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生方蒼甫の譚

ウルサンへ

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『この世界に来る前の記憶はあるか?』か。

「なあ、それ誰に言われた?」
「ん~。よく覚えてねぇんだよなぁ。子供の頃だったからなぁ。確か俺より少し年上の奴だった気がするけどな」
「そいつは今どうしてる?」
「しらねぇな。しばらくしてそいつの事見なくなった気がするな。だから覚えてなかったんだと思うぜ」

 どこかに売られちまったか。にしても、その質問は確実に「ユーザー」だろうな。質問意図からすると、本人は異世界転生か何かだと思ってるってところかな。ちょうどサトシと同じだろう。

 ん!?

 サトシと同じ!?

 そうか。サトシと同じか。

 以前に放流した32人分のデータか!あれがうろついてるってことか?

 ……


 ちょっと整理しよう。


 『この世界に来る前の記憶はあるか?』って質問をした奴は、おそらく自分が異世界転生したと思っていると考えて間違いなさそうだ。
 サトシの状況に近いと言うことは、俺が以前に放流した32人分のデータのどれか一つ……かもしれない。そう考えると、今まで失敗だと思ってたデータのうち幾つかはこの世界で疑似人格を形成してる可能性がある。これはうれしい誤算だ。

 だが、もう一つ問題がある。じゃあ、異世界転生だと思っていないこの「ユーザー」は何処から来たのか?
 だいたい誰なんだ?お前らは。今のところゴードンをはじめとした冒険者数名とテンス。それにウルサンに存在するという人買いの元にはかなりの数の「ユーザー」が居ると想像できる。

 やっぱりウルサンに行くしかないな。

 さて、ウルサンに向かうか……と思ったけど、さすがにこの状況。テンスたち可哀そ過ぎない?

 俺はチャットでサトシに問いかける。
『サトシ!聞こえるか?』
『うわぁ。急にどうしたんです?』
『いまテンスのところに来ててさ』
『テンス?なんでまた?』
 やべ、この質問来ること忘れてた。そうだよな。普通そう思うよね。
『ちょっといろいろウルサンの情報を聞いておきたいと思ってさ。ほら、油の販路広げたいじゃん。需要を増やすためには人口が必要だろ?』
 ってことで納得してくれるかな?
『ああ、まあ、そっすね。確かに販路拡大は必要ですよね』
『だろ?で、酒と食い物用意してテンスたちを手懐けてたんだけどさ。まあ、根は悪い奴じゃなさそうなんだよね』
『ん~。そうなんすか?ほんとに?』
『ああ、従業員からの信頼も厚いみたいだ。俺てっきり暴力で従えてたのかと思ってたんだけどさ、意外にいい経営してたっぽいよ』
『その割にはティックとアンは使い捨てられたみたいですけど……』
『あれは、あいつらが使えなかったらしい。経営的な判断だって言ってたよ。当初のパラメータどうだった?』
『……まあ、そっすね。あれだと使えないかもしれませんね』
『だろ?でさ一応恩を売っとけば意外にこいつら使えるんじゃないかと思ってな。一度俺たちの恐ろしさを見せてるから逆らいはしないだろ』
『ん~。どうでしょう。甘すぎる気もしますが』
『どうせ逆らったところで大した障害にならんだろ?俺たちなら』
『まあ、それはそうでしょうけど、で恩を売るって言うのは?』
『屋敷壊しちまったじゃない?あれ直してあげない?』
『え~。俺がっすか。面倒ですね』
『念じるだけじゃん。頼むよ』
『まあ、そうなんすけど』
『さすがにこの寒空に野宿は可哀そ過ぎるだろ?それにの従業員ステータスほとんど1だよ。モンスターに襲われたら一発だからね』
『あー。まあ、そっすね。確かに屋敷壊したのはやり過ぎだったかもしれませんね』
『だろ?だから頼むわ』
『わかりました。どうします?今からっすか?』
『ああ、頼む。で、ストーブで出来上がってる奴があったら、灯油入れて持ってきてくんない?』
『売り込みも一緒にですか?』
『ああ、そこは抜かりねぇよ』
『わかりました。今行きます』

 ふう。危ない危ない。サトシの逆鱗に触れて、スパイクヘッドになりたくないからな。

 しばらくすると、転移の魔法陣と共にサトシが現れる。

「なんだ!!??何しにきやがった!?」

「うるさいなぁ」
 サトシの機嫌が悪くなる。やばい。
「まあまあ。サトシ。落ち着け。おいテンス。サトシが屋敷を再建してくれるってよ。これからはうちの農場にはちょっかいかけんなよ」
「あ、お、」
 俺は慌ててテンスの横に駆け寄り、耳打ちする。
「おい、サトシの機嫌を損ねるな。屋敷の再建の内諾をようやく取り付けた所なんだからよ」
「あ、ああ。すっ。すいませんでした。サトシさん」
 おお、テンス。やればできる子じゃない。亀の甲より年の劫ってか。

「まあ、俺もやり過ぎましたからね。取り敢えず屋敷は元に戻しましょう」

 俺は天命の書板タブレットを出すと、サトシにテンス邸の図面を見せる。

「イモータライトで作ります?」
「いや、やめたげて。家の壁に画びょうの一つもさせ無くなるじゃん」
「ああ、そう言えばそうですね」
「元通りってことでよろしく」
「わかりました」
 サトシはそう言うと、事も無げに目の前にテンス邸を再建する。ものの数十秒ってところだろう。
 地面から建物が立ち上がっていく様子は建築現場の定点カメラ映像を早送りで見せられているようだった。その様子にテンスと従業員たちは言葉を失い呆然と立ち尽くしている。
 まあ、これでサトシの恐ろしさと異常さが身に染みただろう。

「ありがとうございます」
 テンスと従業員たちは、まるで夢でも見ているかのような表情で屋敷の中を見て回る。
 チートだよね。この能力。勝てる気がせんよ。これからは喧嘩売らないようにしてね。

「あ、そうそう。これも使っていいよ。石油ストーブ」
「セキユストーブ?」
 テンスはさも初めて聞く名だと言わんばかりに復唱する。ああ、やっぱりこいつプレーヤーってわけじゃないんだな。それに異世界転生……というか、俺が放流した被験者データって事もなさそうだ。それが再確認できただけでもよしとしよう。
 まあ、それは良いとして。テンスと従業員に石油ストーブの使い方を教える。
 
 テンス以下従業員たちは石油ストーブの便利さに感動していた。よし。これで販路拡大できそうだな。

「サトシ。ありがとな」
「いや。まあいいですよ。俺もやりすぎたかなぁと思ってましたんで。じゃあ、俺は帰りますけど。ルークスさんどうします?」
「それなんだが、少しの間別行動しようと思うんだが良いか?」
「どういうことです?」
「ちょっとウルサンで販路拡大するために調べたいことができてな」
「俺たち居なくて大丈夫ですか?」
「ああ、お前達には石油の販路と農業やらを頑張ってもらいたいからな。大丈夫か?」
「こっちは大丈夫ですよ。まあ、念話もできますしね。なんかあれば連絡ください」
「了解だ。じゃあよろしく頼む」

 サトシは軽く手を振ると、転移の魔法陣と共に農場から消えた。

 さて、ウルサンの人買いにさらわれた魔力持ちの子供たちを調べるか。
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