山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*一年前* 研究課題

99 真夜中の塔

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 昼間は学生で賑わう塔だが、夜はしんと静まり返っている。リュンクスはひとまず、表門の様子を見に行った。
 魔術文字が彫り込まれた木製の扉は、大人の背丈の二倍の高さだ。いつもは開放され、ひっきりなしに生徒や教師が出入りする。
 リュンクスは力を込めて扉を押してみた。
 頑丈な扉はきしみもしない。
 表から入るのは無理そうだ。
 
『教師が使う裏門があるから、そちらから入ろう。私が合言葉を知っている』
「これって規則違反じゃ」
『ふふ、引き返すなら今のうちだよ?』
「……まさか」
 
 夜中に塔に入ろうと考えた事は無かったから、規則を意識したこともなかった。おそらく夜中の学生の出入りは、禁じられているのではなかろうか。教師に見つかったらどうなるかと、リュンクスは不安になる。
 だが、それと同じくらいワクワクしていた。
 これはちょっとした冒険だ。
 
「俺は引き返さない。ノクト先輩、裏門の場所は?」
 
 教えてもらった道順で、塔の塀に沿って半周する。
 四角い印がある壁で合言葉を唱えると、壁に切れ目が入り左右に開いた。魔術で開閉する扉だ。
 リュンクスは意を決して扉をくぐる。
 
『灯りを付けると目立つから、付けては駄目だよ。夜目を効かせる魔術は知っているかい?』
「知らない」
『邪道の魔術はことごとく知らないか。君は真面目だねえ。よし、教えてあげよう』
 
 猫の瞳という魔術を教えてもらい、暗がりを進んだ。
 手探りで扉の取手をひねり中に入る。両手を使うので、竜の子が巻き貝を持って、リュンクスの耳にあててくれた。
 ノクトが声をひそめて楽しそうに言う。
 
『学生が夜、塔に出入りすることは禁じられている。危険だからだ』
「危険? 魔物でも出るの?」
『近いが違う。幽霊が出るんだよ』
「幽霊?!」
『しっ、声が大きい』
 
 階段を登ろうとすると、誰かが降りてくる足音がした。
 教師の見回りだろうか。
 リュンクスは、急いで物陰に隠れる。
 靴音を響かせ、降りてきたのは教師のセイエルだった。
 遅くまで仕事をしていたのだろう。
 
「……」
 
 セイエルは、リュンクスの隠れている壁の手前で足を止めた。
 リュンクスは「見つかったか」と冷や冷やする。
 
「……夜更けまでに、寮に戻りなさい」
 
 ひとり言のように呟き、セイエルは歩みを再開した。
 隠れているリュンクスは放置だ。
 セイエルが十分に遠ざかるのを待ち、リュンクスは階段に戻った。
 
「見逃してくれたのかな」
『セイエル先生は話が分かる人だからね。だが他の先生は見逃してはくれない。捕まったら罰を食らってしまうよ』
「罰ってどんな?」
『トイレ掃除かな』
 
 ノクトの返事は曖昧だった。
 先輩の事だから、捕まった事自体ないのだろう。
 リュンクスは足音を殺して階段を登った。
 だいぶ時間は掛かったが、七階まで到達する。
 
『ここまで来れば安全だね。七階は、セイエル先生以外の出入りは無いんだ。そのセイエル先生は先ほどすれ違ったから、七階には他の先生はいない』
「あー、疲れた!」
 
 リュンクスは階段から離れ、通路の隅に座りこんだ。
 少し休憩だ。




 一息ついたところで、リュンクスは先輩に、カノンとのやり取りについて説明する。真夜中の塔を登るうちに気持ちが落ち着いたので、冷静に振り返りができた。
 耳飾りをもらった事は既に報告済だ。
 アウレルムの風習なので予想しているだろうと、気楽な気持ちで報告したら、案の定ふんふんと聞き流してくれた。
 だが竜の子については「知らない内に卵が割れて出てきた」とぼやかして伝えている。どうやって生まれたか謎だし、カノンの暴走も説明しづらかった。
 それでも敏い先輩は察しているのか『だから、あの時に捨てなさいと言っただろう』と少し不満そうだ。
 魔力の込めた声で命令された件を話すと、ノクトは舌打ちした。
 
『そうか。カノン・ブリストがいよいよ本格的に動き始めたか。いずれこうなるだろうと分かっていた。避けられないと覚悟していたけれど、実際にこの耳で聞くといささか腹立たしいな』
「先輩、カノンに嫉妬してなかったのに。今更じゃん」
『そうだね。だが君の成長には、カノン・ブリストが絶対に必要だった』
 
 ノクトの口調は、珍しく怒りのような感情が混ざっていた。
 その怒りの矛先はノクト自身であるらしい。
 
『もともと、私は君をパートナーにするつもりはなかった』
 
 リュンクスはどきりとした。
 薄々そのような気がしていたが、改めて口にされると複雑だ。
 
『入学したての一年生の、サーヴァント属性の自覚が無い子を導くことは、五年生のマスターの課題の一つだった。やり方は各々おのおのに任されていたのだけど、私は君に好かれようと考えていなかったから、わざと強引な方法を取った。嫌われれば、離れるのが楽だからだ』
 
 ノクトに強引に組み敷かれ、サーヴァントに変えられた事を、リュンクスは思い出す。あの時、無理やりだったけれど、ノクトの手付きは妙に優しかった。
 今の説明で、その理由が分かる。
 下手に優しくして、後輩に懐かれたら困る。だが傷付けるつもりもない。何よりも多少の好意を後輩に感じていたから、ノクトは迷った。だから、あのような中途半端な対応になったのだ。
 
『私は、カノンと君の恋愛を応援するつもりだったんだよ。だけど君は、帰らずの森で自分から私に近付いて来たね』
「……うん」
 
 帰らずの森で、リュンクスの方からノクトにキスをした。
 その時を境にノクトの態度が変わった。
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