山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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 あっという間に決着が付いたように見えた。
 が、しかし、まだ戦いは終わっていなかった。

「グゥゥゥ……!」
 
 静かになったオークとは別の唸り声が響く。
 先ほどヒュージとノアが倒したオークが、起き上がって反撃しようとしている。
 
「リュンクス、下がれ!」
 
 カノンがさっと前に出て、杖と一緒に装備していた銀の短剣を抜いた。刃に指を走らせると紅蓮の炎が剣に移る。
 オークが咆哮し、襲いかかってくる。
 空中に光の魔法陣が浮かび、オークの攻撃を押し返した。カノンが準備しておいた防御用の結界だ。使い手の技量を表すように、光の線が繊細な幾何学模様を描き、花のように空中に咲き誇る。
 カノンは、結界にぶつかってバランスを崩したオークの首に、短剣を突き刺した。
 
「……!」
 
 ドサッとオークが倒れる。
 その首から黒い血が広がった。
 今度こそ力尽きて動かなくなる。
 
「……もう良いだろう。勝敗は明らかだ」
 
 絶句しているモンド教授に向かい、セイエルが宣言した。
 サーヴァント属性の魔術師の能力で、オークを使い魔に下したリュンクス。圧倒的な技術力で労せずにオークを倒したカノン。
 モンド教授の教え子と、セイエルの教え子、どちらが優秀かは、勝負の結果を議論するまでもなかった。
 
「セイエル君、君の生徒、ちょっと強すぎない? 平均的な能力の子じゃないでしょう。私は一応、これでも配慮して同じ年齢の生徒を選出したのに」
「なら教授の一番弟子を連れてくるといい。それでも良い勝負をすると思うがな」
「……」
 
 セイエルの返答に、モンド教授は苦虫を噛み潰した表情になる。
 地元アウレルムでは、カノンはリーアン王子と剣術勝負に興じていたので、魔術に力を入れているように見えなかった。
 モンドはカノンを侮っていた。しかし実際のカノンは、地元アウレルムの魔術学校に進んだ彼の兄よりも、遥かに将来有望だ。
 それに、彼のサーヴァントも予想外の実力だった。
 
「その年齢で竜を手懐けるサーヴァントとは……竜と一緒に育ったとかそういう野生児なんですかね。ありえない」
 
 肩に登ってきた竜の子を撫でているリュンクスを眺める。
 大物になりそうな魔術師の卵だ。
 彼の名前を覚えておかねばなるまい。




 蓋を開けてみれば圧勝だった。
 試合が始まる前は、密かに戦々恐々としていたリュンクスだったが、終わってみると始終優位だったと安心する。
 カノンは最初から全て予想通りだったように、平然とした振る舞いを崩さなかった。さすがというか、面の皮が厚いとも言える。
 ところで、負けが確定したアウレルムの学生二人組みのうち一方、ヒュージは「俺が勝ったら、カノンに戻って来いと言うつもりだったのに」と嘆いている。
 
「名前も覚えられてないとか……」
「カノン、名前くらい覚えてあげようよ」
「脳の領域の無駄遣いだ。呪文を覚えた方が身のためだろう」
 
 カノンは「用は済んだ。塔へ戻るぞ」とリュンクスに促した。
 だが去り際、一瞬振り返り、アウレルムの生徒の方を見る。
 
「ヒュージ、呪文を早口で唱えて噛む癖は、直ってなかったな」
「?!」
 
 覚えてるんじゃん、とリュンクスは心の中だけで突っ込んだ。
 カノンはわざと知らない振りをしていたらしい。
 確かにヒュージの反応は面白かった。
 
「畜生、覚えてろよー!」
 
 背後で、試合を見物していたアウレルムの魔術学校の生徒達が、がやがやと騒ぐ音がする。その中には「ええっ、カノン様もう帰っちゃうの」「お話したかった」などと残念がる声もあった。
 
「カノン、モテモテだな……」
「有象無象はどうでもいい。リュンクス、時間があったら、君をこの国の図書館にも案内したかった。塔よりも書物が多い。気に入ると思う」
 
 カノンは歩きながら、リュンクスの手を握りしめる。
 
「塔を卒業したら、俺の国に来てくれるか。今は荒れているが、本来は魔術師が住みやすい、良い国なんだ」
「!」
 
 突然の誘いに、リュンクスは戸惑った。
 今、リュンクスの心はノクトの方を向いている。カノンの誘いに素直に「うん」と言えない事で、それを自覚する。
 二人を天秤にかけるような卑怯な真似は、したくない。
 
「ごめん、俺はノクト先輩が好きみたいだ」
 
 そう言って、手を離そうとする。
 しかしカノンは、逆に強くリュンクスの手をつないできた。
 
「そうだろうな。ずっと見ていたから、知っている」
「カノン」
「俺は、先輩からリュンクスを奪うつもりだ」
 
 戸惑うリュンクスの手を握りしめる。
 
「だってリュンクスは、俺の事が嫌いじゃないだろう」
「!!」
「俺が強引に先輩から引き離したとしても、リュンクスは俺を恨まない。俺の事も主として認めているから。違うか?」
 
 リュンクスは、どきりとした。
 この一年、先輩と離れていてもそこまで寂しく感じなかったのは、カノンが隣にいてくれたからだと気付く。
 
「……違わない」
 
 カノンは、ふっと笑い、リュンクスの耳元、琥珀のピアスに唇を寄せる。首筋に温かい吐息が掛かって、リュンクスは震えた。
 先輩と引き離されたら、腹が立つかもしれない。しかし、たぶん最終的にリュンクスは彼を許すだろう。なるほどリュンクスは確かに、カノンに他と違う好意を抱いているのだ。

「あれ?」
 
 大人しく手を引かれるまま歩いていると、前方から空中を滑るように、黄金の鳥が飛んでくる。
 やたら派手な造りだが、塔でもよく使われる伝言紙の魔術だった。どうやらアウレルム独自のアレンジが為されているらしい。
 黄金の鳥は一直線にカノン目指して飛翔し、腕を上げたカノンの指先にとまった。
 
「王城から、俺宛の連絡だ。何かあったのか」
 
 カノンの表情に緊張が走った。
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