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5島連盟編

02 兄弟

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「あー、しんど。俺はもう竜王を辞める!」
「何を言ってるんだお前は……」

 ハルトが呆れた顔をするのを、無視してアサヒはうーんと伸びをした。
 明るい赤毛に特徴的な渦巻き眉毛をした彼は、今はすっかりアサヒの側近のような役割に収まっている。同じ学生で年齢も近いのでアサヒも気安く受け答えできる。

 ピクシス奪還の流れで正式に炎竜王として活動を始めたアサヒは、竜騎士達に引っ張りまわされ、事件や問題のごとに判断をあおがれ、辟易へきえきしていた。
 そのため、戦後の処理を終えた後は「学生だから学院に戻る」と言って、学院に戻ってきている。
 学院の中までは学生ではない竜騎士達は追ってこないからだ。

「逃げ遅れたコローナの兵士の処遇はどうする? 城の地下牢が満杯だ」
「時期を見て捕虜返還する…って、学院でまで俺にそういう話をするなよ!」

 ハルトの問いかけにうっかり答えてしまった後、アサヒはこれ以上仕事をしないと唇を引き結ぶ。
 過去の竜王の記憶があるので、ある程度、竜騎士達に指示出ししたりすることはできるのだが、アサヒ自身は慣れていないので気疲れする。
 今や、安らげるのは学院の中だけだ。

「……アサヒ」

 廊下を歩いていると、深紅の髪に琥珀の瞳をした背の高い男が現れる。
 気品と狼の鋭さをあわせもった容貌の彼は、ヒズミ・コノエ。
 ピクシズ奪還の戦いの直後に倒れ、自宅でずっと休養をしていたため、顔をあわせるのは久しぶりだった。

「俺はこれで……」

 気をきかせたのか、ハルトはアサヒの傍を離れる。
 話があるというヒズミの後を追って、アサヒは内緒話に最適な空き部屋に入った。
 扉を閉めて彼と向かいあう。
 なんだか改めて話すと緊張してしまい、アサヒはぶっきらぼうに問いかけた。

「身体は大丈夫なのか?」
「問題ない。ふっ……お前に心配されるようになるとは、夢にも思っていなかった」

 年上の男は瞳を細めて苦笑する。
 彼はそのまま続けた。

「ハヤテに聞いた。私のことについて知っているそうだな。何か……私に言いたいことはあるか」
「言いたいこと?」
「色々あるだろう。なぜ兄であることを黙っていたか。長い間ひとりでいたのだから、苦労もしただろう。それらが私のせいだとは思わないか。名乗らずに邪見に扱っていた私が憎くないか」

 淡々と言うヒズミに、アサヒはは戸惑った。
 憎しみを抱くには、今までヒズミはあまりに遠かった。
 眉間にしわを寄せて少し考えてから答える。

「あんたは自分を責めて欲しいのか?」
「それは……そうかもしれない。お前達を守ると誓っておきながら、私は誰ひとり親しい者を守れなかった。お前を見失って放浪させ、ミツキは敵国にさらわれて……」
「あんたのせいじゃないだろ」
「私は自分が許せないのだ。お前の兄として接する資格などないと思った」

 記憶を失っていたアサヒと違い、ヒズミは家族を失った孤独と直面していた。さらには名門コノエ家の生き残りとして、周囲の重圧を受け止めなければならなかったのだろう。
 初めて彼の本音を聞いて、アサヒは少し目を伏せた。
 
「だけど、俺もミツキも生きて、あんたの傍にいる」
「!!」
「まだ遅くないだろ。これからだ、俺達は」

 顔を上げて言うと、ヒズミは目を見開いた。

「そうだな……これからが正念場だ。すべき事は山のようにある」
「うん。ミツキも元に戻さないとな。しっかし、変な魔術をかけられているみたいで困ったな。解呪は得意じゃないんだ。そういうのは風竜王が専門なんだけど」

 重くなった空気を和らげるために話題を変える。
 コローナから取り戻した銀髪の巫女姫、ミツキは、始終ぼんやりした様子で話しかけても答えない。アサヒの見立てでは精神系の魔術をかけられているようだった。

「風竜王か……アウリガは敵ではないと、お前は言うのだな」
「敵か味方か、どっちにしろ風竜王と会ってはっきりさせなきゃいけない」
「止めても無駄か。どうせアウリガに行きたいと、そうお前は言うのだろう」
「ビンゴ! ついでに逃げ遅れてピクシスに残ったコローナの兵士達をアウリガに送り届けようぜ。同盟国だし良きようにしてくれるだろ。ちょうど近くにリーブラが停泊しているから、安く飛行船を仕入れられるぜ」

 土竜王に会っておいて良かっただろ一石二鳥だ、と言うとヒズミは苦笑して頷いた。

「我らが王の望むままに計らおう。ところでアサヒ……」

 話を締めくくるように、彼は少し真剣な顔をして問いかけてくる。

「お前は自分を孤独だと思うか?」
「孤独? あんたがいるだろ」

 アサヒは不思議そうに聞き返した。
 孤児時代とちがって友人や家族もいるのだから、今は何の不安もない。
 
「……それならば、良い」

 ヒズミは安心したように少し口の端を上げる。
 彼が光竜王とした問答の件をアサヒは知らない。なんでもない一言がどれほど救いになるかなんて、言われた本人にしか分からないのだ。




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