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雨降らしは、ビビる。
しおりを挟む見たこともない太さの金属製の柵の中に、ウォーグは居た。所々、柵が歪に折れ曲がっているが、ここはあえて気付かなかったフリをしよう。
ウォーグの首には柵同様、とてつもなく頑丈そうな太さの首輪に鎖がついているが、彼が本気を出せば易々と引き千切れるのではないだろうか、とエリオットは思わず身震いをする。
まだ十数メートル以上も獣舎から離れているのに、彼が呼吸をするたび生温かな風が吹き、エリオットの髪を揺らした。
黒に限りなく近い灰色の表皮は見るからに硬そうで、足元に転がっている石を打ち付ければ『コンコン』と、動物の体から鳴ったとはとても考えられない音がするだろう。
早朝のため、彼はまだ眠っているようだ。勿論目は閉じたままだが、その目も瞼の大きさからするに、おそらくエリオットの掌よりは遥かに大きいと推測できる。
牙も爪も、エリオットの上腕程の太さは悠々とありそうだし、あの大きな翼が広がった時、一体どれくらいの大きさになるのだろうか、今のところ見当もつかない。
リュシアンに抱えられたエリオットは、呆然としたまま否応無しにその巨体に近づいていく。彼らの存在は知ってはいたが、本の中の生き物だと勝手に信じていた。
限られた生息地、決して多くない生息数。
生息地にしても、エリオットの足では辿りつかないほど高山地帯、秘境と呼ばれる所である。
ましてやその"神にも等しい生物"の力を自国の防衛のためとは言え、借りようなどと、エリオットなら思いもしなかっただろう。
もしかすると『ジャマル王国』の治安の良さは、彼らの存在のおかげなのかもしれない。
エリオットはあんぐりと開いた口をなかなか閉めることができず、リュシアンのニヤけた顔を助長させる一方だった。
その状態からようやく意識を引き戻せたのは、ウォーグから僅か数メートルの距離まで近づいた時。
『グルルルル・・・ッ』と寝息なのか、唸り声なのか、定かではないが、ウォーグの轟音で我に帰ったエリオット。
一瞬で滝のような汗を額に浮かべ、リュシアンの肩口の隊服をグッチャグチャに掴みながら必死に首を横に振った。
「む!む!むり!無理!無理無理無理!」
「俺の相棒、黒龍のウォーグだ。急ぐのだろう?乗って行くぞ。場所は指示してくれ。」
「の゛っ!乗るぅ?!この竜に゛ぃ!?」
「・・・ぷっ、あっはっはっは!」
「わっ、わっ、笑い事じゃないんだけど!!」
涙目で訴えるエリオットの必死な姿に、リュシアンは大口を開けて笑い始める。
あの悲壮感漂う涙よりよっぽどいい。・・・あくまでリュシアン的には、だが。
一方、気持ちよく寝ていたのに何やら騒がしいぞ、と言わんばかりに、ウォーグは重そうな瞼を片方ゆっくりと持ち上げた。
燃えるような赤い瞳は、己の体と対比して際立って濃く鮮やかに見える。
そして赤い瞳が捉えた先に居たのは、自分の相棒でもあるリュシアンに抱え上げられた、小さな人間。
ウォーグはその人間、つまりエリオットを見るなり、その巨体を持ち上げて空に向かって雄叫びを上げた。
突然の雄叫びはもちろん空気を揺らし、耳鳴りがするほど。エリオットの体は恐怖で瞬時に硬直し、リュシアンは面倒臭そうな視線をウォーグに向けた。
「・・・んだよ、ウォーグ。本当礼儀知らずな奴だな。」
「なっ!なっ、何を!いいい、言ってるんですか!?た、食べられちゃいますよ!?」
「相当怖がってるぞ。残念だったな。」
『グルルルルルルル・・・ッ』
「ひっ!この竜、お、お、怒っ、おこって、」
「怒ってなんかない。・・・君のことが気に入って、興奮してるだけだ。」
「・・・・・・へ?」
素っ頓狂な声を上げたエリオットは、強く握っていた拳の力を緩めてウォーグの方をそろりと見た。
牙は剥き出しで、涎が滝のように流れている。巨大な尾は上下左右に振り回され、その度に獣舎の柱から軋む音がする。
さっきまでこの縦抱きから降りたくて堪らなかったエリオットだが、今、降ろされては困る。足に力が入らない。
・・・もしかしてリュシアンはこうなることを予測していたのだろうか。そうだとすれば、エリオットはリュシアンの手のひらで転がされているようで全く面白くない。
そもそも・・・
「竜の、こ・・・言葉が、わかる、ん・・・ですか?」
「?分かるわけないだろう。」
「・・・はあ?」
ハッと、鼻で笑うリュシアンがやはり面白くないエリオット。
では、なぜこの竜、ウォーグが自分のことを気に入っただなんて判断できたのだろうか?適当なこと言って、騙すつもりなのだろうか。
そんなことを考えているエリオットの顔は、酷く僻んでいて、何を考えているのかすぐ分かる。
リュシアンは堪らず、また大口を開けて笑い始めた。
「くっ、くはっ、き、君は本当に、くくっ、あははは、」
「~~~~~っ!もう!揶揄わないでください!」
「ははっ、はぁ~・・・笑った笑った。さ、乗るか。」
「#@%€☆$~~~っ!?にゃに、言ってるの、この人!!?」
「ウォーグ、嫌われたくなかったら精々大人しくするんだな。」
『グルル・・・グルルルルル・・・』
「ちょっ、待っ、怒ってる、ってば、ねえ!!」
「はいはい。怒ってる、怒ってる。」
「お、お、俺を、適当にぃ、あしらうなぁぁあーーーー!」
絶叫も虚しく、その後さっさと竜に乗せられ、半分失神しかけたエリオットだが、意外なことにウォーグは本当に大人しくなったのである。
初めての空中散歩の途中『完全にとは言わないが、ウォーグとは感情の共有ができるんだ』と説明を受けたエリオット。が、そのあまりの高度にしばらく声が出ず、また大口を開けて笑うリュシアンに、不敬覚悟で頭突きをかましたエリオットであった。
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