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6.夢の途中
夢の途中③
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(あ、この時間が終わっちゃうのかな?)
莉緒も楽しい時間を過ごしたのだ。このまま別れてしまうにはなんだか惜しいような気持ちになる。
「ん? どうした?」
「いえ……。寂しいものなんですね。楽しかったから、なんかお別れするのが寂しくなったんです」
「参った。君は無意識なんだろうがその素直さや自然な甘えは俺にはたまらない。帰したくないよ」
(私も帰りたくないって言ったら、どうなるんだろう……)
そうは思ったものの口にする勇気はなかった。
五十里がさらりと莉緒の耳元の髪に触れる。フェイスラインがあらわになり、表情が見えていたかもしれなかった。
「同じ考え? もう少し一緒にいるか?」
低く甘い声で囁かれ繊細な指先が耳元に触れて、莉緒はどきんとする。
もう少し一緒にと言われて莉緒は頬が赤くなっているのを自覚しながら、こくりと頷いた。
五十里に包み込まれるようなこの優しい時間を、もう少し堪能したかった。
* * *
時間は少し戻る。
五十里は空港ゲートに向かう長い通路を歩いていた。
スラリとした長身、オーダーのスマートなスーツ姿と端正な顔立ち。空港内を慣れた様子でスーツケースを引く五十里はとても目立っていた。
女性のみならない視線を向けられていたが、五十里は他人からの視線に慣れている。それを知らぬこととするのにも慣れていた。
腕時計で時間を確認する。搭乗には充分な余裕があった。ビジネスシートを予約しているため、機内には優先的に入ることができる。
自分が搭乗する飛行機の到着を空港内の大きな窓から目視で確認し、ゲートへと向かった。
搭乗時間はちょうど夕刻で、空港内の窓からは沈みかけの夕陽が機体に当たって美しい。
「綺麗だな……」
つい零れてしまった感嘆だ。
惜しむらくはそんな感嘆にも答えを返してくれるパートナーなどがいないことだろう。
もちろん今回の渡米は仕事なのだから、パートナーと一緒に行くわけにはいかないが、それでも綺麗なものを見た時に共有できる人がいないというのも寂しいものだった。
理由なんて分かっている。恋人がいないからだ。
美しい光景を目にしながら、五十里は軽くため息をついた。
恋人がいないことにも理由があった。
五十里は重いのだ。もちろん体重の話ではない。
溺愛体質なのは自覚があった。
一旦、愛情を意識すると溺れるほどに愛さずにはいられない。
溺愛が良いかと言うと良いとばかりは言いきれないのも間違いはない。
溺愛を勘違いして意図せず変わっていってしまう女性もいた。
どんどんとわがままになり調子に乗っていくのを諌める頃には五十里はその関係性にうんざりしていた。
また「重いのよ」とキッパリ言われて、逃げられたこともある。そうなのか……と納得しただけだ。
言うなれば溺愛体質。
それを満足させてくれる女性に出会ったことはまだなかった。
そんなことをつらつらと考えていると搭乗案内が開始される。
──いつか、一緒に綺麗なものを見られる女性に出会いたいものだ。
五十里はスーツケースを引いて、プライオリティゲートに向かったのだった。
「わーいっ!飛行機だぁ」
タラップを歩く五十里の後ろから男の子が走ってきて追い越していった。
「こうちゃん、走らないで!」
こうちゃんと呼ばれた男の子の後ろを母親がついて行く。五十里を追い越して行くときに頭を下げていった。
微笑ましい気持ちで五十里はそのようすを見ていた。飛行機にはしゃぎたくなる気持ちは分かるし、それは見ていて航空関係者の端くれとしても嬉しいことだった。
莉緒も楽しい時間を過ごしたのだ。このまま別れてしまうにはなんだか惜しいような気持ちになる。
「ん? どうした?」
「いえ……。寂しいものなんですね。楽しかったから、なんかお別れするのが寂しくなったんです」
「参った。君は無意識なんだろうがその素直さや自然な甘えは俺にはたまらない。帰したくないよ」
(私も帰りたくないって言ったら、どうなるんだろう……)
そうは思ったものの口にする勇気はなかった。
五十里がさらりと莉緒の耳元の髪に触れる。フェイスラインがあらわになり、表情が見えていたかもしれなかった。
「同じ考え? もう少し一緒にいるか?」
低く甘い声で囁かれ繊細な指先が耳元に触れて、莉緒はどきんとする。
もう少し一緒にと言われて莉緒は頬が赤くなっているのを自覚しながら、こくりと頷いた。
五十里に包み込まれるようなこの優しい時間を、もう少し堪能したかった。
* * *
時間は少し戻る。
五十里は空港ゲートに向かう長い通路を歩いていた。
スラリとした長身、オーダーのスマートなスーツ姿と端正な顔立ち。空港内を慣れた様子でスーツケースを引く五十里はとても目立っていた。
女性のみならない視線を向けられていたが、五十里は他人からの視線に慣れている。それを知らぬこととするのにも慣れていた。
腕時計で時間を確認する。搭乗には充分な余裕があった。ビジネスシートを予約しているため、機内には優先的に入ることができる。
自分が搭乗する飛行機の到着を空港内の大きな窓から目視で確認し、ゲートへと向かった。
搭乗時間はちょうど夕刻で、空港内の窓からは沈みかけの夕陽が機体に当たって美しい。
「綺麗だな……」
つい零れてしまった感嘆だ。
惜しむらくはそんな感嘆にも答えを返してくれるパートナーなどがいないことだろう。
もちろん今回の渡米は仕事なのだから、パートナーと一緒に行くわけにはいかないが、それでも綺麗なものを見た時に共有できる人がいないというのも寂しいものだった。
理由なんて分かっている。恋人がいないからだ。
美しい光景を目にしながら、五十里は軽くため息をついた。
恋人がいないことにも理由があった。
五十里は重いのだ。もちろん体重の話ではない。
溺愛体質なのは自覚があった。
一旦、愛情を意識すると溺れるほどに愛さずにはいられない。
溺愛が良いかと言うと良いとばかりは言いきれないのも間違いはない。
溺愛を勘違いして意図せず変わっていってしまう女性もいた。
どんどんとわがままになり調子に乗っていくのを諌める頃には五十里はその関係性にうんざりしていた。
また「重いのよ」とキッパリ言われて、逃げられたこともある。そうなのか……と納得しただけだ。
言うなれば溺愛体質。
それを満足させてくれる女性に出会ったことはまだなかった。
そんなことをつらつらと考えていると搭乗案内が開始される。
──いつか、一緒に綺麗なものを見られる女性に出会いたいものだ。
五十里はスーツケースを引いて、プライオリティゲートに向かったのだった。
「わーいっ!飛行機だぁ」
タラップを歩く五十里の後ろから男の子が走ってきて追い越していった。
「こうちゃん、走らないで!」
こうちゃんと呼ばれた男の子の後ろを母親がついて行く。五十里を追い越して行くときに頭を下げていった。
微笑ましい気持ちで五十里はそのようすを見ていた。飛行機にはしゃぎたくなる気持ちは分かるし、それは見ていて航空関係者の端くれとしても嬉しいことだった。
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