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温かい手【ゼン】
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「俺は可哀想なんかじゃない」
「え?」
「多分、っていうか、絶対それはトナミのお陰で……」
「それってどういう──」
ちゃんと自分から言葉にしよう、そう決意して口を開いたその時。
「あれー? イト君だぁ!」
明るい声がしてトナミと同時に声の方を振り向く。視線の先にはにこやかに手を振りながらこちらに向かってくる芽依の姿があった。いつもタイトめな服を着ていることが多かったが、今日はゆったりとしたワンピースを着ている。ボブだった髪は短く結べる長さになっていて、俺が知っている芽依の面影は無かった。
「どうしたの? こんなところで」
そういえばここは芽依の家の前だった。芽依に会う前に移動するべきだったと思ってももう遅い。
どうにかこの場から離れる口実を探そうとしたが。
……あれ?
呆気に取られるほど、自分が思ったより落ち着いていることに気がついた。
指輪を捨てる決心は少し前からついていた。
しかし、本人に会う勇気はまだ無かった。芽依への未練が完全に無くなったと確信が持てなかったからだ。
俺の隣ではトナミが顔を青くして俯いている。
俺はベンチに置いていた手を僅かに横にズラし、トナミの小指に触れた。トナミは驚いたように背筋を伸ばし俺を見た。
「ちょっとこの辺に用事があって」
「そうなんだ? 偶然だねー! あ、結婚式の招待状見てくれた!?」
「見た見た。派手な封筒で驚いた」
「えー、お祝いごとだし派手な方がいいかなって」
芽依は派手好きだったのか、とそう思う。
多分、俺と付き合っていた頃の芽依は自分を出し過ぎないようにして、俺に合わせてくれていたのだろう。そんなことも分からず、別れてからの芽依は変わってしまったと思っていた。
こっちの芽依が本物だとようやく気付いた。
「芽依らしいな」
芽依らしい。こんな言葉を本心のまま言える日が来るとは思わなかった。
俺の知らない芽依が分かれば分かるほど、一々動揺していた過去の自分がおかしくなった。
「あれ? それ……」
俺は芽依の薬指にはめられた金色の指輪を指差した。すると、芽依は何故か誇らしげに左手の手の甲を見せつけてきた。
「イト君に作ってもらった結婚指輪! 本当は式まで我慢しようと思ってたんだけど、無理だった! だってこんなに綺麗なんだもん、早くみんなに見せびらかしたくて!」
芽依の言葉に熱い何かが湧き上がってきた。
純粋にただ嬉しいという気持ちだけが俺をいっぱいいっぱいにする。
油断すると泣いてしまいそうでギュッと拳を握る。
「本当にありがとう、イト君」
鼻の奥がツンとする。
「いや、こっちこそありがとう」
俺がお礼を言うと、芽依はきょとんとした顔で小首を傾げた。その顔は相変わらずで思わず目尻が下がる。
トナミはいつの間にか俺たちのやり取りを複雑そうな顔で見つめていた。
「あ、もうこんな時間だ! ちょっと散歩のつもりで家出てきたから帰らなくちゃ」
「ごめん、引き止めて……」
「ううん、久しぶりにおしゃべり出来て楽しかったよ!」
じゃあ、またね、と芽依は俺たちに背中を向けて歩き出した。数歩進んだところで俺は声を出した。
「芽依、結婚おめでとう」
芽依は驚いたように振り返ると、満面の笑みで両手を大きく振って応えてくれた。つられて俺も笑顔になる。
瞬間、最後まで心につかえていたものが消えて無くなったような気がした。
俺たちの姿が見えなくなるまで芽依は手を振り続け、俺もそれに応えるように手を振った。
「じゃあ、俺らも帰るか」
芽依に別れを告げた手を今度はトナミの前に差し出す。トナミは反射で俺の手を取ったが、すぐに離そうとした。が、俺はトナミの手を掴んで離さなかった。
トナミの手が珍しく温かい。
やっと自分の気持ちに気付けた俺は、人の目を気にすることなく、トナミと手を繋ぎ、優しく引っ張るように帰路についた。
「え?」
「多分、っていうか、絶対それはトナミのお陰で……」
「それってどういう──」
ちゃんと自分から言葉にしよう、そう決意して口を開いたその時。
「あれー? イト君だぁ!」
明るい声がしてトナミと同時に声の方を振り向く。視線の先にはにこやかに手を振りながらこちらに向かってくる芽依の姿があった。いつもタイトめな服を着ていることが多かったが、今日はゆったりとしたワンピースを着ている。ボブだった髪は短く結べる長さになっていて、俺が知っている芽依の面影は無かった。
「どうしたの? こんなところで」
そういえばここは芽依の家の前だった。芽依に会う前に移動するべきだったと思ってももう遅い。
どうにかこの場から離れる口実を探そうとしたが。
……あれ?
呆気に取られるほど、自分が思ったより落ち着いていることに気がついた。
指輪を捨てる決心は少し前からついていた。
しかし、本人に会う勇気はまだ無かった。芽依への未練が完全に無くなったと確信が持てなかったからだ。
俺の隣ではトナミが顔を青くして俯いている。
俺はベンチに置いていた手を僅かに横にズラし、トナミの小指に触れた。トナミは驚いたように背筋を伸ばし俺を見た。
「ちょっとこの辺に用事があって」
「そうなんだ? 偶然だねー! あ、結婚式の招待状見てくれた!?」
「見た見た。派手な封筒で驚いた」
「えー、お祝いごとだし派手な方がいいかなって」
芽依は派手好きだったのか、とそう思う。
多分、俺と付き合っていた頃の芽依は自分を出し過ぎないようにして、俺に合わせてくれていたのだろう。そんなことも分からず、別れてからの芽依は変わってしまったと思っていた。
こっちの芽依が本物だとようやく気付いた。
「芽依らしいな」
芽依らしい。こんな言葉を本心のまま言える日が来るとは思わなかった。
俺の知らない芽依が分かれば分かるほど、一々動揺していた過去の自分がおかしくなった。
「あれ? それ……」
俺は芽依の薬指にはめられた金色の指輪を指差した。すると、芽依は何故か誇らしげに左手の手の甲を見せつけてきた。
「イト君に作ってもらった結婚指輪! 本当は式まで我慢しようと思ってたんだけど、無理だった! だってこんなに綺麗なんだもん、早くみんなに見せびらかしたくて!」
芽依の言葉に熱い何かが湧き上がってきた。
純粋にただ嬉しいという気持ちだけが俺をいっぱいいっぱいにする。
油断すると泣いてしまいそうでギュッと拳を握る。
「本当にありがとう、イト君」
鼻の奥がツンとする。
「いや、こっちこそありがとう」
俺がお礼を言うと、芽依はきょとんとした顔で小首を傾げた。その顔は相変わらずで思わず目尻が下がる。
トナミはいつの間にか俺たちのやり取りを複雑そうな顔で見つめていた。
「あ、もうこんな時間だ! ちょっと散歩のつもりで家出てきたから帰らなくちゃ」
「ごめん、引き止めて……」
「ううん、久しぶりにおしゃべり出来て楽しかったよ!」
じゃあ、またね、と芽依は俺たちに背中を向けて歩き出した。数歩進んだところで俺は声を出した。
「芽依、結婚おめでとう」
芽依は驚いたように振り返ると、満面の笑みで両手を大きく振って応えてくれた。つられて俺も笑顔になる。
瞬間、最後まで心につかえていたものが消えて無くなったような気がした。
俺たちの姿が見えなくなるまで芽依は手を振り続け、俺もそれに応えるように手を振った。
「じゃあ、俺らも帰るか」
芽依に別れを告げた手を今度はトナミの前に差し出す。トナミは反射で俺の手を取ったが、すぐに離そうとした。が、俺はトナミの手を掴んで離さなかった。
トナミの手が珍しく温かい。
やっと自分の気持ちに気付けた俺は、人の目を気にすることなく、トナミと手を繋ぎ、優しく引っ張るように帰路についた。
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