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人生のリセットボタンという物が、本当にあれば良いのに。
タイムマシンが、本当にあれば良いのに。
そしたら俺は間違いなく過去に戻って、人生をやり直すのに。
高校時代から付き合っている彼女とデートしたのは、どれ位前だった?
一緒に海に行ったのが最後だったか……バイクに乗って。
バイクは2年前に売ったから……そうか、2年もの間俺はりほを蔑ろにしてしまっていたんだ。
バイトが忙しかったから。
学校が忙しかったから。
そりゃ……言われて当然だ。
「つかさ君の方が良かった」
つかさってのは俺とは違って頭が良い双子の弟。
親でさえ時々間違えるほどそっくりな俺達は、高校に入ってから疎遠になっていき、性格だって対照的になっていった。
りほだって最初は真面目で頭の良いインドア派のつかさではなく、アウトドア派の俺を選んでくれた筈なのに。
やっぱり、高校を卒業してしまえば真面目な方が将来性を感じるんだろうな。
バイト仲間や学校の友達と彼方此方行く俺より、何処にも行かないつかさの方がりほを大事に出来るんだろうと俺だって思う。
顔が同じなんだから、より優れている方を選びたいのも分かる。
「つかさの方が良かった、か……」
人生のリセットボタンという物が、本当にあれば良いのに。
タイムマシンが、本当にあれば良いのに。
そしたら俺は過去に戻って……何をするんだろう?
なにを馬鹿馬鹿しい。つかさの方が良いって言われたんなら、もう1度俺の方を向いてもらうしかない。
2年間も大した事もせずにいたんだから、今度の休みは盛大に……そうだ、行きたいって前に言ってた水族館に行こう!
朝の5時。
目覚ましが鳴る前に起きた俺はジャージに着替え、日課のジョギングに出かけようと部屋を出たのだが、そのまま立ち止まってしまった。
「……おはよう」
つかさが立っていたから。
「おはよ……早いな」
挨拶を返して、さっさと通り過ぎようとしても、つかさは廊下の真ん中に立って俺を通すまいとしている。
「……俺は、とおるが羨ましかった……」
俯いているつかさの手には、キラリと光るナイフが1本。
「な、なに?」
俺だって頭の良いつかさが羨まし……くはなかったか。常に学年ランキングには入ってたけど、それだって特になんとも思ってなかったよな……と言うより、俺はつかさに興味がない。正直、今大学生なのか社会人なのかも知らない。引きこもりだとか言われても妙に納得するし、だからと言ってどうとも思わない。
つかさはつかさで、俺は俺。双子だからと言うだけで、どうして同じにしなければならない?何故1番の理解者でなければならない?
「俺はやり直したい……やり直したいんだ!」
ギラギラと目を光らせたつかさがジリジリと近付いてくる。その手にはキラキラ光るナイフ。
後退るしかない。
「お、お、落ち着けって!残りの人生で1番若いのは、この瞬間だぞ?若けりゃ何でもできるって!な?」
ナイフで俺を刺すつもりか?刺してどうなる?良く考えろ。ただの犯罪者になるだけだぞ?今よりももっと、もっと人生が狭くなるだけだぞ?な?だから本当に落ち着いてくれ。
「とおるにだって、やり直したい事の1つや2つ、あるんだろ?」
スッとナイフを下ろしたつかさが普段通りの落ち着いた口調で話しかけてきたから、俺はその安堵感に満たされた。だから質問に答えたのは少し時間がかかったのに、つかさはその間黙ったまま俺の顔を眺めているだけで、答えを急かしては来なかった。
やり直したい事……俺にだって、あるよ。
人生のリセットボタンという物が本当にあれば良いと思っていたほど。
「あぁ、そうだな」
時間を戻って、りほを今よりも幸せにしたい。
「良かった。だったら一緒に来て」
グッと手を掴まれて連れ込まれたのはつかさの部屋の中。ガランと物が少ない部屋の中央には大きな球状の、不自然にピカピカと光る何かが置かれていた。
上半分は透明になっていて中が見えてはいるが、球体の中には椅子2つ置かれているだけ。
「なに?これ」
椅子を指差しながら言うと、パカッと透明の部分が上に開いた。
「座って」
「いや、待て。これは何だ?」
こんな得体の知れない物に座って大丈夫なのか?もしかしてこの中に閉じ込めようとか、そう言う悪戯じゃないだろうな?
「……人生を、やり直す……まぁ、タイムマシンだよ」
は?
え?つかさ、ちょっと大丈夫か?勉強のし過ぎでノイローゼとか?それにしたって、タイムマシンて!
「えっと……」
「座って。やり直したい事があるんだろ?」
目がマジだ。しかも、率先して自分から椅子に座るから、閉じ込める悪戯だとも考えにくくなった。
もしかして本当に?
そんな筈ない。いや、だって、頭の良い筈のつかさがこんな子供みたいな事……。
少し付き合えば気が済むんだろうから、付き合ってやるか。これでもし本当に過去に戻れたなら……。
馬鹿馬鹿しい。
「よっと……」
椅子に座ると透明な蓋がプシューとそれっぽい音をたてて閉まり、その瞬間透明な蓋の透明度は0になり何も見えなくなった。
「4年前、高校の入学式……ピカピカの、1年生……戻るよ、目を閉じて」
前にいるつかさからそんな言葉が聞こえてきた気がした。
ジリリリリリリ!
「ぅわぁ!」
久しぶりに目覚まし時計が鳴るまで寝てしまっていた俺は、突然の騒音に飛び起きた。
鳴っている時計を掴んで時間を確認すると5時。いつもの時間だ。だけど可笑しい。
俺はさっきまでつかさの部屋にいて、変な球体の中に入っていた筈だ。それなのに何故自分の部屋の、自分のベッドの上にいる?
夢だった?あんなにもハッキリとした夢があるか?
ベッドから出てみると俺はパジャマを着ている。しかし、このパジャマは随分と前にサイズが合わなくなって処分した筈の……パジャマ!?
部屋の中を見回すと、クローゼットの奥にしまい込んだ筈の制服がハンガーにかけられて姿見の横にかかっている。
恐る恐る姿見の前に立ち、そこに映る自分を眺めて確信した。
これは、戻って来てるわ。
ほっそりとした手足には筋肉がなく、腰も胸も全てがヒョロっとしている。それに髪の毛だって真っ黒だし、耳にピアスが1つもない。
つかさと全く同じ姿だった頃の、俺だ。
コンコン。
一応ノックしてからつかさの部屋に入ると、そこには俺と同じくヒョロリとした姿のつかさがいて、通学かばんの中を確認していた。見る限り、あの妙にピカピカしているタイムマシンは何処にもない。
こいつは、俺と一緒に戻ってきたつかさか?それとも、俺だけが戻ってきたのか?
「えっと……あの……」
「先に言っとくけど、タイムマシンは未来の物。過去には持って来られない」
あ、一緒に戻ってきたのか。って、え?
「持って来られないって、どうやって戻るんだ!?」
戻るにはまた作る所から?設計図は?材料は?材料費は!?
「やり直すんだ、戻る必要なんてないだろ?」
まぁ……それは、確かにそうだけど……。
そっか、そうだよな。折角戻って来たんだからやりたかった事をしない手はない。人生2回目……楽しまなきゃ嘘だろ!
高校生の俺は、登校時間ギリギリまで寝ているような奴で、アホな事ばかりをしている元気と明るさだけが取り柄の、どうしようもない人間だった。
とりあえず、今のうちから体力作りを始めよう!それから勉強だってちゃんとして、文武両道になってやる。もう2度と「つかさ君の方が良かった」なんて言わせない為に!
「それはそうと、つかさのやり直したい事って?」
何気なく尋ねた俺を見る表情は限りなく無。もう言いましたけど?とか言わんばかりの顔だ。
何か聞いたっけ?
「学校、準備しないと。また遅刻して悪目立ちしたいなら良いけど?」
つかさは、とりあえず俺が1番最初に変えたかった過去を指摘すると再び鞄の中の確認作業に戻ってしまった。
うまく話を終わらされてしまったけど、遅刻せずに登校する事は今の俺にとっては重大だ。ここで遅刻すると暫くの間「遅刻した人」とクラスメートに呼ばれてしまう未来を知っているのだから。
とは言えまだ朝の5時、筆記用具さえ鞄に入ってればなんとかなるんだから準備にかける時間なんて一瞬で終わる。だったら走りに行くか。
ジョギングコースはいつもの河川敷で、その景色は未来でも、過去でもそんなに違いがない。
いつもなら橋の下まで行く所だけど、体力作りを始める前の体に戻ったんだから厳しいかな……無理して行って、帰りが遅れたらまた「遅刻した人」呼ばわりだ。
折り返す為に後ろを確認しようと振り返った所で、心臓がドクンと跳ね上がった。
こんな早朝の堤防に、まさか犬の散歩に来ているなんて思ってもいなかったから……。
後ろにいるのは紛れもなく髪を伸ばし始める前の、りほ。
話しかけた方が良いのだろうか?けど今の時点での俺達はまだ出会ってもいない上に同級生でもない。それなのにどうやって話しかければ良い?
犬の散歩中ですか?って、見たら分かる事か。だったら名前か?これはかなり良い質問だな。けど、不審者過ぎるだろ。
どうやって話しかけようかと、そればかりを考えているうち、りほは堤防を降りて行ってしまった。
キーンコーンカーンコーン。
懐かしいチャイムの音を聞きながら、俺は遅刻してやってきたつかさが「遅刻した人」と呼ばれているのを見ている。
照れ笑いを浮かべながら「俺の名前はつかさだから!」とか楽しそうに言っている姿は、そっくりそのまま4年前の俺だ。じゃあ今の俺は?自分の席に座ったまま暇を持て余してボンヤリしているこの姿は、4年前のつかさ?
じゃあこのままつかさっぽく生活してたら、俺にもピカピカのタイムマシンが作れたりするのだろうか?
いやいや、それよりも俺が戻ってきた目的を果たさなきゃな。
りほを幸せに……って、あれ?待て。多少アホでもアウトドア派な俺を選んでくれたりほだから、このままじゃあつかさを選ぶんじゃないか?
マズイ。俺達が出会ったのは入学式の日で、3組の教室が分からなかったりほを案内した時だ。つまり今日、しかももうスグ。
慌てて立ち上がった俺を、廊下にいるつかさがニヤリと見ている。
まさか、アイツの本当の目的って……。
「ちょっとゴメン。3組の教室って何処か分かる?」
校内案内を握っているりほが廊下で騒いでいたつかさ達に尋ね、
「分かる分かる。案内するわ」
つかさが手を上げながら笑顔で言い、
「良かった~。全然分からなくて泣きそうだったんだよ~」
と、りほは俺に言っていた言葉を、今度はつかさに向かって言って、泣きそうな笑顔を向けた。
2人は肩を並べて3組へ向かって行き、俺は1人教室の中でその姿を目で追いかけ……てる場合じゃない!何を勝手に過去を変えようとしてんだよ!やり直すとは言ったけど、限度があるだろ?このままじゃ俺がやり直したかった事は……。
「つかさ君の方が良かった」
慌てて教室を飛び出した所で、足が止まってしまった。
俺はりほが幸せになれれば、それで良いと思ってた。
つかさとなら幸せになれるかも?とまで考えてた。
少なくとも、破綻しそうだった俺とやり直すよりも幸せになれるんだろうって。
だったら、今追いかける必要があるのか?
ないよ。
全くない。
ないけど、今度こそちゃんとりほを幸せにしたいなって……いや、ちょっと違う。
りほとやり直すのに、過去に来る必要なんかなかったんだ。
「つかさ!タイムマシンの作り方教えて!」
クラス中の視線を一斉に受けながら廊下を歩き、つかさとりほの間に割り込むようにして立ち止り、そこで、
「未来に戻りたい」
と、ハッキリ伝えた。
「本当に?どうして?」
どうして?
「やり直したい事はあるけど、過去じゃない」
幸せにするんだ。
「何をやり直したい?」
普通、本人前にして言わせるか?でも本気なんだ。未来に戻れるならなんだって出来る。
「彼女を水族館に誘う前にタイムマシンに乗った事」
そこで言うんだ、やり直そうって。
「ふぅん。じゃあ、1,2,3で目を開けて」
ん?目を開けろって?今開いてますけど?
「どう言う意味だ?」
「いくよ。いち、にぃ、さんっ!」
パン!
耳元で大きな音が聞こえると、本当に目が開いた。
俺は狭い空間につかさと2人でいて、座り心地があまり良くない椅子に座っている。ここは、もしかして?って、つかさがデカイ!
「未来?戻ってきた?なんで?」
興奮する余り椅子から立ち上がってしまい、タイムマシンの蓋?部分に頭をぶつけてしまった。その拍子にプシューと蓋が開いて、そこにいた人物と目が合った。
どうしてここにりほが?
「りほちゃん、どう?心配事は消えた?」
よいしょ。とか言いながらタイムマシンから出たつかさは、まだ状況が良く分かっていない俺を置いて話しを進めて、りほはりほで何度も頷いている。さっき過去で見たばかりの、泣きそうな笑顔で。
「タイムマシンなんて作れる訳ないだろ。とだけ言っとこうかな」
胡散臭い笑顔のつかさがそう言って頬をかいた。
「え?いや、だって過去に行っただろ?」
過去でジョギングもしたし、犬の散歩中のりほとも会ったし、学校にも行ったし……。
「そんなのはどうでも良いだろ?こうして今、ここにいるんだから」
それは、そうかも知れないけど……。
過去に行ったとかどうとか、確かにどうだっていい。俺は未来に戻りたかった。その未来に戻ってきたんだから。
「トオル、水族館、楽しみにしてるね」
何故それを!?
タイムマシンが、本当にあれば良いのに。
そしたら俺は間違いなく過去に戻って、人生をやり直すのに。
高校時代から付き合っている彼女とデートしたのは、どれ位前だった?
一緒に海に行ったのが最後だったか……バイクに乗って。
バイクは2年前に売ったから……そうか、2年もの間俺はりほを蔑ろにしてしまっていたんだ。
バイトが忙しかったから。
学校が忙しかったから。
そりゃ……言われて当然だ。
「つかさ君の方が良かった」
つかさってのは俺とは違って頭が良い双子の弟。
親でさえ時々間違えるほどそっくりな俺達は、高校に入ってから疎遠になっていき、性格だって対照的になっていった。
りほだって最初は真面目で頭の良いインドア派のつかさではなく、アウトドア派の俺を選んでくれた筈なのに。
やっぱり、高校を卒業してしまえば真面目な方が将来性を感じるんだろうな。
バイト仲間や学校の友達と彼方此方行く俺より、何処にも行かないつかさの方がりほを大事に出来るんだろうと俺だって思う。
顔が同じなんだから、より優れている方を選びたいのも分かる。
「つかさの方が良かった、か……」
人生のリセットボタンという物が、本当にあれば良いのに。
タイムマシンが、本当にあれば良いのに。
そしたら俺は過去に戻って……何をするんだろう?
なにを馬鹿馬鹿しい。つかさの方が良いって言われたんなら、もう1度俺の方を向いてもらうしかない。
2年間も大した事もせずにいたんだから、今度の休みは盛大に……そうだ、行きたいって前に言ってた水族館に行こう!
朝の5時。
目覚ましが鳴る前に起きた俺はジャージに着替え、日課のジョギングに出かけようと部屋を出たのだが、そのまま立ち止まってしまった。
「……おはよう」
つかさが立っていたから。
「おはよ……早いな」
挨拶を返して、さっさと通り過ぎようとしても、つかさは廊下の真ん中に立って俺を通すまいとしている。
「……俺は、とおるが羨ましかった……」
俯いているつかさの手には、キラリと光るナイフが1本。
「な、なに?」
俺だって頭の良いつかさが羨まし……くはなかったか。常に学年ランキングには入ってたけど、それだって特になんとも思ってなかったよな……と言うより、俺はつかさに興味がない。正直、今大学生なのか社会人なのかも知らない。引きこもりだとか言われても妙に納得するし、だからと言ってどうとも思わない。
つかさはつかさで、俺は俺。双子だからと言うだけで、どうして同じにしなければならない?何故1番の理解者でなければならない?
「俺はやり直したい……やり直したいんだ!」
ギラギラと目を光らせたつかさがジリジリと近付いてくる。その手にはキラキラ光るナイフ。
後退るしかない。
「お、お、落ち着けって!残りの人生で1番若いのは、この瞬間だぞ?若けりゃ何でもできるって!な?」
ナイフで俺を刺すつもりか?刺してどうなる?良く考えろ。ただの犯罪者になるだけだぞ?今よりももっと、もっと人生が狭くなるだけだぞ?な?だから本当に落ち着いてくれ。
「とおるにだって、やり直したい事の1つや2つ、あるんだろ?」
スッとナイフを下ろしたつかさが普段通りの落ち着いた口調で話しかけてきたから、俺はその安堵感に満たされた。だから質問に答えたのは少し時間がかかったのに、つかさはその間黙ったまま俺の顔を眺めているだけで、答えを急かしては来なかった。
やり直したい事……俺にだって、あるよ。
人生のリセットボタンという物が本当にあれば良いと思っていたほど。
「あぁ、そうだな」
時間を戻って、りほを今よりも幸せにしたい。
「良かった。だったら一緒に来て」
グッと手を掴まれて連れ込まれたのはつかさの部屋の中。ガランと物が少ない部屋の中央には大きな球状の、不自然にピカピカと光る何かが置かれていた。
上半分は透明になっていて中が見えてはいるが、球体の中には椅子2つ置かれているだけ。
「なに?これ」
椅子を指差しながら言うと、パカッと透明の部分が上に開いた。
「座って」
「いや、待て。これは何だ?」
こんな得体の知れない物に座って大丈夫なのか?もしかしてこの中に閉じ込めようとか、そう言う悪戯じゃないだろうな?
「……人生を、やり直す……まぁ、タイムマシンだよ」
は?
え?つかさ、ちょっと大丈夫か?勉強のし過ぎでノイローゼとか?それにしたって、タイムマシンて!
「えっと……」
「座って。やり直したい事があるんだろ?」
目がマジだ。しかも、率先して自分から椅子に座るから、閉じ込める悪戯だとも考えにくくなった。
もしかして本当に?
そんな筈ない。いや、だって、頭の良い筈のつかさがこんな子供みたいな事……。
少し付き合えば気が済むんだろうから、付き合ってやるか。これでもし本当に過去に戻れたなら……。
馬鹿馬鹿しい。
「よっと……」
椅子に座ると透明な蓋がプシューとそれっぽい音をたてて閉まり、その瞬間透明な蓋の透明度は0になり何も見えなくなった。
「4年前、高校の入学式……ピカピカの、1年生……戻るよ、目を閉じて」
前にいるつかさからそんな言葉が聞こえてきた気がした。
ジリリリリリリ!
「ぅわぁ!」
久しぶりに目覚まし時計が鳴るまで寝てしまっていた俺は、突然の騒音に飛び起きた。
鳴っている時計を掴んで時間を確認すると5時。いつもの時間だ。だけど可笑しい。
俺はさっきまでつかさの部屋にいて、変な球体の中に入っていた筈だ。それなのに何故自分の部屋の、自分のベッドの上にいる?
夢だった?あんなにもハッキリとした夢があるか?
ベッドから出てみると俺はパジャマを着ている。しかし、このパジャマは随分と前にサイズが合わなくなって処分した筈の……パジャマ!?
部屋の中を見回すと、クローゼットの奥にしまい込んだ筈の制服がハンガーにかけられて姿見の横にかかっている。
恐る恐る姿見の前に立ち、そこに映る自分を眺めて確信した。
これは、戻って来てるわ。
ほっそりとした手足には筋肉がなく、腰も胸も全てがヒョロっとしている。それに髪の毛だって真っ黒だし、耳にピアスが1つもない。
つかさと全く同じ姿だった頃の、俺だ。
コンコン。
一応ノックしてからつかさの部屋に入ると、そこには俺と同じくヒョロリとした姿のつかさがいて、通学かばんの中を確認していた。見る限り、あの妙にピカピカしているタイムマシンは何処にもない。
こいつは、俺と一緒に戻ってきたつかさか?それとも、俺だけが戻ってきたのか?
「えっと……あの……」
「先に言っとくけど、タイムマシンは未来の物。過去には持って来られない」
あ、一緒に戻ってきたのか。って、え?
「持って来られないって、どうやって戻るんだ!?」
戻るにはまた作る所から?設計図は?材料は?材料費は!?
「やり直すんだ、戻る必要なんてないだろ?」
まぁ……それは、確かにそうだけど……。
そっか、そうだよな。折角戻って来たんだからやりたかった事をしない手はない。人生2回目……楽しまなきゃ嘘だろ!
高校生の俺は、登校時間ギリギリまで寝ているような奴で、アホな事ばかりをしている元気と明るさだけが取り柄の、どうしようもない人間だった。
とりあえず、今のうちから体力作りを始めよう!それから勉強だってちゃんとして、文武両道になってやる。もう2度と「つかさ君の方が良かった」なんて言わせない為に!
「それはそうと、つかさのやり直したい事って?」
何気なく尋ねた俺を見る表情は限りなく無。もう言いましたけど?とか言わんばかりの顔だ。
何か聞いたっけ?
「学校、準備しないと。また遅刻して悪目立ちしたいなら良いけど?」
つかさは、とりあえず俺が1番最初に変えたかった過去を指摘すると再び鞄の中の確認作業に戻ってしまった。
うまく話を終わらされてしまったけど、遅刻せずに登校する事は今の俺にとっては重大だ。ここで遅刻すると暫くの間「遅刻した人」とクラスメートに呼ばれてしまう未来を知っているのだから。
とは言えまだ朝の5時、筆記用具さえ鞄に入ってればなんとかなるんだから準備にかける時間なんて一瞬で終わる。だったら走りに行くか。
ジョギングコースはいつもの河川敷で、その景色は未来でも、過去でもそんなに違いがない。
いつもなら橋の下まで行く所だけど、体力作りを始める前の体に戻ったんだから厳しいかな……無理して行って、帰りが遅れたらまた「遅刻した人」呼ばわりだ。
折り返す為に後ろを確認しようと振り返った所で、心臓がドクンと跳ね上がった。
こんな早朝の堤防に、まさか犬の散歩に来ているなんて思ってもいなかったから……。
後ろにいるのは紛れもなく髪を伸ばし始める前の、りほ。
話しかけた方が良いのだろうか?けど今の時点での俺達はまだ出会ってもいない上に同級生でもない。それなのにどうやって話しかければ良い?
犬の散歩中ですか?って、見たら分かる事か。だったら名前か?これはかなり良い質問だな。けど、不審者過ぎるだろ。
どうやって話しかけようかと、そればかりを考えているうち、りほは堤防を降りて行ってしまった。
キーンコーンカーンコーン。
懐かしいチャイムの音を聞きながら、俺は遅刻してやってきたつかさが「遅刻した人」と呼ばれているのを見ている。
照れ笑いを浮かべながら「俺の名前はつかさだから!」とか楽しそうに言っている姿は、そっくりそのまま4年前の俺だ。じゃあ今の俺は?自分の席に座ったまま暇を持て余してボンヤリしているこの姿は、4年前のつかさ?
じゃあこのままつかさっぽく生活してたら、俺にもピカピカのタイムマシンが作れたりするのだろうか?
いやいや、それよりも俺が戻ってきた目的を果たさなきゃな。
りほを幸せに……って、あれ?待て。多少アホでもアウトドア派な俺を選んでくれたりほだから、このままじゃあつかさを選ぶんじゃないか?
マズイ。俺達が出会ったのは入学式の日で、3組の教室が分からなかったりほを案内した時だ。つまり今日、しかももうスグ。
慌てて立ち上がった俺を、廊下にいるつかさがニヤリと見ている。
まさか、アイツの本当の目的って……。
「ちょっとゴメン。3組の教室って何処か分かる?」
校内案内を握っているりほが廊下で騒いでいたつかさ達に尋ね、
「分かる分かる。案内するわ」
つかさが手を上げながら笑顔で言い、
「良かった~。全然分からなくて泣きそうだったんだよ~」
と、りほは俺に言っていた言葉を、今度はつかさに向かって言って、泣きそうな笑顔を向けた。
2人は肩を並べて3組へ向かって行き、俺は1人教室の中でその姿を目で追いかけ……てる場合じゃない!何を勝手に過去を変えようとしてんだよ!やり直すとは言ったけど、限度があるだろ?このままじゃ俺がやり直したかった事は……。
「つかさ君の方が良かった」
慌てて教室を飛び出した所で、足が止まってしまった。
俺はりほが幸せになれれば、それで良いと思ってた。
つかさとなら幸せになれるかも?とまで考えてた。
少なくとも、破綻しそうだった俺とやり直すよりも幸せになれるんだろうって。
だったら、今追いかける必要があるのか?
ないよ。
全くない。
ないけど、今度こそちゃんとりほを幸せにしたいなって……いや、ちょっと違う。
りほとやり直すのに、過去に来る必要なんかなかったんだ。
「つかさ!タイムマシンの作り方教えて!」
クラス中の視線を一斉に受けながら廊下を歩き、つかさとりほの間に割り込むようにして立ち止り、そこで、
「未来に戻りたい」
と、ハッキリ伝えた。
「本当に?どうして?」
どうして?
「やり直したい事はあるけど、過去じゃない」
幸せにするんだ。
「何をやり直したい?」
普通、本人前にして言わせるか?でも本気なんだ。未来に戻れるならなんだって出来る。
「彼女を水族館に誘う前にタイムマシンに乗った事」
そこで言うんだ、やり直そうって。
「ふぅん。じゃあ、1,2,3で目を開けて」
ん?目を開けろって?今開いてますけど?
「どう言う意味だ?」
「いくよ。いち、にぃ、さんっ!」
パン!
耳元で大きな音が聞こえると、本当に目が開いた。
俺は狭い空間につかさと2人でいて、座り心地があまり良くない椅子に座っている。ここは、もしかして?って、つかさがデカイ!
「未来?戻ってきた?なんで?」
興奮する余り椅子から立ち上がってしまい、タイムマシンの蓋?部分に頭をぶつけてしまった。その拍子にプシューと蓋が開いて、そこにいた人物と目が合った。
どうしてここにりほが?
「りほちゃん、どう?心配事は消えた?」
よいしょ。とか言いながらタイムマシンから出たつかさは、まだ状況が良く分かっていない俺を置いて話しを進めて、りほはりほで何度も頷いている。さっき過去で見たばかりの、泣きそうな笑顔で。
「タイムマシンなんて作れる訳ないだろ。とだけ言っとこうかな」
胡散臭い笑顔のつかさがそう言って頬をかいた。
「え?いや、だって過去に行っただろ?」
過去でジョギングもしたし、犬の散歩中のりほとも会ったし、学校にも行ったし……。
「そんなのはどうでも良いだろ?こうして今、ここにいるんだから」
それは、そうかも知れないけど……。
過去に行ったとかどうとか、確かにどうだっていい。俺は未来に戻りたかった。その未来に戻ってきたんだから。
「トオル、水族館、楽しみにしてるね」
何故それを!?
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