ヤングケアラー

箱天天音/hakoten amane

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ヤングケアラー

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 彼女はいつも寝ている。休み時間ならとにかく、授業中も寝にふけってるので心配している。ある日の席替えで、私は彼女と隣同士となりました。ためしに、よろしくと声をかけたところ、ため息とあどけない返事が返ってきました。その日の彼女との会話はこの程度でした。
 次の日。教室には彼女がいたのです。まだ時刻は8時過ぎ、驚きました。まさか彼女がこんな時間にいるとは思いもしませんでしたから、私は1秒間程度は動けませんでした。私の驚きを感じ取ったのか、彼女が話しかけてきました。
「なに?私がいるのがそんなにおかしい?」
 私は、いやそんな事はないと否定しました。
 話を聞けば、彼女は今日の1時間目にある体育の授業が楽しみすぎてはやく来てしまったのだと言いました。考えてみれば、彼女は体を動かすのが得意のようで、体育の時間になると今まで寝にふけっていたのが嘘のようにはしゃぐのです。最初にそれを見たときの衝撃といったらはかりしれませんでした。
 数日が経ち、私はよく彼女と話すようになりました。彼女も、私と話すときは不思議と眠くならないと言ってくれました。ただひとつ、彼女は自分の住む場所や自分の家族については話をしませんでした。問いかけてもなんだかあどけない返事で、いつもはぐらかされてしまうのです。私は、彼女のそこになにか影があると感じつつも、他人の私が踏み込むにたらない深いわけがあるのだろうと思い、あまり、というか滅多に話題にはしませんでした。
 彼女は私と話すときと体育の時間以外は前と変わらず、いつも寝ていました。時には昼食休憩の時間も寝ているので、なにかアルバイトでもしているのかと尋ねました。
 このとき、彼女から初めて家族のことを聞くことができました。それと同時に私は、ひどくいたたまれない気持ちになりました。彼女はいわゆるヤングケアラーだったのです。母の介護をしていて、一応祖母が2週間に1回程度は母の介護をしてくれるが、それでもおおかた彼女自身が母の介護をしなければならないのだと、涙ながらに私に話してくれました。
 私は話を聞くにつれて、さらにいたたまれなくなりました。まさか彼女にそんな秘密が、という驚きと彼女の秘めたる影の正体を知れたという優越感が、私の心を乱しました。私にはもうわけが分からなくなりました。今この瞬間をどの感情でいればいいのか、分からなくなったのです。
 一連のことを話し終えた彼女は、私を見るなり、なぜ私が泣いているのかと問いました。私は自覚がありませんでしたが、目元に手をやると確かに、私の目から溢れたであろう水滴が、私の手を汚しました。気づけば彼女の涙は止まり、そのかわりに私が泣いていました。
「話を聞いてくれてありがとう。ずっと悩んでたから、ちょっとスッキリした」
 彼女はそう言って微笑みましたが、私にはそれが無理に笑っているようにしか思えませんでした。その日はそれきり、彼女とはあまり話をしませんでした。話しかけようとしても、あの告白がどうもちらついて、私に話しかけるのをためらわせました。
 次の日。彼女は珍しく学校を休みました。授業や休み時間にいくら寝ていても必ず学校だけには来ると言っていた彼女が、私の知る限りでは初めて学校を休みました。そしてそれは今日だけでなく、なんと5日間も続きました。私は心配になりました。居ても立ってもいられなくなりました。しかし私は、彼女の秘密は知っていても、彼女の家までは知りませんでしたから、行こうにも行けませんでした。
 次の日。学校には彼女の姿がありました。私は安堵しました。ですが、彼女の背後にはあの告白の時よりもずっと重い影があることを、私は確かに感じ取りました。その日の帰り、私は一緒に帰ることを建前に彼女に話を聞くことにしました。結論から言うと、忌引きのための休みでした。
 しかし、故人はなんと母親ではなく祖母だったのです。残されたのは彼女とその母親。これでは彼女が母親の介護の全てをしなければなりません。それこそ、もう学校に行く暇も無いような状況に彼女は陥ったのです。彼女は祖母の死については、年齢が年齢だけに何も言えないと言っていました。私は自分の母親のツテで良い介護施設などを紹介しようかと言いました。彼女は即決はしませんでしたが、あくる日によろしくと返事をくれました。
 私の母親は、すぐにでも入所をと言いましたが、さすがに入所の諸手続きが終わるまではいくら後ろ盾があっても無理でしたから、彼女の母親が正式に入所する日までは、私の母親が毎日彼女の家に出向き、介護する事になりました。
 彼女自身は、親戚の夫婦が彼女の家に住むことになり、生まれ育った家を離れる事にはなりませんでした。彼女はいまだに寝にふけっていますが、授業中は起きるように頑張っているようです。
 一方で私の心の中には、彼女に対するある想いが募るようになりました。それは恋というもので、恋を自覚した瞬間から日に日に大きくなっていくのを感じていました。いずれはどうにかしなければなりませんが、この気持ちの結果がどうなるかは、まだ私の知るところではありません。

~ヤングケアラー 終~
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