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若気の至り
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「なぁ、知ってる?桜の木の下には死体が埋まってるって」
いつもの昼休み、俺、久志村海斗はいつものメンバーで体育館でバスケットした後に着替えながら何気なく呟いた。桜がきれいな理由として、有名な作家が結びつけたとか、実際に墓地の近くに植えるようになったとかの説があると、昨日の朝のテレビ特番で流れていたんだ。単純に昨日のテレビ見た?という感じで聞いたのだが、話は違う方向へ向かった。
「俺それ見た!結局想像なんだろ。近くの自動車学校は桜の木がめっちゃ植えられているよな。もと漬物工場だったし。そういえば、あそこのS字クランク桜の木に覆われてえげつないって聞いた。構内が桜で囲まれてるから死体がうじゃうじゃあるとかやばい。まあ埋めるとこなんてなさそうだけど」
否定したのは細目の赤井良太。確かにあそこは昔墓地ではなく工場だった。学校には2箇所、大きな桜の木がある。ちょうど体育館横の桜は着替えながら見える。体育館横の桜も蕾が膨らみ、咲き始め1号を競い合っているかのようだ。明日には咲きはじめるだろう。
「いや、自動車学校の桜は最近だけど、この学校の桜は昔からあるから、あながち嘘ではないかもしれない。俺の兄ちゃんも聞いたことあるって。しかも、今見えてる体育館横の桜の木!あそこ、やばいってきいた」
信憑性の高い情報だと煽るのは黒縁メガネが似合う椎名理仁。
「え、おまえんのとこの兄貴ってことは卒業生じゃん。まじか」
「うん。まじまじ」
「てか、埋まってたらもう掘られてるんじゃね?」
「だよな。ああ。なんか、気になってきた」
「俺達もとりあえず掘ってみるか?」
「せっかくなら次に掘ったヤツをビビらせたいよなー」
「だな。噂なんだからすでに掘ってやつはいるかもしれないし。そうだ。骨、埋めようぜ」
「骨?」
「良いな!土曜日の部活の後、フライドチキンにしようぜ」
俺達の通う高校には校門と体育館横に大きな桜の木がある。
フライドチキンをおいしくいただき、いたずらで骨を埋めておこうと悪ノリした俺たちはさっそく準備する。今日のメインイベントだ。
「なぁ、なんかここだけ埋めました感が強くないか?」
「浅く広く掘ったほうがいいかな。色が同じになるようにいくつか深く掘ろうぜ」
「絶対掘ってるヤツいるんだろうから、驚かしてやろうぜ」
そうしていくつか穴を掘っては埋めて、色が同じになるように、自然に見えるようにするころにはまさか骨がでてくることなんてないだろうとたかをくくっていた。
結局骨は出なかった。が、
「まじか」
「どうした?久志村?」
見つかったのは薄いアルミの缶。お菓子のパッケージがうっすらと見える。
「タイムカプセルじゃないか?」
俺は缶を覗き込んだ椎名に渡した。
「いや、でもタイムカプセルなら記念とか書いてあるだろ?」
さらにわかるようにその土の上にモニュメントがあったりするはずだ。中学時代にやったはずだ。掘り起こされてしまっては困るから。
「開けて見ようぜ。俺たちと同じように誰かのいたずらかもしれないし」
互いに頷きあい同意を得たとして、缶を開けた。
中には色褪せてところどころ茶色くなった封筒がでてきた。
「手紙っぽいな。誰かに宛てた秘密の手紙とか?埋めなおすか?」
赤井が呟く。
「いや、でもこれ、封されてないよな。読んでからでもよくないか?」
確かに封がしていないのならだれか読んだあとかもしれない。だから読んでからでもいいと思った。
「面白そうだぜ」
なによりわくわくしてきた。秘密の手紙を見つけたんだ。
椎名が中身を破かないように慎重に取り出した。
折り目が擦れて文字が掠れているところもあったが読めないことはない。
咲き始めた桜の木の下で、俺達は読み始めた。
『これを読んでいる君へ。私の生きている時代から何年ほどたっただろうか。私はもうこの世にはいないからそんなことはどうでもよいのだろうが。読んでくれてありがとう。
封はわざとしていないんだ。読んでほしかったから。ただ、すぐには見つかってほしくはなかった。たぶん、いつかどこかで、知ってもらっている人がいたら楽になるという気持ちの問題かもしれない。
私はこれから愛する彼女とともに死ぬ。自ら命を絶つことが罪であることも、彼女も私ももちろん理解している。生きていればと説得され、若いからまだわからないだろうなんて、そんなことは百も承知だ。私も彼女も同じ結論が出た今、共に生き、共に死ぬことで一緒にいる選択をとることに決めたんだ。この手紙は自ら命を絶つことを決めた私達の贖罪である。明日友人達の手引きで彼女と過ごすことができる。その朝△△海岸へむかうつもりだ。この手紙が遺書代わりにもなるだろう。
私はこの高校をもうすぐ卒業し、愛していない女性と婚約披露させられる青年だ。相手には申し訳ないが、私は他に愛する人がいるんだ。本当に愛する人と結ばれるために二人が死を別つまでの言葉どおり、私達はともに命を絶つことに決めた。一番愛し合ったこの瞬間のまま、二人で死ぬ。
思い出に残るこの桜の木の下に、手紙を残す。読んでくれている君は私と同じくらいだろうか。君は一目惚れは経験したことがあるかい?
私は初めて彼女に会った、この桜の木の下で。新校舎の横にあった桜の下で君は私に微笑んだね。選択授業の教室がわからないと焦っていた私に教えてくれた。あれは葉桜の季節だった。一瞬で僕達は惹かれ合ったんだ。知らなかった。世界がこんなに色付く瞬間を。
待ち合わせもよくここだった。ファーストキスは三階にある図書館の奥の資料室。学校以外で会うようになったら私達は親からの監視が強くなった。卒業したらそれぞれの道があるのだからと幾度となく諭された。反対されることで盛り上がる恋愛というものを自分が経験するとは思わなかった。私は跡取りとして育てられてきて、彼女は政治家の娘だ。私の家では反対派の議員だったからいい顔はされなかった。
そして、これは反省なのだが、私達が想えば思い合うほどさらに反対される理由になるなんて思いもしなかった。そして、会えない時間がさらに恋しい気持ちを募らせることも。ただ、互いの気持ちが重なった時、私はこの世のすべてを祝福したいと思えるほど幸せだった。
3日前に桜が咲き始めた。愛する彼女にプロポーズをしたのもここだった。思い出の場所に手紙を埋めることにする。明日、私は彼女を抱き、共に死ぬ。
私達は互いに愛し合っている。これは奇跡だと思う。願うなら彼女とともに生きていきたかった。それができないのなら、いっそのことお互いに想いが同じこの幸せを噛みしめているうちに、永遠に時が止まってしまえばいいのに。今の私達の愛し合ったそのままでいたいんだ。この最期の時間を作ってくれた学友に感謝する。
さようなら。愛する惠美子とともに去ることをお許しください。
M.K』
「「・・・・・」」
「…未来へあてた手紙?」
「…おそらく遺書的なものか」
見つかったのは遺骨でもタイムカプセルでもなく手紙だった。
「なぁ。遺族がいるなら渡してやらないか?」
「…そうだな」
このまま埋めて戻してしまうことも忍びない。
俺達はこの手紙を書いたMKさんと恵美子さんの遺族を探すことにした。
「卒業生だよな。まず」
切り出したのは赤井。
「うん、学生だと思う。あとは時代だよな。戦前か戦後か。カタカナ漢字じゃないから戦後っぽいけど」
「この桜が“新校舎の裏”って、主観的でわからないよな」
手紙を書いた本人にとっては新校舎かもしれないけれど、そこから建物が新しく建ったら旧校舎なんだし。今は体育館横にある。この桜の木が移植されてるって可能性はない。今までに掘った人もいなかったことになるんだが。
「図書館が三階?これで調べるしかないよな。あとは聞き込みかな。もうすぐ春休みだし、ちょっとやってみようぜ」
◆◆◆◆◆
「学校の歴史?」
「校舎があたらしく建ったとか、写真とかありますか?」
まずは春休み前で貸出停止中のため、利用者のいない静かな学校の図書館で調べる。
「あるけれど、どの時代のものがほしいの?もうすぐ創立150周年で、沿革ができてるからまずはこれで確認する?」
もらった資料は沿革が載っているだけだった。成り立ちを見ると1876年から小学校講師育成校として開校したらしい。
「新校舎はこれだな」
椎名は戦後の新校舎が建った時に注目したようだ。そこに書かれていた新校舎になりそうな竣工は6つあった。
1953年 東館(特別教室)竣工
1958年 新校大成会館竣工
1966年 理科館竣工
1988年 講堂改築工事竣工。(大成会館南側に)
1999年 西館竣工
2010年 新武道館竣工
俺はさっそく記録していった。新校舎というくらいだからその校舎ができてからで考えて絞ることにした。
「あとはここのあたりで図書館が三階にあった時で絞れるよな?」
「先生、この年くらいに図書館が三階にあった時ってありますか?」
「え?それはちょっとすぐにはわからないわね。あ、校舎案内の資料が保管されているところを案内するから、ちょっとまってね」
今の図書館は前は講堂だったと聞いている。さらに武道館が講堂に改修されたりしているから、竣工や改築で教室も変化していくようだ。
案内された学校の資料が集められたスペースは今まで入ったこともないところにあった。1988年から前のものは資料室に保管されているそうで、俺達は1988年以降のものを調べていく。
新校舎っていうくらいだから、さすがに10年経ったら新とは言わないだろうと、目星をつけて探す。
図書の先生は1988年以前のものを調べると、パタパタと資料室へ向かっていった。
「あった。西館竣工の1999年だ。西館の三階にあった」
「西館の新校舎で時期もぴったりかな」
椎名がこれできまりと次の作業、卒業生の絞り出しに動こうとしたが、俺には違和感があった。
「今は美術室だな。えーっと2020年まで?最近じゃん。てか、1999年の手紙かぁ」
その割にはだいぶ黄ばんでいるような気がする。アルミ缶も酸化が進んでいるような。もう一度読んでみる。
「…1999年の新校舎は西館。西館は横に桜があるか?俺達が掘ったのは体育館横だよな」
「そうだ。久志村!桜の木は新校舎の横だ!」
「どう?見つかった?こっちは1963年から、1974年まで。えーっと11年間?図書館は本館の三階にあったようよ」
先生が資料を抱えて戻ってきた。間取りを確認する。本館の横。ちょうど今の体育館と本館の間に桜の木がある。新校舎の横という表現にも当てはまる。
「でも、11年間かぁ。なかなか調べるの大変そうだよな」
赤井がぼやく。たしかに年に300名以上の卒業生を送り出している。もしかしたら前はもっと多かったかもしれない。いくら絞れたと言ってもなかなか時間がかかるかもしれない。
「ここから、卒業名簿で恵美子さんとMKさんだろ?」
恵美子さんは漢字で探せるが、MKさんはなかなか難しいかもしれない。
「単純にイニシャルでない想定もしておかないとな。MKってキャラかもしんないし」
「さすがに昭和の時代でイニシャル以外はないと思うけど」
逆さまになるくらいはあるかもしれない。名字はMかKかどっちかのスタートでしかないな。
「とりあえず、恵美子さんを探そう」
議員の娘もヒントになるはずだ。
「で?お前達はその恵美子さん探しで、のこのこ生徒指導室まで来たと言うわけだな。私に何か言うことはないかな?」
「えーっと、ふざけて骨を埋めて?」
「すみませんでした」
「「申し訳ございませんでした!!」」
卒業生の名簿を探していくうちに、生徒会資料室に保管されていることがわかった。生徒指導(野球部顧問)の先生から鍵を借りるためにいったが、そもそもの事情を話さないと鍵を渡しては貰えない。芋づる式に俺達がやった骨を埋めるいたずらを報告することになった。
公共物器物破損について、自分たちの行動についての反省文を提出することになった。2千字以上。春休みの課題に加えられた反省文。受験前の内申に響かないといいけど。
先生いわく、
「反省文でいいぞ」とのこと。セーフなのかもしれない。そうであってほしい。もうすぐ俺達は受験生になり、一気に遊びどころじゃなくなる。春休みの思い出として、やりすぎないように気をつけないといけない。
卒業生名簿は持ち出し不可のため、生徒指導室の隣にある反省室、いわゆる謹慎部屋で探す。べつに謹慎中ではないが、部屋から出るところを見られたくない気持ちになる。
反省文をそれぞれ仕上げて、卒業年度毎に調べていく。毎年300人近くの卒業生、多いときは500人を超えた卒業生の名簿から恵美子さんを探す。
「…恵美子さん、多くないか?」
赤井が調べる冊子に6人の恵美子さんがいた。よくある名前の1つなのだろう。合計8人の恵美子さんが候補に上がった。
この時点で二、三人になって、あとは住所で追いかけてみようと考えていた俺達は8人という多さにちょっとたじろいだ。
「なぁ、もしかして、△△海岸での自殺事件って、新聞に載ってるんじゃね?」
確かに。それで卒業年度がわかるはずだ。
次の日、地元の新聞を読むために地域の図書館で調べた。
結果、事件の記載は見当たらなかった。
「現場に行ってみるか?」
「聞き込みって言ったって、なかなか地道な作業だよな」
「今は何歳?」
「新校舎が1966年、56年前だから、74歳くらいだ」
椎名が得意の暗算で答えた。
「それより上の年の人に聞き込みすれば何かわかるかもしれない」
「じゃ、今度の日曜は△△海岸だな」
◆◆◆◆◆
高校から3駅先の△△海岸は春の日差しが強く、穏やかな波がキラキラと反射しているようだ。人もまばらで、犬の散歩やランニングの人が多い。
「なんか事件の聞き込みしてるみたいじゃないか?いいねぇ。探偵気分!」
椎名は興奮気味に道行く人に声をかけていく赤井を見る。
ジャンケンで負けた赤井が最初に聞き込みだ。赤井は俺達二人より柔らかい、優しそうな雰囲気があるから自然に話が弾んでいるようだ。とりあえず昔からある建物や住んでる人を探して、そこから高校生が海に入水自殺した話がでる想定だ。
「この先の村田商店なら昭和からやっているって。元店主もいるから聞いてみよう。あとはこの先の高田さんと藤井さんのお宅だって」
赤井はなかなかいい仕事をしたはずだ。
でも、聞き込み3時間、収穫ゼロ。確かにそこにいたかもしれない人に聞いても、海での事故は多いからあまり覚えていないとのこと。
「小説やドラマだったらあっさり出てくるもんだよなー。現場に跡があるって。やっぱり現実は違うんだな」
椎名は残念そうに電車の中から海岸を眺める。
「…もしかして、今の海岸と昔の海岸の場所が違うってことないよな」
「その可能性はなくはない、が、聞き込みするなら恵美子さんの卒業式名簿の住所から追いかけたほうが確実かもしれない」
それこそ、そこで聞き込みもありだな。
俺達は諦めて8人の恵美子さんを一人ずつ確認していくことにした。
◆◆◆◆◆
一人目、永田恵美子さん。
卒業後の住所は現在恵美子さんの弟さんが住んでいた。弟さんも俺達の高校の卒業生だということで、すんなり話を聞くことができた。部活帰りの服もよかったのかもしれない。
弟の務つとむさんが家を継いで恵美子さんは嫁いで家をでているそうだ。名字は、光永みつながさんと言うらしい。
「Mだよな?」
ひっそりとした声で椎名が確認して、俺達はこっそり頷きあった。
一人目の可能性の高まりを感じながら、手紙は見せなかったが、今までの経緯を説明した。恋愛結婚できなかった二人の遺書を見つけてしまって、遺族に渡したいので探しているという内容だ。
「姉さんはお見合いだったような?うーん。電話してみるからちーっとまっててなー。そもそも生きているから違うと思うけどなー」
そう言うと携帯を取り出し電話をかけだした。どうやら恵美子さんにかけてくれているらしい。
「もしもしー。今、母校の学生が来ているけんどなー、姉さんはお見合いやったよなー?なんか、下の名前で恵美子さんって人、探しているそうだけど、知っちょるか?」
「あぁ。議員の鈴木さんの娘さんが恵美子さんやね。そういやぁあそこは大恋愛の結婚やっち言うとったなー」
「え?生きてる?」
思わず声に出てしまうほど驚いた。遺書として、遺族へ渡そうと思っていたのだ。確かに長生きの時代。自殺しなければ今日まで生きていることも不思議ではない。
一人目の恵美子さんの弟さんは電話を切ると、
「鈴木恵美子さん、結婚して鎌田かまた恵美子さん。海で自殺はしてないけど、私の1つ上の先輩で、当時恋愛結婚の火付け役になった二人やなー」
と説明してくれた。
「ありがとうございます!」
8人のリストにある二人目の恵美子さん。
鈴木恵美子さんが手紙の恵美子さんのようだ。
「旦那さんは鎌田ホールディングの会長、行ってみたらいいかもなー」
丁寧にお礼を伝えた帰り道、鎌田ホールディングの会長をさっそく調べてみる。
「鎌田昌彦、MKだな。」
手紙を渡す人が本人となるのは予想していなかった。
「アポイントとらなきゃ会えないよな。とりあえず電話してみるか」
椎名がお問い合わせの番号をクリックする。
「おま、はえーよ」
小さな声で赤井が批難する。俺も偉い人にアポイントなんてとったことがない。動揺しながら聞き耳をたてる。
「はい。○○高等学校の椎名理仁と申します。ーええ、卒業生である会長の鎌田昌彦様にお会いしたいのですが」
『事前のご予約がございますか?ご要件をお伺いいたします』
「予約はしてないです。初めての電話です。私達が通う高等学校の桜の木の下で鎌田昌彦さんに関係するものを見つけましたので、お渡ししたいと伝えていただけないでしょうか」
『かしこまりました。ご連絡先をお伝えください』
椎名が名前と電話番号を伝え、電話を切った。
「…待つしかないな」
「スルーされたらまた埋めればいい」
椎名はこのまま連絡こないかもな、と少し落ち込んでいた。赤井の言うとおり、確かにスルーされたら埋めればいいだけだよな。あ、今度は慎重にやらなきゃな。そもそも俺達が埋めたわけじゃないから反省文はないだろうけど。どちらかというと返戻だ。うん。
◆◆◆◆◆
その夜、椎名から連絡があった。
『明日、昼の2時に鎌田ホールディングの本社に来いって!!』
思ったより早い連絡に緊張しながら待ちあわせ場所へ向かう。
「普段着で良かったのかな」
オフィスビルが並ぶところで、ラフな格好の俺達は浮いていた。普段着と言っても大人っぽい落ち着いた色をチョイスしたはずなのに、待ちあわせ場所からみる様子はスーツ姿の人達ばかりだから心許ない。
「お待たせしました。こちらへ」
美人秘書!!と目を合わせて頷き合う。これが噂の美人秘書か。美人秘書といったら佐藤だ。クラスメイトの佐藤は美人秘書に夢中だ。美人秘書について、なぜ美人なのか、秘書なのかを熱く語ってくる。仕事もできていて、女性らしさを持ち合わせていると豪語している「美人秘書」。あいつの夢は美人秘書を雇うことらしい。なるほど。本物に会ったと教えてやろう。
美人秘書に案内されて、いよいよ会長室へ入った。
「君たちが母校の生徒かな?どうぞ」
緊張しながらソファーに座る。「やばっ」このソファー深く沈む。慌てて前かがみになって姿勢を正す。
「ふふ。ゆったり座っていいよ。さて、桜の木の下で見つけた手紙を持ってきてくれたんだね。ありがとう」
「あ、はい。こちらです」
俺は手紙を両手で差し出した。
「ありがとう。いやぁ、恥ずかしいなぁ。ちゃんと名前書いていなかったし、まさか読んでくれる人がいて、さらに自分に戻ってくるとは思っていなかった。油断していたよ。よく見つけられたね」
「…遺書だと思ったので、遺族に渡そうと探しました」
「そうか。実はこのあと、朝の海岸で散歩中の知り合いに見つかって親に連絡されてね。私はしばらく廃人になってたんだけど、恵美子に子ができたことが分かってね。いやぁ奇跡だと思ったね。駆落ち覚悟で何とか飛び出そうとしていたら、世間や周囲の人達が擁護してくれて、色々あったけど、今があるんだ」
「美恵子さんとはご結婚されたんですね。よかった」
遺書でなかったこと、二人が幸せに生きていることが分かって不思議とホッとした。
「この手紙、懐かしいなあ。いや、若いがゆえの失敗だな。カッコつけて、ふふふ。見つからないと思っていたからだな。恥ずかしいなぁ」
嬉しそうに少年のように微笑む老人を見て、少なくともこの手紙を届けることができてよかったと思った。
「ありがとう。先に逝った恵美子にも土産ができたよ」
受験生になる前の春休み、俺達にとっては高校生活での思い出に残るイベントになった。
「俺達の埋めた骨チキンでまた事件が起こるかもな」
終
いつもの昼休み、俺、久志村海斗はいつものメンバーで体育館でバスケットした後に着替えながら何気なく呟いた。桜がきれいな理由として、有名な作家が結びつけたとか、実際に墓地の近くに植えるようになったとかの説があると、昨日の朝のテレビ特番で流れていたんだ。単純に昨日のテレビ見た?という感じで聞いたのだが、話は違う方向へ向かった。
「俺それ見た!結局想像なんだろ。近くの自動車学校は桜の木がめっちゃ植えられているよな。もと漬物工場だったし。そういえば、あそこのS字クランク桜の木に覆われてえげつないって聞いた。構内が桜で囲まれてるから死体がうじゃうじゃあるとかやばい。まあ埋めるとこなんてなさそうだけど」
否定したのは細目の赤井良太。確かにあそこは昔墓地ではなく工場だった。学校には2箇所、大きな桜の木がある。ちょうど体育館横の桜は着替えながら見える。体育館横の桜も蕾が膨らみ、咲き始め1号を競い合っているかのようだ。明日には咲きはじめるだろう。
「いや、自動車学校の桜は最近だけど、この学校の桜は昔からあるから、あながち嘘ではないかもしれない。俺の兄ちゃんも聞いたことあるって。しかも、今見えてる体育館横の桜の木!あそこ、やばいってきいた」
信憑性の高い情報だと煽るのは黒縁メガネが似合う椎名理仁。
「え、おまえんのとこの兄貴ってことは卒業生じゃん。まじか」
「うん。まじまじ」
「てか、埋まってたらもう掘られてるんじゃね?」
「だよな。ああ。なんか、気になってきた」
「俺達もとりあえず掘ってみるか?」
「せっかくなら次に掘ったヤツをビビらせたいよなー」
「だな。噂なんだからすでに掘ってやつはいるかもしれないし。そうだ。骨、埋めようぜ」
「骨?」
「良いな!土曜日の部活の後、フライドチキンにしようぜ」
俺達の通う高校には校門と体育館横に大きな桜の木がある。
フライドチキンをおいしくいただき、いたずらで骨を埋めておこうと悪ノリした俺たちはさっそく準備する。今日のメインイベントだ。
「なぁ、なんかここだけ埋めました感が強くないか?」
「浅く広く掘ったほうがいいかな。色が同じになるようにいくつか深く掘ろうぜ」
「絶対掘ってるヤツいるんだろうから、驚かしてやろうぜ」
そうしていくつか穴を掘っては埋めて、色が同じになるように、自然に見えるようにするころにはまさか骨がでてくることなんてないだろうとたかをくくっていた。
結局骨は出なかった。が、
「まじか」
「どうした?久志村?」
見つかったのは薄いアルミの缶。お菓子のパッケージがうっすらと見える。
「タイムカプセルじゃないか?」
俺は缶を覗き込んだ椎名に渡した。
「いや、でもタイムカプセルなら記念とか書いてあるだろ?」
さらにわかるようにその土の上にモニュメントがあったりするはずだ。中学時代にやったはずだ。掘り起こされてしまっては困るから。
「開けて見ようぜ。俺たちと同じように誰かのいたずらかもしれないし」
互いに頷きあい同意を得たとして、缶を開けた。
中には色褪せてところどころ茶色くなった封筒がでてきた。
「手紙っぽいな。誰かに宛てた秘密の手紙とか?埋めなおすか?」
赤井が呟く。
「いや、でもこれ、封されてないよな。読んでからでもよくないか?」
確かに封がしていないのならだれか読んだあとかもしれない。だから読んでからでもいいと思った。
「面白そうだぜ」
なによりわくわくしてきた。秘密の手紙を見つけたんだ。
椎名が中身を破かないように慎重に取り出した。
折り目が擦れて文字が掠れているところもあったが読めないことはない。
咲き始めた桜の木の下で、俺達は読み始めた。
『これを読んでいる君へ。私の生きている時代から何年ほどたっただろうか。私はもうこの世にはいないからそんなことはどうでもよいのだろうが。読んでくれてありがとう。
封はわざとしていないんだ。読んでほしかったから。ただ、すぐには見つかってほしくはなかった。たぶん、いつかどこかで、知ってもらっている人がいたら楽になるという気持ちの問題かもしれない。
私はこれから愛する彼女とともに死ぬ。自ら命を絶つことが罪であることも、彼女も私ももちろん理解している。生きていればと説得され、若いからまだわからないだろうなんて、そんなことは百も承知だ。私も彼女も同じ結論が出た今、共に生き、共に死ぬことで一緒にいる選択をとることに決めたんだ。この手紙は自ら命を絶つことを決めた私達の贖罪である。明日友人達の手引きで彼女と過ごすことができる。その朝△△海岸へむかうつもりだ。この手紙が遺書代わりにもなるだろう。
私はこの高校をもうすぐ卒業し、愛していない女性と婚約披露させられる青年だ。相手には申し訳ないが、私は他に愛する人がいるんだ。本当に愛する人と結ばれるために二人が死を別つまでの言葉どおり、私達はともに命を絶つことに決めた。一番愛し合ったこの瞬間のまま、二人で死ぬ。
思い出に残るこの桜の木の下に、手紙を残す。読んでくれている君は私と同じくらいだろうか。君は一目惚れは経験したことがあるかい?
私は初めて彼女に会った、この桜の木の下で。新校舎の横にあった桜の下で君は私に微笑んだね。選択授業の教室がわからないと焦っていた私に教えてくれた。あれは葉桜の季節だった。一瞬で僕達は惹かれ合ったんだ。知らなかった。世界がこんなに色付く瞬間を。
待ち合わせもよくここだった。ファーストキスは三階にある図書館の奥の資料室。学校以外で会うようになったら私達は親からの監視が強くなった。卒業したらそれぞれの道があるのだからと幾度となく諭された。反対されることで盛り上がる恋愛というものを自分が経験するとは思わなかった。私は跡取りとして育てられてきて、彼女は政治家の娘だ。私の家では反対派の議員だったからいい顔はされなかった。
そして、これは反省なのだが、私達が想えば思い合うほどさらに反対される理由になるなんて思いもしなかった。そして、会えない時間がさらに恋しい気持ちを募らせることも。ただ、互いの気持ちが重なった時、私はこの世のすべてを祝福したいと思えるほど幸せだった。
3日前に桜が咲き始めた。愛する彼女にプロポーズをしたのもここだった。思い出の場所に手紙を埋めることにする。明日、私は彼女を抱き、共に死ぬ。
私達は互いに愛し合っている。これは奇跡だと思う。願うなら彼女とともに生きていきたかった。それができないのなら、いっそのことお互いに想いが同じこの幸せを噛みしめているうちに、永遠に時が止まってしまえばいいのに。今の私達の愛し合ったそのままでいたいんだ。この最期の時間を作ってくれた学友に感謝する。
さようなら。愛する惠美子とともに去ることをお許しください。
M.K』
「「・・・・・」」
「…未来へあてた手紙?」
「…おそらく遺書的なものか」
見つかったのは遺骨でもタイムカプセルでもなく手紙だった。
「なぁ。遺族がいるなら渡してやらないか?」
「…そうだな」
このまま埋めて戻してしまうことも忍びない。
俺達はこの手紙を書いたMKさんと恵美子さんの遺族を探すことにした。
「卒業生だよな。まず」
切り出したのは赤井。
「うん、学生だと思う。あとは時代だよな。戦前か戦後か。カタカナ漢字じゃないから戦後っぽいけど」
「この桜が“新校舎の裏”って、主観的でわからないよな」
手紙を書いた本人にとっては新校舎かもしれないけれど、そこから建物が新しく建ったら旧校舎なんだし。今は体育館横にある。この桜の木が移植されてるって可能性はない。今までに掘った人もいなかったことになるんだが。
「図書館が三階?これで調べるしかないよな。あとは聞き込みかな。もうすぐ春休みだし、ちょっとやってみようぜ」
◆◆◆◆◆
「学校の歴史?」
「校舎があたらしく建ったとか、写真とかありますか?」
まずは春休み前で貸出停止中のため、利用者のいない静かな学校の図書館で調べる。
「あるけれど、どの時代のものがほしいの?もうすぐ創立150周年で、沿革ができてるからまずはこれで確認する?」
もらった資料は沿革が載っているだけだった。成り立ちを見ると1876年から小学校講師育成校として開校したらしい。
「新校舎はこれだな」
椎名は戦後の新校舎が建った時に注目したようだ。そこに書かれていた新校舎になりそうな竣工は6つあった。
1953年 東館(特別教室)竣工
1958年 新校大成会館竣工
1966年 理科館竣工
1988年 講堂改築工事竣工。(大成会館南側に)
1999年 西館竣工
2010年 新武道館竣工
俺はさっそく記録していった。新校舎というくらいだからその校舎ができてからで考えて絞ることにした。
「あとはここのあたりで図書館が三階にあった時で絞れるよな?」
「先生、この年くらいに図書館が三階にあった時ってありますか?」
「え?それはちょっとすぐにはわからないわね。あ、校舎案内の資料が保管されているところを案内するから、ちょっとまってね」
今の図書館は前は講堂だったと聞いている。さらに武道館が講堂に改修されたりしているから、竣工や改築で教室も変化していくようだ。
案内された学校の資料が集められたスペースは今まで入ったこともないところにあった。1988年から前のものは資料室に保管されているそうで、俺達は1988年以降のものを調べていく。
新校舎っていうくらいだから、さすがに10年経ったら新とは言わないだろうと、目星をつけて探す。
図書の先生は1988年以前のものを調べると、パタパタと資料室へ向かっていった。
「あった。西館竣工の1999年だ。西館の三階にあった」
「西館の新校舎で時期もぴったりかな」
椎名がこれできまりと次の作業、卒業生の絞り出しに動こうとしたが、俺には違和感があった。
「今は美術室だな。えーっと2020年まで?最近じゃん。てか、1999年の手紙かぁ」
その割にはだいぶ黄ばんでいるような気がする。アルミ缶も酸化が進んでいるような。もう一度読んでみる。
「…1999年の新校舎は西館。西館は横に桜があるか?俺達が掘ったのは体育館横だよな」
「そうだ。久志村!桜の木は新校舎の横だ!」
「どう?見つかった?こっちは1963年から、1974年まで。えーっと11年間?図書館は本館の三階にあったようよ」
先生が資料を抱えて戻ってきた。間取りを確認する。本館の横。ちょうど今の体育館と本館の間に桜の木がある。新校舎の横という表現にも当てはまる。
「でも、11年間かぁ。なかなか調べるの大変そうだよな」
赤井がぼやく。たしかに年に300名以上の卒業生を送り出している。もしかしたら前はもっと多かったかもしれない。いくら絞れたと言ってもなかなか時間がかかるかもしれない。
「ここから、卒業名簿で恵美子さんとMKさんだろ?」
恵美子さんは漢字で探せるが、MKさんはなかなか難しいかもしれない。
「単純にイニシャルでない想定もしておかないとな。MKってキャラかもしんないし」
「さすがに昭和の時代でイニシャル以外はないと思うけど」
逆さまになるくらいはあるかもしれない。名字はMかKかどっちかのスタートでしかないな。
「とりあえず、恵美子さんを探そう」
議員の娘もヒントになるはずだ。
「で?お前達はその恵美子さん探しで、のこのこ生徒指導室まで来たと言うわけだな。私に何か言うことはないかな?」
「えーっと、ふざけて骨を埋めて?」
「すみませんでした」
「「申し訳ございませんでした!!」」
卒業生の名簿を探していくうちに、生徒会資料室に保管されていることがわかった。生徒指導(野球部顧問)の先生から鍵を借りるためにいったが、そもそもの事情を話さないと鍵を渡しては貰えない。芋づる式に俺達がやった骨を埋めるいたずらを報告することになった。
公共物器物破損について、自分たちの行動についての反省文を提出することになった。2千字以上。春休みの課題に加えられた反省文。受験前の内申に響かないといいけど。
先生いわく、
「反省文でいいぞ」とのこと。セーフなのかもしれない。そうであってほしい。もうすぐ俺達は受験生になり、一気に遊びどころじゃなくなる。春休みの思い出として、やりすぎないように気をつけないといけない。
卒業生名簿は持ち出し不可のため、生徒指導室の隣にある反省室、いわゆる謹慎部屋で探す。べつに謹慎中ではないが、部屋から出るところを見られたくない気持ちになる。
反省文をそれぞれ仕上げて、卒業年度毎に調べていく。毎年300人近くの卒業生、多いときは500人を超えた卒業生の名簿から恵美子さんを探す。
「…恵美子さん、多くないか?」
赤井が調べる冊子に6人の恵美子さんがいた。よくある名前の1つなのだろう。合計8人の恵美子さんが候補に上がった。
この時点で二、三人になって、あとは住所で追いかけてみようと考えていた俺達は8人という多さにちょっとたじろいだ。
「なぁ、もしかして、△△海岸での自殺事件って、新聞に載ってるんじゃね?」
確かに。それで卒業年度がわかるはずだ。
次の日、地元の新聞を読むために地域の図書館で調べた。
結果、事件の記載は見当たらなかった。
「現場に行ってみるか?」
「聞き込みって言ったって、なかなか地道な作業だよな」
「今は何歳?」
「新校舎が1966年、56年前だから、74歳くらいだ」
椎名が得意の暗算で答えた。
「それより上の年の人に聞き込みすれば何かわかるかもしれない」
「じゃ、今度の日曜は△△海岸だな」
◆◆◆◆◆
高校から3駅先の△△海岸は春の日差しが強く、穏やかな波がキラキラと反射しているようだ。人もまばらで、犬の散歩やランニングの人が多い。
「なんか事件の聞き込みしてるみたいじゃないか?いいねぇ。探偵気分!」
椎名は興奮気味に道行く人に声をかけていく赤井を見る。
ジャンケンで負けた赤井が最初に聞き込みだ。赤井は俺達二人より柔らかい、優しそうな雰囲気があるから自然に話が弾んでいるようだ。とりあえず昔からある建物や住んでる人を探して、そこから高校生が海に入水自殺した話がでる想定だ。
「この先の村田商店なら昭和からやっているって。元店主もいるから聞いてみよう。あとはこの先の高田さんと藤井さんのお宅だって」
赤井はなかなかいい仕事をしたはずだ。
でも、聞き込み3時間、収穫ゼロ。確かにそこにいたかもしれない人に聞いても、海での事故は多いからあまり覚えていないとのこと。
「小説やドラマだったらあっさり出てくるもんだよなー。現場に跡があるって。やっぱり現実は違うんだな」
椎名は残念そうに電車の中から海岸を眺める。
「…もしかして、今の海岸と昔の海岸の場所が違うってことないよな」
「その可能性はなくはない、が、聞き込みするなら恵美子さんの卒業式名簿の住所から追いかけたほうが確実かもしれない」
それこそ、そこで聞き込みもありだな。
俺達は諦めて8人の恵美子さんを一人ずつ確認していくことにした。
◆◆◆◆◆
一人目、永田恵美子さん。
卒業後の住所は現在恵美子さんの弟さんが住んでいた。弟さんも俺達の高校の卒業生だということで、すんなり話を聞くことができた。部活帰りの服もよかったのかもしれない。
弟の務つとむさんが家を継いで恵美子さんは嫁いで家をでているそうだ。名字は、光永みつながさんと言うらしい。
「Mだよな?」
ひっそりとした声で椎名が確認して、俺達はこっそり頷きあった。
一人目の可能性の高まりを感じながら、手紙は見せなかったが、今までの経緯を説明した。恋愛結婚できなかった二人の遺書を見つけてしまって、遺族に渡したいので探しているという内容だ。
「姉さんはお見合いだったような?うーん。電話してみるからちーっとまっててなー。そもそも生きているから違うと思うけどなー」
そう言うと携帯を取り出し電話をかけだした。どうやら恵美子さんにかけてくれているらしい。
「もしもしー。今、母校の学生が来ているけんどなー、姉さんはお見合いやったよなー?なんか、下の名前で恵美子さんって人、探しているそうだけど、知っちょるか?」
「あぁ。議員の鈴木さんの娘さんが恵美子さんやね。そういやぁあそこは大恋愛の結婚やっち言うとったなー」
「え?生きてる?」
思わず声に出てしまうほど驚いた。遺書として、遺族へ渡そうと思っていたのだ。確かに長生きの時代。自殺しなければ今日まで生きていることも不思議ではない。
一人目の恵美子さんの弟さんは電話を切ると、
「鈴木恵美子さん、結婚して鎌田かまた恵美子さん。海で自殺はしてないけど、私の1つ上の先輩で、当時恋愛結婚の火付け役になった二人やなー」
と説明してくれた。
「ありがとうございます!」
8人のリストにある二人目の恵美子さん。
鈴木恵美子さんが手紙の恵美子さんのようだ。
「旦那さんは鎌田ホールディングの会長、行ってみたらいいかもなー」
丁寧にお礼を伝えた帰り道、鎌田ホールディングの会長をさっそく調べてみる。
「鎌田昌彦、MKだな。」
手紙を渡す人が本人となるのは予想していなかった。
「アポイントとらなきゃ会えないよな。とりあえず電話してみるか」
椎名がお問い合わせの番号をクリックする。
「おま、はえーよ」
小さな声で赤井が批難する。俺も偉い人にアポイントなんてとったことがない。動揺しながら聞き耳をたてる。
「はい。○○高等学校の椎名理仁と申します。ーええ、卒業生である会長の鎌田昌彦様にお会いしたいのですが」
『事前のご予約がございますか?ご要件をお伺いいたします』
「予約はしてないです。初めての電話です。私達が通う高等学校の桜の木の下で鎌田昌彦さんに関係するものを見つけましたので、お渡ししたいと伝えていただけないでしょうか」
『かしこまりました。ご連絡先をお伝えください』
椎名が名前と電話番号を伝え、電話を切った。
「…待つしかないな」
「スルーされたらまた埋めればいい」
椎名はこのまま連絡こないかもな、と少し落ち込んでいた。赤井の言うとおり、確かにスルーされたら埋めればいいだけだよな。あ、今度は慎重にやらなきゃな。そもそも俺達が埋めたわけじゃないから反省文はないだろうけど。どちらかというと返戻だ。うん。
◆◆◆◆◆
その夜、椎名から連絡があった。
『明日、昼の2時に鎌田ホールディングの本社に来いって!!』
思ったより早い連絡に緊張しながら待ちあわせ場所へ向かう。
「普段着で良かったのかな」
オフィスビルが並ぶところで、ラフな格好の俺達は浮いていた。普段着と言っても大人っぽい落ち着いた色をチョイスしたはずなのに、待ちあわせ場所からみる様子はスーツ姿の人達ばかりだから心許ない。
「お待たせしました。こちらへ」
美人秘書!!と目を合わせて頷き合う。これが噂の美人秘書か。美人秘書といったら佐藤だ。クラスメイトの佐藤は美人秘書に夢中だ。美人秘書について、なぜ美人なのか、秘書なのかを熱く語ってくる。仕事もできていて、女性らしさを持ち合わせていると豪語している「美人秘書」。あいつの夢は美人秘書を雇うことらしい。なるほど。本物に会ったと教えてやろう。
美人秘書に案内されて、いよいよ会長室へ入った。
「君たちが母校の生徒かな?どうぞ」
緊張しながらソファーに座る。「やばっ」このソファー深く沈む。慌てて前かがみになって姿勢を正す。
「ふふ。ゆったり座っていいよ。さて、桜の木の下で見つけた手紙を持ってきてくれたんだね。ありがとう」
「あ、はい。こちらです」
俺は手紙を両手で差し出した。
「ありがとう。いやぁ、恥ずかしいなぁ。ちゃんと名前書いていなかったし、まさか読んでくれる人がいて、さらに自分に戻ってくるとは思っていなかった。油断していたよ。よく見つけられたね」
「…遺書だと思ったので、遺族に渡そうと探しました」
「そうか。実はこのあと、朝の海岸で散歩中の知り合いに見つかって親に連絡されてね。私はしばらく廃人になってたんだけど、恵美子に子ができたことが分かってね。いやぁ奇跡だと思ったね。駆落ち覚悟で何とか飛び出そうとしていたら、世間や周囲の人達が擁護してくれて、色々あったけど、今があるんだ」
「美恵子さんとはご結婚されたんですね。よかった」
遺書でなかったこと、二人が幸せに生きていることが分かって不思議とホッとした。
「この手紙、懐かしいなあ。いや、若いがゆえの失敗だな。カッコつけて、ふふふ。見つからないと思っていたからだな。恥ずかしいなぁ」
嬉しそうに少年のように微笑む老人を見て、少なくともこの手紙を届けることができてよかったと思った。
「ありがとう。先に逝った恵美子にも土産ができたよ」
受験生になる前の春休み、俺達にとっては高校生活での思い出に残るイベントになった。
「俺達の埋めた骨チキンでまた事件が起こるかもな」
終
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