんかすっごい音したけ・・・・・・二人で何やってんの?」
「っ、こいつ!こいつマジで何?!俺に何した、って笑ってんじゃねえぞ、このクソガキがぁああ!!」
「最高!まっじで、あはははっ、最高に楽しい!テトもう一回!もう一回口貸せ!」
「~~~~~!貸すわけねえだろ!!このイカれ野郎ぉおお!!」
あちらこちらで水溜りができた床、無惨に転がる剥き芋たち。
俺の最大限の罵りは、ヨルドには全く効果がないようで、しばらく執拗に追っかけ回された後、エイデン達が押さえつけてくれた。
そして、この日の昼飯は俺の好きな芋と肉のソテーだったはずなのに、俺は怒りと混乱で何を食べたか、その前に何を作ったのか、全く覚えていないのである。
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「あたしヨルドがあんなに笑ってんの初めて見たわ・・・」
「「「(こくこくこく)」」」
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