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生方蒼甫の譚

目的

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 俺の研究目的は「日常生活におけるAIの活用拡大」だった。

 第三次AIブームが再燃して10年ほどたった頃、各種生成AIが活用され始め、それによりAI活用の機運が一気に高まった。

 生成AIが発表された当初は、与えられた条件とネットにあふれる膨大な情報をもとに文章・音声・画像を生み出す魔法のツールとして持て囃された。
 今迄人間が行っていたクリエイティブな活動をAIがとってかわるのではないかと話題になり、著作権的な問題や、労働市場を奪われると危機感を持った業界団体から規制を求める運動がおこるほどだった。

 ところがその後、実際に生成AIの活用が進むとその盛り上がりは大きくトーンダウンする。
 生成AIが作った作品やデータがネットには溢れかえり、人間が作ったオリジナルは相対的に減少した。すると、AIが参考にできるネット上の情報は、他の生成AIが以前に作り出した模倣品ばかりとなり、生成AIが作り出す作品は世代を重ねるごとに劣化コピーになっていった。
 そのことから現在では、AIが作り出すものは独創性が無く間違いが多い粗悪品と言うイメージが定着している。

 結果としてAIは人間を越えられず、せいぜい単純作業の置き換え程度にしか使えないと判断され、第三次AIブームはこのまま終焉を迎えると思われていた。これが15年ほど前。


 この状況を変えたのが、人口脳細胞を利用したスーパーコンピュータ「阿吽」の開発だった。

 それまでのAIにおける問題点はPCと脳の演算方法の違いよるものだと考えられていた。そのため、人口脳細胞を利用した「阿吽」による演算ならば前世代のAIが達成できなかった「発想」が実現できるのではないかと期待された。

 俺がAI研究に取り組んだのもそのころだった。特に俺が目標としたのは、「本当に仕事を任せることのできるAI」の開発だ。

 それまでのAIは、単純作業をこなすことはできるが、判断を任せることが出来なかった。AIの判断材料に用いるられるのはネットにあふれる雑多な情報であり、それらをどのように活用しているかについては外部から確認することが出来ず、まったくのブラックボックスだった。だから、AIに仕事を任せる場合、最終的な判断は人間が行う必要があった。

 例えば、取引先から見積もりと商談に関するアポのメールが届いたとする。

 現状のAIでは「メールに添付されたデータが見積もりであると判断して、その内容から金額情報を拾い出し社内の稟議用データベースに保存する。その後、メール内容の一部を切り出しアポの依頼と日程をメール受信者のメッセージアプリに転送する」といったことまでは問題なくできる。
 だが、より一層の効率化するなら「メール受信者のプライベートと仕事のスケジュールを確認し、問題が無ければアポをブッキングした上で、先方にお礼と承諾メールを送信し、その旨をメッセージアプリで本人に連絡する」と言うところまで行ってもらいたいところだ。
 実際そのようなサービスも一部運用されてはいる。が、そこには人間の作業が介在している。なぜなら、現状のAIでは、最終判断を下す際、特にこの場合「返信メールの内容等」は「ネットの情報」を参考に作成される。すると、もらったメール本文の内容が特殊なものである場合、返答が不自然になるケースが頻発する。

 まあ、商習慣の違いによって人間でもミスをしやすい内容だから、AIを責めるのもお門違いな気がする。しかし、ビジネスシーンにおいてはAI任せにすると「失礼なメール」を返信するケースは少なくない。あくまで現状AIの思考パターンがブラックボックスだから起こる現象だ。だからと言って事前にデータを食わせるのも無理がある。商習慣は業界によっても千差万別。そんなデータベース作る方が業務量的に非効率だ。

 そんな時に最も役に立つデータベースが「自身の記憶」だ。例えばAIとして活用するデーター郡がネットの情報だとしても、最終的に従前のAIが選んだ内容を判断する基準が「自身の記憶」であれば、自分がその作業をすることと何ら違いはない。
 言ってみれば、自分のクローンが仕事を自動でこなしてくれることになる。
 
 一昔前なら、SF映画等で擦られまくった絵空事とバカにされたかもしれないが、数年前に確立された「生体脳記憶情報スキャン技術」によって現実のものとなった。

 現に趙博士の研究チームがいち早く被験者を募り彼らの記憶データをスキャンしたうえで「阿吽」上でシミュレートする実験に着手している。

 で、前置きが長くなったが今回の実験で検証するのは「スキャンした記憶データを『阿吽』上でシミュレートした場合、AIとして利用可能か」についてだ。

 本来なら、実験としては本人の生活をそのままシミュレートするのが望ましいが、被験者家族のデータがない以上、仮想現実空間で日常を再現することは不可能だ。そこで次善の策として浮上したのが、VRMMORPGのユーザーとして被験者データをログインさせる実験だ。

 バカみたいな話ではあるが、ありがたいことに現在「異世界転生」は市民権を得ている。海外においても「ISEKAI」などとサブカルの一つのジャンルとして定着している。ネット掲示板「9ちゃんねる」においては定期的に【不思議体験スレ】など「異世界に行った」「タイムリープした」などの書き込みが後を絶えず人気を博している。

 現実世界がシミュレートできないなら、「異世界転生」を強制的に起こして、それが現実だと誤認させてしまおうという発想である。実際サトシと笹川には成功している。
 で、当初の目論見としては、日本の生活と同等とはいかないにしても、異世界でそれなりに平凡な生活が送れるようにと「平和で長閑な村」に「仲のいい夫婦の子供」として生まれた青年にログインできるようキャラメイクしていたはずだ。まあ、笹川は気の毒以外の言葉が見つからないが……俺が放流したデータでないことを祈ろう。

 それが、いつの間にやら荒廃した集落の少年で、ゴブリンの群れに何度も襲われる……って、過酷すぎやしませんかね?
 
 アイから冷遇される理由もわかる気がするな。
 
 いや、でも、ワニの子供ってのに比べれば……


 ん。


 あ!?

 やべ。そういや冒険者ギルドのローラと約束してたんだ!!


 慌てて時間経過を止める。
 ログ確認と考え事をしてた時間は数分だが、ゲーム中では……

 やべ、2日たってる。怒ってるかなぁ。なんかいいわけ考えなきゃ。
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