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彼の事情①

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「ななもり!起きろ!早く!」



 七森侑斗ななもりゆうとはまだ起きない。



 後ろから彼のクラスメイト秋田理糸あきたりいとがペンをグリグリとめり込ませるが、起きない。



 肩甲骨の位置なのか、ペン先は半分以上埋まっている。



 横の女子生徒新浪香菜にいなみかなは心配そうにチラチラと見ていたが、あまりの反応のなさにシャツをつまんで引っ張った。少し身体が横にも揺れる。



 反対側、隣の男子生徒は彼の少ない友人である、九条康喜くじょうやすき。さっきから小声で声をかけていたが、先生が近づくにつれ諦めた。横の女子生徒とともにシャツを引っ張り横に大きく揺らす。



「バーンッ!!」



 先生の出席簿が振り下ろされ、七森の机で響き渡った。



 似たように寝ぼけている者たちは姿勢を正した。今から確実に説教がはじまるとクラス全体が感じていた。



 七森侑斗は陰陽師だ。平安朝時代から由緒正しき血筋に脈々と息づく残された子孫だ。



 …ただそれを知るものはここには誰もいない。



 彼が昨晩出雲大社前で夜な夜な出迎えをしていたことも、神無月の準備に駆り出されて明け方に東京に戻ってきたことも。



 どうやって移動するのか。彼らは雲隠れのように隠形で闇夜に移動する。正確にいうと呼び出されるという厄介な契約を結んでいるのだ。



 七森は小さい頃から寝不足だ。成長時に睡眠が必要という説から、夜10時から2時の間だけが彼に残された自由時間だ。以前、その時間に起きていて大変な目に合った。だから彼は10時に寝て、2時に起きる。いつも4時間程度の睡眠だ。



 今は昼食の後の古典の授業である。彼と同じように睡魔に負けていた者はすでに背筋を伸ばしていた。先生の次のリアクションをじっと待つ。




「…ん」



 さすがに破裂音と刺さる視線に起きたらしい。起こそうとしていた三人は既に様子を伺って彼を触ることはしない。



「七森さん。これで三回目の注意です。1回欠席扱いにします。確かに今日はお昼寝日和かもしれません。が、貴方はいつも寝ているようです。授業態度を改めなさい」



 先生はチラッと睡魔に負け始めていた生徒を見る。七森がいるクラスは彼が授業中に眠る代表のため、直接注意を受けて減点されることは少ない。




 この学年の常識である。もちろん先生達も知っている。



「彼を起こしておくのは無重力の中で生活するくらい難しいだろう」



 と言ったのは宇宙飛行士になったこの高校のOBだ。講演に来たときもぐっすり眠っているのだ。その時の彼はいつもの椅子ではなかったため、上を向いて眠っていた。壇上から見ると、注目せざるを得ない。



「それでいて授業内容は聞いているから不思議なものです」



 そうなのだ。彼は睡眠学習ができるのか、起こされた時はきちんと会話ができるのだ。

 成績は中の上。睡眠学習の方法は彼しか知らない。




「ここの“けむ“は過去の原因推量の助動詞、訳は“~だっただろう“です」



 さらに古典に関しては息をするように(幼少期から古典に振れるため)正解する。


 だからこそ、睡眠の時間が深いから、注意が1番多い。


 彼と比較的親しい九条はぜひ睡眠学習法を教えてほしいと聞いたことがあった。七森はしばらく考えたあと、


「わかんねぇ。感覚だな。夢で見てるのかなぁ」


 とぼんやりと答えただけだった。


 夢渡ゆめわたりを応用し、眠りながら授業を取り入れるという技を陰陽道で会得できたのは偶然だ。眠れない彼らが生きるために得た技だと言われている。



 あなたのそばで、よく寝ている人がいたら、もしかしたら睡眠学習をしているかもしれない。観察よろしく。
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