山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*一年前* 冬至祭

173 冬至の夜(※)

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 リュンクスは熱いものが込み上げてきて、唇を引き結ぶ。
 東の国には「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざがあると、シラユキに聞いたことがある。
 欲張って二人のマスターを追いかけて、結局、両方を失ってしまうのではないか。
 大事な二人と離れないために研究する道を選んだけれど、本当はずっと不安だった。
 二人をはかりに掛けるのは、不誠実ではないか。
 ずっと良心が咎めていた。
 どちらかを選んで楽になりたかった。
 
「先輩とカノンの二人がいてくれると、すごく安心して、毎日がすごく楽しくて……だから、そんな日々がこれからも続けば良いと、子供みたいな夢を見ていた」
「うん」
「やっぱり駄目かな。カノンは許してくれないかな。卒業したら、三人で一緒にいられない……?」
 
 いつの間にか、涙がこぼれていた。
 片手の甲で目元を覆う。
 顔を隠したリュンクスを見下ろし、ノクトは答える。

「正直どうなるか私にも分からない。カノンは私との付き合いを表面上許しているけれど、可能なら君を完璧に囲い込みたいと考えているからね……」
 
 その執着は、リュンクス自身が一番良く知っている。
 ノクトの存在が有益と理解しながらも、カノンが心の中で葛藤を抱えていることも、薄々察していた。
 
「争いが無いのは不自然だ。私達は、一度どこかでぶつかり合う必要がある」
 
 ノクトは穏やかに続けた。
 
「ただ、君がカノンを選んだとしても、私との繋がりが切れる事はないよ」
 
 そうなのだろうな、とリュンクスは思う。
 自分をサーヴァントに仕立てあげた、良い意味でも悪い意味でも、ノクトはリュンクスにとって特別な相手だ。どんな形であれ、彼との付き合いが絶える事はないのだろう。
 その約束を疑ってはいないけれど、リュンクスは不安な気持ちを熱情で上書きして欲しくて堪らなかった。

「先輩、俺を抱い」
 
 言いかけた台詞は、ノクトの口付けに飲み込まれた。
 それはリュンクスのプライドを折らないための、ささやかなノクトの優しさだった。




 暖炉から漏れる灯りだけで、二人は体を重ねる。
 妖精の血を引く魔術師は、夜目がきく。それでも暖炉から影になっている部分は暗くて、手探りになった。
 無言のまま、本能の求めに従って、契りを交わす。
 
「っあ! はぁ、ん……」
 
 リュンクスは高い喘ぎを漏らしながら、背筋を弓なりにそらす。
 揺さぶられる度に、深い安堵と快感が体を走り抜けた。
 すがるようにノクトの腕を掴み爪を立てる。その痛みに感じたのか。リュンクスを見下ろし、ノクトは獣じみた笑みを口の端に浮かべた。
 組み伏せられる快感を享受しながら、リュンクスはノクトを全身で味わう。
 羞恥心で言えないのもあるが、リュンクスの中で、ノクトへの気持ちは単なる「好き」とは少し違う。
 カノンと比べ、彼に対する情が薄い訳ではない。
 ハスカルが友人との関係を冗談めいて「腐れ縁」と口にしているのを聞いたことがある。ノクトとの関係は、どちらかと言うと、そちらに近い気がする。無論、腐ってはいないのだが、どうしても切り離せない、嬉しくも厄介な繋がりだ。
 この絶対的な信頼と深い安心感は、どう表現すればいいだろうか。リュンクスには、彼がどうしても必要だった。
 絶頂の余韻が冷めると、リュンクスはぽつりと呟いた。
 
「先輩……ありがとう」
 
 ノクトが喉の奥で笑った気配がする。
 
「自分のサーヴァントを抱いただけなのに、礼を言われたのは初めてだよ」
 
 くるりと体勢を入れ替え、ノクトはリュンクスを自分の上に乗せる。そうして、背中をゆっくり撫でた。
 リュンクスは眠くなってくる。
 夜明けには先輩が帰ってしまうのに。
 もっと話していたい、目を開けていようと思ったが、無理だった。
 
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