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カールの譚

違和感

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 玉鋼をもらってから2週間ほど。今は魔王の元でニホントウづくりを研究中だ。
 魔王はなかなか良くしてくれている、俺に工房と寝泊りできる部屋までも与えてくれた。
 工房はかなり使いやすい。特に電気の力は偉大で、王都での今までの苦労が嘘のように改善された。
 鍛冶屋の仕事は、金属を加熱し槌で叩いて鍛え上げる。この加熱温度が非常に重要なのだが、その見極めが難しい。
 加熱された金属は、ある一定の温度まで来ると光り始める。その時の光り具合や色が温度によって異なる。それを見極めて温度を推測する。金属を鍛えるためには加熱温度と冷却のタイミングと時間、これらが出来上がりに大きく影響する。だから、温度管理が武器防具づくりの急所であると言っていい。
 でも、金属の加熱温度はその日の気温によっても左右されるし、なにより周囲の明るさが違えば見え方も変わってくる。そんな些細なことで、2,3日かけた作業が無駄になることもざらだった。
 ところが、ところがである!!この町には電気がある。電気によって、部屋の明かりはほぼ均一に保たれる。オイルランプで作業していた頃からは考えられない快適さだ。
 明るさだけじゃない。電気が使えるおかげで測定器を利用できる。各種の測定器は王都にもあるし、今までもよく使っていた。でも、1000度を超えるような高い温度を測ることができず、先ほど説明した光具合で判断するしか方法がなかった。それを計ることができる。数値で確認できるってことが素晴らしい。これで同じ条件で作業することができるようになった。
 今までは、実験するにしても作業する時間や季節で結果が大きく左右される。だから「なぜ失敗したのか」がわからなかったが、これなら失敗の原因特定が容易だ。この環境はありがたい。できれば拠点をこの魔都に移したいくらいだ。キャラバンの商人や職人たちがこの町で暮らしたいといった理由が良くわかる。
 今日も今日とて実験に明け暮れる。玉鋼を加熱し、叩いて成形を繰り返す。王都では材料すら手に入れられずに試せなかった作業がここでは自由にできる。楽しくて仕方ない。
 が、そんな快適な環境をもってしても結果は芳しくない。小さい欠片で実験を繰り返し、小刀を何本か作ってみたが、親父の作品のような強度は得られず普通以下の短刀ができるばかりだ。
「おう、今日も頑張ってんな。で、どうだ、調子は?」
「芳しくないな。さっぱりわからんよ。どうやったらあんな強度が出るのか皆目見当もつかん。」
「ルドルフの作業をまねればいいんじゃねぇのか?」
「真似れるなら真似たいところだけどよ。あの頃の親父は一人工房にこもって作業してたからな、俺は剣技の練習に引っ張り出されて作業を見てなかったんだよ。これに関しちゃ爺と伯父貴に文句を言いたいね。」
「そうか、お前ニホントウのつくり方知らなかったんだな。」
「なんだ?その言いっぷり。お前さん知ってるのか?つくり方。」
「いや、ルドルフほど詳しく知ってるわけじゃないけどな。常識的な知識としては聞いたことがあるよ。」
 カタナ作るの常識なの?おかしくないこの国。
「常識ってなんだよ?」
「常識って言うと語弊があるが、まあ、ニホントウの事が好きな人間なら知ってる程度の事ってだけだけどな。」
「それはどんなつくり方だ?」
「まあ、そうがっつくな。」
 フリードリヒはそういうと、腕を組み、思い出しながらぽつぽつと話し始めた。
「まず、硬い玉鋼と柔らかい玉鋼に分ける必要があったと思うぞ。たしかニホントウは「硬い玉鋼」を表面に「柔らかい玉鋼」を芯に使ってたと思う。」
 ほほう。まとめて作るわけじゃないんだな。
「選別のやり方は知ってるか?」
「ああ、なんだか加熱して平たく延ばして、急冷して、出来上がった塊を割ってたと思うな。その割れ方で硬いのと柔らかいのに分けてたと思う。」
 なるほどね。確かにそれで選別できそうだ。
「で、そこからは?」
「ああ、確か、その細かく割った奴をまとめて鍛造するんだったと思ったな。ワシでくるんだり、藁灰をまぶしたりして玉鋼が燃えるのを防いでたと思う。」
「ワシ?」
「紙だ。それはこっちで用意する。」
「助かる。」
 すげぇな。何でも提供してくれる。こんなに至れり尽くせりでいいのか?俺最後に魂抜かれたりしない?
「しねぇよ」
「だから怖ぇよ!なんで俺の心が読めるんだよ?」
「読んでねえよ。お前の顔が如実に物語ってんだよ。『なんかされそう』って書いてあんだよ。」
「おう、そうか。余計に怖いけどな。それは良いとして、そのあとはどうするんだ?」
「そのあとは繰り返し鍛錬だな。熱した玉鋼をたたいて伸ばして、たがねで切り込みを入れて、二つ折りにして叩いて伸ばす。それを十数回繰り返すらしいな。」
「は?なんだそのキ〇ガイ鍛錬。異常だろ?なんでそんな製法にたどり着いたんだよ。どんな研究すればそんなことしようと思うんだよ?」
「知らんよ。そういう作り方するって聞いたんだから仕方ないだろ。がんばって作ってくれよ。」
 こんな変態製法、普通は思いつかんからな。聞けたのは良かった。これで随分完成に近づいたと思う。が、
「なんでそんなこと知ってるんだ?」
「知ってるものは仕方ないだろ?」
 答えになってねぇ。まあ魔王だしな。そのくらい知ってるもんなのかもな。
「まあ、俺が知ってたのは概要で、こまけぇことはルドルフに聞いたけどな。」
「親父は元から知ってたのか?」
「そうだな、そのあたりは詳しかったな。」
 そうか、やっぱりすげぇな。親父。当分追いつけそうにないな。だが、とりあえずは第一歩としてカタナは作れそうだ。やってやるぜ!
「よし、じゃあこのキ〇ガイ製法で作ってみるか!」
「頼むぜ、できたら俺のも頼む。」
「ああ、いいのができたらな。」
 まずは小刀を作ってみよう。
 それからは鍛錬の日々だった。
 硬い玉鋼と柔らかい玉鋼を選別する。選別された玉鋼をまとめて、何度も折り返しながら鍛錬してゆく。鍛錬した硬い玉鋼と柔らかい玉鋼を組み合わせる。「造り込み」と言われる作業だ。これにより硬く折れにくいカタナが出来上がる。
 本来硬い金属は、硬さを増すにしたがいもろくなる。つまり折れたり欠けたりしやすくなる。それを防ぐためには粘り強さが必要になるが、それを両立させるのがこの製法だ。こんなの言われなきゃ思いつくわけない。どんなもん食えばこんなこと思いつくんだ?だが、教えてもらったおかげでカタナを作ることができそうだ。
 
 3日後、習作となる小刀が出来上がった。

「んで?できたか。」
「ああ、まだ小刀だがな。」
「ほほう。」
 俺の工房へやってきたフリードリヒに、研ぎ終わったばかりの小刀を渡す。フリードリヒは神妙な顔で日にすかしたり、刃に親指を押し付けたりしながら出来栄えを確認している。
「見事だ。さすがだな。」
「いや、製法を教えてもらえなきゃ出来上がらなかったさ。助かったよ。これでニホントウとやらに取りかかれそうだ。」
「そうか、とうとう本物のニホントウが手に入るんだな。」
 フリードリヒは少しにこやかに笑って見せたが、すぐに表情を引き締める。
「すぐにとりかかってくれと言いたいところなんだが、ちょっと野暮用ができてな。できればお前さんにも手伝ってもらいたい。」
「ん?なんだ、野暮用って。ニホントウよりも大切なことか?」
「そうだなぁ、大切かどうかがわからんのだ。だから確かめに行くんだが、状況が状況なだけに万全を期したいんだ。だからお前さんの魔力を借りたい。」
「俺の魔力?そんなもん、魔王おまえのに比べたら大したことないだろ?」
「まだ自己認識が甘いな。お前はルドルフの息子に恥じないバケモンだよ。俺たち3代の魔王が束になったって敵わんさ。」
「へいへい、そんな戯言はどうでもいいが、猫の手も借りたいってことね。いいよ。ニホントウづくりにここまで協力してもらったからな。いくらでも手を貸そう。」
「そういう認識なら、それでもいいんだが……まあ、助かるよ。じゃあ、準備ができたら会議室に来てくれ。」

 工房を一通り片づけたら、自分の部屋に戻る。与えられた工房と居室は魔都中心部にほど近い「ビル」の中にある。3人のSランク冒険者も同じ建物に住んでいる。魔王は自分の居城を持っているが、よくこの「ビル」へ遊びに来る。俺の工房は1階で居室は2階だ。Sランクの3人も2階に住んでいる。会議室が4階にあり、魔王への相談事やニホントウの進捗なんかはそこで報告している。何とも快適な暮らしだ。なんせ居室には寝床だけではなく、風呂までついている。
 風呂場には「蛇口」なるものが付いていて、コックをひねると水だけでなくお湯も出る。何がどうなっているのかさっぱりわからないが王都の貴族ですらこんな暮らしはしていないんじゃないだろうか?知らんけど。
 風呂には浴槽があり、湯につかれる。初日に使い方を聞いたとき「湯につかるって何?」となったよ。オットー達も最初は同じ感想だったようで、エリザに至っては王都に戻らずここで暮らすと明言している。いや、気持ちわかるよ。湯につかった時の気持ちよさと言ったら……。天国ってのはここにあったのか。と感じたよ。魔王は人を堕落させると聞いたことがあるが、この事なのだろうか。堕落最高!!兄貴!ついて行きやすゼ!って感じだった。
 特に仕事の後の風呂は最高だ。最近はこの生活に慣れているので、仕事終わりに風呂に入らないと一日が終わった気がしない。取り敢えず、風呂に直行し、身ぎれいにしてからフリードリヒのところに向かった。
 

「ずいぶんのんびりしてたな。」
 ちょっと目が怖い。フリードリヒさん。怖いっす。すでにフリードリヒをはじめとして、Sランク冒険者の3人が部屋には集まっていた。
「いや、風呂が気持ちよくってさ。」
「それは大変結構。」
 なんだろう、湯冷めしそうな寒さを言葉に感じる。
「で、いかようでやんすか?兄貴」
 急いで話題を変える。
「なんだよその言葉遣いは?まあいい。取り敢えず状況を説明しよう。本当ならカールにはニホントウづくりに没頭してもらいたいところなんだが、そういうわけにもいかない。ちょっと無視できない状況になっててな。」
「無視できない状況?」
 魔王が動かなければならない状況って、結構なことじゃない?俺が行って役に立つ?
「ああ、一応俺はいろんなところに部下を送ってる。王都もそうだが、ウサカやウルサンにもな。」
「そんなこと俺たちに言って大丈夫なのか?」
 オットーがおどけて聞くと
「お前さんたちの素性はだいたいわかってるからな。信頼に値すると思ってるよ。それに……この快適な生活を捨て去ってまで裏切ったりはせんだろ。なぁ?」
 笑ってはいるが凄みのある言葉に皆押し黙る。なるほど、俺たちの下調べはとうに終わってるってことか。快適な生活で懐柔していると茶化してはいるが、王宮騎士団を一瞬で消し去るほどの魔力と更地になった街を元通りにした力を前に盾突く気持ちにはなれないこともわかっているんだろう。
「へいへい、仰せのままにってな。」
 オットーが肩をすくめながらおどけて見せる。『降参だ』と言わんばかりだ。
「じゃあ、話を進めても大丈夫そうだな。オットー王都と交信できるか?」
「そこまで確認済みか。いや、無理だな。ここ数日交信できてない。」
「王都と交信?」
 どういうことだ。こんな離れた場所からどうやって王都と交信する?
「この状況で隠しても仕方ねぇ。魔王にはすでにばれてるみたいだしな。俺は魔王討伐の依頼を受けたときから、王都の宰相とビクトールから通信用の魔道具を預かってたんだよ。」
「魔道具?」
「魔力で動く通信機だな。今じゃ失われた技術なんで新たに作ることはできないらしいが、魔力を流すと対になってる魔道具と会話ができるんだよ。ほら。これだ。」
 オットーは銀貨コインのような見た目をしたものをテーブルの上に放り投げる。
「今じゃうんともすんとも言わねぇよ。」
「そうか、方法こそ違うが俺も王都・ウサカ・ウルサンとは通信をしている。が、2週間ほど前からウサカ・ウルサンと連絡がつかん。」
 オットーが怪訝そうな顔をする。
「俺はてっきり魔王が通信を遮断してるんだと思ったんだが、違うのか?」
「俺はそんな小細工はせんよ。最初は王宮騎士団が情報封鎖ジャミングでもしてるのかと思ったんだが、奴らをせん滅しても状況が改善しなかったんでな。数日は様子を見てたんだが、一向に改善する気配がないし、ここ数日は王都にすら連絡できなくなった。さすがに放っておけなくなってね。一度見に行こうと思うんだが、お前たちにも手伝ってもらいたいと思ってな。」
「俺たちが、というか俺が何の役に立つんだよ?」
 オットー達は役に立ちそうだが、俺が役に立つイメージがわかない。行って何をさせる気だ?
「残しておけない……ってことだな。」
 オットーが呟く。
「勘のいい子は嫌いじゃないが、だとしたらどうする?」
 フリードリヒは値踏みするような目で俺たちの事を見ている。ああ、そういう事か。部下を送って何とかなるような内容じゃないから、フリードリヒ本人がいかないといけない。が、魔都に俺たちを残したままでは心配だ。ってことか。なるほど。信用しているのかと思いきや、そこまで信用されてないってことだな。
「信用してないわけじゃないさ。」
 やだ。この人怖い!
「カール、いい加減その顔やめろ。お前は顔に出すぎだ。話が途切れる!黙ってろ!!」
 いや、黙ってますけど。
「顔がうるせえんだよ!」
「いや、酷過ぎないか?俺何もしゃべってないんだけど!」
「「酷くはないな」」
 オットーとフリードリヒがハモる。チキショー!
「さて、話を進めるか。信用してないわけじゃないさ。が、お前たちは客人ではあるが、まだ味方でもない。戦力に数えるわけにいかんだろ?」
「どういうことだ?」
「この町は、お前たちが思うほど安全じゃないってことさ。俺が居ないときに襲撃されてたら、お前らでもタダではすまんからな。」
「まあ、そういうことにしておくか。」
 オットーは納得がいっていないようだが。
「「!!」」
 オットーとフリードリヒが急に立ち上がる。お互いに視線をかわすと、会議室から飛び出してゆく。
「なんですか?」
 エリザも戸惑いながら、後を追う。俺とヨハンは訳が分からないまま後を追いかけた。

 オットーとフリードリヒは廊下を走りながら何やら話している。廊下の奥にある階層移動用の箱。「エレベータ」と言ったかな。オットーはそれに乗ろうとしたが、フリードリヒはその横の鉄扉を押し開け、中にある階段で上階を目指す。オットーもそれを追う。俺たちは、オットーの後を追いかけた。

 階段を上り切った先にある鉄扉を開けると、そこは屋上だった。
 そこには両手を高く空に掲げ魔力を流し続けるフリードリヒと棒立ちのオットーがいた。
 フリードリヒの流している魔力が尋常でないことは、周囲の状況からわかる。フリードリヒ周囲の魔力が動いてつむじ風のようになっている。魔力が体に当たるのを感じるくらい多量の魔力を上空に流していた。
 その先には……

 12枚の羽根を持ち、虹色に輝く人……天使か?
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