【完結】竜討伐の褒賞は、鹿角の王子様。(志願)

N2O

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いつにも増して建て付けの悪い玄関扉をほぼ体当たりで開けた朝、空から火の粉が降ってきた。

冒頭から何を言ってんだこいつと、思わないでほしい。
だって本当に、見たままの光景だから。


服についた火の粉を慌てて払いのけ空を見上げると、数頭の竜が縄張りの山とは反対方向に飛んでいくのが見える。
竜なんて年に一度や二度、飛んでるところを遠目で見かけるくらいなのにこりゃ、大事だ。

俺は昔から物音には敏感なほう。
朝まで誰にも邪魔されずゆっくり寝たいが為に家に防音魔法をかけていたけど、こんなこともあるんなら、今後は少し魔法を改めないといけない。

おまえたちが何でそんなことになったのか理由も知らないし、腹の虫がおさまらないってのも、見て十分わかります。

でもだからって、こんな鬱蒼とした森の上空で炎を吐き散らすのは、ホント勘弁してくれよ。
・・・ほら、見ろ、俺の住む森が森林火災一歩手前だ。
何してくれてんだ、竜野郎め。

この森を丸焦げにでもしてみろ。
引退した師匠ババアにドヤされるのは、お前らじゃなくて俺なんだからな。


はあ、とため息をついてから収穫用の籠を一旦置き、日除として被っていたフードを下ろす。
家庭菜園はできるだけ魔法に頼らず手作業で、が俺のモットーなのに、これじゃ先日市場で買ったお気に入りの青色ジョウロの出番は無さそうだ。


「・・・《雨を降らす魔法サフィスード》。」


空を飛ぶ竜の合間から見えた青空が、瞬く間に曇天へと様を変える。
朝日の眩しさで目を細める必要がなくなった空から、ぽた、ぽた、と雫が落ちてきて、数秒後には天然のシャワーが完成した。

あちこちから鎮火を知らせる煙がたちのぼり、木が焦げた匂いがした。
一瞬"ババア"が怒り狂う光景が脳裏をよぎったけど・・・、ま、まだ未遂・・・森林火災未遂で、誤魔化そう。

騒ぎが落ち着いたら、精霊の力を借りるとするか。
あいつら頼みを聞いてくれるのはいいんだけど、謝礼とばかりに根こそぎ俺の魔力吸い尽くすんだよなぁ。
数日動けなるから嫌なんだけど・・・、そこまですれば絶対ババアにバレないはず。(と信じたい)


あー・・・もう、面倒だ。
嫌々ながらババアから二つ名を受け継いでまだ一ヶ月しか経ってないのに見習いに降格するところだった。
まあ、別に見習いになったところで別に困ることも・・・・・・、いや、困る・・・な・・・?

二十九歳にもなってまだ独り立ちしてないとか、社会人としてマジやばい。
『自由の身になったから、余生は世界を見て回る』とか言って、この家くれたのはいいけど、出戻ったババアと同居生活とかマジやばい。
人使いが魔王ぐらい荒くて毎日三食おかず数品作れとか、マジやばい。

その反動で今、一汁一菜、一日一食(おやつは別)生活だぞ。
一人暮らし最高だ。

割と気に入ってる家庭菜園もまた一から造るの面倒くさいから出て行きたくもないし、出来ることなら────死ぬまで、ここで静かに暮らしたい。



無遠慮に空気を揺らした俺の魔力は、目標としていた街よりも竜の気を引いてしまったらしい。
魔力の根源を見つけた竜は、俺を目掛けて火球を吐く。
まるで小さな太陽が落ちてくるみたいだ。


「────面倒だって、言ってんのになぁ・・・ッ」


直接攻撃してくるなら、やり返したっていいだろう。
それがこの世界のルールってやつで、自然の摂理でもある。

の言葉で言うなら、立派な『正当防衛』だ。


「《氷の柱ザグ》。」


俺が呪文を唱えたのが先か、竜の咆哮が先か・・・まあ、そんなのどっちでもいいんだけどさ。

足元をぐるりと囲む巨大な魔法陣。
太陽を遮るほどの巨体は頭上にて氷漬けになり、一頭残らず動かなくなった。
ここまで氷が大きいと、涼しいどころか寒くなってくる。

確か、竜の肉は美味しいんだっけ。
でもあの大きさを捌くのは・・・・・・、よし、無理だな。
近くの湖にでも沈めとこう。
何と言っても活きがいい魔力の塊だ、森全体の活力になる。


「いーちっ、にのっ、さん!!」


大きく腕を左右に振って、頭上の塊を魔力で思いっきりぶん投げる。
氷の塊が湖に着水して、とんでもない水飛沫が飛び散ったけど、とりあえず・・・・・・終了ってことで。

・・・待て待て、一頭くらい生かして従魔にしときゃよかったかな。
そうすれば街への買い物だって歩かなくていいし、中型の魔物くらいなら一瞬で黒焦げだ。
んー・・・でも、餌代かかるし、デカすぎて飼う場所もない・・・?
雑食だから何でも食うだろうけど、毎日あの巨体を満たせるほどの餌を準備するのが大変そう。


そんなど~~~~でもいいこと考えてたら、一気に眠気が襲ってきた。
理由は一つ、朝っぱらから魔力を使いすぎ。
野菜をある程度収穫したら、少し寝よう。
竜のおかげで魔物の気配もないし、森の見回りは昼からでもいい。

んー・・・っと両腕を天に伸ばすと、体の至る所からパキ、ポキと音が鳴る。
こりゃ寝る前に入念なストレッチだな、なんて考えていると、雨を降らせた雲の切れ間から、青く澄んだ空が顔を出した。

どこの世界も青空は、こんなにも清々しい。


「・・・・・・ふぁあ・・・、ねむ・・・」


大きな欠伸をしながら足元に転がった収穫用の籠を拾い上げ、畑へ向かう。
元の世界の季節に例えるなら、今は・・・そうだな、初夏といったところ。
何ならこちらの世界には真夏ってもんがない。
しばらく初夏が続いたあと、急に冬になる。

温度変化でバテないように、野菜食ってしっかり栄養とらねぇと。


そうそう、自己紹介がまだだった。
初めまして、皆さん。
俺は一木いちき春太はるた、二十九歳。
自分で切ったバサバサの黒髪をひとつ結びにした、痩せ型の男。
高身長でもないし、低身長でもない絶妙な背丈に、黒い瞳が印象をさらにキツく見せる三白眼。

俺はいわゆる、異世界転移者ってやつだ。

混沌とした世界を救うため、偉大な魔法使いが勇者である俺を召喚した────・・・ってことでは全くない。
元の世界じゃ何の役にも立たない魔力ってやつが多すぎて、ガキの頃から変なモン見えるし、やたら事件に巻き込まれるし。
挙げ句の果てに、こちらの世界に引っ張られ、空間の歪みとやらに落っこちてしまったらしい。

それが今から約十年も前。
高卒で必死に働いて、男手ひとつ育ててくれた父親に恩返ししたかったのにさ。
父ちゃん死ぬわ、知らない森の中で迷子になるわ、知らねえババアに有無を言わさず弟子になれとか言われるわ・・・。

最後の十代は最低最悪、激動の年だった。


・・・と、まあ本当に、ほっっんとうに、色々あったけどこっちの世界にすっかり慣れた。
地獄の弟子時代を五体満足で乗り切って、今じゃ《東の森の守護者ヨルダン》として、この森を護ってる。
ババアいねーし、悠々自適な生活は結構楽しい。
でも今日は、朝からちょっと────────。

「・・・あ、やべ・・・、倒れる・・・」

いけねぇ、いけねぇ、調子に乗って回想しすぎた、勝手に瞼が閉じていく。
せっかく収穫した野菜を掃除したばかりの床にぶちまけるわけにはいかない。
少しでも長く保存できるように冷蔵庫風にいじった箱に野菜を詰めて、汚れた手を洗って・・・!

いくら魔力豊富だからと言っても、朝から大暴れはやめとこう。
こちとら低血圧だぞ、朝は苦手なんだ。
竜数体の相手に、高度な魔法の連続使用、森全体の浄化に、それから、えーっと・・・・・・、


ゴトッ、ドサッ

すー・・・すー・・・すー・・・


ベッドまで、あと数メートル。
力尽きた俺は木製の椅子の脚に太ももをぶつけてそのまま倒れて、寝た。
ただ爆睡してるだけなんだけど、倒れた時に運悪く額をぶつけて血が滲み、一見すると殺人現場みたい。

治癒魔法を・・・・・・と、思った頃にはすでに夢の中、まさに俺の電池がブツッと切れた。
あーあ、収穫したての枝豆みたいな豆を茹でてすりつぶしてずんだ餡にしてさ、すぐにでも食べたかったのに。
あれ、うまいんだよなぁ・・・、俺、和菓子大好き。

目が覚めたら、すぐ作ろ。
で、森の見回りとキッチンの掃除と、余裕があれば街まで野菜の苗の買い出しだ。

────そして、俺はまだ知らない。
曖昧にでもこの時立てた予定は、すべて実行できないことを。



----------------⭐︎



「────?!、────・・・っ、」




何だか、周りが騒がしい。
確認したいのに目は開かず、まだ半分寝ている状態だ。
甘い香りが鼻孔をくすぐって、体が浮く感覚がした。
これはいわゆるお姫様抱っこってやつだろうけど・・・・・・、いや、やっぱ俺はまだ寝てるんだ。これも夢。

じゃないと説明ができない。
アラサーのおじさんを、お姫様抱っこする理由が。

それにしても妙に感覚がリアルで、変な夢だな。
・・・ああそうか。いつもなら寝る前と起きてすぐ家の周囲に秘匿魔法ってやつを掛けるんだけど・・・、掛けたかよく覚えてなくて・・・心配で、心配で。
気にしてたからこそ、こんな夢を見てるのかもしれない。


誰かがこの家に入ってこられるだなんて、ありえない。
だって俺は、俺の居場所を、完璧に隠してるから。


理由はただひとつ。
知らない奴と、話すの苦手。


別に出入りを禁じているわけでもないから、東の森には誰だって入って来られるし、山菜とか木の実とか好きに採って構わない。
しかもこの国は四方を森で囲まれてるから、各森には行商人が通るためにちゃんとした道だってある。

でも、森に棲む幻獣や精霊を脅かすのは、絶対にダメ。
ユニコーンみたいな珍しい個体は高値で取引されるらしく、不届き者に狙われやすい。
いや、わかる。わかりますよ。
月並みの表現で悪いけどさ、あいつらめちゃくちゃ綺麗だもん。

そんな彼らの棲む森を護り、魔物が増えないように管理する役が必要で、魔力の多い魔法使いが代々それを担ってきたんだってさ。
でもあのババアは独身で、子どもがいなかった。
だから俺を見つけた時の、喜び様と悪い顔ときたら・・・・・・・・・、思い出すのやめよ。


何だかんだあったけど、俺はこの森が好きだ。
毎日の見回りも苦じゃないし、買い物だって小一時間歩けば街がある。
東の森の守護者ヨルダン》は一応国家公務員(?)みたいなもんだから、定期的に金だって貰えるし。

あとは後継者。
俺も結婚する気ないし、そもそも出逢おうとしてないし。
俺がよぼよぼのジジイになる前にどこかで後継者を見つけないとってのが、唯一の心配事ってところ────────、



「────お目覚めですか?《東の森の守護者ヨルダン》様。」

「・・・・・・べっこうあめ。」

「あめ、ですか?お菓子の?」

「うん。」



目を開けてぼんやりしていると、冷たい布が汗ばんだ額を通過する。
ひんやりして、気持ちがいい。

声がした方を向くと、絵に描いたような美しい男がいた。
瞳の色がちょうどべっこう飴みたいな、薄黄色。
俺が作るとすぐ焦げて、こんな透き通った色にはならなくて、いつもブスくれてたのを思い出す。


「死んだ父ちゃんがよく作ってくれたんだ。」

「・・・そうでしたか。」

「ただ甘いだけなんだけど・・・、特別おいしかったんだよなぁ。」

「では今度僕が作って差し上げます。」

「ふはっ、あんた全然料理できそうにないけ・・・・・・」

「?どうされましたか?」



俺は無意識に綺麗な薄黄色の瞳の方へ手を伸ばしていた。
その傷だらけの俺の手を、両手で包み込みうっとりとした表情を見せるのは・・・、夢の中の・・・誰かじゃ、なくて・・・・・・?



「っ、だっ、だ?!つか、ここ、どどどどこ?!広っ!!怖っ!!」

「ああ、そのように急に起き上がってはいけません。お怪我をされていたのですよ?十分休養をとっていただかねば、」

「いっ、いらない!!だ、だいっ、だいじょ、ぶ!!です!!か、かえ、帰りっます!!」


俺の家の何倍も・・・いや、比べるのが烏滸がましいほど広い部屋に、巨大なベッド。
天井までびっちりと上品な装飾が施され、壁には絵画、窓の近くにはいかにも高そうな花瓶に花まで生けられている。
それも明らかに森で摘んできた花じゃない。
温室とかで丹精込めて育てられた花だ。

・・・そうだ、薔薇。
薔薇によく似たこの匂いを、お姫様抱っこの夢を見た時に嗅いだ気が────────!



「《東の森の守護者ヨルダン》様、申し訳ありませんがそれはできません。」

「っ、ひぃっ、ちちちち近いっ、」

「貴方様は大勢の民を救ってくださった英雄なのです。」

「え・・・い、ゆ・・・う・・・?」

「やっと・・・、やっと、見つけました・・・!」

「・・・さ、さっきから、い、一体なに、をっ、んうっ、んむ??!」



じりじりとベッド上で後退し、逃走経路を確認しようと一瞬目を逸らした瞬間、握られていた手を思いっきり引っ張られた。

カチッと歯がぶつかる音がして、血の味がする。
彼の睫毛が長すぎて、瞬きをするたび、目を見開いたままの俺の睫毛を掠めた。

隙をつきねじ込まれた彼の舌はあっという間に俺の口内を蹂躙し、まるで楽しむように歯列をなぞる。
必死に押し返していた胸元は驚くほどに筋肉質で、薄っぺらな腹しかない俺の腕力では、どうにもこうにもならなかった。


しばらくしてようやく離れていった形のいい唇には血が滲む。
そんなことを気にも止めず、さらには口の周りの唾液を舐めとり、恍惚とした表情で俺の顔を見下ろすのは、べっこう飴みたいな瞳を嬉し涙で潤ませた美しい男。

ただし、俺と同じ人間ではない。
頭上に立派な鹿角をお待ちになったこちらの世界でも珍しい、獣人様である。


「僕としたことが我慢ができず・・・っ、ああ、蕩けた瞳が、また美しい・・・!」

「・・・・・・アンタ、ナニ、イッテンノ・・・?」


渾身の軽蔑の眼差しは効果がなかったようで、彼は嬉々とした表情を浮かべ俺の着替えを選びにクローゼットへ向かう。
呆然としていた俺も徐々に正気を取り戻し、部屋をぐるっと見渡して魔法で破壊できそうな窓に向かって全力疾走。

ここがどこなのか薄々気づいてはいたけど、窓の外を見てようやく分かった。

ここはあの荘厳な、王都の宮殿の中だ。



「《粉々に砕く魔法アストリューゼ》!・・・・・・あれ・・・?アストリっ、ひぃっ!」

「そうだ、言い忘れておりました。」

「っ、な、何をっ、ひ、こここ腰に手をまわっ、すなぁ!!」


背後から伸びてきた腕が肩と腰を固定する。
振り向けば頭一つ分高い位置ににこりと微笑む鹿角の彼の顔。
ゾッとするほど朗らかな表情と、腕に込められた力が合ってない。

絶対に、逃さない。

まるで俺の体に言い聞かせるみたいな、力強さだった。



「我ら一同、《東の森の守護者ヨルダン》様にお身体を十分休めていただこうと思っておりまして、」

「ご心配なく!!!《癒しの魔法ホーミー》使えるから!!」

「今日はこちらの部屋で過ごしください。あ、もちろん僕が付きっきりでお世話させていただきますのでご安心を。」

「・・・・・・?」

「・・・《東の森の守護者ヨルダン》様、どうされたのですか?」



俺はハッとして、自分の両耳を掴む。
起きてからずっと耳たぶを引っ張られる感覚があった。
だけどそんなこと気にしてなれない状況────今も────だったから後回しにしていたけど・・・、着けた覚えのない耳飾りが俺の耳にあって、中央から雫のように石がぶら下がっている。

この形、この魔力の・・・嫌な気配。
ババアが『魔法を避ける特訓だ』とか言って、俺の両手首に腕輪をはめたことがある。
それの中心にも、これと同じ魔石が埋まっていた。

『こいつは《西の森の守護者ビッケル》の手製でね。魔力を強力に抑え込むんだよ・・・ヒッヒッヒ』

あの時の魔王ババアの言葉が頭の中でこだまする。
ババアの放つ魔法を森を駆け巡って避けるのは、マジで死ぬかと思ったし、マッジで怖かった。

ってことは・・・あれだな・・・?
俺・・・今、魔法が使えねぇってことだな・・・?


「本日の東の森の警邏はお任せください。《東の森の守護者ヨルダン》様が不在の間、王都軍の威信をかけてお守りいたします。」


フフン、と効果音がつきそうな言い方をして、背後の男はまた微笑んだ。
不敬覚悟で片手を伸ばし、陶器のようなその頬をギッと抓ってみたものの、彼はにこにこと口角をあげるばかり。
それどころか俺の手をベロンと舐めてきたもんだから、俺は逆に悲鳴をあげる羽目になった。


「さあ、謁見に参りましょう。本日はこちらのお召し物でいかがですか?」


こんなおっさんを着飾って何がそんなに嬉しいのか。
口に出す元気はないので、目で訴える。
そしてそれが通じるわけもなく、「熱い視線・・・♡」と惚けた顔をされて終わり、その後俺は着せ替え人形と化したのだった。

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