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059 変異体、魔炎へ

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 と、余裕のない様子を見せるが、実は演技。男は魔炎に耐える俺に驚きながらも、更に魔炎を放った。

「ぐ……ぅう……」

 勢いを増す魔炎。しかし練術によって強化された俺はまだまだ耐えられる。
 数秒の拮抗の後、俺がジリジリと押し返し始める。

「な、何者ですか貴方は! 魔炎に抵抗できる人間なんてッ!」
「う……ぐう……! な、なんとか押し返せそうだぜ……!」

 俺の様子に男が焦ったようにペンダントを握った、そこから放出される紫の光。飛び出てくる魔炎の量から推測するに、恐らく今彼が溜め込んでいる魔炎を全て放ったと思われる。

「この時を待っていたんだよなあ!」

 練術を更に強化。魔炎を受け止める両手が輝きだす。
 以前アスラの体から魔炎を追い出すときに、俺は確かに見ていた。練術による気は魔炎を弾き飛ばすことが出来る。そして、更にその気を圧縮して、密度を高めた高エネルギーのものにすれば、少しずつだが消滅させられることを。

「練術ッ!!」

 両手だけでなく俺の体も輝き始める。魔炎が更に勢いを増して俺を襲うが、手の中の光に触れた部分が、少しずつ消滅している。
 後はこれを全て消しきるまで練術を使って耐え抜くのみだ。

「よう、死霊術師。俺は、耐久戦には自信があるぞ! このままなら俺が勝ちそうだ!!」
「な、んだと……!」

 あえて挑発する。男が焦ったように辺りを見回す。
 そして見つける、瀕死の変異体マージベア。
 男がそれに駆け寄り手を触れる。声が聞こえないが、なにかを詠唱している。すると紫の光が再び満ち、マージベアの肉体が光の粒子へと変化していく。
 光の粒子はペンダントに集まると、禍々しい黒い炎へと変化していく。……そうか、あれが魔炎の作り方か。
 死霊術師が目を見開いて笑う。俺がギリギリで耐えているところへの、トドメの一手を手にしたのだ。
 そして数瞬の後、魔炎が俺へと放たれる。

「へ、変異体の全てを魔炎に変えてやった! これでもうここで魔炎を作ることが出来なくなりましたが、貴方だけでも焼き殺すことが出来るッ! へ、へへ……ざまあ見なさいぃ!!」
「うぐぅッ!」

 魔炎が俺の体を襲う。気で体を纏っている為体は焼かれていない。
 だがそれも時間の問題だ。少しずつ練術の力が食い破られているのが感じられる。このままでは死んでしまうかもしれない。

「へ、へへ……! へへへへへへははははははッ!」
「笑ってられるのも今の内だッ!!」
「!?」

 男が目を剥く。当然だ。
 魔炎を纏ったものは恐らく即死か、アスラやブリーのようにその身に魔炎を宿し、負の感情の暴走を招くのだろう。しかし俺はそれを体に纏ったまま死霊術師の方へ走り出す。
 男は腰を抜かして倒れると、俺は思いきり体当たりを繰り出し、その体にのしかかる。

「ぐあああああああああ!!」
「さあ、どうするよ! 自分も焼かれてしまうぞ!」
「ぐ、ううううううううううう!!」

 男の肌が見る見る内に、ドス黒く変色していく。魔炎で焼かれるというのも、かなりグロテスクで目を逸らしそうたくなる光景だ。
 奴は堪らずペンダントを握る。そして俺には理解できない言葉を叫んだ。
 ……ここまでが俺の計画だ。魔炎が無事、ペンダントの中へと収束していく。

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 男と俺が同じように呼吸を荒くする。次いで男が何かを言おうとする瞬間、俺の拳が奴の頬にめり込んだ。
 そしてネックレスを引きちぎって奪い取る。

「こ、これで俺の勝ちだ……!」

 俺は立ち上がり、男の様子を見守る。
 白目を剥き、ビクビクと痙攣しているが、なにかを言おうと口をパクパクと動かしている。

「ま、魔の導きは……! 貴方、を……必ず……!」
「……」
「許さ……な、い……」

 そして、男が完全に倒れた。
 魔の導き。死霊術師。人々に魔炎を広め、魔王復活を目論む集団。
 今ここでこの男たちの口を封じれば、当分俺の身は安全だと思った。
 だが……。

「魔石、パピリティス……今回はこれだけを回収しに来たから」

 俺に人は殺せない。
 戦っている時は、それこそ殺す気で戦うが、こちらが一方的に殺せる状況で俺はその選択肢を選べなかった。
 変異体マージベアの体は完全に消失していた。その代わり、大きな魔石がその場所に転がっていた。
 俺はそれだけを抱えて、洞窟を飛び出した。
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