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写真とお土産

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「え?」
「何? 撮るの? 撮らないの?」
「撮ります!」

 顔を背けたまま、ニコラまた大きな声で返事をした。
 お店の人に促されるままカメラの前に二人立たされる。訳もわからず、そっぽを向いたままのニコラの方を向いていると、カメラを動かしているお店の人に、こっちを見て、と注意されてしまった。渋々前を向くが、それと同時にニコラが俺を盗み見たのが分かった。
 ニコラの真意がわからず、言われるがままカメラのレンズを眺めていると、あっという間に写真が出来上がった。何故かお互いに一枚ずつ渡され困惑したが、ニコラは当たり前のようにそれを受け取っていた。
 現代の写真の標準の規格よりも更に小さい、手のひらに収まるくらいのサイズの紙に俺とニコラが写っている。俺の方は真顔と分かるが、ニコラは心なしか笑っているような気がした。
 と、いうのも、現代の写真に比べて写りが悪く、かろうじて人物が分かる程度のものだったからだ。表情の細かいところまでは分かりづらい。

「…………」

 出来上がった写真をニコラは無言で眺めている。

「写真撮りたいなら撮りたいって言ってくれれば良かったのに」

 別に、写真に写るくらい拒否しない。進んで自分から写りに行ったりはしないが、写真に写ること自体は嫌いじゃない。

「だって……断られたら立ち直れねぇだろ」
「断る? なんで?」
「女々しいって思われそうで……」

 何でも、町の若い女の子や遊女の間で友達同士で写真を撮ることが流行っているらしい。そういえば、現代でも同じように自撮りやプリクラを撮る文化があったことを考えると、どこの世界も考えることは同じなのかもしれないと思った。
 ニコラはその噂を聞きつけ、俺と撮りたいと思ったようだった。
 
(ニコラって友達……)

 途中まで考えてやめる。
 沢山いる友達の中で俺と撮ることを選んでくれたと思い込むことにして、今考えたことを飲み込む。
 満足気なニコラの表情を見ていると、一瞬でも失礼なことを考えてしまった罪悪感を覚える。

「じゃあ、もうそろそろ団子屋に行くか!」

 ニコラは大事そうに懐に写真を仕舞い込み、くるっと踵を返した。俺も慌てて一応写真を仕舞い、足早に店を出ようとするニコラに着いていく。
 見ると少し耳が赤い。今更少し恥ずかしくなってきたのだろうか。ようやく追い付き隣に並んで見たニコラの顔は、力が入り過ぎていて逆に不自然で、俺は思わず笑ってしまった。

 ***

 本日休業。
 その張り紙を見たニコラは地の底に沈んでしまうかというほど落ち込んでいた。

「そんなに落ち込まなくても……」
「アリスに美味い団子食わせてやる計画が……っ」

 俺のために落ち込んでいるのだと分かると少し他人事ではいられなくなる。どうにか元気づけようと周囲を見回してると二件隣りが和菓子屋だということに気が付いた。

「お菓子買って、戻ってみんなで食べない?」
「え?」
「千宇音と虎弥太も呼んでさ。シャロニカさんは……今日は無理かもしれないけど」
「まぁ……それでもいいか。たまにはチビどものご機嫌とっとかないといつまでも目の敵にされるしな」

 千宇音と虎弥太がニコラのことを嫌っているのには気がついていた。初日にあれだけ警戒しているところを見せられ、その後もニコラが現れると二人がものすごい勢いで逃げていくのを何度も目撃したら誰だって気がつくだろう。
 喋ってみると気の良いニコラがあの懐っこい二人にあれほど嫌われるなんて、一体何をしたんだろうとずっと疑問に思っていた。

「ニコラってさ……あの二人に何かしたの?」
「………………してない」
「嘘だな」

 すぐに言葉を返すと、ニコラの喉が小さく鳴っ
 た。そして観念したように口を開いた。
 
 「あいつら……俺のことずっと女だと思ってて……訂正しても信じないから見せたら嫌われた」
「見せたらって……あ、」

 頭の中に浮かんだ最悪な光景を掻き消そうとするが、すぐにニコラに肯定されてしまった。
 さすがにそれは二人が可哀想だと思った。特に千宇音にとっては一生のトラウマになるかもしれない。

「謝ったりとかは……」
「何で俺が謝んなきゃいけねぇんだよ? 勝手に勘違いして懐いてきてたのはあいつらなのに!」

(懐いてたのか……)

 そう思うとニコラも不憫に思えてくる。
 やっぱりここはお菓子で釣る作戦が最善で平和な気がする。何かきっかけでもなければ二人はニコラを嫌ったままだし、ニコラも謝る機会がないだろう。

「じゃあ決まり。お土産買って帰ってニコラは二人に謝る!」
「ハァ? なんで?」
「ニコラがしたことは立派な犯罪だからだよ。特に千宇音はショックだっただろうなぁ~」
「う」

 ニコラは話せば分かるやつなのだ。
 渋々といった様子で頷くと、二人の分のお菓子を選び始めた。
 俺も並んでシャロニカさんへのお土産を見繕う。好みは分からないが、ピンク色の花の形をしたお菓子が似合いそうだと思った。

「決まったか?」
「うん。シャロニカさんにはこれにしようかと思って」
「あーこれだと足んねぇな……」
「え?」

 ニコラの呟きに俺は首を傾げる。

「あいつ、めちゃくちゃ甘いもの食うんだよ。特に休みの前の日には」
「あー……だから……」

 原因不明の腹痛の原因が分かってしまった。
 俺は選んだお菓子を手に取るのをやめ、ニコラの方を見た。

「シャロニカさんには……別のお土産の方が良さそう……」

 ニコラは小さく笑って店主に注文し始めた。
 俺は自分の分のお菓子を選んでいると、ふと、楼主の顔が浮かんできた。そういえば、言葉でお礼は伝えただけだったと思い出す。お返しと言われたが、そのお返しに心当たりがない俺はまだモヤモヤしたままだった。

(でも手土産はさすがに迷惑かな……)

 自分が考えているだけでは埒があかないので、ニコラに相談してみる。

「楼主って……甘いもの好きかな?」
「え、夜柯様……? そりゃ好きだろ」

 当たり前のように返ってきた答えに驚く。ダメ元で聞いたつもりだったが、みんなに認知されるほど、楼主は甘党らしい。

「つーか、夜柯様は何でもよく食べるし、よく寝るし、女男構わず取っ替え引っ替えだし……なんか、常に欲に忠実に生きてますって感じなんだよな。そんなとこが気味が悪………………何でもない」

 口を滑らせた風のニコラは慌てて口元を押さえ、周囲を窺うように視線を動かした。
 一方俺はニコラの言葉にまた違和感を覚えていた。楼主が自身を『僕』と言った時に近い感覚にジワジワと鳥肌が立ってくる。
 最初に会った時、確かに楼主の部屋からペトラさんが出てきた。『そういうこと』をしていたのだろう雰囲気も感じた。
 しかし、自分のことを僕と言った時は欲のような強い気持ちは感じなかった。むしろ詳しいことは分からなかったが、俺の心配までしてくれた。
 印象に噛み合わない部分が多すぎる。
 不思議なことにそう疑問に思っているのは俺だけで、みんな楼主はそういうものとして認識していた。
 付き合いが浅いためそう思うのだろうか。
 だとしたら、今後は印象が変わってくるのかもしれない。
 なんとなく、知りたい、と思ってしまった。
 強い気持ちではない。
 心の片隅にずっと小さく引っ掛かっているような、些細な気持ちだ。
 その些細な気持ちが、近付かない方がいいと俺に言った楼主の言葉を上回った。
 
「じゃあ、お土産持って行ったら食べてくれるかな?」
「エッ!? …………まぁ、止めはしないけど、そもそもあの人滅多に外に出てこないから難しいかもな」
「そっか」

 それでも何となく、俺は楼主用に別にお菓子を包んでもらった。渡せなかったら自分で食べてもいい。そう言い訳しながら金貨を払う。
 帰りの道はニコラの謝罪の仕方を話し合った。すったもんだの末、おおよその計画が決まったと同時に見世に着いた。
 ニコラは真面目な顔で俺たちの部屋がある方を見ていた。この様子なら大丈夫そうだと思いながら、俺たちは部屋へと戻った。
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