姫国あやかし絵封録

蒼村嬉享

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第七章 イコク ノ ハライシ

第二十二話 賭けの結末

 火葬が主な日本ではそもそも死体を用意するのが容易ではない。屍鬼術は死後間もなくの遺体に魂を縛りつけ操る術……腐敗したものでは役に立たない。
 御門がフロアに感じている気配はざっと二十……それだけの新鮮な死体を日本で用意すれば必ず騒ぎとなるだろう。しかし、そのような情報は報道されてさえ居ない。

 尸獣は己が行為を正義と宣い『火神王会』を侮蔑した。つまり屍鬼の元となった大量の身元不明遺体は──。

「火神王会の構成員か……。他所の国まで来てゾンビにされてちゃ世話ねぇわな」

 勿論、御門は同情などしない。構成員は経緯はどうあれ旨味があるから組織に所属しているのだ。少なくとも日本国内で害を為すことを納得し行動しているならばどんな目に遭っても自業自得である。

 とはいえ……こうも動く死体が多いのでは事後処理が大変そうだと御門は思った。屍鬼術は札により操作を行っているが、一度術者の手を離れると凶暴な破壊の権化へと変わる。放置されれば他へ被害が広がる可能性がある。

 【鬼】の名を冠する怪異に共通するのは圧倒的怪力。屍鬼もまた鬼──人間の脳のリミッターが外れた状態で痛みも感じない怪物は危険極まりない。

(……。ここは尸獣にとっては異国だからな。下準備には限界がある筈だ。恐らく屍鬼が居るのはこのフロアだけ……なら、いっそのこと全部焼くか)

 始めはビル内での被害を最低限で抑えるつもりだったが、屍鬼を残す方が何かと問題になるだろう。ならばと懐からスキットルを取り出した御門は、名刺の束に液体をかけ火を付けた。

 それを通路全ての方角へ投げると左腕を捲り犬のタトゥーに命じた。

「スコル。思いきり吹け!」

 同時に巻き起こる烈風は名刺の炎を煽り通路一面へと拡がってゆく。瞬く間にフロアは炎の海へと変わった。これに慌てたのは霊符にて監視していた尸獣だ。

『馬鹿か、貴様。騒ぎを大きくするとは……』
「お~お~、言ってくれるぜ。死体だらけにしてくれた張本人さんがよ」
『……。だが、貴様も焼け死ぬぞ?』
「そりゃあ困るな。でも、日本の建築物の火災対策ってのは優秀なんだぜ?」

 御門の言葉に反応するようにフロアのスプリンクラーが作動し炎の消化が始まる。しかし、御門が投げた名刺は既に徹底して屍鬼を焼き尽くしていた。
 同時に尸獣の使用していた監視用の札は大量の放水にて洗い流されていた。水で濡れ文字は滲み紙は崩れている。これにより尸獣は御門の位置を見失うこととなった。

「ちっ……。あの男……」

 本来、祓い師や呪術師は人目に付く行為を避ける。祓い師は世を騒がせ混乱を招かぬ為、呪術師は自らの存在を知られ居場所を辿られぬ為……理由は違えど目立たぬことが自分達にとっての利となると理解しているのだ。
 現に尸獣もビルを利用こそしたが周囲に気取られぬよう対策を打っていた。展望台フロアで起こした火炎も視覚隠蔽で周辺からは認識されていない。警報機等も当然細工済みである。

 しかし、今回の食堂フロア炎上は火力が強過ぎた。尸獣の貼った隠蔽の霊符も共に燃え、残ったものも水濡れで使い物にならなくなった。この時点で周囲からの隠蔽は一部機能せず、かつ深夜に起きたビル内火災という痕跡は確実に残る。

(隠遁を心掛けている素振りだったがこうも大胆な手に出るか……。だが、それはお前にとっての不都合を生むぞ?)

 当然、これだけの騒動となれば警察経由で『護国統霊会』が動くだろう。既にエレベーターを使用しビルの外へ移動していた尸獣は国外逃亡の経路も確保しており、ビル内に張り巡らせた術の痕跡は回収・破棄・隠滅が可能……難なく追跡は回避できる。
 しかし御門はそうはいかない。霊力の痕跡を辿られるだろうことは想像に易い。

 反面、尸獣は逃亡を迷っていた。宣誓まで行った賭けはまだ決着が付いていないのである。それは尸獣の信念が許さなかった。


 だが……そんな尸獣にとって驚きの事態が起こる。姿を見失っていた御門がビル内から堂々と姿を現したのだ。勿論、無傷で。

 この瞬間、御門は宣言通り正面から脱出を果たし尸獣との賭けに勝利したのである。

 
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