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極夜の支配者
38 お祝いされました
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ドリアーデの母親は妖精になってしまったけど、本当にいいのだろうか。
そもそも太陽の精霊を使って母親を復活させる話はどうなったのか。
ドリアーデに聞いてみると「勝算は無かったのです」と言う。
彼女は故郷の森から連れてきた水の精霊と、黄昏薄明雪原で手に入れた太陽の精霊の力を使い、枯れ木になった母親を復活させようとしていた。
しかし、たとえ木が生き返ったとしても、母親の意識が戻るかどうかは分からなかった。
「だから、これで良かったのです。不要になった太陽の精霊は、フェンリルさまにお渡ししますね」
眠っていたクロス兄とティオを起こしてもらい、俺たちは外に出てウォルト兄と合流した。
「ウォルト兄! 親父に勝ったのか?」
「……」
「なーんだ、まだなのか。じゃあ勝負は俺の勝ちだな!」
「……ゼフィを守ることもできず、寝ていた癖に」
「何だと?!」
クロス兄とウォルト兄は、再会して早々に兄弟喧嘩を始めた。
俺は二匹の間に飛び込んで、兄狼両方に抱き着く。
「兄たーん! 会いたかったよお!」
「「ゼフィ!」」
すぐに兄二匹は相好をくずし、メロメロになった。
俺たちの様子を見ていたドリアーデが、咳払いして割って入る。
「太陽の精霊ですが、すぐに料理して運ばせます。ここで食べていかれますか?」
「?!」
料理……できるの?
「……いただこう」
ウォルト兄が重々しくうなずいた。
フェンリルが入るには地下魔王城は狭いので、俺たちは外の雪原で待った。
やがて白い服を着た料理人が、銀の盆に乗せた料理をしずしずと運んでくる。
「太陽の精霊の、オムレツでございます」
おお、本当に料理が出てきた。
料理人が銀色のお椀型のふたをパカッと開くと、湯気と共に黄金に光る卵料理が現れた!
「ワタリガラスの卵百個と、トナカイの乳を使って濃厚に仕上げたオムレツに、栄養たっぷりの太陽の精霊を包みました。もちろん中はトロトロになっております」
料理は内側から光輝いている。
まぶしい……!
「兄たん、俺も味見しちゃ駄目?」
「ウォルト兄」
「……」
俺とクロス兄は、ウォルト兄におねだりする。
ウォルト兄は「一口だけなら」と許可してくれた。
銀のスプーンを借りて味見してみたが、甘い卵の味がする。正直、卵の味すぎて、太陽の精霊の味か分からない。
皿の上のオムレツをあっという間に平らげたウォルト兄は、空に向けて遠吠えを上げる。
大気がびりびりと震えた。
風がざわめき、周囲の気温が下がる。雪が空に舞い上がり、蒼天の色が陰る。
「……夜が、戻ってきた……!」
見上げた空は抜けるようなスカイブルーから、紫紺の色へ移行しつつあった。
淡い紫の色、トワイライトパープル。
「綺麗だ……くしゅっ」
俺たち兄弟と付かず離れずの距離を保っていたティオが呟いて、寒そうにくしゃみをした。
真白山脈に戻らないとな。
「一件落着したようだし、私は東の海へ帰るとするよ」
「ヨルムンガンド。いろいろとありがとう」
「ふふ、興味深い魔法をたくさん見られたからね。楽しかったよ」
俺の肩から離れたヨルムンガンドは、青い竜の姿に戻った。
コウモリ型の翼を広げ、すっかり紫色になった空に舞い上がる。
「ゼフィ、ひとつ聞かせてくれ」
「何?」
「君には、変えたい過去はないのかな?」
ヨルムンガンドに聞かれて、俺は目を見開いた。
人間として過ごした前世で後悔が無かったといえば、嘘になる。
ドリアーデじゃないけれど、助けたくてもどうしようもない人、果たしたくても果たせない願いはいくつもあった。
それでも……過去を変えたいとは思わない。
「過去を変えたら、兄たんたちと会えなくなっちゃうじゃないか」
もし人間だった俺が、両親を死なせることもなく、幼馴染と手をとりあって幸せに暮らしていたら、そして生まれた国に裏切られなかったら……真白山脈まで旅をすることもなく、フェンリルに生まれ変わることは無かっただろう。
「そうか。そうだな……」
ヨルムンガンドは噛みしめるように頷くと「また会いに来るよ、ゼフィ」と言って、空へ上昇していった。すさまじい速度で飛ぶ東の海の神獣の姿は、すぐに見えなくなる。
入れ替わるように、崖の上からフェンリル父上が飛び降りてきた。
ウォルトを眺めて感心したように言う。
「見事だ、ウォルトよ。もうすっかり一人前の狼だな。私の座を、お前に譲ろう」
「良いのか、父上」
「もちろんだ。この地の主となれば、黄昏薄明雪原から離れられなくなるが、よろしく治めてくれ。ふう、お前に跡目を譲れば、私もようやくお前たちの母親に会いに行ける」
父上の姿を見なかった理由が分かった。
黄昏薄明雪原の主になったら、外に行けなくなるのか。
なるほどなー。
「……断る」
ウォルト兄は低くうなって答えた。
「何?」
「ゼフィと一緒にいられないのならば、黄昏薄明雪原の主になっても意味がない」
「ええっ、せっかく隠居できると思ったのに……」
父上は大層ショックを受けた様子で肩を落としている。
だが少しすると気を取り直したように俺の方をちらりと見て「ゼフィを連れて、また遊びに来い」と言い、そのまま身をひるがえして、元来た道を帰って行った。
「……俺たちも真白山脈に帰ろう」
「おう!」
「置いてかないで、僕も僕も!」
ウォルト兄はティオを乗せ、クロス兄は人間の姿の俺を乗せ、雪原をひた走る。
来た時よりも時間を掛けずに俺たちは真白山脈に戻ってきた。
まずは、ティオを麓の人間の村に送り届ける。
ウォルト兄の背中から飛び降りたティオは、俺を見上げて言った。
「ねえゼフィ、太陽の精霊オムレツってどんな味だったの?」
「秘密だよ」
「えー、気になる」
すっかり非日常に慣れてしまったのか、ティオは兄たんの前でも平気そうに俺としゃべる。図太い奴だ。
「まあいいや。今度また僕に剣を教えてよ」
「気が向いたらな!」
俺はティオに手を振って別れた。
兄狼は真白山脈を駆け登り、母上の待つ洞窟へ向かう。
母上は洞窟の外で俺たちを待っていた。
「ようやく三匹そろって帰ってきましたか」
「遅くなった、母上」
「ただいまー!」
「……」
子狼の姿に戻った俺は、母上の足元にじゃれつく。
四匹でもつれあうように洞窟の前で帰宅の挨拶をした。
「見なさい、あちらが黄昏薄明雪原の空です」
母上が示す方向を見ると、彼方の空に不思議な現象が起こっていた。
硝子で織ったような白い布がカーテンのごとく夜空に掛かり、七色の光彩を放射している。桃色と深い紫色のグラデーションが掛かった空の一点から、その現象は徐々に広がっていった。
極光だ。
天の川の流れに漂うように、透き通る光のカーテンはゆっくりと形を変えながら揺らめいた。
無数の星々が楽譜に並ぶ音符のように、夜空に掛かる極光の上で明滅している。
「父親と会ったのですね」
「……」
俺たち兄弟はぽかんとして、極光に見入った。
母上が静かに続ける。
「あれは、あのひとから私たちへのメッセージ。家族皆で幸せに暮らせるように願いを込めて。ゼフィ、あなたの誕生日プレゼントかもしれませんね」
「たんじょうび?」
「今日はあなたの誕生日ですよ、ゼフィ」
「!!」
俺の毛並みを整えながら、母上は愛情のこもった声で言う。
「誕生日おめでとう、ゼフィ」
そもそも太陽の精霊を使って母親を復活させる話はどうなったのか。
ドリアーデに聞いてみると「勝算は無かったのです」と言う。
彼女は故郷の森から連れてきた水の精霊と、黄昏薄明雪原で手に入れた太陽の精霊の力を使い、枯れ木になった母親を復活させようとしていた。
しかし、たとえ木が生き返ったとしても、母親の意識が戻るかどうかは分からなかった。
「だから、これで良かったのです。不要になった太陽の精霊は、フェンリルさまにお渡ししますね」
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「ウォルト兄! 親父に勝ったのか?」
「……」
「なーんだ、まだなのか。じゃあ勝負は俺の勝ちだな!」
「……ゼフィを守ることもできず、寝ていた癖に」
「何だと?!」
クロス兄とウォルト兄は、再会して早々に兄弟喧嘩を始めた。
俺は二匹の間に飛び込んで、兄狼両方に抱き着く。
「兄たーん! 会いたかったよお!」
「「ゼフィ!」」
すぐに兄二匹は相好をくずし、メロメロになった。
俺たちの様子を見ていたドリアーデが、咳払いして割って入る。
「太陽の精霊ですが、すぐに料理して運ばせます。ここで食べていかれますか?」
「?!」
料理……できるの?
「……いただこう」
ウォルト兄が重々しくうなずいた。
フェンリルが入るには地下魔王城は狭いので、俺たちは外の雪原で待った。
やがて白い服を着た料理人が、銀の盆に乗せた料理をしずしずと運んでくる。
「太陽の精霊の、オムレツでございます」
おお、本当に料理が出てきた。
料理人が銀色のお椀型のふたをパカッと開くと、湯気と共に黄金に光る卵料理が現れた!
「ワタリガラスの卵百個と、トナカイの乳を使って濃厚に仕上げたオムレツに、栄養たっぷりの太陽の精霊を包みました。もちろん中はトロトロになっております」
料理は内側から光輝いている。
まぶしい……!
「兄たん、俺も味見しちゃ駄目?」
「ウォルト兄」
「……」
俺とクロス兄は、ウォルト兄におねだりする。
ウォルト兄は「一口だけなら」と許可してくれた。
銀のスプーンを借りて味見してみたが、甘い卵の味がする。正直、卵の味すぎて、太陽の精霊の味か分からない。
皿の上のオムレツをあっという間に平らげたウォルト兄は、空に向けて遠吠えを上げる。
大気がびりびりと震えた。
風がざわめき、周囲の気温が下がる。雪が空に舞い上がり、蒼天の色が陰る。
「……夜が、戻ってきた……!」
見上げた空は抜けるようなスカイブルーから、紫紺の色へ移行しつつあった。
淡い紫の色、トワイライトパープル。
「綺麗だ……くしゅっ」
俺たち兄弟と付かず離れずの距離を保っていたティオが呟いて、寒そうにくしゃみをした。
真白山脈に戻らないとな。
「一件落着したようだし、私は東の海へ帰るとするよ」
「ヨルムンガンド。いろいろとありがとう」
「ふふ、興味深い魔法をたくさん見られたからね。楽しかったよ」
俺の肩から離れたヨルムンガンドは、青い竜の姿に戻った。
コウモリ型の翼を広げ、すっかり紫色になった空に舞い上がる。
「ゼフィ、ひとつ聞かせてくれ」
「何?」
「君には、変えたい過去はないのかな?」
ヨルムンガンドに聞かれて、俺は目を見開いた。
人間として過ごした前世で後悔が無かったといえば、嘘になる。
ドリアーデじゃないけれど、助けたくてもどうしようもない人、果たしたくても果たせない願いはいくつもあった。
それでも……過去を変えたいとは思わない。
「過去を変えたら、兄たんたちと会えなくなっちゃうじゃないか」
もし人間だった俺が、両親を死なせることもなく、幼馴染と手をとりあって幸せに暮らしていたら、そして生まれた国に裏切られなかったら……真白山脈まで旅をすることもなく、フェンリルに生まれ変わることは無かっただろう。
「そうか。そうだな……」
ヨルムンガンドは噛みしめるように頷くと「また会いに来るよ、ゼフィ」と言って、空へ上昇していった。すさまじい速度で飛ぶ東の海の神獣の姿は、すぐに見えなくなる。
入れ替わるように、崖の上からフェンリル父上が飛び降りてきた。
ウォルトを眺めて感心したように言う。
「見事だ、ウォルトよ。もうすっかり一人前の狼だな。私の座を、お前に譲ろう」
「良いのか、父上」
「もちろんだ。この地の主となれば、黄昏薄明雪原から離れられなくなるが、よろしく治めてくれ。ふう、お前に跡目を譲れば、私もようやくお前たちの母親に会いに行ける」
父上の姿を見なかった理由が分かった。
黄昏薄明雪原の主になったら、外に行けなくなるのか。
なるほどなー。
「……断る」
ウォルト兄は低くうなって答えた。
「何?」
「ゼフィと一緒にいられないのならば、黄昏薄明雪原の主になっても意味がない」
「ええっ、せっかく隠居できると思ったのに……」
父上は大層ショックを受けた様子で肩を落としている。
だが少しすると気を取り直したように俺の方をちらりと見て「ゼフィを連れて、また遊びに来い」と言い、そのまま身をひるがえして、元来た道を帰って行った。
「……俺たちも真白山脈に帰ろう」
「おう!」
「置いてかないで、僕も僕も!」
ウォルト兄はティオを乗せ、クロス兄は人間の姿の俺を乗せ、雪原をひた走る。
来た時よりも時間を掛けずに俺たちは真白山脈に戻ってきた。
まずは、ティオを麓の人間の村に送り届ける。
ウォルト兄の背中から飛び降りたティオは、俺を見上げて言った。
「ねえゼフィ、太陽の精霊オムレツってどんな味だったの?」
「秘密だよ」
「えー、気になる」
すっかり非日常に慣れてしまったのか、ティオは兄たんの前でも平気そうに俺としゃべる。図太い奴だ。
「まあいいや。今度また僕に剣を教えてよ」
「気が向いたらな!」
俺はティオに手を振って別れた。
兄狼は真白山脈を駆け登り、母上の待つ洞窟へ向かう。
母上は洞窟の外で俺たちを待っていた。
「ようやく三匹そろって帰ってきましたか」
「遅くなった、母上」
「ただいまー!」
「……」
子狼の姿に戻った俺は、母上の足元にじゃれつく。
四匹でもつれあうように洞窟の前で帰宅の挨拶をした。
「見なさい、あちらが黄昏薄明雪原の空です」
母上が示す方向を見ると、彼方の空に不思議な現象が起こっていた。
硝子で織ったような白い布がカーテンのごとく夜空に掛かり、七色の光彩を放射している。桃色と深い紫色のグラデーションが掛かった空の一点から、その現象は徐々に広がっていった。
極光だ。
天の川の流れに漂うように、透き通る光のカーテンはゆっくりと形を変えながら揺らめいた。
無数の星々が楽譜に並ぶ音符のように、夜空に掛かる極光の上で明滅している。
「父親と会ったのですね」
「……」
俺たち兄弟はぽかんとして、極光に見入った。
母上が静かに続ける。
「あれは、あのひとから私たちへのメッセージ。家族皆で幸せに暮らせるように願いを込めて。ゼフィ、あなたの誕生日プレゼントかもしれませんね」
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