1 / 19
泣き虫な俺と泣かせたいお前【1】
しおりを挟む
俺には秘密がある。
それもかなり恥ずかしい秘密だ。
この秘密を隠し通すために、俺は物心ついた頃から常に気を張って生きてきた。誰にもバレるわけにはいかないし、誰ともこの秘密を共有するつもりはない。
不本意だが、あいつを除いて。
完全に油断していた。前にネットで確かめた時には確かにこう書いてあった。
『この映画で犬は死にません』
だけど、目の前のテレビには飼い主を守って生き絶えた犬の姿が映っている。
「ふっざけんな! あのサイトデマ載っけてんじゃねーか!」
デマを載せていたサイトに対する怒りよりも、画面の中で泣き叫ぶ飼い主に意識を持っていかれる。
あ、ヤバい。
そう思った瞬間には、俺の瞳に涙が溢れ出し始めた。嫌でも聴こえてくる悲しい音楽と飼い主の泣き声に俺の涙も勢いを増して、着ていたスウェットに染みを作る。
「あー! もう!」
こうなったら止められないのは自分がよく分かっている。
感情に逆らって涙を止めることができないという意味ではない。俺の場合は言葉通りの意味で自分の意思では涙が止められないのだ。
「今月ジリ貧なのに!」
奥歯をグッと噛み締め、出来るだけ涙が溢れてこないように顔を引き攣らせると、テーブルの上に置いてあった財布を手に取る。
慌てて自分の家から飛び出ると、俺が住んでいる安いアパートの右隣の部屋のドアを乱暴に叩いた。いつもの事だからと、無遠慮に手を打ち付けるが反応がない。
いつもなら直ぐに開かれるはずのドアがいつまで経っても開かれずに焦れる。
「おい! いないのかよ!」
勢い余ってドアノブに手を掛けると、ドアが小さく開いた。
「え、開いてる……?」
不用心だとは思ったが、他人の家のドアの前で騒いでいる姿を他の住人に見られるわけにもいかず、俺はゆっくりと家の中に足を踏み入れた。
あいつの部屋の中に入るのは初めてじゃない。一応、幼馴染という関係なのだから、在宅中なら勝手に入っても怒られないだろうと思っていた。
意志に反して流れ出てこようとする鼻を啜りながら、スウェットの袖ぐりで乱暴に目を擦る。
一瞬涙は止まるが、また直ぐに瞳に溜まり始める。
あー、もう、嫌だ。
俺はため息を吐きながら、短い廊下の突き当たりのドアに手を掛けた。俺と同じ1Kの間取りのこの部屋は、このドアをあければリビング兼ベットルームの部屋がある。少し手狭な一般的な大学生の一人暮らしの家だ。
「凛乃介ー? 居るんならすぐ出てこいよ」
不法侵入の身でありながら、俺は上から目線で名前を呼んだ。そうしないと、羞恥心から自我が保てないような気がして、いつも偉そうな態度になってしまう。
「返事くらいしろよなー」
ドアの向こうに人の気配はある。聞こえているはずなのに、返事すら返さない態度に少し苛立ちを覚える。いきなりドアを開けたらマズイかもと、少し配慮していた自分が馬鹿馬鹿しくなる。
凛乃介とは幼馴染でお互い知らない事はない程の腐れ縁だ。今更、急にドアを開けたところで、恥ずかしい場面に遭遇するわけもないし、特に問題は無いだろう。
俺はドアノブを捻って足を踏み入れた。溢れ続ける涙に視界が曇るが、直ぐに凛乃介の姿を見つけた。
「りん──」
凛乃介は確かに居た。
ベッドの上で、半裸になって。
男にしては長めの派手な金髪は乱れていて、汗をかいているのであろう首筋に細く纏わりついていた。
一緒にお風呂に入っていた頃は俺の方が背も体格も良かったのに、中学に入った辺りから全て抜かされてしまったとひっそりと落胆していた。それを裏付けるような逞しい身体を見せつけられ、言葉を失う。
ジリジリとした部屋の中の空気に固まる。
俺は嫌な予感を覚えながら、恐る恐る視線を凛乃介の横にずらした。
「何、この子?」
初めて見る女の人が下着姿で凛乃介のベッドに潜り込んでいた。いつも、凛乃介が抱きながら寝ている犬の形のクッションを抱え込み、不思議そうな顔で俺を見ている。
俺はすぐさま視線を下げ、女の人を視界に入れないようにした。
この状況って……
もしかして、もしかしなくても、俺はとんでもない現場に突撃してしまった気がする。
「こいつ、八次直生(やつぎすなお)。俺の幼馴染」
「あー、噂の~。 てかなんで泣いてるの?」
噂の……?
女の人の物言いに若干引っ掛かるが、それよりも泣き顔を指摘され、俺は慌てて顔を両腕で覆って隠した。
「………………刺激が強い現場見ちゃって、気が動転したんじゃね?」
「あはは、何それ可愛いー」
凛乃介が茶化す。それに便乗して女の人が甲高い声で笑う。
とんでもない屈辱感と羞恥心に更に涙が溢れ出す。
「でも本当に凛乃介と同い年に見えないよねー、中学生かと思った」
「あんまり見た目のことは言ってやんなって。本人気にしてんだから」
「えっ、そうなの? ごめんごめん」
更に屈辱感を上塗りされて怒りで身体が震えてくる。
俺が黙って俯いてると、凛乃介が床に散らばっていた服をかき集め、ベッドの上に放り投げた。
「あー、幼馴染にこんなとこ見られて萎えたわ。今日はもう帰って」
「はぁ!?」
「また後日お詫びすっから」
凛乃介は慣れた手付きで女の人の頭を引き寄せ、額にキスをした。洋画でしか見ないような行動に心底吐き気がする。
「もぉーしょうがないなぁ~絶対だよ~?」
先程のドスの効いた声とは一変、どこから出ているのかと言いたくなるほどの猫撫で声で女の人が凛乃介に擦り寄った。凛乃介も腰に指を這わせ、応えるように身体を寄せた。
ここで、俺は我慢の限界を迎えた。
2人を視界に入れないように俯きながら踵を返す。
「あ、直生!」
背後から凛乃介の焦った様な声が聞こえたが止まらなかった。
それもかなり恥ずかしい秘密だ。
この秘密を隠し通すために、俺は物心ついた頃から常に気を張って生きてきた。誰にもバレるわけにはいかないし、誰ともこの秘密を共有するつもりはない。
不本意だが、あいつを除いて。
完全に油断していた。前にネットで確かめた時には確かにこう書いてあった。
『この映画で犬は死にません』
だけど、目の前のテレビには飼い主を守って生き絶えた犬の姿が映っている。
「ふっざけんな! あのサイトデマ載っけてんじゃねーか!」
デマを載せていたサイトに対する怒りよりも、画面の中で泣き叫ぶ飼い主に意識を持っていかれる。
あ、ヤバい。
そう思った瞬間には、俺の瞳に涙が溢れ出し始めた。嫌でも聴こえてくる悲しい音楽と飼い主の泣き声に俺の涙も勢いを増して、着ていたスウェットに染みを作る。
「あー! もう!」
こうなったら止められないのは自分がよく分かっている。
感情に逆らって涙を止めることができないという意味ではない。俺の場合は言葉通りの意味で自分の意思では涙が止められないのだ。
「今月ジリ貧なのに!」
奥歯をグッと噛み締め、出来るだけ涙が溢れてこないように顔を引き攣らせると、テーブルの上に置いてあった財布を手に取る。
慌てて自分の家から飛び出ると、俺が住んでいる安いアパートの右隣の部屋のドアを乱暴に叩いた。いつもの事だからと、無遠慮に手を打ち付けるが反応がない。
いつもなら直ぐに開かれるはずのドアがいつまで経っても開かれずに焦れる。
「おい! いないのかよ!」
勢い余ってドアノブに手を掛けると、ドアが小さく開いた。
「え、開いてる……?」
不用心だとは思ったが、他人の家のドアの前で騒いでいる姿を他の住人に見られるわけにもいかず、俺はゆっくりと家の中に足を踏み入れた。
あいつの部屋の中に入るのは初めてじゃない。一応、幼馴染という関係なのだから、在宅中なら勝手に入っても怒られないだろうと思っていた。
意志に反して流れ出てこようとする鼻を啜りながら、スウェットの袖ぐりで乱暴に目を擦る。
一瞬涙は止まるが、また直ぐに瞳に溜まり始める。
あー、もう、嫌だ。
俺はため息を吐きながら、短い廊下の突き当たりのドアに手を掛けた。俺と同じ1Kの間取りのこの部屋は、このドアをあければリビング兼ベットルームの部屋がある。少し手狭な一般的な大学生の一人暮らしの家だ。
「凛乃介ー? 居るんならすぐ出てこいよ」
不法侵入の身でありながら、俺は上から目線で名前を呼んだ。そうしないと、羞恥心から自我が保てないような気がして、いつも偉そうな態度になってしまう。
「返事くらいしろよなー」
ドアの向こうに人の気配はある。聞こえているはずなのに、返事すら返さない態度に少し苛立ちを覚える。いきなりドアを開けたらマズイかもと、少し配慮していた自分が馬鹿馬鹿しくなる。
凛乃介とは幼馴染でお互い知らない事はない程の腐れ縁だ。今更、急にドアを開けたところで、恥ずかしい場面に遭遇するわけもないし、特に問題は無いだろう。
俺はドアノブを捻って足を踏み入れた。溢れ続ける涙に視界が曇るが、直ぐに凛乃介の姿を見つけた。
「りん──」
凛乃介は確かに居た。
ベッドの上で、半裸になって。
男にしては長めの派手な金髪は乱れていて、汗をかいているのであろう首筋に細く纏わりついていた。
一緒にお風呂に入っていた頃は俺の方が背も体格も良かったのに、中学に入った辺りから全て抜かされてしまったとひっそりと落胆していた。それを裏付けるような逞しい身体を見せつけられ、言葉を失う。
ジリジリとした部屋の中の空気に固まる。
俺は嫌な予感を覚えながら、恐る恐る視線を凛乃介の横にずらした。
「何、この子?」
初めて見る女の人が下着姿で凛乃介のベッドに潜り込んでいた。いつも、凛乃介が抱きながら寝ている犬の形のクッションを抱え込み、不思議そうな顔で俺を見ている。
俺はすぐさま視線を下げ、女の人を視界に入れないようにした。
この状況って……
もしかして、もしかしなくても、俺はとんでもない現場に突撃してしまった気がする。
「こいつ、八次直生(やつぎすなお)。俺の幼馴染」
「あー、噂の~。 てかなんで泣いてるの?」
噂の……?
女の人の物言いに若干引っ掛かるが、それよりも泣き顔を指摘され、俺は慌てて顔を両腕で覆って隠した。
「………………刺激が強い現場見ちゃって、気が動転したんじゃね?」
「あはは、何それ可愛いー」
凛乃介が茶化す。それに便乗して女の人が甲高い声で笑う。
とんでもない屈辱感と羞恥心に更に涙が溢れ出す。
「でも本当に凛乃介と同い年に見えないよねー、中学生かと思った」
「あんまり見た目のことは言ってやんなって。本人気にしてんだから」
「えっ、そうなの? ごめんごめん」
更に屈辱感を上塗りされて怒りで身体が震えてくる。
俺が黙って俯いてると、凛乃介が床に散らばっていた服をかき集め、ベッドの上に放り投げた。
「あー、幼馴染にこんなとこ見られて萎えたわ。今日はもう帰って」
「はぁ!?」
「また後日お詫びすっから」
凛乃介は慣れた手付きで女の人の頭を引き寄せ、額にキスをした。洋画でしか見ないような行動に心底吐き気がする。
「もぉーしょうがないなぁ~絶対だよ~?」
先程のドスの効いた声とは一変、どこから出ているのかと言いたくなるほどの猫撫で声で女の人が凛乃介に擦り寄った。凛乃介も腰に指を這わせ、応えるように身体を寄せた。
ここで、俺は我慢の限界を迎えた。
2人を視界に入れないように俯きながら踵を返す。
「あ、直生!」
背後から凛乃介の焦った様な声が聞こえたが止まらなかった。
27
あなたにおすすめの小説
【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
諦めた初恋と新しい恋の辿り着く先~両片思いは交差する~【全年齢版】
カヅキハルカ
BL
片岡智明は高校生の頃、幼馴染みであり同性の町田和志を、好きになってしまった。
逃げるように地元を離れ、大学に進学して二年。
幼馴染みを忘れようと様々な出会いを求めた結果、ここ最近は女性からのストーカー行為に悩まされていた。
友人の話をきっかけに、智明はストーカー対策として「レンタル彼氏」に恋人役を依頼することにする。
まだ幼馴染みへの恋心を忘れられずにいる智明の前に、和志にそっくりな顔をしたシマと名乗る「レンタル彼氏」が現れた。
恋人役を依頼した智明にシマは快諾し、プロの彼氏として完璧に甘やかしてくれる。
ストーカーに見せつけるという名目の元で親密度が増し、戸惑いながらも次第にシマに惹かれていく智明。
だがシマとは契約で繋がっているだけであり、新たな恋に踏み出すことは出来ないと自身を律していた、ある日のこと。
煽られたストーカーが、とうとう動き出して――――。
レンタル彼氏×幼馴染を忘れられない大学生
両片思いBL
《pixiv開催》KADOKAWA×pixivノベル大賞2024【タテスクコミック賞】受賞作
※商業化予定なし(出版権は作者に帰属)
この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。
https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24
笑って下さい、シンデレラ
椿
BL
付き合った人と決まって12日で別れるという噂がある高嶺の花系ツンデレ攻め×昔から攻めの事が大好きでやっと付き合えたものの、それ故に空回って攻めの地雷を踏みぬきまくり結果的にクズな行動をする受け。
面倒くさい攻めと面倒くさい受けが噛み合わずに面倒くさいことになってる話。
ツンデレは振り回されるべき。
自分勝手な恋
すずかけあおい
BL
高校の卒業式後に幼馴染の拓斗から告白された。
拓斗への感情が恋愛感情かどうか迷った俺は拓斗を振った。
時が過ぎ、気まぐれで会いに行くと、拓斗には恋人ができていた。
馬鹿な俺は今更自覚する。
拓斗が好きだ、と――。
負け犬の俺と、アンドロイドの紫ノくん【改稿】
鷹の森
BL
※こちらの作品は改稿したものです、以前掲載した作品があまりに齟齬だらけだったので再投稿します。完結しています※
「日生くんでしょ、僕、染崎紫ノ」
「……えっ!? 紫ノくん!?」
幼い頃アンドロイドと揶揄われいじめられていた親友と再会した俺は、紫ノくんのあまりの容姿の変わりように、呆然とした。美青年、その言葉はまるで、紫ノくんのために作られたみたいだった。
恋に敗れ続ける俺と、小学生の頃から一途に俺を好きでいてくれた紫ノくん。
本当は同じ中学、同じ高校と一緒に通いたかったけど、俺の引っ越しをきっかけに、紫ノくんとは会えずじまいでいた。
電車を降りて、目の前の男がICカードを落とした人が居たから拾ったら、手首を掴まれて、強制連行……!?
「俺はずっと、日生くんが好きだよ。終わりまで、日生くんが好きだ」
紫ノくんの重い愛。でもそれは、俺にとっては居心地が良くて——?
美形攻め……染崎紫ノ(そめざきしの)
平凡受け……田手日生(たでひなせ)
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】
彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。
高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。
(これが最後のチャンスかもしれない)
流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。
(できれば、春樹に彼女が出来ませんように)
そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。
*********
久しぶりに始めてみました
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる