山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*二年前* 選択

74 竜との契約

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『おぉー、痒くなくなった!』
 
 竜は大喜びだ。
 
『そうだ、氷の魔術師よ。礼の代わりに、竜種の中でも強い力を持つ、べフレートの主たるワシが使い魔になってやろう』
「君たち、人の言葉を話すような高位魔獣は、マスター単独では契約できないだろう」
『そうだが、支障なかろう。そこにサーヴァント属性の魔術師がおるではないか』
 
 リュンクスは自分を指差して「俺?」と首を傾げた。
 竜の申し出は、使い魔を得る絶好の機会に思えたが、ノクトは浮かない顔だ。
 
「駄目だ。リュンクスには、まだ早い」
「先輩。竜がわざわざ契約してくれるって言うのは、滅多にないんじゃ。プライドの高い魔獣なんでしょ」
 
 ノクトは首を横に振った。
 
「下手をすれば、リュンクスの命に関わる。無事に塔に連れて戻るよう託されたのに、約束を破る訳にはいかない」
 
 先輩の責任感の強さを知って、リュンクスは感動してしまった。
 
「べフレートの竜さん、せっかくの申し出だけど、そういう事だから」
『待て待て待てぃ! そなた本当にシルヴェストリスの子か?! 可愛い過ぎるではないか! お試し、お試しならどうじゃ? 試しに失敗しても、サーヴァントを連れていかんから!』
 
 竜が尻尾をぶんぶん振って呼び止めるので、リュンクス達は困ってしまった。
 
「先輩、お試しとか言ってるけど」
「……嫌でたまらないんだが、仕方ない」
 
 ノクトは、いつも飄々としている彼には珍しく、本当に嫌そうだった。
 地面に契約の魔術を補強する魔法陣を描きながら、ノクトはリュンクスに「円の中に立って」と指示した。
 
「高位魔獣との契約について、授業で習ったかい?」
「マスターだけでは出来ないから、サーヴァントが手伝うって」
「手伝う、か。先生はまだ三年生には早いからそう言ったのだろう。厳密には、サーヴァントを生贄に、マスターが魔獣と契約する」
 
 円の中でリュンクスは硬直した。
 
「生贄?!」
「命の危険があると言っただろう。これはサーヴァントが血を捧げて魔獣と契約する魔術の発展型だ。サーヴァントが直接、魔獣と契約するのはリスクが高いから、マスターが契約を肩代わりする」
 
 ノクトの説明で、リュンクスはこの魔術の危険性が、ようやく飲み込めてきた。

「失敗したら、俺が魔獣に喰われるってことか」
『こらこら、喰わんから。今回はお試し。知り合いの子を殺さんよ』
 
 竜が、前足を左右に振って危険性を否定する。
 そういえば、どうしてべフレートの竜は、リュンクスの母親の事を知っているのだろう。遅まきながら疑問に思う。
 しかし、竜に問い掛ける前に、契約の魔術が発動した。

「汝、元素を抱きし魔の獣よ。我が差し出せし贄を求めるなら、我に忠誠を捧げよ」
 
 ノクトが呪文を唱えながら、切れ味の良い小型ナイフを取り出し、リュンクスの指の先を軽く切る。
 地面に血が垂れる前に、竜が前に出て、長い舌で血を受け止めた。
 
「!!」
 
 その途端、リュンクスはまるで自分自身が竜の舌で舐められたような感覚に震える。
 それはまるでセックスの始まりのような、甘美な感覚だった。
 激しい動悸に、胸を押さえてうずくまる。
 気を抜くと竜に性交をねだりたくなる。竜が自分のモノになれ、と心身に強く訴えかけてくるようだ。
 
「リュンクス」
 
 厳しい顔のノクトが、見下ろしてくる。
 
「私と、この竜種と、どっちがいい?」
 
 比べるまでもない。
 いくら快楽を積まれても、ノクトと共にいることで得られる充足感には敵わないと思う。
 
「先輩がいい」
 
 答えを口にすると、体の熱が急速に引いていった。
 
『なんじゃつまらん。別に試しでなくても、良かったではないか』
 
 竜がぶつぶつ文句を言う。
 魔獣との契約の魔術は成功した。
 リュンクスは立ち上がる。
 この魔術は、魔獣とマスターがサーヴァントを取り合うのだ。ノクトが嫌がった理由が分かった。
 
「一瞬でも、舐めさせるのは気に入らない」
 
 ノクトは不機嫌そうな表情で言って、まだ血が流れているリュンクスの指を口に含む。
 もしかして、嫉妬? リュンクスは「カノン相手だと嫉妬しないのに」とおかしくなった。



 使い魔になったべフレート山の竜が、塔まで送ってくれると言う。竜より速く飛ぶ魔獣はいない。塔まで乗せていってもらう事にした。
 
「早く帰ったら、早く先輩とサヨナラになるじゃないか」
 
 リュンクスは、むくれた。
 
「あー、一週間かけて徒歩で山越えしたくなってきた!」
「私も仕事があるからね」
 
 ノクトは苦笑する。
 
「まあ確かに、別れには少し早すぎるね。塔でもう一泊していくとしよう」
「やった」
 
 二人を乗せた竜は、高速で空を飛翔し、あっという間に塔の屋上に着いた。
 
『シルヴェストリスの子、これを持っていけ』
 
 べフレート山の竜は、口をパカッと開け、白い球体を吐き出した。
 リュンクスは手のひらで受け止める。
 謎の球体には、べっとり竜の唾液が付いていた。獣臭いし、汚い。今すぐ手を洗いたい。
 
『あやつが欲しがっていたものじゃ。リクエストされた時には、持ってなかったのでのぅ。いつか渡そうと思っていたが、ちょうどいい。お前にやろう』
「コレ何?!」
『大事にしておくれ。じゃーまた』
 
 竜は、リュンクスの疑問に答えずに去ってしまった。
 ノクトは「どれどれ」と手の上の球体を観察している。
 
「捨てちゃ駄目かな……」
「そうだね。忌々しい竜の卵なんて、捨ててしまえばいい。ああ、殻を捨てる前に、目玉焼きにしよう」
「えぇ?!」
 
 リュンクスは平然と「目玉焼きにしよう」と言った先輩と、謎の物体の正体に驚き過ぎて、卵を取り落しそうになる。
 この卵の件が衝撃的だったので、リュンクスは母親の事を聞くのをすっかり忘れてしまった。
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