魔術と異能が交差するこの世界で

ヌン

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第2章 芸術家の街と獣の少年

第2章 プロローグ

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「どいつもこいつもつまらない」
 月明りすらない暗い闇の中、ぽつりとそんな感想が心から漏れた。
 今夜の獲物はどうにも味気がなかった。せっかくこんな入り組んだ路地裏におびき出してじっくりと遊んでやろうと思っていたのに、少し遊んだだけですぐに音を上げる軟弱ものばかりだ。おかげで俺の中の渇きは増すばかりだった。
 残った一人が後ろでバタバタとうるさく動いている。もう興味もないので、適当に首をはねて処分した。
 首と別れた体はまるで壊れたスプリンクラーのように血を噴き上げ、シャワーのごとく体を濡らしていく。
 あたり一面を噴き出した血が染めていき、鼻にこびりつくような嫌なにおいが満たしていく。
 圧倒的な死の匂い。

 あぁ————最悪《さいこう》の気分だ。

 恍惚と数秒ほど浴びていたが、しだいにシャワーの勢いは弱まり、止まってしまった。
 そうなればここにとどまっている理由などない。
 赤く濡れた体のまま、次の獲物を探すために酔ったようなふらふら歩きで次へ行こうとした。すると、いきなり背後からドサッという何かが落ちるような音が聞こえた。
 あわてて振り返ると先ほどまでこの路地裏にはいなかった異物《にんげん》がいた。
 月明りすらないこんな路地裏では相手の姿は見えず、気配だけが頼りだ。だが姿など見えなくてもあいつが放つ、肌がピリピリするような感覚でわかる。あいつは、————こっち側の人間だ。
 それを感じ取った瞬間に、自然と口角が上がっていた。
 やつは俺の後ろの壊れた玩具たちを気にしているようだった。俺にしてみればあんなものにもう用はない。だが、あいつが俺を見ずにそちらを向いているなら、その隙を見逃すなんてしない。こちらを向く前に真っ二つにしてやろう。
 そう考えた瞬間には、もう『力』の発動は始まっていた。目の前のやつを切り裂く線をイメージし、視線に力を込める。それだけで————やつの体は真っ二つになるはずだった。
 だが、『力』が発動する瞬間、やつは攻撃を察知したように猛烈な勢いで後ろに跳んだ。
 その動きはおよそ人間のものとは程遠く、野生の獣のようだった。

 ぽたぽたと血が地面を濡らす音だけが路地裏に響く。
 獣のような跳躍によって間一髪、直撃は避けられたようだが、それでも完全には『力』の圏内からは逃げられず巻き込まれた右腕からは血が滴っていた。
 俺の攻撃を避けられただけでも驚愕だが、手負いの獣は傷を負っても動きを止めなかった。傷ついた右腕をかばいながら追撃を避けるためかこちらから距離を取ったのだ。
 一瞬のうちに七、八メートル程度下がり、奥の突き当りまで距離を取ると、こちらをにらみつけてきた。だが、手負いでそんなことをされても怖くなどない。うまいこと射程圏内から逃げられてしまったが、これくらいの距離なら近づけば済む。
 こちらを突き刺すような視線を受け流し、ゆっくりと、じりじりと距離を詰めていく。

 徐々に詰まっていく距離。
 まるでカウントダウンのようで心が弾んだ。
 たとえるならそう、ジェットコースターの登っているときだ。登っていくにつれて心臓の音が大きくなって、落ちる瞬間に聞こえなくなるらしい。————そんな感覚。

 あと一歩で『力』の射程内というところで、獣は何を思ったのかビルの壁に飛びついた。
 そしてすさまじいスピードでビルの壁を蹴り上げながら、上へ上へと駆け上がっていく。
 逃がすまいと再び『力』を行使しようとしたときには、俺の『力』が届かない高さの建物の屋上まで上りきっていた。
 追いかけるように見上げると、建物の上に立っているやつの背後の重い雲の切れ目から月の光が差し込み、やつのシルエットを映し出していた。
 忌々しい月だ。こちらからは逆光で何も見えない。そのくせ、向こうからはいやらしいほどにくっきりと俺の顔が見えているだろう。
 そのままにらみ合い。だが、それもたった数秒のことで、影は身をひるがえし建物の向こうへ消えていった

「ふふっ、あははははははっ!」

 あまりに現実離れした出来事に呆然としていると、急に笑いがこみあげてきた。
 初めての経験だった。
 殺しそこなったのも、こっち側の人間に出会ったのも。
「……決めた。あいつは————俺が殺す」
 そんなことを口に出し、誰もいなくなった路地裏からふらふら歩きだした。
 今日は適当に何人か殺す予定だったのだが、あんな上物を相手した後だとほかのやつなんかを相手する気にはなれなかった。肥えてしまった俺の舌は有象無象の雑魚なんかじゃ、もう満足できやしない。
 こんな気分も初めてだ。初めてばかりをくれたやつに礼をしなくては。
「おっと、いけね。もうこんな時間か」
 そんなことを考えていたら歩きすぎてしまったようだ。
 見上げると夜の闇がほんの少しだけだが薄れてきている。
 ————もう俺の時間は終わりか。
 早く帰らないと彼女が目覚めてしまう。
 自分でも気づかないくらいに少しだけ弾む足取りで、まだ残っていた街の影へと沈み込んでいった。
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