山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*一年前* 研究課題

101 幽霊の部屋

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 夜だけ開く部屋?
 嫌な予感がする。リュンクスは急に寒気がして身をすくめた。
 
「チー!」
『ああ、そろそろか。隠れた方がいいね』
 
 竜の子が裾を引っ張り、リュンクスを物陰に誘導する。
 先生はいないと言ったじゃないかという文句を飲み込み、とりあえず棚の後ろに隠れた。
 
「あははははぁ! 今夜も素敵な、解剖ターイム!」
 
 ジャキンジャキンとはさみの音がする。
 足が透けた男が、空中を浮かんで廊下を移動している。手に持った鋏をジャキンジャキンと動かしながら。男はくたびれた灰色のローブをまとっていた。
 ローブはよく見ると赤黒い染みがこびりついている。目のいいリュンクスには、鋏に付いた赤錆も見えた。もしかして、血の染みだろうか……。
 男は狂喜に満ちた表情で、高笑いをしながら廊下を進む。
 その異様な光景にリュンクスは怖気おぞけが走った。
 
「何あれ?!」
『幽霊が出ると言っただろう。解剖が好き過ぎて、同級生に手を出したあげく変死した生徒の幽霊だ』
「怖っ。何その設定」
 
 幽霊は、空き教室に向かっている。
 しかし途中のリュンクスの隠れる棚の近く、空中でピタリと止まった。
 
「生き物の気配がするぞぉ。柔らかそうなサーヴァントの気配だぁ」
「!!」
「出ておいで~。綺麗に解剖してあげるぞ~」
 
 ジャキンジャキン。
 幽霊が近付いてくる。
 居場所がバレているのに、留まっても意味がない。
 リュンクスは立ち上がった。
 
『サーヴァントを解剖したいのか。道理で、マスターの私には襲い掛かって来なかった訳だ』
「納得してる場合じゃないだろ! 先輩の馬鹿、おたんこなす!」
 
 わりと適当な先輩をののしりながら、リュンクスは駆け出した。
 幽霊に効く魔術はあるのだろうか。
 無い場合は、どこかに避難しないと。
 リュンクスの焦りを察したように、竜の子が肩を離れ、先導するようにパタパタ飛び始める。
 
「チルル、安全な場所に心当たりがあるのか?!」
「チーチー! チー!」
 
 竜の子の言っている事は分からない。
 カノンがいれば何を話しているか、分かるのだが。
 
「待てぇぇぇぇ!」
 
 鋏を持った幽霊がすぐそこまで迫っている。
 リュンクスは竜の子と一緒に、たまたま前方に開いた扉の中へ駆け込んだ。
 部屋に入った途端、扉は後ろでバタンと閉まる。
 
「……危ないところだったね」
 
 息を切らしているリュンクスの前で、儚げな印象の少年が微笑む。少年は真っ白い長い髪を、灰色のローブの上で三編みにしていた。
 絨毯を踏んでいるであろう少年の足が透けている。
 幽霊だ。
 
「うわわわっ?!」
『リュンクス、その少年は味方だと思うよ』
 
 ノクトの冷静な指摘で我に返る。
 少年は、解剖しようと追ってくる幽霊からかくまってくれた。
 少なくとも敵じゃない。
 
「ごめん、助けてくれたのに騒いで」
「いいよ。同じサーヴァント属性の魔術師じゃないか。まあ僕は幽霊だけど!」
 
 少年は、自嘲するように言ってクスクス笑った。
 竜の子が淡く光る巻き貝をよっこらせと持ち上げる。
 先輩の説明の声が聞こえた。
 
『七階には、自殺したサーヴァントの生徒がいるという噂だったんだよ。リュンクス、そこが開かずの扉の向こうの部屋だ』
「ちょっと待て。先輩は俺に、幽霊の部屋を研究室にしろって?!」
『夏は涼しくて良いと思うよ』
 
 ノクトの台詞はどこまで本気か分からない。
 リュンクスは、ここは笑うところか、怒るべきところか、真剣に悩んだ。

「僕の部屋を研究室に? 誰が? 君が?」
 
 幽霊の少年は、ノクトとリュンクスのやり取りを聞いて、突っ込んできた。
 状況から察するに、この部屋の主は、幽霊の少年だ。
 勝手にリュンクスが使うと宣言したら、気を悪くするだろう。
 
「や、違うよ。君の部屋を奪うつもりなんかなくて」
「良いよ! サーヴァント属性の魔術師が、研究するなんて珍しいじゃないか! わくわくするね! ぜひ僕の部屋を使って!」
「……へ?」
 
 穏便におさめようとしたリュンクスを遮り、少年は「すっごーい」と拍手喝采だ。
 
『良かったじゃないか。研究室が決まって』
「先輩、ぜったい行き当たりばったりだろ!」
『……』
 
 白々しく明後日を向く先輩の姿が目に見えるようだ。
 半眼になっているリュンクスを見て、少年は首を傾げた。
 
「先輩って、君のマスター?」
「う、うん」
「ずいぶん仲良しなんだね」
 
 遠慮の無い会話をしていたので、そう見えただろうか。
 だが実態は少し違うと、リュンクスは思う。
 
「仲がいい訳じゃない。先輩は悪戯好きで、いっつも変な事を俺にさせて面白がってるんだ。今回も、開かずの扉だか何だか知らないけど、肝試しみたいな事を俺にさせて」
『リュンクス、夜中に塔に登るのは、世間一般では肝試しで間違いないよ』
「だから! 最初に言ってた事となんか違うだろ!」
 
 怒鳴ってゼーハーと息を整えるリュンクス。
 巻き貝の向こうで、ノクトはくすくす笑っているようだ。
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