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地底の迷宮
番外編 その頃のイヴァン
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ゼフィは「里帰りする」と言い、出て行ってしまった。
途中まで一緒にいたルーナもいつの間にか姿を消している。
レイガスの領事館にいきなり一人取り残され、イヴァンは戸惑っていた。
「困りましたねえ。今、客人用の部屋の準備はなくて」
丸い耳と尻尾を持つ獣人の少女が、頬に手を当てて悩んでいる。
彼女の名前はミカ。
この領事館で炊事洗濯を一手に担っているらしい。
簡素な白いブラウスに赤い巻き毛が映える。紺色のエプロン付きスカートの下からは、ふんわり狸の尻尾が飛び出ていた。
可愛い女の子だ。
彼女に迷惑を掛けたくないと、イヴァンは思った。
「いや、俺は物置にでも寝泊まりさせて頂ければ良いので」
「そうだ! ゼフィさまの部屋に泊めましょう!」
「え?」
イヴァンは顔の前で手を振って断ろうとしたが、ミカは予想外の結論を出した。
「いいのか、本人がいないのにそんなことをして」
「ゼフィさまなら文句を言いませんよ。だってしょっちゅう庭で寝てるんですから」
庭で寝てる?
ゼフィがフェンリルであると説明を受けていないイヴァンは、フェンリル末っ子の普段の生活を知らなかった。
ミカはイヴァンを案内して領事館の中を歩き出す。
イヴァンは謎の球体エムリットを小脇に抱え、移動を開始した。
エムリットはさっきから「オイテイカレター、ショボン」と悲しそうに呟いている。
「ゼフィは一体、君たちとどういう関係なんだ?」
疑問を口にするイヴァン。
領事館は個人の家にしては大きくて仰々しい。それにミカたちは、ゼフィの家族というには違和感がある。
「あの方は、私たちの恩人です。この領事館の主であるティオさまも、ゼフィさまに助けられているんですよ」
「ああ、それで……」
イヴァンは納得した。
地下でのあれこれを思い出す。自分を助けてくれたように、ゼフィは色々な人たちを助けているのだろう。
「あー、せっかく買ってきたのに屑魔石ばっかり!」
階段を登る途中で、廊下にしゃがんで袋の中をのぞく男の後ろ姿が見えた。
ちょっと幸が薄そうな細身の男性で、大地小人が着るような作業服を羽織っている。
「師匠! そんなところで立ち止まって何をしてるんですか?」
「ゼフィのやつに頼まれた仕事だよ。焼肉がしやすいように、キッチンの竈を改造して高火力にする。木材じゃすぐに燃え尽きちまうから、魔石を燃料にしようとしてるんだが」
「……いきなり魔石を燃やすと爆発しますよ。石炭にしたほうが」
イヴァンは自分の酒場の台所を思い出しながら、つい口を挟んだ。
途端に「師匠」と呼ばれた男が目を輝かせ、階段を駆け上ってくる。
男はイヴァンの手をぎゅっと握った。
エムリットが床に落ちて転がる。
「おお、ここに救世主が! 一緒に最高のキッチンを作ろうぜ!」
「はい?」
「ツイデニ、アツリョクナベモ、ツクロウゼー」
エムリットが床を転がって何か言っているが、意味が分からない。
こうしてイヴァンはなぜかキッチンの大改造を手伝うことになった。
師匠と呼ばれた男の名前はロイドといった。
イヴァンはロイドと一緒にキッチンにこもって、ああでもないこうでもないと試行錯誤をして竈を完成させる。工作に夢中になっていたイヴァンは、自分が何故ここにいるのか、すっかり忘れてしまっていた。
「疲れた……」
よろよろとゼフィの部屋に入る。
床を転がるエムリットを拾い上げて、椅子の上に置いた。
シンプルな家具が並んだ部屋だ。あまり私物は見受けられない。
ベッドの中央には、見慣れないドーナツ状のクッションが鎮座している。
ぷっくり膨らんだクッションは、指で押すとほどよい弾力で凹んだ。
「これは……」
「それはゼフィさま用の特別なクッションです!」
呆然とクッションを見つめていると、ミカが笑顔で解説してくれる。
「子狼の姿のゼフィさまが、このクッションの真ん中に入って眠る姿は、もうっ、ちょーちょーちょー可愛いんですよ!!」
「はあ……?」
イヴァンはまだ子狼バージョンのゼフィを目撃していなかった。
とりあえず、ドーナツクッションはソファの上に移して、ベッドを借りることにする。
ミカに渡された毛布を手にベッドに座ると、枕元のテーブルに、鞘に入った剣が置かれていることに気付く。見覚えのある剣だ。黒い鞘には白い楓の葉の模様が刺繍されている。
「これ、まさか天牙……?!」
かつて幼馴染が持っていた剣がなぜここにあるのか。
イヴァンは剣を凝視した。
「あーっ! イヴァンじゃないの! 久しぶりねー!」
「うわっ」
突然、剣から光が沸き上がって、空中に青い髪の美少女が現れた。
少女は黄金の瞳をキラキラさせて嬉しそうにイヴァンを見ている。
「誰?!」
「私、天牙の剣の精霊、メープルよ! 改めてはじめましてイヴァン、よろしくね!」
メープルはイヴァンの周囲をくるくる舞うように飛んだ。
「イヴァン、あなたがいなくなってルクスはとても落ち込んでいたのよ」
「え?」
「また会えて本当に良かった。お帰りなさい、イヴァン!」
幼馴染のルクスとは戦争中に離れ離れになり、いつの間にか地下迷宮都市ニダベリルに迷い込んでいた。そこで地上に帰る日を夢見ながら、酒場を運営する日々を送っていたのだ。
長い長い年月が経った。
地上に戻ることをいつしか諦めていた。
そんな時に迷いこんできた、白銀の髪の少年ゼフィ。
ゼフィは後ろ向きなイヴァンの手を引いて、ここまで連れてきてくれた。
「そうか。俺は帰ってきたんだな……」
イヴァンはようやく地上に帰ってきた実感を噛みしめた。
窓際に近寄って、外を見る。
どこまでも広がる夜空には無数の銀色の星々がまたたいている。
暖かい風がイヴァンの頬をそっと撫でた。
途中まで一緒にいたルーナもいつの間にか姿を消している。
レイガスの領事館にいきなり一人取り残され、イヴァンは戸惑っていた。
「困りましたねえ。今、客人用の部屋の準備はなくて」
丸い耳と尻尾を持つ獣人の少女が、頬に手を当てて悩んでいる。
彼女の名前はミカ。
この領事館で炊事洗濯を一手に担っているらしい。
簡素な白いブラウスに赤い巻き毛が映える。紺色のエプロン付きスカートの下からは、ふんわり狸の尻尾が飛び出ていた。
可愛い女の子だ。
彼女に迷惑を掛けたくないと、イヴァンは思った。
「いや、俺は物置にでも寝泊まりさせて頂ければ良いので」
「そうだ! ゼフィさまの部屋に泊めましょう!」
「え?」
イヴァンは顔の前で手を振って断ろうとしたが、ミカは予想外の結論を出した。
「いいのか、本人がいないのにそんなことをして」
「ゼフィさまなら文句を言いませんよ。だってしょっちゅう庭で寝てるんですから」
庭で寝てる?
ゼフィがフェンリルであると説明を受けていないイヴァンは、フェンリル末っ子の普段の生活を知らなかった。
ミカはイヴァンを案内して領事館の中を歩き出す。
イヴァンは謎の球体エムリットを小脇に抱え、移動を開始した。
エムリットはさっきから「オイテイカレター、ショボン」と悲しそうに呟いている。
「ゼフィは一体、君たちとどういう関係なんだ?」
疑問を口にするイヴァン。
領事館は個人の家にしては大きくて仰々しい。それにミカたちは、ゼフィの家族というには違和感がある。
「あの方は、私たちの恩人です。この領事館の主であるティオさまも、ゼフィさまに助けられているんですよ」
「ああ、それで……」
イヴァンは納得した。
地下でのあれこれを思い出す。自分を助けてくれたように、ゼフィは色々な人たちを助けているのだろう。
「あー、せっかく買ってきたのに屑魔石ばっかり!」
階段を登る途中で、廊下にしゃがんで袋の中をのぞく男の後ろ姿が見えた。
ちょっと幸が薄そうな細身の男性で、大地小人が着るような作業服を羽織っている。
「師匠! そんなところで立ち止まって何をしてるんですか?」
「ゼフィのやつに頼まれた仕事だよ。焼肉がしやすいように、キッチンの竈を改造して高火力にする。木材じゃすぐに燃え尽きちまうから、魔石を燃料にしようとしてるんだが」
「……いきなり魔石を燃やすと爆発しますよ。石炭にしたほうが」
イヴァンは自分の酒場の台所を思い出しながら、つい口を挟んだ。
途端に「師匠」と呼ばれた男が目を輝かせ、階段を駆け上ってくる。
男はイヴァンの手をぎゅっと握った。
エムリットが床に落ちて転がる。
「おお、ここに救世主が! 一緒に最高のキッチンを作ろうぜ!」
「はい?」
「ツイデニ、アツリョクナベモ、ツクロウゼー」
エムリットが床を転がって何か言っているが、意味が分からない。
こうしてイヴァンはなぜかキッチンの大改造を手伝うことになった。
師匠と呼ばれた男の名前はロイドといった。
イヴァンはロイドと一緒にキッチンにこもって、ああでもないこうでもないと試行錯誤をして竈を完成させる。工作に夢中になっていたイヴァンは、自分が何故ここにいるのか、すっかり忘れてしまっていた。
「疲れた……」
よろよろとゼフィの部屋に入る。
床を転がるエムリットを拾い上げて、椅子の上に置いた。
シンプルな家具が並んだ部屋だ。あまり私物は見受けられない。
ベッドの中央には、見慣れないドーナツ状のクッションが鎮座している。
ぷっくり膨らんだクッションは、指で押すとほどよい弾力で凹んだ。
「これは……」
「それはゼフィさま用の特別なクッションです!」
呆然とクッションを見つめていると、ミカが笑顔で解説してくれる。
「子狼の姿のゼフィさまが、このクッションの真ん中に入って眠る姿は、もうっ、ちょーちょーちょー可愛いんですよ!!」
「はあ……?」
イヴァンはまだ子狼バージョンのゼフィを目撃していなかった。
とりあえず、ドーナツクッションはソファの上に移して、ベッドを借りることにする。
ミカに渡された毛布を手にベッドに座ると、枕元のテーブルに、鞘に入った剣が置かれていることに気付く。見覚えのある剣だ。黒い鞘には白い楓の葉の模様が刺繍されている。
「これ、まさか天牙……?!」
かつて幼馴染が持っていた剣がなぜここにあるのか。
イヴァンは剣を凝視した。
「あーっ! イヴァンじゃないの! 久しぶりねー!」
「うわっ」
突然、剣から光が沸き上がって、空中に青い髪の美少女が現れた。
少女は黄金の瞳をキラキラさせて嬉しそうにイヴァンを見ている。
「誰?!」
「私、天牙の剣の精霊、メープルよ! 改めてはじめましてイヴァン、よろしくね!」
メープルはイヴァンの周囲をくるくる舞うように飛んだ。
「イヴァン、あなたがいなくなってルクスはとても落ち込んでいたのよ」
「え?」
「また会えて本当に良かった。お帰りなさい、イヴァン!」
幼馴染のルクスとは戦争中に離れ離れになり、いつの間にか地下迷宮都市ニダベリルに迷い込んでいた。そこで地上に帰る日を夢見ながら、酒場を運営する日々を送っていたのだ。
長い長い年月が経った。
地上に戻ることをいつしか諦めていた。
そんな時に迷いこんできた、白銀の髪の少年ゼフィ。
ゼフィは後ろ向きなイヴァンの手を引いて、ここまで連れてきてくれた。
「そうか。俺は帰ってきたんだな……」
イヴァンはようやく地上に帰ってきた実感を噛みしめた。
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どこまでも広がる夜空には無数の銀色の星々がまたたいている。
暖かい風がイヴァンの頬をそっと撫でた。
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