泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子

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泣き虫な俺と泣かせたいお前【1】

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 俺には秘密がある。
 それもかなり恥ずかしい秘密だ。
 この秘密を隠し通すために、俺は物心ついた頃から常に気を張って生きてきた。誰にもバレるわけにはいかないし、誰ともこの秘密を共有するつもりはない。

 不本意だが、あいつを除いて。




 完全に油断していた。前にネットで確かめた時には確かにこう書いてあった。
『この映画で犬は死にません』
 だけど、目の前のテレビには飼い主を守って生き絶えた犬の姿が映っている。

「ふっざけんな! あのサイトデマ載っけてんじゃねーか!」

 デマを載せていたサイトに対する怒りよりも、画面の中で泣き叫ぶ飼い主に意識を持っていかれる。

 あ、ヤバい。

 そう思った瞬間には、俺の瞳に涙が溢れ出し始めた。嫌でも聴こえてくる悲しい音楽と飼い主の泣き声に俺の涙も勢いを増して、着ていたスウェットに染みを作る。

「あー! もう!」

 こうなったら止められないのは自分がよく分かっている。
 感情に逆らって涙を止めることができないという意味ではない。俺の場合は言葉通りの意味で自分の意思では涙が止められないのだ。

「今月ジリ貧なのに!」

 奥歯をグッと噛み締め、出来るだけ涙が溢れてこないように顔を引き攣らせると、テーブルの上に置いてあった財布を手に取る。
 慌てて自分の家から飛び出ると、俺が住んでいる安いアパートの右隣の部屋のドアを乱暴に叩いた。いつもの事だからと、無遠慮に手を打ち付けるが反応がない。
 いつもなら直ぐに開かれるはずのドアがいつまで経っても開かれずに焦れる。

「おい! いないのかよ!」

 勢い余ってドアノブに手を掛けると、ドアが小さく開いた。

「え、開いてる……?」

 不用心だとは思ったが、他人の家のドアの前で騒いでいる姿を他の住人に見られるわけにもいかず、俺はゆっくりと家の中に足を踏み入れた。
 あいつの部屋の中に入るのは初めてじゃない。一応、幼馴染という関係なのだから、在宅中なら勝手に入っても怒られないだろうと思っていた。
 意志に反して流れ出てこようとする鼻を啜りながら、スウェットの袖ぐりで乱暴に目を擦る。
 一瞬涙は止まるが、また直ぐに瞳に溜まり始める。

 あー、もう、嫌だ。

 俺はため息を吐きながら、短い廊下の突き当たりのドアに手を掛けた。俺と同じ1Kの間取りのこの部屋は、このドアをあければリビング兼ベットルームの部屋がある。少し手狭な一般的な大学生の一人暮らしの家だ。

「凛乃介ー? 居るんならすぐ出てこいよ」

 不法侵入の身でありながら、俺は上から目線で名前を呼んだ。そうしないと、羞恥心から自我が保てないような気がして、いつも偉そうな態度になってしまう。

「返事くらいしろよなー」

 ドアの向こうに人の気配はある。聞こえているはずなのに、返事すら返さない態度に少し苛立ちを覚える。いきなりドアを開けたらマズイかもと、少し配慮していた自分が馬鹿馬鹿しくなる。
 凛乃介とは幼馴染でお互い知らない事はない程の腐れ縁だ。今更、急にドアを開けたところで、恥ずかしい場面に遭遇するわけもないし、特に問題は無いだろう。
 俺はドアノブを捻って足を踏み入れた。溢れ続ける涙に視界が曇るが、直ぐに凛乃介の姿を見つけた。

「りん──」

 凛乃介は確かに居た。
 ベッドの上で、半裸になって。
 男にしては長めの派手な金髪は乱れていて、汗をかいているのであろう首筋に細く纏わりついていた。
 一緒にお風呂に入っていた頃は俺の方が背も体格も良かったのに、中学に入った辺りから全て抜かされてしまったとひっそりと落胆していた。それを裏付けるような逞しい身体を見せつけられ、言葉を失う。
 ジリジリとした部屋の中の空気に固まる。

俺は嫌な予感を覚えながら、恐る恐る視線を凛乃介の横にずらした。

「何、この子?」

 初めて見る女の人が下着姿で凛乃介のベッドに潜り込んでいた。いつも、凛乃介が抱きながら寝ている犬の形のクッションを抱え込み、不思議そうな顔で俺を見ている。
 俺はすぐさま視線を下げ、女の人を視界に入れないようにした。

 この状況って……

 もしかして、もしかしなくても、俺はとんでもない現場に突撃してしまった気がする。

「こいつ、八次直生(やつぎすなお)。俺の幼馴染」
「あー、噂の~。 てかなんで泣いてるの?」

 噂の……?

 女の人の物言いに若干引っ掛かるが、それよりも泣き顔を指摘され、俺は慌てて顔を両腕で覆って隠した。

「………………刺激が強い現場見ちゃって、気が動転したんじゃね?」
「あはは、何それ可愛いー」

 凛乃介が茶化す。それに便乗して女の人が甲高い声で笑う。
 とんでもない屈辱感と羞恥心に更に涙が溢れ出す。

「でも本当に凛乃介と同い年に見えないよねー、中学生かと思った」
「あんまり見た目のことは言ってやんなって。本人気にしてんだから」
「えっ、そうなの? ごめんごめん」

 更に屈辱感を上塗りされて怒りで身体が震えてくる。
 俺が黙って俯いてると、凛乃介が床に散らばっていた服をかき集め、ベッドの上に放り投げた。

「あー、幼馴染にこんなとこ見られて萎えたわ。今日はもう帰って」
「はぁ!?」
「また後日お詫びすっから」

 凛乃介は慣れた手付きで女の人の頭を引き寄せ、額にキスをした。洋画でしか見ないような行動に心底吐き気がする。

「もぉーしょうがないなぁ~絶対だよ~?」

 先程のドスの効いた声とは一変、どこから出ているのかと言いたくなるほどの猫撫で声で女の人が凛乃介に擦り寄った。凛乃介も腰に指を這わせ、応えるように身体を寄せた。
 ここで、俺は我慢の限界を迎えた。
 2人を視界に入れないように俯きながら踵を返す。

「あ、直生!」

 背後から凛乃介の焦った様な声が聞こえたが止まらなかった。
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