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36:パン屋はお休みです
しおりを挟む「え?クロハーラ王子にバレたって?」
「はい……この事を知っているのはレオ様だけですから、どこで知ったのか…」
今日は週に一度のレオとのお茶会の日。なのでパン屋に行くのはお休みです。
ドーラがなんでか気を遣って二人きりにしてくれたので、上兄様の事を話している。レオが洩らすとは思えないから…盗聴器でも仕掛けているんだろうか。
「どっかで聞かれたのかもな。城の中だし」
「そうですよね…」
確かにお城の中でひそひそ話していたわけでもなかったな。聞かれてやましいことなんて話しているわけじゃないけど、上兄様の思惑がわからないのでちょっと怖いというか。一体、どこまで知られているんだろう。
わたしよりも複雑そうな顔をしているレオに気付いて、首を傾げる。
「…二人の秘密じゃなくなっちまったのが………い、いやなんでもねー!」
「…!」
途中まで言って恥ずかしくなったのか顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。こっちも恥ずかしくなってしまって、二人で赤くなる。
俯いて、少しの間沈黙が流れる。でもなんでだろう。この沈黙も気まずいものじゃなくて、嫌ではないというか……。自分の感情なのに上手く説明できない。
あの村に行ってからのわたしは何だかおかしいな。
「最近いい匂いがするな。バターみたいな……」
こほん、とレオが咳払いして沈黙が破れると、鼻をスンスン鳴らす。
わたしの体からは自分でもわかるほどふんわりとバターの匂いが染み付いてしまっているようだ。レオと会う日以外はずっとパン屋にいるものね。
「あ、はい。パン大会に出ようと思って、修行してますの」
「……は?」
わたしの言葉にレオは眉を寄せている。そんなに変なこと言っただろうか。
「お前、まだパン屋になるとか言ってるのか?」
「はい。城を追い出されても一人で生きて行けるように――」
「…っの、アホ!」
「え、ええ!?」
わたしの言葉を遮ってレオが額にチョップをかましてくる。痛くない力だったけど!いきなり何なの!?
レオの顔を見れば、怒っているような、悲しそうなような、複雑な顔をしていた。どうしてそんな顔をしているのかわからなくて、何故だか胸がぎゅっと締め付けられた。
「もう、いきなりなんですの!?」
「だ…っから、」
真っ直ぐ視線が合う。
「もしも行くとこがなくなったなら、俺のところに来ればいいだろうが!」
……え?
レオが叫ぶように告げられた言葉に、固まってしまう。
それは、つまり……レオのところで、メイドとして雇ってくれるってこと?
「あ、いや、別に無理に来いって言ってる訳じゃねえけど…」
「ありがとうございます、レオ様!わたくし、メイドとしての能力は低いですがパン大会を終えたらメイド修行しますわ!」
叫んだ後にはっとして赤くなるレオの手を、両手で握り締める。
レオに仕えるってことは、本当の王女であるアリスにも仕えるってことだけど……なんでか複雑な気持ちになるけど、長生きできるに越したことはない。
「……お前は…」
レオが深く溜息を吐き出して、ものすっごく呆れた顔をされる。
ん?何か変なことまた言っちゃっただろうか?
「レオ様、どうしましたの?」
「はあ……もういい」
レオがまた深い溜息を吐き出す。
首を傾げるわたしの頬を両手で挟んで、いつになく真剣な瞳で見つめてきて…顔が近い。あと少しで肌が触れ合ってしまいそうなほど、近い距離だ。
「いつか、嫌でも俺の言った意味をわからせてやる」
とだけ言って、レオ様が部屋を出て行ってしまった……。
「姫様!?どうしたんですか!?顔が真っ赤ですよ!」
入れ違いに入ってきたドーラがびっくりしている。
わたしは、このドキドキうるさい鼓動が、レオの言葉の意味をわかってしまっているように聞こえていた――。
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