プラチナピリオド.

ことわ子

文字の大きさ
上 下
15 / 36

商店街デート【ゼン】

しおりを挟む


「トナミ~…………トナミ?」

 玄関で靴を履きながらトナミを呼ぶ。

「トナミー? まだかー?」

 返事がない。俺はため息をつき、いま履いたばかりの靴を脱ごうとした。
 と、同時にトナミが姿を見せる。

「やけに準備に時間かかったな」
「…………美人は支度に時間がかかるものなんだよ」
「それにしてはいつもの格好じゃん」
「美人ってとこには反応しないんだ?」
「それは、まぁ、事実だし」

 俺がそう返すとトナミは黙ってしまった。軽口のつもりだったが何かトナミの地雷を踏んでしまったのだろうか。

「あれ、それ俺のキャップ……」

 トナミは後ろ手に俺の黒のキャップを持っていた。芽依とのデートの時の服装のレパートリーを増やしたくて、芽依と色違いで買ったものだったが、想像以上に似合わず箪笥の肥やしになっていた。
 どこにしまったのかも覚えていなかったが、まだまだこの家には芽依との思い出の物が多いなと思った。

「これ、借りてもいい?」
「別にいいけど」

 トナミは一瞬ホッとしたような顔をしてキャップを被った。綺麗なプラチナブロンドの髪が隠れてしまい、少しだけ残念な気分になった。

「よかったらそれいるか? 俺よりもトナミの方が似合ってる」
「え、でも」
「どうせこの先被る予定もなかったし。使ってもらった方がキャップも喜ぶだろ」
「ん、じゃあ、貰っとく」

 トナミは照れ隠しなのか、目深にキャップを被り直した。僅かにはみ出たプラチナの襟足が、存在を主張するように跳ねている。
 最初のトナミの印象とはかけ離れているその姿に思わず和んでしまう。
 トナミと暮らし始めてまだそんなに経ったわけではないが、少しずつトナミの表情の差が分かるようになってきた。
 よく観察していると、トナミは意外と小さな事でも喜んでいることが多かった。決して大きく態度には出さないが、嬉しいことがあると顔が緩む瞬間がある。多分本人ですら気づいていないような変化だ。
 俺にとっては何でもないような事でも、トナミは表情を柔らかくする。それがやけに新鮮で、俺まで嬉しくなった。
 トナミはこれを見せたら喜ぶだろうか、これはきっと好きなんじゃないだろうか、そんな風に考えてしまう瞬間が増えた。

「忘れ物はないか?」
「大丈夫ー」

 俺とトナミは連れ立って外に出た。
 今日は約束していたトナミの生活用品の買い出しの日だ。
 二人揃っての外出はこれが初めてで、なんだかソワソワしてしまう。隣を見れば美少女と見間違えてしまいそうな男が歩幅を合わせて歩いている。
 常に俯き気味だが、合間に俺の方を見上げる。目が合うと、何となく気まずくなって二人して視線を逸らした。
 もしトナミが女の子なら、側から見たら初々しいデートに見えるのではないか、と邪な考えが一瞬頭をよぎる。

 なに考えてんだよ俺……

 トナミは男で女ではない。見た目がいくら綺麗だからといっても、そういう扱いは考えるだけでもトナミに失礼だ。

「もう10月も終わりかあー」

 不意にトナミが呟く。
 一人でごちゃごちゃと考えていた俺は思考の切り替えが上手くいかず間抜けな声を出した。

「え?」
「ハロウィン」

 トナミが商店街の店先に飾られたお化けの人形を指差して笑う。
 ここ数年で急に日本のイベントに浸透してきたなと思う。ハロウィンの時期はどこの店も飾り付けを施し、10月が終わればさっさとクリスマスの準備を始める。アクセサリーでもコウモリやゴシック調のデザインが増えたこともあり、意外と身近に感じていた。

「ゼンはハロウィン好き?」
「いや、別に好きでも嫌いでもないな」
「じゃあクリスマスは? ゼンはクソ真面目そうだからクリスマスとか張り切ってサプライズ頑張りそう」
「…………」

 図星で言葉に詰まってしまった。クリスマスなんてカップルの一大イベントを適当に済ませられるほど、俺は恋愛慣れしていなかった。
 さりげなく芽依の指輪サイズを測って、サプライズでプレゼントを用意して、ベタかもしれないがディナーの予約をして。
 全部、喜んでもらえると思って自分なりに頑張っていた。
 しかし、実際はクリスマスがくる前に俺たちの関係は終わってしまった。

「そういうトナミは好きなのかよ?」
「ハロウィン? んー、いつもとシチュが違うから扱いは楽になるけど、その分、布面積少ない衣装着せられるから、どっちかって言えば嫌いかなぁ……あ」
「……布面積少ない衣装……?」

 ……夜勤中に仮装でもさせられるんだろうか?
 
「……なに考えてるの? ゼンのえっち」
「は!? お前が言い出したんだろ!」
「あ、でも、ゼンがそっちの方が勃つかもしれないっていうなら今度着てあげてもいいよ? 何がいい? 小悪魔? それともメイド?」
「ばっ、か! そういうこと外で言うな!」

 トナミの首根っこを掴んで口を塞ぐと、なぜか嬉しそうに笑われた。
 一方俺は、一瞬頭の中に浮かんだ、ミニスカナースのコスプレをしたトナミを必死に振り払っていた。トナミのバイトはただの夜勤なのだから、そんな格好させられるはずがない。

 …………ん? でもトナミの夜勤って何の夜勤だ……?

 夜勤とだけ言われて、てっきり倉庫内か工場か何かだと思い込んでいた。バイト終わりにいつも疲労困憊で帰ってくるところを見ても体力仕事なのだと思っていた。しかしよく考えてみれば、夜に働く仕事は全て夜勤だ。
 本人に聞けば答えてくれるかもしれない。それでもトナミから自分のことを話してくれるようになるまでは待とうと思った。

「あ、でも、オレもクリスマスは好きだよ」
「へぇ、意外だな」
「なんか、キラキラするでしょクリスマスって」
「え?」
「街中がキラキラしてて、夜でも明るいから好き」
「変わった理由だな」
「そうかな?」
「まぁ、理由はそれぞれか」
「そうそう」

 たわいもない話をしながら商店街をぶらつく。
 下町の商店街だが、よくテレビが取材に来ているほど活気はある。生活用品くらいなら問題なく揃うが、トナミが使うようなものがあるかは疑問だった。
しおりを挟む

処理中です...