26 / 81
第2章 芸術家の街と獣の少年
第2章 プロローグ
しおりを挟む
「どいつもこいつもつまらない」
月明りすらない暗い闇の中、ぽつりとそんな感想が心から漏れた。
今夜の獲物はどうにも味気がなかった。せっかくこんな入り組んだ路地裏におびき出してじっくりと遊んでやろうと思っていたのに、少し遊んだだけですぐに音を上げる軟弱ものばかりだ。おかげで俺の中の渇きは増すばかりだった。
残った一人が後ろでバタバタとうるさく動いている。もう興味もないので、適当に首をはねて処分した。
首と別れた体はまるで壊れたスプリンクラーのように血を噴き上げ、シャワーのごとく体を濡らしていく。
あたり一面を噴き出した血が染めていき、鼻にこびりつくような嫌なにおいが満たしていく。
圧倒的な死の匂い。
あぁ————最悪《さいこう》の気分だ。
恍惚と数秒ほど浴びていたが、しだいにシャワーの勢いは弱まり、止まってしまった。
そうなればここにとどまっている理由などない。
赤く濡れた体のまま、次の獲物を探すために酔ったようなふらふら歩きで次へ行こうとした。すると、いきなり背後からドサッという何かが落ちるような音が聞こえた。
あわてて振り返ると先ほどまでこの路地裏にはいなかった異物《にんげん》がいた。
月明りすらないこんな路地裏では相手の姿は見えず、気配だけが頼りだ。だが姿など見えなくてもあいつが放つ、肌がピリピリするような感覚でわかる。あいつは、————こっち側の人間だ。
それを感じ取った瞬間に、自然と口角が上がっていた。
やつは俺の後ろの壊れた玩具たちを気にしているようだった。俺にしてみればあんなものにもう用はない。だが、あいつが俺を見ずにそちらを向いているなら、その隙を見逃すなんてしない。こちらを向く前に真っ二つにしてやろう。
そう考えた瞬間には、もう『力』の発動は始まっていた。目の前のやつを切り裂く線をイメージし、視線に力を込める。それだけで————やつの体は真っ二つになるはずだった。
だが、『力』が発動する瞬間、やつは攻撃を察知したように猛烈な勢いで後ろに跳んだ。
その動きはおよそ人間のものとは程遠く、野生の獣のようだった。
ぽたぽたと血が地面を濡らす音だけが路地裏に響く。
獣のような跳躍によって間一髪、直撃は避けられたようだが、それでも完全には『力』の圏内からは逃げられず巻き込まれた右腕からは血が滴っていた。
俺の攻撃を避けられただけでも驚愕だが、手負いの獣は傷を負っても動きを止めなかった。傷ついた右腕をかばいながら追撃を避けるためかこちらから距離を取ったのだ。
一瞬のうちに七、八メートル程度下がり、奥の突き当りまで距離を取ると、こちらをにらみつけてきた。だが、手負いでそんなことをされても怖くなどない。うまいこと射程圏内から逃げられてしまったが、これくらいの距離なら近づけば済む。
こちらを突き刺すような視線を受け流し、ゆっくりと、じりじりと距離を詰めていく。
徐々に詰まっていく距離。
まるでカウントダウンのようで心が弾んだ。
たとえるならそう、ジェットコースターの登っているときだ。登っていくにつれて心臓の音が大きくなって、落ちる瞬間に聞こえなくなるらしい。————そんな感覚。
あと一歩で『力』の射程内というところで、獣は何を思ったのかビルの壁に飛びついた。
そしてすさまじいスピードでビルの壁を蹴り上げながら、上へ上へと駆け上がっていく。
逃がすまいと再び『力』を行使しようとしたときには、俺の『力』が届かない高さの建物の屋上まで上りきっていた。
追いかけるように見上げると、建物の上に立っているやつの背後の重い雲の切れ目から月の光が差し込み、やつのシルエットを映し出していた。
忌々しい月だ。こちらからは逆光で何も見えない。そのくせ、向こうからはいやらしいほどにくっきりと俺の顔が見えているだろう。
そのままにらみ合い。だが、それもたった数秒のことで、影は身をひるがえし建物の向こうへ消えていった
「ふふっ、あははははははっ!」
あまりに現実離れした出来事に呆然としていると、急に笑いがこみあげてきた。
初めての経験だった。
殺しそこなったのも、こっち側の人間に出会ったのも。
「……決めた。あいつは————俺が殺す」
そんなことを口に出し、誰もいなくなった路地裏からふらふら歩きだした。
今日は適当に何人か殺す予定だったのだが、あんな上物を相手した後だとほかのやつなんかを相手する気にはなれなかった。肥えてしまった俺の舌は有象無象の雑魚なんかじゃ、もう満足できやしない。
こんな気分も初めてだ。初めてばかりをくれたやつに礼をしなくては。
「おっと、いけね。もうこんな時間か」
そんなことを考えていたら歩きすぎてしまったようだ。
見上げると夜の闇がほんの少しだけだが薄れてきている。
————もう俺の時間は終わりか。
早く帰らないと彼女が目覚めてしまう。
自分でも気づかないくらいに少しだけ弾む足取りで、まだ残っていた街の影へと沈み込んでいった。
月明りすらない暗い闇の中、ぽつりとそんな感想が心から漏れた。
今夜の獲物はどうにも味気がなかった。せっかくこんな入り組んだ路地裏におびき出してじっくりと遊んでやろうと思っていたのに、少し遊んだだけですぐに音を上げる軟弱ものばかりだ。おかげで俺の中の渇きは増すばかりだった。
残った一人が後ろでバタバタとうるさく動いている。もう興味もないので、適当に首をはねて処分した。
首と別れた体はまるで壊れたスプリンクラーのように血を噴き上げ、シャワーのごとく体を濡らしていく。
あたり一面を噴き出した血が染めていき、鼻にこびりつくような嫌なにおいが満たしていく。
圧倒的な死の匂い。
あぁ————最悪《さいこう》の気分だ。
恍惚と数秒ほど浴びていたが、しだいにシャワーの勢いは弱まり、止まってしまった。
そうなればここにとどまっている理由などない。
赤く濡れた体のまま、次の獲物を探すために酔ったようなふらふら歩きで次へ行こうとした。すると、いきなり背後からドサッという何かが落ちるような音が聞こえた。
あわてて振り返ると先ほどまでこの路地裏にはいなかった異物《にんげん》がいた。
月明りすらないこんな路地裏では相手の姿は見えず、気配だけが頼りだ。だが姿など見えなくてもあいつが放つ、肌がピリピリするような感覚でわかる。あいつは、————こっち側の人間だ。
それを感じ取った瞬間に、自然と口角が上がっていた。
やつは俺の後ろの壊れた玩具たちを気にしているようだった。俺にしてみればあんなものにもう用はない。だが、あいつが俺を見ずにそちらを向いているなら、その隙を見逃すなんてしない。こちらを向く前に真っ二つにしてやろう。
そう考えた瞬間には、もう『力』の発動は始まっていた。目の前のやつを切り裂く線をイメージし、視線に力を込める。それだけで————やつの体は真っ二つになるはずだった。
だが、『力』が発動する瞬間、やつは攻撃を察知したように猛烈な勢いで後ろに跳んだ。
その動きはおよそ人間のものとは程遠く、野生の獣のようだった。
ぽたぽたと血が地面を濡らす音だけが路地裏に響く。
獣のような跳躍によって間一髪、直撃は避けられたようだが、それでも完全には『力』の圏内からは逃げられず巻き込まれた右腕からは血が滴っていた。
俺の攻撃を避けられただけでも驚愕だが、手負いの獣は傷を負っても動きを止めなかった。傷ついた右腕をかばいながら追撃を避けるためかこちらから距離を取ったのだ。
一瞬のうちに七、八メートル程度下がり、奥の突き当りまで距離を取ると、こちらをにらみつけてきた。だが、手負いでそんなことをされても怖くなどない。うまいこと射程圏内から逃げられてしまったが、これくらいの距離なら近づけば済む。
こちらを突き刺すような視線を受け流し、ゆっくりと、じりじりと距離を詰めていく。
徐々に詰まっていく距離。
まるでカウントダウンのようで心が弾んだ。
たとえるならそう、ジェットコースターの登っているときだ。登っていくにつれて心臓の音が大きくなって、落ちる瞬間に聞こえなくなるらしい。————そんな感覚。
あと一歩で『力』の射程内というところで、獣は何を思ったのかビルの壁に飛びついた。
そしてすさまじいスピードでビルの壁を蹴り上げながら、上へ上へと駆け上がっていく。
逃がすまいと再び『力』を行使しようとしたときには、俺の『力』が届かない高さの建物の屋上まで上りきっていた。
追いかけるように見上げると、建物の上に立っているやつの背後の重い雲の切れ目から月の光が差し込み、やつのシルエットを映し出していた。
忌々しい月だ。こちらからは逆光で何も見えない。そのくせ、向こうからはいやらしいほどにくっきりと俺の顔が見えているだろう。
そのままにらみ合い。だが、それもたった数秒のことで、影は身をひるがえし建物の向こうへ消えていった
「ふふっ、あははははははっ!」
あまりに現実離れした出来事に呆然としていると、急に笑いがこみあげてきた。
初めての経験だった。
殺しそこなったのも、こっち側の人間に出会ったのも。
「……決めた。あいつは————俺が殺す」
そんなことを口に出し、誰もいなくなった路地裏からふらふら歩きだした。
今日は適当に何人か殺す予定だったのだが、あんな上物を相手した後だとほかのやつなんかを相手する気にはなれなかった。肥えてしまった俺の舌は有象無象の雑魚なんかじゃ、もう満足できやしない。
こんな気分も初めてだ。初めてばかりをくれたやつに礼をしなくては。
「おっと、いけね。もうこんな時間か」
そんなことを考えていたら歩きすぎてしまったようだ。
見上げると夜の闇がほんの少しだけだが薄れてきている。
————もう俺の時間は終わりか。
早く帰らないと彼女が目覚めてしまう。
自分でも気づかないくらいに少しだけ弾む足取りで、まだ残っていた街の影へと沈み込んでいった。
0
あなたにおすすめの小説
僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜
犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。
この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。
これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
※2026年半ば過ぎ完結予定→七月に完結(決定)
魔法至上主義の世界で『筋力』だけカンストした男が拳一つで全てを覆す
ポポリーナ
ファンタジー
魔法こそが至高——この世界では呼吸も移動も戦闘も、あらゆる営みが魔力で成り立っている。
筋力は「野蛮人の遺物」と蔑まれ、身体を鍛える者は最底辺の存在とされていた。
そんな世界に転生した元・体育教師の剛田鉄心は、魔力適性ゼロ、しかし筋力だけが測定不能のカンスト値。
魔法障壁を素手でぶち抜き、転移魔法より速く走り、最上位魔法を腹筋で弾く——
「なぜ魔法を使わないんだ!?」と問われるたびに「だって使えないし」と笑う男の、
常識を腕力でねじ伏せる痛快・逆転無双が今始まる!
無属性魔法しか使えない少年冒険者!!
藤城満定
ファンタジー
「祝福の儀式」で授かった属性魔法は無属性魔法だった。無属性と書いてハズレや役立たずと読まれている属性魔法を極めて馬鹿にしてきた奴らの常識を覆して見返す「ざまあ」系ストーリー。
不定期投稿作品です。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
スキル【幸運】無双~そのシーフ、ユニークスキルを信じて微妙ステータス幸運に一点張りする~
榊与一
ファンタジー
幼い頃の鑑定によって、覚醒とユニークスキルが約束された少年——王道光(おうどうひかる)。
彼はその日から探索者――シーカーを目指した。
そして遂に訪れた覚醒の日。
「ユニークスキル【幸運】?聞いた事のないスキルだな?どんな効果だ?」
スキル効果を確認すると、それは幸運ステータスの効果を強化する物だと判明する。
「幸運の強化って……」
幸運ステータスは、シーカーにとって最も微妙と呼ばれているステータスである。
そのため、進んで幸運にステータスポイントを割く者はいなかった。
そんな効果を強化したからと、王道光はあからさまにがっかりする。
だが彼は知らない。
ユニークスキル【幸運】の効果が想像以上である事を。
しかもスキルレベルを上げる事で、更に効果が追加されることを。
これはハズレと思われたユニークスキル【幸運】で、王道光がシーカー界の頂点へと駆け上がる物語。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる