巨猫の軍勢 〜Giant Cat Army〜

橋口しん

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大魔王の兵糧庫を食い尽くすのにゃ! の巻

まずは、数時間前に魔都を襲いに来たのは勇者でしたが、何か?

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 ――数時間前。

 ――魔都カナベラ
 ――大魔王城
 ――城内魔神殿

 ここ。大魔王城の城内にある、幻想的な雰囲気がする魔神殿では、デモンカント魔国の支配者たちが集まり。厳かな式典が執り行われていた。

 魔神殿中央にある壇上には、デモンカント魔国先代の大魔王が立っている。

 そして、その壇上の前には、デモンカント魔国各地の拝所領を治める魔王達が、先代に膝まずいて、こうべを垂れている。

「「「「「「「御昇華! おめでとうございます魔神様」」」」」」」

 先日まで、666年の長きに渡り、デモンカント魔国の支配者として君臨していた《第七漆獄》大魔王であったが。

 大魔王としての、これまでの功績を魔神皇に称えられ、この世界における全ての魔を司る神。《魔神》に昇華された。

「フッ……ヨキニハカラエ」

「おオーっ! 我らが魔神サマへの忠誠ハ、未来永劫変わラず、今後トも全ての魔民たチの為に力ヲ尽くすコトを此処に誓いを奉りまスル!!」

 彼は、ラス領の魔王。
 デモンカント魔国に七柱いる領主魔王をまとめ上げた、筆頭領主魔王であった。

「サテ……ワレノコウニンデアルガ」
 
 5500年の栄華と反映を極めてきたデモンカント魔国では、
初代大魔王が建国より、完全な縦社会が形成されていた。

 この場にいる誰が新しき大魔王となるのか?

 それを指名するのは魔神となった先代であった。
 
 「ワレノアトヲ……ツグノハ……ラス……オマエダ」

 「……!! はッ! 身に余ル光栄……!」

 「ミナノモノ……キイテノトオリダ」

 「「「「「「はッ!」」」」」」

 「コンゴハ……ラス、ヲ……モリタテテクレ」

 「「「「「「はハーッ!」」」」」」

 こうして『大魔王位』を継ぐ者として、魔国に属するラス領の領主であった魔王が、新しき大魔王となった。

 「ラス……ヨ……ワレノマエニコレヘ」

 「はッ!」

 魔神となった先代に、名を呼ばれた彼は……1歩……2歩と前へ歩き、先代の足元まで辿り着くと、その場に膝まづいて神下の礼をとった。

 「ソナタ二……フタツナヲ……サズケル」

 「先代サマ。 アり難き……幸せ」

 古くからデモンカント魔国では、大魔王となれば魔神より二つ名を拝命する。

 その式典が執り行われようとしていた時。

 ――ガオオォォォン――

 緊張が走る。
 7柱の魔王たちの辺りの空気が……張りつめ出した。

 「ナ! 何事だッ!!」

 新しき大魔王となった彼は、辺りを警戒する。

 そして、先代の指示を仰ぎ、何がおこったのかを……現在の状況を確認しようと頭を巡らせていた。

 「ヌウ……ナンタルコトダ……ケッカイガ……トカレタダト……」

 魔神となった先代の言葉に凍り付く領主魔王たち。

 と、同時に……。

 ゴ……ゴ……ゴ……ゴ……ゴ……ゴ

 魔都を中心として、辺りの空気を震わす激しい振動が、デモンカント魔国中に凄まじい勢いで響き渡った。

 彼は考える。

(何だ……何が起きているというのだ……)

 すると、上空からまばゆい光が……魔都カナベラが誇る、魔都中央防壁門の前に舞い降りてきた……。

「あの光ハ……一体……。」

 彼は、光が落ちていった方角を見つめていた。

「ラス……ヨ……」

「はッ! 先代サマ!」

「ハイメイノギハ……イチジ……チュウダンスル……」
「はッ!」

「モウ……ソナタガ……コノ……デモンカントノシハイシャダ……」
「ハイカノモノヲ……シタガエ……コノ……クニヲ……マモルノダ……」

「仰せのまマに……魔神さま」

「アトハ……マカセタゾ……ワレハ……マジンノウサマ二……ハイエツヲ……タマワッテクル……」

「はッ! 御安心しテ……お行かれませ」

「ウム……」

 魔神となった先代は、そう彼に言い残し……自らの背後に魔転扉ゲートを魔力で作り出し。魔神皇がいる魔獄界ヘルムに向かった。

 彼は、魔転扉ゲートに吸い込まれて行く先代の後ろ姿を見送ると、くるりと、後ろを振り向き。いまだその場に膝まづいた格好のままであった領主魔王たちに語りかける。

「皆よ! 危機デある!」

「「「「「「……」」」」」」

 彼以外の6柱の領主魔王たちは。彼が、魔神となった先代より後継者の指名を受けたことが気に食わなかったのか……彼が語りかけてくる言葉に対し、物を言わぬ沈黙で返事を返していた。

 しかし、彼もその事は予想の範囲内であったのか。……続けて六柱の領主魔王たちに語りかける。

「皆が、私のコトヲ……良く思っていないことは承知してイる。 しかシ、今のコノ状況に解決法ヲもたらす為に……! 皆の力を私に貸しテくれないだろウカっ!!」

 彼は、深々と六柱の魔王たちに頭を下げた。

「オイオイ、新しい大魔王ってのはぁ、こうも簡単に部下に頭を下げちまうのカァ?」

「そうですわ。 それでもこの魔国の支配者なのかしら?」

「水臭いことは言わないで下さい。 我が主」

 彼は、冷ややかな反応を返されると思っていたが。
 その思惑は外れ、六柱の領主魔王たちからは、彼に対し温かい言葉が返された。

「皆ヨ……」

 思わず涙ぐむ彼は、泣きそうになるのをグッと堪えていた。

「私ガ……。いや……我がこノ魔国の新しキ大魔王であル!」

 今ここに、名実ともに、新しき大魔王が誕生したのである。
 ……するとそこへ、伝令兵が1人やって来た。

「伝令! 大魔王さま! 申し上げます!!」

 彼は、伝令兵に言葉を投げ掛ける。

「申してミよ」

「はっ! 魔都中央防壁門に人族の勇者が襲来! 勇者は仲間を引き連れており、5人でこの魔都カナベラへ侵入を試みております!!」

「クっ! 人族の勇者め! ……フはははははは!」

「「「「「「フハハハハハハっ!」」」」」」

 彼と六柱の魔王たちを含めたその場にいた全員が、勇者たちに向けて嘲笑にも似た歓喜の声で高らかに笑い上げる。

「ククク……人族ごとキが……例え、勇者であロウとも、こノ大魔王城まで……辿り着けるかナぁ?」

 彼には何か、勇者に抗する策でもあるのか……不敵な悪い笑みを浮かべていた。

(フっ……勇者ドもが如何なル奴らナのか……その姿を見てやルとしよう……)

 彼は、大きな声で魔法行使の詠唱を済ませ、自らの魔力を集中させ、ソレを具現化させる。

「顕現せよ! 第二位階魔法ツヴァイマジック魔召喚画面ディスプレイモニター
 
 彼と六柱の魔王たちの目の前に現れたのは、とてつもなく大きな画面が一枚……90……いや、100インチはあるだろうか。
 その画面には現在の魔都中央防壁門の様子が、鮮明に映し出されており……人族の勇者と仲間たちの姿が、そこにはあった。

「フっ! こやつらが勇者たちか……なんとも頼もしい限りの勇ましさではないか! フハハハハっ!」

 さらに不敵な笑みを浮かべて嘲り笑う彼。

「だガ、マぁ。 如何なル時二も例外ハ付き物」

 そう述べた彼は、何か考えるがあるのか、伝令兵に向けて指令を下す。

「伝令兵ヨっ! 我が指令を下す!!」

「はッ!」

「魔軍四魔将と魔都防衛三大隊長に伝えヨ!」

「ははッ!」

 彼は、万が一など起こりはしない自信があったが、不測の事態に備え、完全防備で不落磐石な体制を整えるべく指令を下した。

 魔軍四魔将には、魔都カナベラの四方を守る、各々の担当防壁門区域の守護の任に着くようにと。
 魔都防衛三大隊長には、魔都の陸上、海中、空下の監視レベルを、最上位の厳戒体制まで引き上げるように、命じる伝令を伝令兵に下した。

「行けッ! 我が指令を伝えヨっ!」

「ははーッ!」

 伝令兵は、彼から承った指令を魔軍上層部に伝える為、魔神殿より駆け出して行った。

「さぁ~テっ……我らハゆるりト……こやつラの活躍でモ、見させて貰うとしようカ……」

 彼がそういうと、1柱の領主魔王が魔法で1脚の豪奢な椅子を呼び出し、彼はそれに腰かけるように促された。
 そして、大魔王となった彼は、今まで同僚であった六柱の領主魔王たちと共に……魔都カナベラの中央防壁門の様子を、彼が、呼び出した魔召喚画面ディスプレイモニターで伺っていた。

 ――魔召喚画面ディスプレイモニターに、魔都中央防壁門に抗う勇者達の現在の姿が写し出されている。

「ヒャーッ! ハッ! ハッ! ハッ! ハァー!! 俺さまはッ! 勇者ブレぇ~イブ! ケっ! まずは手はじめにこの国を覆っていた、薄汚ねぇ~、クソ生意気で邪魔な結界を! この俺サマが盛大にぶち壊してやったぜぇ?」と勇者が高らかにのたまい出した。

(フハハハハ……なんト、品性の欠片もナイやつなのだ)
 彼は、勇者の吐く言葉に失望する。

 まさか、この魔国の大魔王たちに見られているとは、知りもしない勇者は続けざまに……。

「ハルバル聖王国から俺サマがやって来たからにゃあ、悪しき魔物どもはことごとく討ち果たすぜぇっ?! いや~っ、俺さまってば! 超かっけ~ぇッ!!」と、悲しい独り言を述べていた。

 彼は、そんな勇者の姿をみて呆れ果てている4人の仲間たちに目を向けた。
 仲間たちは口々に、勇者への愚痴を言っていた。

「あーもう見てられないわ」
「全くですな、あれさえなければ」
「へ! 気にするこたぁーねえぜッ!!」
「そうですなあ、いつものでございますなあ」

「あぁ?! ウルっセエんだよ! テメエらはよぉおーっ! チんたラしやがってんなら、サっさと壁を壊しやがれぃ!?」

 彼は、呆れ果てていた。
 勇者らの余りにも滑稽な姿とやり取りに笑いが堪えきれなかった。

 (こやつラでハ、魔都カナベラの中枢……大魔王城どころカ、防壁門すらヲ突破は出来ナいでアろうナ)

 彼が、見つめる大画面の中で、魔都中央防壁門と勇者たちの凄惨な戦いが、……始まった。

 騎士ナイトの攻撃! ー ガィィィン! ー
「我が剣に一辺の曇りなし……!」 

 ……魔都中央防壁門はびくともしない。

 戦士ウォリアの一斧両断! ードグゥワッシャアァッ!ー
「へっ! 俺に任せろぉ!」

 ……魔都中央防壁門はびくともしない……。

 魔銃士マホの石銃弾! ーガガガガガッ!ー
「あんたたち! なにやってるのよ!」

 ……魔都中央防壁門はびくともしない……!
 
 僧侶ボウズの念仏! ーハンニャーハーラー!ー
「やややっ! 拙僧の出番のようですなぁ!」

 ……魔都中央防壁門はびくともしない……!!

 勇者ブレイブの咆哮! ーウガァアァアッツ!ー
「なんだこの壁はぁ!? 傷一つ、つかねぇじゃねぇかぁ!?」
 ……魔都中央防壁門はびくともしない……!!?

 魔都中央防壁門に1ダメージすら与えらない勇者ら5人は……そのうち、……息を切らしはじめ、それでも諦めずに……何度も……何度も……攻撃を繰り返していた。

「フっ、フハハハハ! 万事、魔術紋ハ動いテいるヨウだナっ!」

 勇者たちは、魔都中央防壁門の堅牢さに、現在の自分達のレベルではまったく歯が立たないことを察したのか……最後には……精も根も尽き果て、今まで壁に仕掛けていた攻撃の手を止めた。
 
 ただ茫然と、何もできずその場に立ち尽くす剣と銃。

「くっ、どうしてっ!」
「もぉう! やだぁああ…」

 身体中から湯気が立ち込め、気力が抜け落ち座り込む斧と禿はげ

「ハァハァハァ」
「エロイノイッサイ無ぅっ!」

 勇者ブレイブは、その光景におもわず言葉を亡くしてしまった。

「ッッッッッッッッツツツ!!」

 襲いかかる無力さと絶望に、勇者ら5人は、とうに疲れ果ててしまっていた。 
 
 ――時だけが過ぎて行く。

 無残にも……力なく戦意を喪失した勇者の仲間たち4人の姿に、魔都中央防壁門の影が差し込む。
 

 ――勇者ら5人の時だけが過ぎて行き……。

(無駄なことヲ繰り返しオッて……勇者ヨっ……!)

 彼は、苛立ちを隠せない勇者ブレイブと4人の仲間たちの、哀れな姿を振り返り、手元に隠し持っていた魔都中央防壁門操縦印コントローラー魔都中央防壁門操縦幹を操作して魔導システムを起動する魔導操作手順コマンドを使った。

「哀れヨ……ひと思いに死ナせてヤロう」

 ……ピー! ガ! ガ! ガ! ガ! ガ!

 ――ヒトゾク カラノ コウゲキ ヲ カクニン
 ――コレヨリ ハンゲキ カイシ シマス

 防壁門から聞こえてきた機械音が、勇者ら5人に襲いかかってきました! 待ってましたゾ!

 中央防壁門ウォールゲートの防衛攻撃!
 聖属性殲滅魔導撃システム作動! 

 魔導ミサイル乱射! シュバッ!
 魔光レーザー乱射! ビーィッ!
 魔弾バレット乱射! ガチャッ!

 ーヒューン……ドドドドドバババババーガガガガガガガゴゴゴゴゴ!!!!ー

「あぁ!」
「いぃ?」
「うぅ!?」
「えぇ?!」
「お!! 覚えてろよォォ!!!?」

 勇者たちに悲惨な攻撃が迫る。

 ……そして。


「「「「「ぐわぁあぁああっ」」」」」


 勇者たちは全滅した。

「たワイもない……」
 彼は、何だか切ない気持ちになった。

 デモンカント魔国の防壁門には、永らく争ってきた人族の侵攻に対抗するべく、人族が繰り出す「聖気」を纏った攻撃を無効にする魔術紋が刻まれていた。

 さらには、攻撃を仕掛けてきた人族に対して、速やかな反撃を可能とした「聖属性殲滅魔導撃」も完備されていた。

 だからこそ、人族である勇者とその仲間たちの攻撃は、物理的に、魔術防衛の観点からも、はなから無効であり、中央防壁門に傷をつけるなどは愚か、破壊をするなどは……夢のまた夢であった。

「皆ヨ! 勇者達ハ、退けた! ダが各地でも同じヨウなことガ起きてイるやもしれヌ!」

 彼は、用心深かった。

「皆ハ、これヨり自らの領地に戻リ、何か異変ガ起きていないカ確めルのダ!」

 この魔国の首都であるカナベラに人族がやって来た。
 各領地にも脅威が訪れているやもしれぬと、頭を巡らせたのだ。

「「「「「「承りまシたッ!!」」」」」」
 
 彼から、領地への帰還を命じられた六柱の領主魔王たちは、それぞれが治める所領へと一時、帰っていった。
 
 「これデ……ヨシっだナッ!」

 彼は肩の力を抜いて物思いに耽る。

 (しかし。一つだケ気がかりでアルるのは……勇者らが破り去った魔結界の存在でアル。魔都カナベラが誇る、魔都中央防壁門に全く歯が立たナカった勇者ら5人ガ、自らの力で魔結界ヲ破壊でキたトは考えにくいのでハナいカ?)

 彼が思案する通り、魔都カナベラの防衛力は、魔都中央防壁門が人族への抵抗力であれば、魔結界は敵意を持った魔族に対する対抗策であったのだが……。

 人族の勇者が一体……何の目的で……魔族に対する魔結界を破壊出来たのか、それが意味するのは何なのか、この話の冒頭を見たアナタなら……よく、理解してご存じなのかもしれない……。

 ということにして一度、筆を置くとしよう。
 かくして、勇者ら5人の目論見は水泡と帰したのであった。


 ガサッ。


「……ンんッ??」

 彼の目の前にある大画面に人影が映し出されていた。


「じー……」


(……おヤオや?)

 今まで何処に隠れていたのか、魔召喚画面ディスプレイモニターには平均的な人族よりも、どちらかといえば小鬼魔ゴブリンに近い背丈の小柄な兵士が一人、草葉の陰から現れる様が映っていた。

(こやつは、……小鬼魔ゴブリンでハないのカ……?)

「けへへ♪ 見ぃちゃったもんねぇ~っ!」 
 
 満面の笑みを浮かべた小柄な兵士は、上機嫌に口笛などを吹きながら、するりと、今まで何処に隠し持っていたのか分からない……大人用の棺を何処からか5人分取り出し、勇者とその仲間たちの亡骸を5つの棺に納めだした。

「けへ♪ おで、これで、王様からの褒美をた~んまりと、貰っちゃうもんねぇ!」

 そして小柄な兵士は、嬉しそうに懐から……何やら、鳥のようなアイテムらしき羽を取り出した。何かの魔法の道具マジックアイテムであろうか? 

「帰還! ハルバル聖王国だで!」

 兵士は……大きな声で行き先を叫ぶと、その羽を空に向かって放り投げ……勇者ら5人の棺と共に、光の速さで何処かへ飛び去って行った。

「聖王国の人族デあったカ」

  
 彼は、魔神殿で1人。
 豪奢な椅子に腰をかけている。
 魔獄界ヘルムに赴いた先代を迎え入れる為。
 中断されたままであった、自らの二つ名の拝命式を再開する為。
 
 先代の帰りと、各地に戻った領主魔王たちの連絡を待っていた。
 
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