プラチナピリオド.

ことわ子

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ナナくん【ゼン】

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 毛布で優しく包まれた感覚で目を覚ました。
 そういえば、昨日俺は床で寝たのだと思い出す。

 トナミ……? 起きたのか……?

 ここで急に起きたら驚かせてしまうかと思い、寝たフリを続ける。薄目で様子を確認するが、トナミは俺の前から動こうとしない。
 しばらくの沈黙の後、トナミが立ち上がった。壁にかけてあった上着を羽織り、カバンも持たずに家から出ていく。

 こんな夜中に……?

 俺は慌てて起き上がって時計を見た。午前一時過ぎ。こんな時間から出かけるのは明らかに不自然で、昼間のトナミの様子も加わって、激しい胸騒ぎがした。
 急いで着替えると俺も家を飛び出す。トナミに見つからないように周囲を探していると、大通りでタクシーを拾っているトナミを見つけた。

 やば……!

 トナミが乗り込んだすぐ後ろのタクシーを停める。慌てて乗り込んでトナミが乗っているタクシーを指差す。

「あ、の……前のタクシー追ってください!」
「え……?」

 運転手の反応も合わさり、埋まりたいくらい恥ずかしくなる。ドラマでしか聞かないようなセリフをまさか自分が言うことになるとは思ってもみなかった。

「あいつ、忘れ物気付かないで家出て行っちゃって……!」
「あ、そうなんですかー……」

 こんな時間に? スマホに連絡入れれば? そう運転手の顔が言っている。俺だってそれが出来る状況ならとっくにそうしている。

「一応聞きますけど、何かのトラブルじゃないですよね……?」
「違います!」
「じゃあ、まぁ……」

 運転手は渋々といった様子で車を出してくれた。幸い、すぐ近くの信号に引っかかってくれていたお陰で見失わずに済んだが、内心ヒヤヒヤした。
 俺は深く息を吐き、窓にもたれかかって目を閉じた。

 昨日、俺が仕事から帰ると、トナミはベッドの上で丸くなって寝ていた。前にも見たような光景だな、と静かに近づくと、何故か毛布を頭から被り、まるで繭のように閉じこもっていた。
 俺は声をかけようとして、やめた。
 トナミに触れようとして拒絶されたことを思い出したからだ。
 俺は仕方なく、床で寝ることにした。
 トナミが今どんな状況かは分からないが、一緒のベッドで寝るのは違う気がした。明日になったら元気になっていて欲しいと思うが、難しいかもしれないなと思う。
 トナミがこうなってしまった理由を知りたい自分と、そこまで踏み込むのが怖い自分が隣り合わせでトナミを見ている。
 どちらも共通してトナミの心配をしているのに、自分の中で整理がつかない。
 結局は、トナミが自分から話してくれるまでは待つ、と場を濁した。

 それなのに、今、俺は衝動的にトナミを追っている。いくら心配とはいえトナミは子どもではない。待つと決めたなら、トナミが帰ってくる場所で待っていればいいはずなのに。
 ちら、と窓の外を見る。
 段々と街に色とりどりの光が増えてくる。車通りも多くなっているところを見ると、繁華街が近いようだ。
 それから五分ほど走った後、トナミの乗ったタクシーは大通り横の道に停車した。
 そこから少し後ろに俺のタクシーも停まった。
 急いでお金を払い、トナミの後を付ける。
 トナミはふらふらとした足取りでいかにもな店が密集するビルの路地裏へと入っていった。

 こんな所になんの用があるんだ……?

 夜中とは思えないほど騒がしい街に溶け込んでいくトナミを見て背筋が凍った。道端で酒を飲んで暴れる人や肩を組みながら千鳥足で店から出てくる人の波を掻き分けてトナミを追う。
 意外にも、路地裏に入ると辺りは静かになり、人の気配も一気に少なくなった。
 と、トナミが急に立ち止まった。どうやら奥は行き止まりになっているようで、辺りを気にしている。

「ナナくん、待ってたよ」

 知らない男の声がする。建物の陰になって顔は見えないが声からして結構なおじさんだろう。

「マサシさん、会いたかった」

 ……え?

 ナナくん、と呼ばれたトナミは俺が知らないようなざらりとした甘い声で、そいつを呼んだ。
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