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竜姫アメリア

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急すぎて騎乗用の金具等もつけていない。

「ちゃんと捕まって。」

どこを!?

飛ぶことはしなかったが、駆けた。

「わ!あ!ひゃあ!」

振動で揺れる。馬と違って上下左右に激しい。手綱に捕まっていても振り落とされそう。怖い。

ユーリアが揺れていたのを心配したのか、ゼノスは自分の方へぐっと引き寄せた。密着している。いや、分かってはいる。それに私達はもう婚約者。まだ正式には決まってないけれど。

「・・・柔らかい。いい匂いする。やばっ」

小さく呟く声がした。いや、私も同じだから。思ったよりも柔らかい胸筋、引き締まった腕。男の人にこんな抱きしめられるなんて初めて。やばい。仕事上がりで臭くないかしら。ちょっとそんなに嗅がないでよ!

「おっと。俺にちゃんと捕まって。」

ちょっと離れようとすると引き寄せられた。確かに彼に体を預けていないとぐらぐら揺れる。下手したら落ちる。彼らはこの揺れで飛ぶ。やはり鍛えられた、選ばれた人たちなんだと実感。

「ほら見えてきた」

宿舎は、宿舎?いや洞穴の間違いだ。切り立った岩山に空いている穴がいくつもある。

「竜王の家族はここに住むことが決まっている。もういいだろう?アメリア?」

アメリア様は藍色の目を細めてゼノスをじっと見つめて、「ふん!」と鼻息荒く答えた。

「いや、わかってる。お前には感謝してる」

「だから、わかってるって!」

ゼノス様がアメリア様と話し始める。竜騎士はアメリア様に文句を言われているような気がする。気の所為ではない。そして長くなりそうだ。日が沈んでから暗くなるのは早い。そういえば、帰宅時間が遅くなるって言っていない。


「あの、竜宿舎まで来ましたので、今日はこれで」

「あ、はい!ありがとうございました!送ります。」

アメリア様を送って、その後はどこを通って送るのか、ついていく。

また無言でしばらく進むと竜騎士達が住む建屋が見えてきた。
「ここから馬車がでます。すいません。こんなに遅くなってしまって。迎えの馬車も連絡してます。」


先にいつも見慣れた御者が心配そうに私を見ていた。迎えの手配もしている。仕事はできそうね。

「ありがとうございます。では、また」

他になんと言っていいのかわからない。竜姫のお気に入りですから会うこともあるかもしれないけれど。

「あの、婚約よろしくお願いします!」

と言われて、竜騎士のちゃんとした名前を聞いていないことに気づいた。

「あの、すみません。正式なお名前をお伺いしておりませんでした。お聞きしても?」

「あ、すいません。私はゼノス・フォッグラッグと言います。爵位は竜姫の騎士なんで、一応男爵位を授かる予定です。成人の儀の後で。いやぁ、偶然同級生!嬉しいっす。」

え。

えーっと。どこどこの貴族の息子!と思ってたら、既に爵位?私が婚約者で大丈夫かしら?成人の儀の後は捨てられるのは私かもしれない。

残り者同士うまくやろう。せっかく出会ったんだから成人の儀を乗り越えようとか考えていたけれど、こんな優良物件か残っていたなんて。

「よ、よろしくお願いします。」

しかも、フォッグラッグって、確か士爵。武闘派一家として名を馳せている。あの一家の嫡男、現近衛の副隊長の婚約争いは話題になった。次男か三男としても注目されそうなのに、竜騎士だからかしら。

ー兎にも角にもアメリア様に感謝ね。

御者が近づいてきたので、慌てて会釈をして馬車へ向かうユーリア。それを見つめるゼノスが

「良かった。てか、やばい。これ現実!?おれ大丈夫!?っしゃ!!」

と呟いているのをもちろんユーリアは知らない。


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