時の記憶

知る人ぞ知る

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残されたのは一羽の鳥と、金木犀の神様。

その金木犀の神様はふらりと立ち上がり、勝手に歩き始めた。

「宛はあるのかー?」

八咫烏は大きな声で彼を呼び止める。

「なーい」

彼も大きな声で返事を返す

その返事にキョトンとしながら、なんだか考えてみたら可笑しくなってきた。


「なら、俺が旦那の行き先になってやるよ。道案内が俺の得意分野だからな!一緒に行こう!」


八咫烏はその大きな美しい羽根を盛大に広げて、彼の元へ飛び立った。


これが、土地神セイと、八咫烏の出会いだった。


そしてその後、白神は一度だけ顔を出した。

とてもやつれた顔をし、遊び惚けていたセイに『人の信仰を得なければ、お前は消えるぞ』と念を押したのだ。


八咫烏は自由気ままに遊ばせていたことを怒られると思っていた。だが


「草木や川の流れを愛おしく思うその心は、とてもいいことだ。八咫烏、ありがとう。そしてこれからも傍にいてやってくれ。さようならだ、八咫烏」

彼はやつれた顔の中で、目に涙を浮かべて愛おしそうに八咫烏を撫でた。

八咫烏も羽を白神の足に添えて、ただただスリスリとするしかなかった。

それは、彼の死を察したからだ。


彼と会わなかった間、なにがあったは知らない。

だが彼の胸元の刻印が、確かに大きくなっていることは、着物の隙間から見て取れた。


小さな瞳から涙が落ちる。

(あぁ、俺も人間みたいに泣けるんだな)

今更になって傍にいられた時間が、これほどまでに愛おしく感じるなんて思ってなかった。

別れがさみしいなんて、思ってなかった。


「さようなら、白神の旦那・・・」


それから彼は姿を消した。

そしてもう二度と会う事はなかった。
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