WHOLE SWEET CORN (non GMO)

ghost in the shell

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  鋭利な医療器具をライトの光にかざす少佐。捕虜の目はその光景に釘付けだった。

  「おっと、話せるうちにもう一度だけ聞いておこう」

  たずねている割には顔も向けない投げやりな口調。だが、これがコツで。ニコラもようやく学んできた。
  この段階での供述には虚偽も多いから、まだ言わせないほうがいいのだ。

  「ベイカー元長官の亡命先は?移送ルート、経由都市、民間の手引き者、支援団体の資金源、ついでに通信傍受の暗号解析の…」

  「ちょっと待て!……てめえら、やってること分かってんのか?」

  捕虜のあがきに、優しい尋問官は一々応えてやる。少佐は本当にピタリ、と動きを止めて、彼に向き直った。

  ペンチを手に、なにか?と首をかしげる少佐に、捕虜はゴクリと唾をのみ、震え声の挑戦をしかける。

  「捕虜の取り扱いに関する条約、あるよな……?」

  「あるな」
  少佐はいたって穏やかだ。

  「ここの国は批准国だろうが!そーだろ?!」

  「そうだな」
  少佐は鷹揚にうなずく。

  「バカ野郎!お、俺に拷問まがいのことをやってみろ?国際世論から相当な非難を食らうことにな……」

  少佐は手をふって、捕虜のざれ言を打ち切った。

  「お前にひとつ豆知識を授けようか?実は〝抜歯〟はな、『拷問ではなく治療だった』と言い逃れできるんだ」

  イマイチ信ぴょう性に欠ける内容だったが、捕虜は顔の筋肉を引きつらせ、息を呑んだ。
  
  「どう、見えるか?この刃の部分だ。この色。けっこう使い込んでる感じだろ」

  少佐は尖った器具を捕虜の鼻先に突きつけ、畳み掛ける。

  「今まで、何人が虫歯治療のお世話になったと思う?」

  ないしょ話するように声をひそめる少佐。捕虜は凍てついた表情を浮かべた。

  歯をカチカチさせだす彼に背を向け、少佐は器具をおざなりに消毒し始める。

  「〝歯の根が合わない〟気分を味わえるのも最後かな?」

  「あ……あ、その…」

  蚊の鳴くような声だ。カンペキに聞き流し、少佐は開口器を手にゆったり立った。
  
  「はい、あーんして」

  これでもかと歯を食いしばり、唇を引き結ぶ捕虜。少佐は失笑を漏らすと黙って指先をのばし、鼻を軽くつまんでやった。

  瞬間、しまった!の表情で抗議のうなり声を上げるも、やがて目を伏せ沈黙する捕虜。
  
  いたぶり甲斐のある反応だ。少佐はニヤつきが止まらない。

  「ほーお?えらいぞマイケル。努力は尊い。それでこそ曹長殿だ」

  思いっきりバカにされるが、それどころではないだろう。

  まぶたがぴくぴく震え、苦しげに寄る眉根。ひっきりなしに指先でひじ掛けを叩いている。

  何秒耐えるつもりだろうか。ニコラは心の中でちょっと応援した。

  「いいよ、ゆっくりがんばれよ。お前が麻酔無しで虫歯引っこ抜かれる覚悟ができるまで、30分でも1時間でも待ってやるから」

  のんびりと煽られる。彼の顔は苦悩に歪み、どんどん真っ赤に上気していく。

  しばらくの無意味な我慢ののち、捕虜はガバッと瀕死の魚か何かのように口を開けた。

  「あんまりもたなかったな」
  すかさず手早く器具を突っ込まれる。

  50秒くらい。ニコラはちらっと腕時計を見やった。まあ、頑張ったほうだろう。

  彼はぐったりと肩で息を吐き、されるがままになっている。

  ムダに苦労した分だけ、報われなかったのは悲しい。

  少佐は捕虜の口腔に開口器を嵌めこむと、おごそかな手つきでベルトを後頭部にまわして留めた。

  こうなると、口から器具を外してもらうまで「ア行」か悲鳴か以外、何もいえない。

  哀願の目つきの中、すらっとした美しい手が細いペンチを一本取り上げた。

  「ブラウン士官候補。悪いがここへ立って、口の中を照らしてやってくれ」

  ニコラは即座に言われたとおりにした。

  開口状態で固定され、おもしろい顔になっている捕虜の頭上にライトをさっとかかげる。

  はじめの頃は、やべえ、とか思ったりしたものだが、最近ではもう慣れてしまった。  

  捕虜はピンク色の歯茎まで見せて無防備に全歯をむき出し、すき間から垂れ流れる涎で自分のシャツの色を濃くしていく。

  後で着替えさせるのは我々なんだぞ、と捕虜に言ってやりたい。ニコラは内心ため息をついた。

  少佐は脅しにかかった。

  「この先端。よく出来てると思わんか?ここで、お前のか弱い虫歯を掴んでガッと脱臼させることになる」

  捕虜は額に脂汗を浮かせ、血走った目で手のペンチを凝視する。
  
  「だが、あいにく切れ味がサイアクなんで、一思いに済ませてやれない場合があるかもしれん」

  荒い鼻息。なすすべなく、自分の未来を聞く捕虜。縛られた手が白くなるくらい、ぎゅっとひじ掛けを握っている。

  「その際、どうなると思う?……無理矢理砕いて歯牙を分割させるんだ。力づくでだ」

  見せつけるように血に錆びた抜歯鉗子を動かして、少佐は薄笑った。

  迫る恐怖に思考停止気味な捕虜は、尋問官の一挙手一投足を目で追い続ける。

  「知ってるか?虫歯ってな、もともと痛覚の神経が露出しかかってるんだと」

  普段のちょっとハスキーな声を一段と低くして彼を揺さぶりまくる少佐。

  「想像してみろ。神経剥き出しの歯ぐきを虫歯もろともゴリゴリえぐられる気分を。人類至上最大の痛みらしいぞ」

  と思いきや、一転してやんわり話しかける。

  「もちろん我々だって価値ある捕虜に対しそんなことをしようとは思っていない」

  少佐は背をかがめて捕虜と視線を合わせた。
  訴えかけるような涙目をのぞきこむ。

  「質問にありのまま答えてくれる協力者に残酷なマネはしたくない」

  とは言いながらも、捕虜の目を見つめたまま口に器具をそおっと差し入れていく。 

  「しかしお前は違う」

  捕虜の喉奥から意味をなさない声が漏れた。

  上あごの粘膜に、金属の冷たさを存分に触れさせつつ焦らすように口内をなぶり、奥へじりじりと進める。

 「強情なお前は……おーっとこれが悪い歯だな」
 
  捕虜の顔色は真っ白だ。目をカッと見開き、恐怖でかすかに身悶えている。

  すぅっと笑みを消し、ことばを続ける少佐。

  「脳天を貫く激痛を味わう」 

  少佐はペンチの先で、虫歯をグッとはさんで圧をかけた。

  獣じみた悲鳴と、救いのセリフが交錯する。

  「が、今からでも言いたいことがあったら…」

  加虐者兼救い主を、必死の形相で見つめる。突然の逃げ道を与えられた時の反応はだいたい同じだ。 

  「……右目を3回まばたきして知らせろ」

  歯根を軽くグラグラ揺らされた捕虜は、言葉が終わるか終わらないかのうちに、3回どころか死に物狂いのウインクをしてみせた。
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