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第一章 託宣
第一章③
それこそがもうひとつの見えていた未来。ただそれはひどく不安定で先までを見通すことができなかったのだ。
だからこそ、伝えるべきか、伝えざるべきか、とても迷った。
「『獅子は鳳に守られている。凰を得られれば全ての国の頂点に立つことができる。凰は玉。宝だ』」
──なんだ!? 今のは!?
自分の口ではないようだった。意志とは違う言葉が何者かが慶蓉の口を借りて喋りだし、人形にでもなったかのような気がした。
それは伝えるつもりはなかったのに。
慶蓉の狼狽をよそに大司馬は顎に手を当てて唸っている。
「凰というのは鳳のつがいでしたか。うーん……」
蓮花は近寄ってはいけないと言われていた客間にそっと近寄っていた。
そして、障子の隙間から屈んでそっと卓子の下を覗き見る。
──あったわ。
蓮花は落とした書物がひっくり返っているのを発見した。その時、取り憑かれたような祖母の声が聞こえたのだ。
『獅子は鳳に守られている。凰を得られれば全ての国の頂点に立つことができる。凰は玉。宝だ』
そう言えば、あの高熱を出した時、よく覚えてはいないけど夢の中で鳳を見たことは覚えている。
「私、その鳳を夢で見ましたわ」
「蓮花っ!」
あわわっ! なぜ口からそんな言葉が出てしまったのか。
「慶蓉どの、こちらは……」
「蓮花! こちらはお前が軽々しく口をきいてもよい方ではない! 申し訳ございません! 大司馬様、本日のところはご容赦を」
「いや、構わぬ。媛、どうぞこちらへ」
大司馬自身が招いてしまったのであれば、慶蓉にそれを断ることはできない。
「媛はその鳳をどこでご覧になられたか聞いてもいいか?」
蓮花は慌てて叩頭した。
「あのっ、何分に夢の中でのことでございますので」
「顔を上げてください。慶蓉どの、こちらはどなたです?」
「私の孫娘です。礼儀を弁えないことで本当に申し訳なく……」
いつも不思議めいていて、現実感がないこの占術を行う老婆が、まるで普通の人のように狼狽するのを大司馬は不思議な気持ちで見ていた。
「慶蓉どのの孫娘か、なれば叩頭はいけません。どうかこちらのお席に」
慶蓉は国を超えてそれこそ宝のように扱われている人物である。その孫娘ならば媛で間違いはないし、ましてそのような人物に叩頭などされるわけにはいかなかった。
おずおず……っと顔をあげた蓮花を見て、大司馬は驚く。
天女もかくやというほどの美少女なのだ。
さらりとした黒髪が糸のように背中にまで絡んでいて、透き通るような肌と黒くて深い大きな瞳。柔らかげな頬は綺麗な緋色で、唇は小さく艶やかだ。
「美しい……」
「え?」
「まるで天女のような美しさです」
そんな風に言われて、蓮花は戸惑ってしまった。
生まれてからずっと村にいる蓮花は自分が美しいかどうかなど知らない。
村には鏡もない。
水にぼんやりと写る姿を見ながら毎日身支度をしている。それに美しくても美しくなくても関係はないのだ。
蓮花はこの村で一生を終える身なのだし、力のない蓮花はおそらく嫁に行くこともできない。
一生、一人でここで暮らしていくのだろうから。
「天女なんてことは……。あの、鳳のお話をしても?」
「はい。是非」
「数年前なのです。私、熱を出しました」
その時に鳥になって遠くまで行った夢を見て、鳳に導かれたのは覚えている。
「貴人がいらっしゃって……よくは覚えていないのですけれど、苦しそうでした。お手当てをして差し上げたいって思って。本当によく覚えてないのですが、その後は鳳に導かれてこの村に戻り目を覚ましたんです」
「数年前……」
蓮花の言葉を反芻するように大司馬は呟く。
「慶蓉どの、このお話は本当だろうか」
「はい。夢がどうかは分かりませぬが、この子はその高熱の前までは私よりも大きな力を持っていました。あのまま大きくなれば、私など遥かに凌ぐほどの大占術士になれたはずなのです。それを一夜にして失った……」
だからこそ、伝えるべきか、伝えざるべきか、とても迷った。
「『獅子は鳳に守られている。凰を得られれば全ての国の頂点に立つことができる。凰は玉。宝だ』」
──なんだ!? 今のは!?
自分の口ではないようだった。意志とは違う言葉が何者かが慶蓉の口を借りて喋りだし、人形にでもなったかのような気がした。
それは伝えるつもりはなかったのに。
慶蓉の狼狽をよそに大司馬は顎に手を当てて唸っている。
「凰というのは鳳のつがいでしたか。うーん……」
蓮花は近寄ってはいけないと言われていた客間にそっと近寄っていた。
そして、障子の隙間から屈んでそっと卓子の下を覗き見る。
──あったわ。
蓮花は落とした書物がひっくり返っているのを発見した。その時、取り憑かれたような祖母の声が聞こえたのだ。
『獅子は鳳に守られている。凰を得られれば全ての国の頂点に立つことができる。凰は玉。宝だ』
そう言えば、あの高熱を出した時、よく覚えてはいないけど夢の中で鳳を見たことは覚えている。
「私、その鳳を夢で見ましたわ」
「蓮花っ!」
あわわっ! なぜ口からそんな言葉が出てしまったのか。
「慶蓉どの、こちらは……」
「蓮花! こちらはお前が軽々しく口をきいてもよい方ではない! 申し訳ございません! 大司馬様、本日のところはご容赦を」
「いや、構わぬ。媛、どうぞこちらへ」
大司馬自身が招いてしまったのであれば、慶蓉にそれを断ることはできない。
「媛はその鳳をどこでご覧になられたか聞いてもいいか?」
蓮花は慌てて叩頭した。
「あのっ、何分に夢の中でのことでございますので」
「顔を上げてください。慶蓉どの、こちらはどなたです?」
「私の孫娘です。礼儀を弁えないことで本当に申し訳なく……」
いつも不思議めいていて、現実感がないこの占術を行う老婆が、まるで普通の人のように狼狽するのを大司馬は不思議な気持ちで見ていた。
「慶蓉どのの孫娘か、なれば叩頭はいけません。どうかこちらのお席に」
慶蓉は国を超えてそれこそ宝のように扱われている人物である。その孫娘ならば媛で間違いはないし、ましてそのような人物に叩頭などされるわけにはいかなかった。
おずおず……っと顔をあげた蓮花を見て、大司馬は驚く。
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さらりとした黒髪が糸のように背中にまで絡んでいて、透き通るような肌と黒くて深い大きな瞳。柔らかげな頬は綺麗な緋色で、唇は小さく艶やかだ。
「美しい……」
「え?」
「まるで天女のような美しさです」
そんな風に言われて、蓮花は戸惑ってしまった。
生まれてからずっと村にいる蓮花は自分が美しいかどうかなど知らない。
村には鏡もない。
水にぼんやりと写る姿を見ながら毎日身支度をしている。それに美しくても美しくなくても関係はないのだ。
蓮花はこの村で一生を終える身なのだし、力のない蓮花はおそらく嫁に行くこともできない。
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「天女なんてことは……。あの、鳳のお話をしても?」
「はい。是非」
「数年前なのです。私、熱を出しました」
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「貴人がいらっしゃって……よくは覚えていないのですけれど、苦しそうでした。お手当てをして差し上げたいって思って。本当によく覚えてないのですが、その後は鳳に導かれてこの村に戻り目を覚ましたんです」
「数年前……」
蓮花の言葉を反芻するように大司馬は呟く。
「慶蓉どの、このお話は本当だろうか」
「はい。夢がどうかは分かりませぬが、この子はその高熱の前までは私よりも大きな力を持っていました。あのまま大きくなれば、私など遥かに凌ぐほどの大占術士になれたはずなのです。それを一夜にして失った……」
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