奇跡を呼ぶ旋律

桜水城

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「君たちを助けるのはたいへんだったよ……。急に空から降って来るしさ」
 リューシンからもらった飲み物は、爽やかな香りに反して、甘く優しい味がした。それを私が味わっている間に、リューシンは説明を始めた。
「パサコーフが使う技にね、『空から墜ちて来たものをゆっくりと回収する』って技があるんだけど、僕は半分だから、それが上手く使えなくてね……。急いで着ていた布を広げて、『空から墜ちて来た』君たちをふんわりした布にくるんだんだ。でもそのとき、二人の頭がごっつんこしちゃってね……」
 言われてみればじんじんとおでこの辺りが痛む気がする。いや、気のせいだ。三日以上前にぶつけた頭が今も痛いわけがない。リューシンは自分のことを「半分」と呼ぶのか。「半パサコーフ」という言い方はしないのだろうか。
「だからオレの頭にちょっとコブができてんのか」
 カルが自分の頭を触りながら言う。私は気付かなかったが、コブができるほど強くぶつけたのか……。しかし、ちょっと頭をぶつけたくらいなんてことはない。あの高さから人間が墜ちたら、普通は生きてはいないだろう。助けてくれたリューシンには感謝しかない。
「あー。ごめんね。痛いよね?」
 苦笑しながらリューシンが訊く。それに対し、カルは真顔で答える。
「いや、痛くはない。そのときは痛かったかもしれないが、もう大丈夫だ」
 私も追うように付け加える。
「私も痛くはないですよ。リューシンさん、助けてくれてありがとうございました」
 私たちの反応に、リューシンさんの笑顔が、苦笑から屈託のない笑顔に変わる。
「良かった。でも、ごめんね……。僕が教えたのが憤怒の天馬、コレルの居場所だったから」
 「憤怒の天馬」なんて二つ名がつくとは、あの天馬は相当怒りっぽいのだろうか。リューシンは更に続ける。
「天馬は世の中に一体ではないんだよ。もっと穏やかな性格の天馬も他にいる。でなければ、天馬琴を作った時点で天馬は絶滅してしまう」
「そうなんですか……。もしかして、リューシンさんは天馬の居場所はわかっても、その天馬が誰かはわからないんでしょうか?」
 素直な質問として投げかけた言葉だったが、それを聞いてリューシンの表情が固まった。どうやら彼にとって痛いところをついてしまったらしい。
「いや……。そうなんだよ……ディンくん。僕もあの山にいるのがコレルだとわかっていたら君たちを行かせなかった」
「まあ、助かったんだしそれはもう良いよ。でも、もっと穏やかな性格の天馬に会うにはどうしたら良いんですか?」
 そう言って、カルが割って入った。そうだ。問題はそこなんだ。私たちの旅の目的は、弦に使える天馬の尻尾の毛を手に入れること。「憤怒の天馬」とやらにはとても頼める話ではない。穏やかな性格の天馬に会って、尻尾の毛を分けてもらわなければ。
「それがねえ……。僕の感知できる範囲には天馬はコレルしかいなかったんだ。僕は人の世界の国境の中くらいまでしかわからないんだ」
「それじゃ、天馬を探すすべはないんですか?」
 私の質問に、リューシンは「うーん」とうなって考え込んだ。
「僕が君たちの旅について行ければねえ……。でも、僕にもしたいことがあるし……」
 確か、運命の相手に会いたいんだと言っていた。旅についてきてほしいのはやまやまだが、無理を言うわけにもいかない。
「そうだ。カルは天馬に会ったことがあるって言ってたよな? その天馬に会いに行くのは?」
 それは我ながら名案だと思ったのだが……。
「二年以上も前のことだぞ、おっさん。今もそこにいるわけがない」
 カルの一言によって私は撃沈したのだった。

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