追放された異世界勇者 ―地球に転移しインチキ霊能者になる―

かーる

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第39話 幕間 勇者レイド

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Side ヴェノ・ルセイア

 レイドが消えて既に2年が経過した。
聖女は新たな勇者の誕生を宣言したため、既にレイドは死亡したとされている。
だが、それを信じることなど誰ができようか。
私はレイドが消えてから、その痕跡を探し続けた。
最後にレイドが目撃されたのはフルニクの酒場だった。
行き着けの店であり、よく飲んでいる姿が目撃されている。
最後に目撃された時も、荒れており随分飲んでいたようだ。まさか酔いつぶれた所を暗殺された?
ありえない。嘗て何度も暗殺者を向けられても、レイドはその全てを涼しい顔で迎え撃っていた。
酔いつぶれていようが、眠っていようが、レイドを暗殺できる人間なんていやしない。
できるなら、とうに殺されてはずだ。

 では、自ら失踪した?
それもありない。レイドは嫌々ながらも勇者という仕事を真っ当にこなしていた。
たとえ誰に褒められる仕事でなくても、依頼を受けた仕事はやり遂げる強さを持っている。
そこから目を逸らし逃げるなんて考えられない。


「ふぅ、だめだね。考えが煮詰まってきている。先ほどから堂々巡りだ」

 凝り固まった肩や背中を伸ばしながら、書斎を歩く。
そして懐かしいものを見つけた。
少し埃が積もった本の中から一冊の本を取り出す。

「懐かしいね」

 埃を払いながら表紙を見る。
レイドが初めて読んだ魔導書だ。
もっとも、光魔法のみに抜群に愛されていたためか、他の属性がまったくだめだった。
だが、直ぐに属性転化を覚え、私を抜いていったのは今も記憶に新しい。






 かつて彼がまだ私の義理の息子であった頃を思い出す。 
異様ともいえる光魔法に対する理解の速さ、そして人とは到底思えないほどの魔力量を備えた子供であった。
孤児であった彼を見つけ自分の息子として育てようと思ってからは、苦労の連続だったといえるだろう。
2歳だったレイドを拾い、育て3年経過し5歳になった頃にレイドは当時の聖女より勇者としてのお告げを貰った。
賢者と呼ばれていた私の力なぞ既に抜き去ったあの幼き頃のレイドは自分の力は人のためになると本気で信じていた時代だ。


 5歳で初めて魔王を討伐した。
能力でいえば十分だっただろう。事実私は魔王を倒したと聞いても大して驚かなかった。
そう、それよりもレイドが人間不信に成り掛けている方が驚きだった。
魔王を倒し、国に帰ってきたレイドを待っていたのは国の抱きこみだったのだ。
幼くも力あるレイドを国は意のままに操ろうとしていたのだ。
魔王討伐から8年後に久しくみたレイドは最早別人といえるほどに荒れていた。
国からは人間としてではなく、人型の兵器として運用されつづけたレイドは誰も信用しない少年になってしまっていた。
以前は城に住んでいたが周りの目が気になるようで、そこから飛び出し、近くの山に住むようになった。
勇者から野生児にクラスチェンジしたのは歴代の勇者の中でもレイドが初めてだっただろう。


「なぁヴェノ。勇者って何なんだ?」
「……人を守り、魔を滅ぼす存在。と言われているね」
「やっぱりただ殺すだけの存在ってわけかよ」
「なぁレイド。魔人と人間の戦いの歴史はずっと続いている。それこそもう数え切れないほどにだ。次に魔王が現れるまで後2年ある。少しはゆっくり生活してみてはどうだい。ずっと山の中にいては気も休まらないだろう?」

 オークの肉を頬張りながらレイドは私の話を聞いて何かを考える仕草をしている。
一見私の話など、聞く耳を持っていないように見えるが、これはレイドの幼い頃からの癖の一つだ。
何かを考える時、レイドは物を食べながらの方が頭の中が整理できるらしい。
そのため私は何か大切な話をする時は必ず食事中にするように意識していた。

「……だめだヴェノ。どうしても城にいると守るべきはずの人間がどんどん嫌いになっていくんだ。あいつらの俺を見る目は人間を見る目じゃねぇ。恐怖で強張る奴、俺の力を利用しようとしている奴、俺を人間じゃなくて何かの兵器だと勘違いしている奴。そんなのばっかりだ。魔物を滅ぼしても誰からも感謝なんかされない。それどころか引きつった顔をするやつばっかりだ。ドラゴンを殺そうが、オークを殺そうが、魔人を殺そうが、魔王を殺そうが、何も変わらない。俺はずっと――」
「……レイド」


 あの時、悩んでいるレイドに声を掛けて上げられなかったのは私の中でも最大の過ちだっただろう。
賢者などと言われ、いくら数多の魔法が使えようが、自分の息子を救う言葉が見付からない。
そこから歳月が過ぎた時、レイドが城に呼ばれ、新たな任務に就いたと知らされた時の顔を思い出すと今も胸が痛い。

「ヴェノ。また王命が出た。今から行ってくるよ」

 まるで死人のように曇った瞳をしているレイドを見て私は言葉を失いそうになった。

「――今度はどこにいくんだい?」
「ウサラガル大渓谷の近くにある都市だ」

 ウサラガル大渓谷。
大陸最大の渓谷であり、上位の魔物の住処になっている危険な場所だ。
そんな場所に都市があるとは聞いた事がない。

「はッ、ヴェノでも知らない事があるなんてさ。まぁ無理もねぇよ。俺もエマテスベルの王城で聞くまで知らなかったからな」
「ウサラガル大渓谷は別の大陸だろう? あそこは帝国の領土だ。そこに勇者であるレイドが行くなんて、――戦争になるぞ」

 勇者を戦争に用いてはならない。
それは各国共同で決められたルールであり、絶対に遵守しなければならない決まりなのだ。
魔王討伐以外の理由で他国へ行くなんて、侵略行為と思われても仕方ない行為に等しい。


「それがその帝国からの依頼なんだとよ。さっき言った渓谷の近くにある都市ってのは最近発見された魔人の都市みたいでよ。そこに帝国の人間が拉致され、連れ込まれているみてぇなんだ。討伐しようと軍を送ったらしいんだが、そこの領主が中々強い魔人らしくてな」

 なるほど、魔人が絡み帝国からの依頼という事であればレイドが動くのは何も問題はないだろう。
しかし、帝国軍を退けるほどの魔人の都市だと? どれ程の規模なら可能なんだ。
帝国の武力の強さは私も知っている。正直な話、ここエマテスベル王国では歯が立たない。
その軍を退けた? まさか幹部クラスの魔人なのか

「レイドその魔人とは……」
「――ケスカ・クラウゼ。その魔人の都市の領主の名前だ。どうも真祖の吸血種なんだとよ」
「……なんだって?」


 初めて聞く名前だ。恐らくここ数十年に誕生した吸血鬼の魔人なのだろう。
吸血種とはそれほど珍しい魔人ではない。だが、――真祖だと?
真祖とは、種の根源であり、世界から隔絶された存在。
世界より存在が証明されているために、決して殺す事ができない不死身の化け物。
それこそ、下手したら魔王よりもたちが悪い魔人。
しかし、絶対的に人間に敵意を見せる魔王とは違い、真祖はそれほど好戦的ではなかったと記憶している。


「……なぁヴェノ。不死身の化け物を殺す方法を知ってるか?」
「――通常では、真祖を殺す方法はないね」
「通常って事は何かあるのか?」
「真祖は不死身だが、完全なる不死ではないんだ。矛盾しているがね。真祖は普通は死なないが一定周期で必ず生と死を繰り返しているんだ。
世界から存在を確約された存在であるが故に死ぬことはない。完璧な存在といえるだろう。だが当然欠点もある。それは魔力が劣化する事だ」

 私の話を聞き、首を傾げるレイド

「劣化? あんだよそれ」
「なぜ人間は不死ではないか知っているかい? 昔そんな馬鹿げた研究をした人間がいるんだ。その人物曰く人類の魔力が劣化しないようにするために死という仕組みが必要という事だ。前に教えたね。魔力とは世界から生まれている恵みだ。その世界という枠に当然生き物も存在している。生命は誕生して死に、刻一刻のその世界に住む生き物たちは絶えずそれを繰り返し、常に世界は変化している。そんな中で何も変化しない生物がいたらどうだろうね。常に変化していく世界の魔力、そして時を重ねても変化しない魔力。当然摩擦が生まれ、世界に飲み込まれてしまうだろう。それが魔力の劣化と呼ばれる現象だ。そのため不死である真祖は一度魔力を世界と調律するために死ぬんだ。そして誕生する。その周期は魔王誕生よりも長いものだと聞いていたが――まさかこの時代に生まれるとはね」


「んで? どうすりゃ殺せるんだ?」
「……」

 私はレイドの父であり、師であり、友でもある。
止めねばなるまい、私の息子は引き返せない血の道を進もうとしている。


「――わからない。歴史上誰も真祖を殺したことがないんだ。正直災害と何も変わらないんだよ。過ぎ去るのを待つしかないだ、それほど真祖というのは強大な力を持っている。だからレイド」
「なんだ?」
「その依頼は断りなさい」
「……無理だ。王より命令されている」
「君には関係ないだろう。人類の守護者である君を罰するものなんていやしない」

 光が灯らない目をしているレイドにそう語りかける自分に嫌悪感が走る。
誰よりも人を信じていた幼いレイド。成長し、人を信じられなくなったレイド。
だが、それでも人を守る事をやめないレイドに対し、私は危険にさらされている帝国の人間を見捨てろと言っているのだ。


「どうしてもその真祖を倒さないとだめなのかい、レイド」
「何でも人間を攫っては自分で食うために育ててるそうだ。はッ、俺たちが食用に飼っている動物と一緒の事をしてるだけだ。
何も悪いことじゃねぇんだろうな。でも、俺は人間のための勇者だからな。そういう使命だ……しゃあねえさ。ま、とりあえず一回殺してみるよ。もしすぐ復活するようならまた相談するからさ。対策考えておいてくれ」



 そう空しそうに笑うレイドの顔を私は見る事ができなかった。


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