13 / 13
高校3年3学期
しおりを挟む
キャップから指を離し、噴出していたメタリックグリーンを止めた。
カンっと軽い音を立ててスプレー缶を地面に置き、マスクを外しながら膝に手を当て立ち上がる。1歩、2歩と後ろに下がり角度や位置を変えながらボディの色を確かめる。光の輪がゆらゆらと揺らめいて少しだけ色の表情を変えて見せた。
案外遠くで見ると少し明るいかもな。もう少しだけ明度を落として、青みを足してみるか。
そう思案していると背中に少しの重みと温かさがのしかかってきた。
「いい色になった?」
「いや、明るいなって」
「へー。これもいい色だなって思ったんだけどな」
「まぁな。これもいい色はいい色」
「しっきーの気分ではないと」
「そういうこと」
ふーんと頭の上で頷いている旺史を背中で少し押せば、ふらふらと離れていき定位置の椅子に腰かけた。そんな様子を横目に棚のまえにしゃがみ、並べられている色の違うスプレー缶を数点取り出し吟味する。
いつだったか、俺がベースの塗装も趣味でやっていると知った旺史は見に行こ~と付いてきた。おやじが帰ってくるまでの数時間、空になったガレージで俺がただひたすらにベースのボディを染めるだけのなんでもない時間。旺史は俺を眺めたりスマホをいじったり、時折いい色と感想を言いにきたりと好きなように過ごしていた。
旺史が塗装を眺めにくるようになってから少しして、塗装中にいつものように近づいてきた旺史と軽いノリで小突き合いをした時に旺史のシャツを赤く染めてしまったことがあった。二人で慌てて洗ったはいいが、今でもそのシャツの肩口にうっすらと赤が残ってしまっている。その時から旺史には塗装中接近禁止命令を発令している。
しかし、前までは律儀に守っていた旺史はここ最近、こうして汚れていない背中ならいいでしょと背中にのしかかってくるようになった。
「おうくんさ」
「なに~」
「なんで最近のしかかってくんの」
「背中なら汚れないからいいでしょ?」
「そういうことじゃなくてさ」
「え、どういうこと?」
スプレー缶を選んでいた手を止め旺史の方を振り返れば、わかりませんと顔に書いてでもいそうなほどわかりやすいきょとん顔で俺を見ていた。
思わず笑いそうになりグッと喉を閉めた。
「前までは接近禁止命令守ってたじゃん。なんで旺史くんは守れなくなったんですかってこと」
「え、なんか。なんていうの?うわ、好きだなーって思う、から?」
「はい?」
急速に鼓動が高まっていくのがわかる。
こいつは本当に。どういう生態してんだと、殴り込みに行きたくなる。
「えぇ~伝わんない?なんかこうすごい真剣に色と向き合っててさ、好きな色ができた時に満足げに笑うところも好きだけど、まだ満足のいく色じゃなかった時にちょっと困った顔してうなってる時の詩樹も好きだな~って思うわけ。そしたらしっきーのこと抱きしめたいな~って思うんだけど、しっきーからの接近禁止命令が出てるからさ……」
「あーわかったわかったもういい。おうくん黙って」
直接口を覆って口止めしたかったがラッカーまみれのこの手袋では難しくて比較的でかい声を出して旺史の言葉を遮った。
「ほんと?わかった?」
「わかったって」
「あやしいな~」
えぇ~?と怪しげな声を出しながら見てくる旺史から逃れるように視線をスプレー缶に戻す。
出会ってからずっとありえないくらいにまっすぐで天然たらしな旺史だが、こうして。俺たちの関係が、明らかに変わってからは破壊力が増しに増した気がする。それはきっと旺史の語彙に『好き』という言葉が増えたからだと思う。旺史の感情に名前を付けてほしいと願ってから、旺史は好きを多用するようになった。それは決して悪いことじゃなくて良いことの方が多いが、俺の心臓に対しては負荷が高すぎて困る。
自分を落ち着かせるようにもう少し暗めのグリーンと、暗めのブルーのスプレー缶を手に取り立ち上がる。
置いてあるボディに戻ろうと体の向きを変えれば、旺史は背もたれに体を預け俺の方を見ていた。
「どうした」
「いや。しっきーにはわかんないよ」
「どういうことだよ」
少し不満げに口を尖らせながら旺史は呟いた。
「もっと色々言いたいことはあるんだよ?」
「なんだよ」
「でも、こう。なんて言えばいいかわかんないしさ。難しい」
旺史はよく、わからなくなったという。俺はそんなに難しく考えずに素直に言葉にすればいいっていうけど、素直に口にしたらわからないになるとまた旺史は一人でうなっていた。そんな旺史を俺はわからない。
「詩樹には俺の気持ちはわからないよ」
「だろうな」
旺史の言葉に頷きスプレー缶を持ったまま旺史の方へと近づいていく。
俺は、もともと出会った時から旺史のことはわからない、ということをわかっていた。
「旺史も俺の気持ちはわかんないよ」
「うん」
旺史の目の前で立ち止まれば、旺史はまっすぐ俺から視線をそらさない。それに対抗するように旺史を見つめてやれば、眉をたらしてくしゃりと笑った。
俺もそれにつられて笑う。
「ねぇ、しっきー。好きだよ」
「ん。」
「しっきーは?」
「俺も。」
「ん?」
「俺も、好き」
ありえないほど小さくなってしまった言葉も旺史は受け取ってにこりと微笑む。
「思いが伝わらないなら伝えないとね」
「そーだな」
カンっと軽い音を立ててスプレー缶を地面に置き、マスクを外しながら膝に手を当て立ち上がる。1歩、2歩と後ろに下がり角度や位置を変えながらボディの色を確かめる。光の輪がゆらゆらと揺らめいて少しだけ色の表情を変えて見せた。
案外遠くで見ると少し明るいかもな。もう少しだけ明度を落として、青みを足してみるか。
そう思案していると背中に少しの重みと温かさがのしかかってきた。
「いい色になった?」
「いや、明るいなって」
「へー。これもいい色だなって思ったんだけどな」
「まぁな。これもいい色はいい色」
「しっきーの気分ではないと」
「そういうこと」
ふーんと頭の上で頷いている旺史を背中で少し押せば、ふらふらと離れていき定位置の椅子に腰かけた。そんな様子を横目に棚のまえにしゃがみ、並べられている色の違うスプレー缶を数点取り出し吟味する。
いつだったか、俺がベースの塗装も趣味でやっていると知った旺史は見に行こ~と付いてきた。おやじが帰ってくるまでの数時間、空になったガレージで俺がただひたすらにベースのボディを染めるだけのなんでもない時間。旺史は俺を眺めたりスマホをいじったり、時折いい色と感想を言いにきたりと好きなように過ごしていた。
旺史が塗装を眺めにくるようになってから少しして、塗装中にいつものように近づいてきた旺史と軽いノリで小突き合いをした時に旺史のシャツを赤く染めてしまったことがあった。二人で慌てて洗ったはいいが、今でもそのシャツの肩口にうっすらと赤が残ってしまっている。その時から旺史には塗装中接近禁止命令を発令している。
しかし、前までは律儀に守っていた旺史はここ最近、こうして汚れていない背中ならいいでしょと背中にのしかかってくるようになった。
「おうくんさ」
「なに~」
「なんで最近のしかかってくんの」
「背中なら汚れないからいいでしょ?」
「そういうことじゃなくてさ」
「え、どういうこと?」
スプレー缶を選んでいた手を止め旺史の方を振り返れば、わかりませんと顔に書いてでもいそうなほどわかりやすいきょとん顔で俺を見ていた。
思わず笑いそうになりグッと喉を閉めた。
「前までは接近禁止命令守ってたじゃん。なんで旺史くんは守れなくなったんですかってこと」
「え、なんか。なんていうの?うわ、好きだなーって思う、から?」
「はい?」
急速に鼓動が高まっていくのがわかる。
こいつは本当に。どういう生態してんだと、殴り込みに行きたくなる。
「えぇ~伝わんない?なんかこうすごい真剣に色と向き合っててさ、好きな色ができた時に満足げに笑うところも好きだけど、まだ満足のいく色じゃなかった時にちょっと困った顔してうなってる時の詩樹も好きだな~って思うわけ。そしたらしっきーのこと抱きしめたいな~って思うんだけど、しっきーからの接近禁止命令が出てるからさ……」
「あーわかったわかったもういい。おうくん黙って」
直接口を覆って口止めしたかったがラッカーまみれのこの手袋では難しくて比較的でかい声を出して旺史の言葉を遮った。
「ほんと?わかった?」
「わかったって」
「あやしいな~」
えぇ~?と怪しげな声を出しながら見てくる旺史から逃れるように視線をスプレー缶に戻す。
出会ってからずっとありえないくらいにまっすぐで天然たらしな旺史だが、こうして。俺たちの関係が、明らかに変わってからは破壊力が増しに増した気がする。それはきっと旺史の語彙に『好き』という言葉が増えたからだと思う。旺史の感情に名前を付けてほしいと願ってから、旺史は好きを多用するようになった。それは決して悪いことじゃなくて良いことの方が多いが、俺の心臓に対しては負荷が高すぎて困る。
自分を落ち着かせるようにもう少し暗めのグリーンと、暗めのブルーのスプレー缶を手に取り立ち上がる。
置いてあるボディに戻ろうと体の向きを変えれば、旺史は背もたれに体を預け俺の方を見ていた。
「どうした」
「いや。しっきーにはわかんないよ」
「どういうことだよ」
少し不満げに口を尖らせながら旺史は呟いた。
「もっと色々言いたいことはあるんだよ?」
「なんだよ」
「でも、こう。なんて言えばいいかわかんないしさ。難しい」
旺史はよく、わからなくなったという。俺はそんなに難しく考えずに素直に言葉にすればいいっていうけど、素直に口にしたらわからないになるとまた旺史は一人でうなっていた。そんな旺史を俺はわからない。
「詩樹には俺の気持ちはわからないよ」
「だろうな」
旺史の言葉に頷きスプレー缶を持ったまま旺史の方へと近づいていく。
俺は、もともと出会った時から旺史のことはわからない、ということをわかっていた。
「旺史も俺の気持ちはわかんないよ」
「うん」
旺史の目の前で立ち止まれば、旺史はまっすぐ俺から視線をそらさない。それに対抗するように旺史を見つめてやれば、眉をたらしてくしゃりと笑った。
俺もそれにつられて笑う。
「ねぇ、しっきー。好きだよ」
「ん。」
「しっきーは?」
「俺も。」
「ん?」
「俺も、好き」
ありえないほど小さくなってしまった言葉も旺史は受け取ってにこりと微笑む。
「思いが伝わらないなら伝えないとね」
「そーだな」
13
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
幼馴染は吸血鬼
ユーリ
BL
「お前の血を飲ませてくれ。ずーっとな」
幼馴染は吸血鬼である。しかも食事用の血液パックがなくなると首元に噛みついてきてーー
「俺の保存食としての自覚を持て」吸血鬼な攻×ごはん扱いの受「僕だけ、だよね?」幼馴染のふたりは文化祭をきっかけに急接近するーー??
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
あなたに捧ぐ愛の花
とうこ
BL
余命宣告を受けた青年はある日、風変わりな花屋に迷い込む。
そこにあったのは「心残りの種」から芽吹き咲いたという見たこともない花々。店主は言う。
「心残りの種を育てて下さい」
遺していく恋人への、彼の最後の希いとは。
Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される
あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる