山猫に首輪は付けられない

空色蜻蛉

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*現在* 天空の城

206 危機感

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 彼を一人にしてしまって良いのだろうか。
 自分ばかり得をしているのでは、という罪悪感と、一人になったカノンの気持ちを思い、リュンクスは少し憂鬱だ。

「カノンの事を心配してるんだね?」

 ノクトは、リュンクスの浮かない表情に気付いた。
 鋭く内心を察知する。

「平等を重んじる彼の性質は美徳だが、こういう時は頂けないな」
「先輩……」
「私は別に一人部屋で良かったんだ。一人には慣れている」
 
 リュンクスは、そんな悲しい事を言わないで欲しい、と思う。
 しかしノクトはいつも通り飄々とした様子で「君も乗り気じゃないだろう。大人しく寝ようか」と、壁際のベッドに歩み寄った。
 荷物を置いて、上着を脱ぐ。
 リュンクスも自分の荷物を整理した。
 しばし、沈黙が流れる。
 旅で汚れた服を脱いで、横目で見ると、ノクトは疲れているのか、もうベッドに横になっていた。
 ノクトは、カノンほど毎日リュンクスの管理をしたがらない。性に関して淡白な一面がある。それに自由を愛する故か、気分が乗らない時は普通にリュンクスを放って寝る。
 卒業旅行で、そんな先輩の行動に慣れているリュンクスは、今更、先輩の態度に物怖じしたりしない。
 
「先輩」
 
 当然のように、枕を持っていって伺いを立てる。
 
「駄目?」
「もちろん、駄目じゃないさ」
 
 説明をまるっと省いたリュンクスの問いに、ノクトはくすりと笑って、横にスペースを開けてくれた。
 リュンクスは安心して、彼の隣に滑り込む。

「……そういえば」
 
 ノクトは何事か考え事をしていたようだが、頬杖を付いてリュンクスを見下ろした。
 
「卒業後、カノンは君をアウレルムに連れて行くつもりだったね。仕事はどうするんだい? 彼の事だから、目の届くところにいろと強要しそうだね」
「俺が貴石級を取得したから、アウレルムに行く以外は、俺の自由にさせてもらう予定だけど」
 
 卒業後の職場を一緒にしようとするカノンに抵抗し、貴石級を取得したら干渉するなと釘を刺したのは年が明ける前。
 無事、貴石級を取得したので、その話は無しになったはずだ。
 しかし、あれ以来、その話題に触れて来ないカノンに、そこはかとなく不穏を感じているリュンクスである。

「へぇ。何かしたい事があるのかい?」
「……ちょっと店を」
 
 言いかけて、リュンクスは口ごもった。
 幽霊セドリック少年と共同研究で作った薬を、売りさばこうという密かな企みがある。まだ雲のように掴みどころの無い計画前の段階なので、先輩やカノンにさえ、話すのは気が引けた。
 しかし、ノクトにはお見通しのようだ。
 
「君は、道具や薬を作るのが好きだったね。アウレルムは魔術師が多いから、工房を構えるには良い場所じゃないか」

 そのものズバリ、リュンクスの希望を突いてくる。
 応援してくれそうな雰囲気に、リュンクスの口元はゆるんだ。

「本当?」
「ただし、都市部は地価が高そうだね。お金は貯めてるかい?」
「おぅ……」
 
 まだ学生のリュンクスは、そこまで考えていない。
 ノクトの指摘に、課題は山積みだと絶句する。
 
「カノンに、弱いなら弱いと認めて奴隷になれって、脅されたけど」
「財力も力には違いないからねえ。その力で行くと、私もカノンに勝てない計算だ」
 
 彼の実家は資産家だからね、とノクトはのんびり言った。
 
「このまま行くと、資金を稼ぐためカノンに身売りするしかないね」
「のぁぁあ!」
「独立を目指すなら、カノンの手を借りるべきではない。資金が貯まる頃には、カノンの仕事を手伝うのにも慣れて、他の仕事をする気持ちも無くなっているだろう」
 
 大人になると、職業を変えるのは大変だからね、とノクトは妙に年寄り臭い事を言った。
 リュンクスは頭を抱える。
 同居で地味に飼い慣らされ、カノンに逆らう気力を削がれる毎日だ。数年掛かりでアウレルムに来るよう説得されたように、今度も粘り強く自分の職場に来るよう説得されるだろう。このままでは、それと気付かず囲い込まれる。





(※カノン視点)

 次の日、カノンは何となく気になって、早朝に二人の部屋を訪れた。閉まった扉を見て引き返すつもりだったが、予想に反して扉が開いている。
 
「……」
 
 なぜ扉が開けっ放しなんだろう。
 ひょいと覗き込むと、床に紙片を広げて何か書きなぐっているリュンクスと、それを寝台に腰掛けて見下ろすノクトの姿が見えた。
 
「何をやってるんだ?」
 
 リュンクスは考え込んでいるようで、反応しない。
 ノクトが代わりに答えた。
 
「原料の仕入れと、薬を売った代金の差額の利益が、一年でどのくらいになるか計算しているみたいだよ」
「??」
 
 カノンは眉間のシワを深くした。
 
「一晩中、まさか計算をしていた訳ではないな?」
「そのまさかだよ。私は、途中で面倒くさくなって寝たけどね。朝起きて、散歩に行こうと扉を開けて、リュンクスが気になって戻ったところだ」
 
 ノクトは飄々と答えた。
 扉が開きっぱなしだった理由が分かった。
 
「俺はてっきり、先輩とリュンクスは睦み合っているものかと……」
「昨夜は気分が乗らなくてね」
「なぜリュンクスを止めない?」
「一生懸命になっているところが可愛いだろう」
 
 夢中になると止まらないリュンクスを、カノンはたびたび強引に寝かし付けたものだった。
 しかしノクトは、止めなかったらしい。
 その理由の「可愛い」は納得できない事はないが……それよりもリュンクスの体が心配なカノンである。

「……よし、三番目の案なら行けるかも!」
 
 リュンクスが急に声を上げたので、マスター二人はびくっとした。
 カノンは咳払いして言う。
 
「リュンクス、もう朝だぞ」
「朝?」
「二度寝すればいいよ。ここは塔じゃないから授業もないし、今日は緊急の用件もない。休んでも大丈夫だ」
 
 ノクトは「リュンクスを頼むよ」と言って、部屋から出て行く。
 朝の散歩に行ったのだろう。
 その後ろ姿を見送って、カノンは溜め息を吐いた。
 大あくびをしたリュンクスを寝台に引き上げ、毛布をかける。
 
「寝ろ。次の行動は午後に決めよう」
「……うん」
 
 リュンクスを寝かし付け、カノンは床に落ちた紙片を拾った。
 残念ながら字が汚すぎて、内容は全く分からなかった。

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