山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*三年前* 運命の分岐点

36 立ち枯れの森

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 森は奥に進むに連れ、不気味な静けさが増していった。
 近寄ってはならないと本能に訴えかける何かが、確かに奥に存在している。
 ティファが「この先は危険だ」と断言した境界線上で、リュンクスたちは最後の休憩を取った。
 夜は、災いが起きやすい時間だ。
 森の攻略は早朝から行うことに決め、一行は焚火を囲んで眠った。
 その翌朝のこと。
 
「リュンクス、ちょっといいかい?」
 
 朝食の固いパンを食んでいると、ノクトが手首に触ってきた。そのまま紐を一周させて結ぶ。
 青色と黄色の組み紐に飾りの付いた、守護輪ミサンガだ。
 リュンクスは食事を止めて、ノクトを見上げた。
 
「先輩、これ」
「お守りだよ。付けておきなさい」
 
 人差し指と親指で、紐を摘まんで観察する。紐の一部が朝の光を受け、チカリと青銀に輝いた。ノクトの髪が編み込まれている。
 魔術師の髪が魔道具の素材になることは知っていたので、リュンクスはそれほど驚かなかった。それよりも目を引いたのは……
 
「何これ」
 
 丸い小さくて艶々した物体が、紐の繋ぎ目の飾りとして使われている。果実のような色と艶だが、鉱石の硬さを併せ持つ不思議な物体だ。
 
「ああ、それは貝殻だよ。私の故郷の海で拾ったものだ」
「うみ……見たことない」
 
 山育ちのリュンクスは、海を見たことがない。貝殻……海に棲息する生き物の抜け殻なのだろうか。どんな生き物か想像も付かない。
 
「そうか、見たことないんだね。いつか海に連れて行ってあげよう」
 
 ノクトは穏やかに微笑んで、リュンクスの頭をポンポンと撫でた。
 
 



 森の奥に踏み込んだリュンクス達は、異変を感じて立ち止まる。
 いったい、どこに隠れていたのだろうか。

「待って待って! そこで止まって!」
 
 リュンクス達の前に立ちふさがったのは、妖精の群れだった。
 花や植物に宿る妖精、フェアリー。小さな昆虫の翅を持つ、可愛らしい少女の姿をしているが、一般人の目には見えない。魔術師だけが、妖精を見、会話することができる。

「人間は立ち入り禁止なの! 魔術師でも駄目なの!」
「えーっ、魔術師なら、解決できるんじゃ?」
「一晩、花の蜜を飲みながら話し合って、決めたじゃない。子供の魔術師じゃ、無理だって」

 妖精たちは口々に叫ぶが、どうやら意見が割れているようだ。
 しかし、ノクトが「静かに」と言って手を打つと、水を打ったように静まり返った。
 
「君たちが、一般人をまどわして森から返していたのかい?」
 
 妖精たちは、後ろめたそうな表情をして言った。

「仕方がなかったのよ」
「ごめんなさいです……」

 悪意で人間を迷わせた訳ではなく、事情があって人間を森の外へ追い出していたらしい。
 
「この先に何があるんだい?」
「……」
 
 妖精たちは何か迷っている様子だった。
 リュンクスは妖精の向こう側の森を観察し、風に混じって異臭が漂っていることに気付く。
 
「変な臭い……毒?」
 
 ノクトが驚いたように一瞬、リュンクスを振り返り、再び妖精に向き直る。
 
「隠す必要はない。そこにあるのは、君たちの手に余るしろものだろう。私たちに任せてくれないか」
 
 力強く言い放ったノクトに、心動かされたようだ。
 一番立派な、揚羽蝶の翼を持つフェアリーが、リュンクス達の前に進み出て言った。
 
「若き魔術師たちよ。あなたたちに森を託します」
 
 妖精たちは光の粒になって消えた。
 その途端、壁が決壊したように、鼻にツンとくる異臭が立ち込める。
 隠されていた森の姿が明らかになった。
 妖精が棲む森は見る影もなく黄色く変色し、枯れ落ちていた。
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