僕のために、忘れていて

ことわ子

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キスに緊張

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「え! いや全然!」
「お茶、飲む?」
「飲む飲む! 喉めちゃくちゃ渇いた!」
「えっ……早く言ってくれれば良かったのに……」

 実際はそこまででもなかったが大袈裟に言って空気を変えたかった。アキは挙動不審な俺の動きに少し違和感を感じている様だったが、俺が課題について質問するとすぐに切り換えて応えてくれた。

「アキは本当に頭良いよなぁー!」
「そんな事ないって」
「あ、同じ学校なのに、見かけなかったのって、もしかしてアキ特進クラス? 俺、普通科だから棟違うもんな」
「んー、まぁ、そんな感じ」

 なんだが歯切れの悪さを感じて少し引っかかる。しかし、もし本人が言いたくないことなら無理強いしたくない。

「あ、そうだ! 課題手伝ってくれたお礼何がいい?」
「お礼?」
「そう、お礼。勉強会とか言いながら完全に俺の課題の手伝いさせちゃってるじゃん。だから何かお礼させて欲しいんだけど」
「いいのに」
「そう言わずにさぁー! 何かない?」

 遠慮するアキに俺は調子良くなり要求を促した。現状分かってるアキの欲しいものなんて一つしか思い当たらないことくらい冷静になって考えれば分かったはずなのに。

「じゃあ、リュージが欲しい」

 言葉が出てこなかった。
 欲しいって…………具体的にどういう意味で?

「欲しいって言われても……」

 モゴモゴと言い訳を探す俺にアキはにじり寄って来た。徐々に近付いてくるにつれて心臓が大きく跳ね始める。

「駄目?」
「駄目って言うか、なんつーか」

 俯いた俺の顔をアキが優しく持ち上げる。目が合わないようにしていたのに、思い切り捕らえられて動けない。アキの顔がボヤけるくらいの近さまで距離が詰まり、アキがそっと口を開く。

「いや?」
「嫌……じゃない」

 咄嗟にでた言葉に、自分が1番驚いた。

「嫌じゃないなら……」

 そう言ってアキは俺の唇に触れてきた。カサカサとした感触が今までしてきたものとは違い、強烈に脳裏に焼き付いた。

「リュージ、あのさ」

 眉間にシワが寄るくらいキツく目をつぶっていた俺はアキの呼び掛けに薄目を開けた。

「口、ガチガチだからもうちょっと力抜いて欲しい」
「え、」

 途端、急に恥ずかしさが膨れ上がっていく。キスなんてそれなりにしてきたし、いつも自分からリードして、下手なんて言われたこと無かったのに。よりにもよってアキに指摘されてしまうなんて。

「あれ? 力入ってた?」

 誤魔化そうとなるべく軽い感じで声を出す。アキとのキスに緊張してガチガチになっているなんて、絶対に知られたくない。俺のちっぽけなプライドがそう叫んでいた。

「おかしいなー、いつもはそんな感じじゃないんだけど」
「いつもって」
「ん? 元カノとした時とか──」

 口が滑った、と感じたのは、アキの空気が一変したからだった。現恋人に元カノの話をするなんてデリカシーのかけらも無い。アキとは友達との延長線の付き合いの感覚でいて、つい口から出てしまった。キスまでしておいて友達の延長線というのもおかしな話だが。

「その元カノとはどんなキスしてたの?」
「は?」
「そんなの忘れさせる」
「ちょっと、アキ──」

 アキが力を入れて俺の腕を掴んだ。痛い、と声に出そうとするが、アキの気迫に圧倒されて空気を吐き出すことしか出来ない。
 アキのことが怖い、そう思った瞬間。

「アキくん?」

 ドアの方からアキを呼ぶ女の子の声がした。
 俺は声がした方に目を向けた。そこには同い年くらいの女の子が立ち尽くしていた。ふわふわの茶色い髪が可愛らしい顔立ちを更に小動物のような印象にさせていて、守ってあげたくなるような容姿をしている。一言で言ってしまえばかなり可愛い。
 突如として現れた女の子は大きな目を見開き、何故か愕然としたような表情で俺たちを見つめていた。

「乃亜」

 アキが彼女の名前を呼んだ。知り合いらしい。

「タイミング悪い」
「タイミング悪いって何!? ってかこの人誰!?」

 乃亜と呼ばれた女の子は高めの声でアキに食ってかかった。アキは一旦俺から離れるとため息を吐いた。

「アキくんは乃亜のものでしょ!」
「…………」

 アキは否定も肯定もせず、立ち尽くしている。すると、乃亜は部屋の中に入って来て、アキの腕に纏わりついた。これでもかというほど身体を密着させ、アキの名前を呼んだ。
 アキは何の反応も示さないまま、しばらく時間だけが過ぎた。
 俺は状況が読めずに、どうしたらいいのか分からず、迫り来る疎外感に飲み込まれた。
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